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リンパ管は魔法管!?ガチガチ陛下を揉みほぐします!

作者: 立川梨里杏

「アイナ・アペル殿ですか!?」

そんなに立派でもない木製のドアをけたたましくノックされその耐久性が気になり駆け寄った玄関先。随分きらびやかな面々と私の小さな診療所兼家の前でご対面しました。

茶色の髪のイケメンさんはなんだか割と切羽詰まってるご様子でここまで馬で相当急いで走ってきたのかせっかくの髪が乱れている。

私は内心の動揺をなんとか押し込めながらイケメンさんに応える。

「はい、私がアイナですけど。どのようなご用件でしょうか?」

私がそう言うとイケメンさんはどばあっとそれはもう滂沱の涙を流しながらしゃがみ込んでしまった。

「やっと……やっと見つけたあああ…」

えーと、とりあえずその涙と共に滝の様に流れている鼻水も拭きましょう?


イケメンさんはキースさんというらしい。話を聞くと彼の上司が何やら大変なことになっているらしい。どんな高名な薬師に見せても良くならずどんどんやつれていくばかりで藁にもすがる思いで遥々ここまできたという。よくもまあこんな所までと思ったのはここが超絶ど田舎の村だったからだ。一応王都に近い領土に入りはするが大きな川に隔てられていたため文明がここだけ止まってしまったかのような生活を村民は送っている。乗合馬車は一週間に一回。王都の噂が回ってくるのは1年後、流行の服なんて2年後に流行る。最近のビッグニュースはようやく川に橋がかかったこと。気軽ではないが街に出ることが出来るようになった。薬師をしている私はその街に出て薬を売りに行ったりと恩恵を受けている。そんな私はアイナ・アペル、花も恥じらう17歳。両親は私が5歳の時に落石事故で亡くなった。それから私は村に一人しかいない薬師に師事し、医療を学んだ。師匠が老衰で亡くなってからは私が跡を継いでなんとかやっている。5歳の子供がなぜそんな逞しく生きていけたのかというと私には前世の記憶があるからだ。前世は日本という国でリンパマッサージ師として働いていた。日本に比べるとこの世界は中世ヨーロッパの様な感じで(田舎だからということもあるが)日本では科学が発達していたがこの世界には魔法がある。火をつけるのも魔法、水を出すのも魔法、そんな日常にありふれた魔法だが、私は少し特殊な使い方をしている。

キースさんを見る。魔力の流れが悪い。相当疲れているんだろう。ここまで来るのは大変だっただろうなあ。

そう、私は魔力の流れが見えるのだ。これは私の前世の経験が生きているのか知らないが魔力がリンパ管に流れているのが見える。最初に見えた時は目を疑った。リンパ管もとい魔法管が淀むと身体に不調をきたすらしい。それを流すと身体がスッキリし魔力の放出も良くなった。それを魔力が底上げされると勘違いして噂を聞きつけて遠方からわざわざ村までやってくる人もいる。魔力の底上げは出来ないが大体の人は調子が良くなって帰って行かれる。その評判を聞きつけて来たのだろう。明らかに面倒ごとだが患者を拒むことは出来ない。

「ここまで来て私がポンコツだったら嫌でしょう。私の力を証明させて頂いても?」

許可を貰い身体に触れる。魔力を凝りほぐし流す。

「はえ……身体が!!スッキリした!!」

気の抜けたような声を出したキースさんは目を輝かせた。非常に簡易的な治療だったがどうやらお気に召したようで良かった。


私は荷物を持って豪奢な馬車に乗せられた。中はふかふかの椅子で図太くも爆睡してしまった。快適な馬車の旅は数時間で終わりを告げあっという間に王都に着いた。やっぱり立派な馬車は乗合馬車とは違うなあ。着いた場所は王都のど真ん中もど真ん中、私がいくら田舎者でも分かる、王城だ。でかい!きれい!やばい!一生お目にかかることはないと思っていた王城に語彙力が死ぬ。その中通されたのは豪奢な寝室。前世でいうと5つ星ホテルのスイートルームみたいな感じ。泊まったことないけど。

「お疲れでしょうから今日のところはこちらでお休み下さい。お仕事の概要は明日ご説明致します」

一体どんなことに巻き込まれるんだ……!?私は戦々恐々としながら眠りについた。


翌日聞かされたのは衝撃の内容。なんと私はこの国の王様を治療するらしい。期間は一ヶ月。その間に治らなかったら打ち切り。その際状況が変わらなくても害を及ぼさない限りは私に責任は問われない。一ヶ月診療所を空けることになるわけで、その間の保証はきちんとする。驚天動地の内容に顎がうっかり外れかけた。ちょっと外れた。

「えええ!?そんなの、ちょっと、私には荷が重すぎますよ!!」

「いえ!もう、あなたしかいないんです!!どうか、どうかお願いします〜〜!!」

とキースさんが足に縋り着いてきた。うわ、鼻水ついた。

私が治療に失敗したとしても一切の責任を問わないという約束をしてもらい引き摺られてきたのは豪華な寝室。そこにいたのは一人の男性。綺麗な黒髪に端正な顔立ちのその男性は猛烈すぎる勢いで仕事をしていた。そう、仕事をしていた。本来なら綺麗な青い瞳は険しく親の仇でも討つかのような表情で山のような書面と対峙している。

「陛下、薬師殿をお連れ致しました!」

キースさんは私の背中を押して部屋を閉めてしまった。

「ちょ、キースさんんんんんんん!?」

伸ばしたその手は虚しくも空を切った。

「誰だ、お前は」

後ろから聞こえたのは冷たい声。

振り向くとその男性は迷惑そうにこっちを見ていた。いやね、私だってね、好きでここに来たんじゃないんですよ!?そう叫びたくなるのをこらえ、落ち着きはらって挨拶する。

「お初にお目にかかります。アイナ・アペルと申します。この度は「なんだ、色目でも使うつもりか。俺にはそんな暇はない。さっさと出て行け」

………はあ!?なんでいきなり私がそんなこと言われなきゃなんないのよ!連れてきたのはそっちでしょ!?自意識過剰も大概にしろよ!?澄ました顔しやがって!イケメンだったら何でも許されると思うなよ!

「……私は!薬師の!アイナ・アペルです!キースさんに呼ばれて陛下の治療に参りました!!」

そう言い切ると陛下は胡散臭そうな目で見て

「薬師?お前が?どうせ何も出来やしまい。俺の部下がすまなかったな。帰るが良い」

完全に舐めきったその態度に温厚な私も流石にキレた。

「うるさい!つべこべ言わずにさっさと横になりなさい!!」

不敬だなんだの考えは怒りで吹っ飛んだ。ここまで馬鹿にされちゃあしょうがない。薬師の本気、見せてやる!

そう思いながら陛下を思い切り押し倒して薬を取り出す。

「ちょ、おい、お前!やっぱり色目を使いに来たのか!?なんだその瓶は!媚薬か!?……臭っ!?なんだその酷い匂いは!?」

取り出したのは私特製シップ。薬草を組み合わせて私の魔力を思いっきり練り込んでいるから効果は抜群だが匂いはどうしても消せなかった。それどころか前世で出回っていた湿布の匂いの何倍も強い。女性客には良い匂いのするジェルを使うが効き目が一番強力なのはシップだ。

「あなたが忙しいのも分かりますけどね、キースさんの思いを無下にするのはいかがかと思いますよ?まあ騙されたと思ってこの一ヶ月は辛抱して下さい」

そう言うと陛下は大人しくなった。

陛下をうつ伏せにし、シップを塗り込みながら施術を開始する。魔法管を見るとこれ以上にないくらいドロドロになって淀み溜まっていた。これは相当身体がきついだろう。

「……頭痛、吐き気、全身が重かったり、目が痛かったりしませんか?」

そう問うと陛下は少し身じろぎをした。

「…どんな薬師でも治せなかった病なのに」

「そりゃ治せないでしょうねえ。病じゃないから」

これは完全に疲労からくるものだ。この世界の医術は前世に比べて全く発達していない。不治の病と捉えられてもおかしくない。

「病ではない……のか!?」

陛下はとても驚いたようだ。

「陛下の症状は寝不足、長時間同じ姿勢、目の使いすぎなどの疲労の蓄積からくるものです」

心当たりがあったのか陛下はそわそわとまた身じろぎをした。

「その……先程は失礼な事を言ってすまなかった」

謝られて驚いた。王族って簡単に頭を下げてはいけないんじゃないの……!?何にせよ誠意を見せてもらえるのは嬉しい事だ。私もその誠意に応えよう。

首、肩、肩甲骨、胸、背中、腰を中心に魔力の凝りが酷い。足の裏までガチガチだ。ゆっくり、ゆっくりとほぐしていく。

仰向けにしたとき気づいた。

「あら、首の骨がズレてますねー。力抜いて下さい」

「一体何を……っ!?」

ゴキッ!バキバキボキィッ!

ものすごい音がした。前世では整体師の資格も持っていたから大丈夫だ。

「!?!?!?」

陛下は初めての経験で戸惑ってるご様子。その顔が慌てていて、ちょっと可愛かった。

これほど凝った人は初めてだ。一気に凝りをほぐすと魔力の巡りが良くなりすぎて気分が悪くなることがあるため今日はこの辺にしておく。

「はい、今日はここまでです。お疲れ様でしたー」

そう言って部屋を出て行く私を陛下は呆然とした様子で見ていた。


一ヶ月の期間も早いもので後一週間だ。

私はあれから王城生活を満喫していた。王城の人に私の薬を売ったり、仕事をしながら出来るように簡単なものしか食べない陛下に野菜をたっぷり挟んだサンドウィッチを作ってみたり。最初は渋々と言った感じで口にしていたが最近では具のリクエストまでしてくれるようになった。陛下は以前仕事をしてない時は入浴と僅かな就寝時間だけだというブラック企業の社畜のような生活を送っていたが、それではいけない。長時間通してやっても集中力が切れ効率が悪い、睡眠時間はしっかりとるべきだ、過労死するぞと私が力説しなんとか生活環境は改善された。それに伴い少しずつ魔力の淀みも改善されてきたのだが。一番酷い胸の辺りの淀みが取れない。


「陛下は何か気にかかることでもあるんですか?」

私がそう問うと陛下は暫く沈黙し、ポツリポツリと話し始めた。

「……仕事をしていない時間が不安で仕方がないんだ」

何と、立派に育った社畜根性までは直せなかったか。

「なぜ仕事をしていないと不安なんです?」

「……俺には才能がない。前王である父上はそれは素晴らしい賢王であられた。過去の王たちも数々の功績を残しているのに俺は…。弟の方が魔法にも秀でているし、外交も得意だ。それなのに俺が王になってしまった。だからせめて誰よりも俺は頑張らなきゃいけないんだ」

俯いて肩を震わせながら言うその姿が小さな子供に見えて私は思わず陛下を抱き締めた。

「そんなに自分を追い込んで、あなたはドMなんですか!?」

「どえむ……?」

面食らった陛下を気にせず私は続ける。

「先王がご健在の中、なぜあなたが今王様だと思いますか?先王があなたなら大丈夫だと思ったからでしょう!大体ねえ、歴史書に書かれてることなんて大体大袈裟に決まってるでしょう!」

ドンと言い切ると陛下は口をポカンと開けてこっちを見ていた。それでもイケメンなのだから美形は得だ。

「歴史に名が残るのは賢王であれ愚王であれ目立った人だけです。あなたは歴史に名を残す王になりたいんですか?」

私が問うと陛下は黙って首を振る。

「何の変哲もない時代って、それって平和ってことでしょう?」

そう言うと陛下は大きく目を見開いた。

「数年前に村と街を隔てる川に橋が出来ました。私はそのお陰で街まで出て薬を売ることが出来るようになりました。以前より金銭的にも時間にも余裕が出来て、街まで出た帰りには王都にあるチェリーパイを買って帰るんです。これがまた美味しくって」

陛下は顔を赤くして口をパクパクさせている。分かりやすすぎる反応に少し笑ってしまう。きっとこの人はすごく不器用で、とてもとても優しいのだ。だから小さな小さな村のことも見捨てずにいてくれて、全部捨てられずに抱え込んでしまうのだ。取捨選択が出来ないため外交は苦手なのだろう。

「俺は…皆が平凡な日々を当たり前に暮らせるような、そんな治世がしたかったんだ。」

おずおずと、テストの返却を待つ生徒のように自信のなさそうな王様に私は笑顔で答えた。

「大丈夫ですよ、あなたのお陰だってこと、ちゃんと分かってます。感謝しています」

そう言うと陛下は強く私に抱きついた。いや、しがみついた。迷子の幼子をあやすように、その背中が震えているのを見て見ぬふりをしながら、私の肩に鼻水がついていないか心配しながら背中をそっと撫でていた。胸の淀みは氷解していった。

「….…でもまあ、もっと周りに頼るべきだとは思いますけどね」

「その時は、お前を頼ってもいいか?」

初めて見る陛下の満面の笑顔。

….…イケメンの会心の一撃を食らった。



「……本当に帰るのか?」

最終日の夜。子犬のような目で見てくる陛下を宥める。

「一ヶ月間の約束でしたからね。村の診療所をそのままにしておけませんし。身体の具合が良くなって良かったです、陛下」

「名前で呼べ、アイナ」

んんんん!?今、陛下私の名を呼んだ!?ちょ、美声で呼び捨てなんて耐性が付いてないからやめて……!!

……ん?名前?陛下の、名前?

固まった私に陛下は呆然とする。

「お前、まさか……俺の名前を知らないのか!?」

非常にショックを受けた様子の陛下に思わず愛想笑い。

「だって、知る機会がなかったといいますか何と言いますか……」

「それほどまでに、俺に興味がないのか…」

陛下はなんだか意気消沈してしょんぼりしてしまった。あれー?もしもし、陛下ー?

と思ったら突然顔をあげ

「良いか、俺の名はエドガー・ヴァン・ワーグナーだ。エドガーと呼べ」

私が戸惑っていると陛下は泣き出しそうな顔で縋るように私を見つめる。

「頼む……」

う……私がこの顔に弱いと知っていてやっているのか…!?

「……エドガー様」

不意打ちだったんだ、本当に。ただ名前を呼んだだけなのにそんなに嬉しそうな顔をするなんて。

「改めて礼を言うぞ。アイナ、お前のお陰で俺は救われた。ありがとう」

ありがとう。今まで色んな人から言われてきたけど何故かこの時は感慨もひとしおで気を緩んだら泣きそうになってしまいそうだったから私は慌てて俯いて唇を噛み締めた。



一ヶ月の大仕事を終え村に帰ってきた。私は以前と何一つ変わらない生活をしている。乗合馬車は一週間に一回。王都の噂が回ってくるのは1年後、流行の服なんて2年後に流行る。最近のビッグニュースは薬師が王城に行って王様の治療をしたこと。刺激とは無縁の生活をしている村人が王城はどうだったかとやたら聞いてくるのにももう慣れた。毎日忙しいが充実している。充実しているのだが。

裏山で集めていた薬の材料の入ったカゴを置く。不意に発作のように起こる喪失感。すぐに顔に出る王様、頑張って頑張って頑張り抜いてしまう王様、お気に入りの卵サンドを頬張るほっぺ。震えていた背中、泣き出しそうな顔、はにかんだ笑顔。本当はとっくに気付いていた。愚直なほど真っ直ぐでいじらしいほど不器用な、優しいエドガー様が愛しかった。一薬師が王様に恋だなんて滑稽にも甚だしいじゃないか。エドガー様の馬鹿。あんなに嬉しそうに名前を呼ぶんじゃない。あんな顔で引き留めるんじゃない。馬鹿、馬鹿。私の馬鹿。

「エドガー様……」

「呼んだか?」

聞こえる筈のない声に勢いよく振り向く。

「な……な、な、な…」

「久しぶりだな、アイナ」

何で!?!?!?

「王位を弟に譲った。引き継ぎや諸々の手続きに手間取ったが俺は今日からここの領主だ」

領主!?!?!?このど田舎村の!?!?

「ここは公爵領になったんだ」

公爵領!?!?!?このど田舎が!?!?

驚きの連続で声も出せない私にエドガー様は追い討ちをかける。

「それで……。お前は、俺がいないところで俺の名前を呼んでくれるぐらいには俺のことを想ってくれているのだと解釈していいか?」

そういえばさっきの呟き聞かれてた……!!

「アイナ、愛してる。どうか俺の妻になって欲しい」

!?!?!?今なんかありえない言葉が聞こえたぞ!?

「あの、でも、私、ただの村人ですよ?」

「構わない。王妃でもないんだし、身分なんて問われない。それに、俺がお前じゃなきゃだめなんだ」

「ここ、ど田舎ですよ!領地経営、難しいですよ!?」

「じゃあ頑張るからずっとお前が俺を癒してくれ」

蕩けるような笑顔で言うものだから私は何も言えなくなって、ただ頷いた。



後にこの地は薬の名産地として栄えることになる。魔法管という新たな概念もここで生み出され、魔法に大きな貢献をした。初代公爵は妻を深く愛し、二人は晩年まで仲睦まじく暮らしたという。

読んで頂き、ありがとうございました!

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[一言] ゴキッ!バキバキボキィッ!っていう擬音だけでなんか肩が気持ちよくなった(気がしました)有難うございます。
[一言] テンポが早めで読みやすかった。 面白かったです!(小並感)
[良い点] リンパ節が魔法的にも重要という発想が面白かったです。 お互いに惹かれあっていく描写も丁寧でした。 [一言] 素敵な作品をありがとうございました
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