孤高の王と魔眼の傭兵
王都フロスキャルブ。
石壁に覆われた巨大都市。
中央に聳える巨城を起点に、十字形に四分されている。
その、巨城の荘厳な門戸の前に、青年が背を持たれていた。其の者は、丈の長い紫紺の被服を纏っており、金色の瞳が印象的だ。
「暇だなぁ……ハッ」
呟き、嘆息する青年が一人。彼は、リーグという名の傭兵だ。
退屈なのは、無理もない。
この都市は、絶対的な力によって守護されているのだから。
そう、巨城の最奥に座す王によって。
王――ヴァルベルク・アインリヒ。
この都市を単身で統御する絶対者。
白き装衣を帯びた、無欠の統御者。孤高の王。
多くの肩書を有する彼。その絶対たる所以は、在り方に他ならない。
ヴァルベルクは、王であるが、手勢を持たないのだ。
護衛も、騎士も、側近も。
そして何より、王は一騎当千――否、万をも超える力を有している。
都市の外壁は、その象徴だ。
無限にも等しい魔力によって編まれた隔壁。
それが、外部からの侵入者を阻み、撃滅する。
ゆえに、無欠。
そんな王がつい数年前に一人の傭兵を雇った。
それが、リーグ。
王が唯一擁している臣下。
残念ながら、その意向の指す所は、国民にも、リーグにも判然としないのだが、ともかくこのことは一時期とても話題になった。
その折に、リーグもそこそこの知名度を得た。
始めはあの王が雇った人物がどれほどの者か、と見物に来る市民も大勢いたのだが、
「暇だ……」
しかし、人の熱が冷めるのは早いもので、今ではただっ広く閑散とした門の前で、日がな黄昏ているだけという有様だ。
リーグはため息を吐いて、天を仰ぐ。
退屈で晴れない感情とは裏腹に、雨一つ振りそうにない蒼が、満天下に満ちている。
「おーい、リーグの旦那!」
ふいに、呼び止められる。
「おお、どうした……一般市民」
この男は確か、城の近郊で鍛冶屋だったはずだ。名前は覚えていない。
「タクワズです。それより、また、都市で岩床が抜けまして……」
「また、か……」
ここ一年、各箇所の岩床が崩れ落ちる事案が頻出している。
原因は不明だ。
判明していることといえば、空いた穴の向こうは途方もない深さで、夜よりも暗い黒が覗いているということだけ。
「それで、どれくらいの規模だ?」
鍛冶屋に伝えられた場所は、城の裏手、左の区画――居住区だった。
リーグは傭兵だが、立場上は宮仕えということになる。
国民の言い分は可能な限り聞き届けるようにしている。主君の品格に影響を及ぼすからだ。
自分の悪評は、構わないが、王を貶めるのは、どうにもバツが悪い。
ゆえに、便利屋家業も引き受けている。退屈よりはましな業務というのもあって。
「おぉ、こりゃまた派手にぶっ壊れてんな」
歩みを止めて、下方を見やる。そこには、小屋一棟ほどの大穴が、空いていた。
空所であるため、住民に被害は出ていないようだが、誤って落ちる場合もある。安全のためには、迅速に閉鎖する必要がある。
そう、閉鎖で良い。
修繕の必要はない。
大規模な損壊でないなら数日で、自動修復されるからだ。
都市は、王の力によって統御されている。その恩恵は、大地にも隔てなく流れているから。
とはいえ、リーグにも仕事はある。
首を回して、瞳を開く。
その双眸に力を流し込む。
力――魔力と呼称される超常の。
込める魔力に呼応して双眸が微光を発する。黒が、金色へと変じる。
魔眼、という体質がある。
それは、基本的に先天的な性質であり、能力は各個人によって異なる。
リーグの場合は、
「あと、二、三日ってところか」
未来視。数日先まで見通す天眼通の亜流。
非常に稀有な、魔眼。
魔眼を使うたびに、リーグは、雇い主を想起する。
その効力を、どこからか聞きつけて、手を差し伸べて来たのが、ヴァルベルクだった。
こともあろうに、異邦人であるリーグに、
『わたしの目になってくれないか』
と提案してきて。
その提案を、――待遇も良いこともあって――リーグは快く引き受けることにした。
意向は不明瞭。当初は、直ぐに終わらせるつもりだった。誰かに従うというのは、面倒だったから。
しかし、彼の王は自由だった。
なんの縛鎖を用いるでもない。
ただ、未来に起こる都市の異変を視るだけでいいという。
それは、自分には叶わないことだから、と。
リーグは短く息を吐き出して、
「報告するか」
思考の残滓を振り切るように頭を振り、主の座す巨城へと足を向けた。