偽物の英雄
その町は遠目に見ても栄華を極めているようだった。
町の入り口に立つと真新しい石造りの建物が見えてきた。
どうやらよく手入れされているようで、劣化の後は見られない。
入ってすぐに町の警備隊の詰め所からじいさんが出てきた。
「やあやあ、久しぶりの客人ですな。ようこそカープへ! 歓迎しますぞ」
ここはカープの町らしい。
「ずいぶんと景気の良さそうな町だな」
「ええ、ええ。我が町は建設業が主力でしてな、魔王が壊した町への派遣で潤っておりましたんじゃ」
「そうか、魔王が死んでからそこそこ経つが仕事は多いのか?」
「魔王がいなくなっても魔物がいますからの。それに今は人間同士のもめ事も多いんですじゃ。我々にとってはそれも結構なことじゃよ」
どこもかしこも、俺が救えた人は俺が思っている以上に少ないらしい。
とはいえ、一応この町は土木産業で裕福なようなので、少なくとも「ここ」だけを見れば悪くないらしい。
「景気が良さそうで何よりだ、ところでこの町は魔物とかに困ったりしてないのか?」
「うちは優秀な傭兵を雇ってるんじゃ、金を払っているうちは信用できる連中じゃよ」
魔王が滅んでも相変わらず荒事の需要はあるらしい。
「ここはそんなに景気がいいのか? 他所より随分ときれいだが……」
「復興特需というやつじゃよ。我々の建築技術が高いのは見てのとおりじゃろ」
確かにこの町の町並みはきれいに区画整理されているし、大聖堂らしい建物まである。
「まあ……もう一度魔王に復活願いたいというところもあるがの……奴らが人間の町を壊していた頃はもっと繁栄してたんじゃよ。おっと、こんなことは言っちゃいかんの」
そう言うとじいさんは俺の旅の目的を聞いてきた。
「お前さんはウチへの依頼というわけでもなさそうじゃな……我々に何の用ですかな?」
「俺は、そうだな……強いやつを探している……魔王よりは強いくらいな……」
じいさんは珍妙なものでも見るように俺を見た後言った。
「そんなものはおりゃせんよ。王都で暮らしてるという勇者様でもあたるしかなかろう」
俺がその勇者だとは言わなかった。
どうやらこの町も外れのようだな。
「宿屋はあるか? ベッドで眠りたい」
実際のところ俺はベッドどころか床で寝ようが、なんなら寝まいが健康に支障はない。それでもふかふかのベッドで寝るのは気分がいいものだ。
「それならここをまっすぐ行って右手にあるぞ、客人はもてなすのが我々の流儀でな、歓迎するぞい」
「それはどうも」
「おお、そう言えば名を聞いておらんかったな。あんた名前はなんと?」
「アイアスだ。アイアス・クロノス」
老人は目を細めて言った。
「ほう、良い名じゃの。ようこそカープへ!」
俺は紹介された宿屋へ行く。
確かに言われたとおりの立派な作りの宿屋だった。
「いらっしゃい! 泊まりかね」
「ここは宿屋だろう? 泊まり以外がいるのかね?」
そう聞くと、宿の主人は自慢げに言った。
「うちはメシも評判が良いんだよ。わざわざ遠くから食事に来る奴だっているんだ。まあうちに来たのは運が良いぞ! あんた、旅人だろう。あまり良い飯は食えてないだろう、しっかり食ってけ!」
俺はお言葉に甘えて今日の宿泊代として銀貨一枚、夕食と翌日の朝食代で銅貨3枚を渡してチェックインした。
夕食は自慢通りにうまかったことは記しておく。
翌朝、朝食を済ませると町の様子を見て回った。勇者としての俺はもはや必要とされていないが、勇者となれるくらいの力はあるので何か仕事がないか探すためだ。
すると町の中心に人だかりができていた。
「さあさあ! 勇者様がおいでなすったよ! 魔王討伐のお話が聞きたい人は寄って寄って!」
一瞬俺のことかと思って驚くが、今まで割とよく見た光景だったと気づく。
また「自称」勇者様か……
この手の輩は魔王が滅んでから大勢わいてでてきた。
「勇者様」のエピソードを聞かせて金を取る、よくあるペテンだ。
別に本の読み聞かせとそう変わらない娯楽であるし、実際のところ聞いている側だって分かってるんじゃないかと言うのが事実だ。
みんな娯楽には飢えているのだろう。この手合いは結構儲けている奴もいるらしい。
勇者の勇敢なエピソードがみんなのお望みのようだが実際はとても泥臭い戦いだった。
俺と魔王の戦いは不死身な俺が魔王が死ぬまで攻撃を続けただけである。
そこにドラマチックな仲間の死や力の覚醒など存在しない。世間一般でどう思われていようと偉業の大半は地道な努力で構成されているものだ。
「そこのにいちゃん! ちょっと聞いてってくれよ!」
俺にお声がかかってしまった。
「いや、間に合ってるよ」
「信じてないね! そりゃあ信じられないかもなあ。あんたも旅人なら腕に自信はあるんじゃないかい? この勇者様と手合わせして10分立ってられたら賞金を出すよ!」
正直関わりたくはないのだがカチンときたのも事実だし、小銭にはなるな。
「ほう……言ったからな。男に二言はないな?」
男はちょっと驚いた風に反応したがすぐに調子を取り戻した。
「おう! もちろんだとも! なあに、殺すようなことはないぜ、挑戦料をちょっとくれるだけで良いぜ、なにぶん俺たちも旅をしてるんでな。先立つものはいるのさ」
「そうだな。確かにあった方が良い」
コイツは隣の筋肉質の自称勇者が負けるなど夢にも思っていないのだろう。自信満々に大見得を切った。
「じゃあ、準備はいいか?」
俺は観衆の輪の中に入り男と対峙する。
コイツにも名前はあるのだろうが長生きすると人の名前を覚えるのすら億劫になる。
今では本当に大事な数人が俺の記憶のスタメンで徐々にそれ以外の人の記憶は入れ替わっていく。
出会いは大事だがこう言った連中に俺の大事な記憶の一部を使う必要は無いだろう。
「じゃあ……いくぞ! 後悔すんなよ! お若いの!」
男が右ストレートを俺の顔にたたき込む、誰かを痛めつけるのは好きではないので俺はあえて躱さず実力差を誇示することにした。
「ほう……今のに耐えたか……」
俺は痛みを感じない、きっとこの男の拳の方がいたかっただろう。だが、俺が反撃に出ないと調子づいてパンチや蹴りを繰り出してくる。
もう面倒になったので適当に受けながら諦めるのを待つがどうやらコイツは諦めが悪い、司会役の男の手前引くに引けないのだろうか?
「ぜぇ……はぁ……にいちゃん、やるじゃねえか」
俺は特に何もしていないのだが俺の実力を勝手に認められてしまった。
どうにもらちが開かないな、多分コイツ諦めないか……
俺はパンと相手の顔を平手で打つ。手加減はしたが痛かったのだろう、男は転んだ。
平手一発で男が沈んだので周囲はあっけにとられている。
「じゃあ賞金はもらっておくぞ」
俺は司会役から金貨三枚を受け取りその場を後にする。
この二人がこれからも勇者ごっこを続けていくのかは知ったことではないが、きっとこれからは無茶はしないだろう。
勇者ごっこが原因で死なれては自業自得とはいえ後味が悪い。司会をキッとにらみつけて俺はその場を後にした。
その町を出るとき、ここに来たときに話しかけたじいさんが俺に声をかけた。
「兄さん感謝するよ、あの二人はえらく横柄にしていてな。客人は歓迎だがさすがに困っとたんじゃ。客に一喝できる者もおらんでの、たすかったわい」
「やれやれ、一杯食わされたって訳か」
「いやいや、わしがずいぶんとおぬしには便宜をはかっとったんじゃよ、あの宿は実はもう少し料金がかさむんじゃよ」
「でも何で俺が? あいつに勝てるって分かってたからけしかけたんだろ?」
「うむ、おぬしを昔どこかで見た気がしたんじゃよ……老いぼれじゃが昔々に勇者様に会ったことがあっての、おぬしにそっくりじゃったんじゃ。これは運命じゃと思っての。フォッフォッフォ」
俺の記憶からはすっかり抜け落ちているがどうやら昔、顔を合わせたことがあったらしい。これも運命だろうか……
「なんにせよ路銀が手に入ったんだ、感謝するよ、じいさん」
「なあに、お互い様じゃろ」
そうして俺は旅の道具を賞金で買い込んでこの町を後にした。