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花言葉とかそういうの、直接言わない感じが好きです。
あれから五年が経ち、比較的穏やかな日々を過ごしていた。
腰まで伸ばした髪を軽く結い、貴族令嬢としては地味に着飾る。
リアンからの愛情は止まるところを知らない。むしろ増してきた気がする。薄い朱色のリップが贈られてきた時には、どうしようかと思った。
そんな彼に刺繍を贈ろうと母が言ってきた。女の勘なのか、自分がリアンにあまり好意を返していないことに気が付いたらしい。
ということで今、チクチクとハンカチに刺繍を施している。
「あら、アヴィちゃん。とても上手じゃない」
「ありがとうございます」
伊達に人生をくり返しているわけではない。刺繍なんて慣れたものだ。
「そういえばね、アヴィちゃん」
「はい」
「今度、ニコラス殿下とブリアンナ様がリアン君とアヴィちゃんとお茶会をしたいとおっしゃっているのよ」
ピタリと手が止まった。辛うじて針は落とさなかったが、内心動揺していた。
「お茶会…ですか?王太子殿下の側室候補を集める茶会ではなく」
「まぁアヴィちゃんったら、それはもう少し後のことよ。王妃様がね、四人で久しぶりに仲良くしてらっしゃいって」
王妃であるシャーロットはドルト公爵の妹君であり、ドルト公爵夫人は王姉殿下だ。
事実上、アベリィの婚約者は王族である。まぁそれをいったら王太后はアレクサ家の者なので、アベリィも王族といえば王族なのだが。
兎にも角にもリアンは当然のこと、アベリィにも低いが王位継承権がある。今のうちに、周りに王太子と争うつもりがないことを示すつもりなのだろう。
まったく母も、そしておそらく王妃殿下も考えるものだ。その考え方もアベリィは供えなければならないけれど。
「そう、ですか。わかりました」
王命ではないが、断れるものではない。シャーロットは女性の中で、この国で一番権力を持っているのだから。
止まっていた針を動かし、またチクチクとハンカチを縫う。
それにしても今回の人生は本当に不思議だ。四人でお茶会なんて、そんなものなかったというのに。
ふと、今までにない異常事態に魔が差したのだろうか。思ってしまったのだ。
これは神の悪戯なのか、はたまた救いなのかと。
「ふふっ」
「アヴィちゃん、そんなに楽しみなの?」
思わず出てしまった自嘲の笑い声に、母が勘違いをする。
何を思っているんだ自分は。悪戯なら悪趣味だし、救いなら無駄なことだ。
自分でもわからない救済が、他の者にわかるはずがないだろうに。
最後の仕上げを終え、ハンカチを広げて確認をする。
棘の抜かれた、この世に存在するはずのない花。青いバラだった。
アベリィは翡翠の目を細めて、小さく笑う。
自分の髪色の赤バラを選ばなかったのは嫌がらせだ。向けられる愛情の精一杯の抵抗とあとは…花言葉。
現実には存在しないためか、それは”奇跡”あるいは
(叶わぬ願い)
今はそんなこと思っていないけれど、かつての自分が確かに欲しがっていた愛というもの。
連鎖する人生では到底叶えられないもの。
記憶のないリアンにはわからないだろう。
青バラが見えないよう丁寧に畳む。次に会う時はきっと、王太子との茶会の場だ。
アベリィは母の言った通り、茶会が楽しみになってきた。
これから忙しくなるので、しばらく投稿できないかもしれません。