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ちょっと貴族社会について、オリジナルを加えていますがお許しください。
デートを無難に終わらせた次の日、アベリィは歴史の授業を受けていた。
「ではアベリィ様、復習です。王家とアレクサ家、ドルト家、シリス家の関係を言えますか?」
「はい、ベイリー先生。我らが三公はかつて、この国を救った英雄達の末裔です。そしてその血を王家に取り入れるため、我らは順番に婚姻を結ぶことになりました。例えば王妃殿下は元ドルト公爵令嬢で、アリーヤお母様は元シリス公爵令嬢です」
スラスラと答えたアベリィに、ベイリーは満足気に頷く。
「よく出来ました。今代はアベリィ様とリアン様が婚約を結ばれましたから、次期王妃様はシリス家のブリアンナ様ですね」
しかしそうはいかないことはアベリィだけが知っている。
今から十年後、ブリアンナに腹違いの姉がいることが判明するのだ。それもその娘は正妻が望んで、彼女の侍女に産ませた子だという。
その理由は正妻の子供の出来にくさにあった。
我が国はほかの貴族と違い、英雄の血を残すため三公の側室の数に制限がない。が、シリス家の現当主はアレクサ家から嫁いできた正妻を溺愛していた。周囲も仲睦まじい二人にドルト、アレクサに続いて、子が生まれるのも遅くはないだろうと微笑ましく見ていた。
だが一向に二人の間に男児どころか、女児も生まれない。
結婚してから四年が過ぎ、正妻はこれではシリス家が途絶えてしまうと、夫に側室を作るよう訴えた。
しかし妻を愛する当主は断固として、首を縦に振らなかった。子供なら分家から養子をとれば良いとそう言って。
焦った正妻は最終手段として、己の信頼する侍女にシリス家の子を産んでほしいと懇願した。外聞は少々悪くなるが、このままでは本家の正統な血が残らない。侍女を妾として迎え、どうか子を産んでほしいと。
始めは反対していた当主と侍女だったが、正妻の必死な様子についに折れた。当主は侍女を妾に迎え、間もなくして美しい娘が生まれた。
この調子でいけば、シリス家も安泰だ。そう思われたのもつかの間、またもや問題が起こった。
正妻が子を身ごもったのだ。
当然ながら正室の子と側室の子とでは継承権に違いが生じる。ましてや今代は、我がシリス家から国母を出すのだ。
当主と正妻は長女が王妃だと言ってくれたが、子爵家出身の側室は分家からの風当たりが強かった。
もともと正妻に忠誠を誓っていた側室は、自分と娘がいなければ、主の子が王妃になれると考え姿を消した。蒼色の髪と金の瞳を持つ、確かにシリス家の血を引く娘を連れて。
側室と娘がいなくなったことに気づいた当主達は懸命に探したが、見つかることはなかった。
やがて時は過ぎ、シリス公爵家にブリアンナとブレイデンという双子の姉弟が生まれた。
(ブリアンナ様も哀れよね…)
これまでの人生で彼女はアベリィとは違い、正しく悪役令嬢だった。
それはブリアンナが姉の存在を知らなかったからだ。
当主と正妻は双子に姉がいることを話さなかった。見つかるどころか、生きているかもわからない姉のことを知っても悲しむだけだと、知らせずにいたのだ。
そのせいで、ブリアンナは王妃になるのだと周りから言われ育ってきた。
事実そうであったし、ブリアンナもその気でいた。
側室の娘、ハンナ=シリスが来るまでは。
ずっと見つからなかった愛娘に、当主と正妻は喜び、王子の婚約者はハンナだと宣言した。
ブリアンナには意味がわからなかった。
ずっと姉の存在を知らなかった彼女からすれば、ぽっと出の妾の娘に次期王妃の座を奪われたのだ。それはグレもするだろう。
さすがに国王陛下がブリアンナを案じ、婚約は破棄されなかったが、シリス家は王妃はハンナだと主張し続けた。
なぜ正妻の娘である自分が王妃になれない。なぜ母は自分の血を引かぬ姉を愛す。
そして嫉妬、憎しみ、怒りを募らせたブリアンナはハンナにあらゆる嫌がらせを行った。
使用人のようにこき使い、罵倒を浴びせ、髪を切るなど暴力まで奮った。
おそらく前の人生でアベリィが雇ったとされる暗殺者も、ブリアンナが罪を着せたのだろう。貴族としての常識を知らない姉が、リアンに近づいているのを知っていたから。
だがアベリィはブリアンナを、完全に憎む気にはなれなかった。彼女がしたことは決して許されることではないが、確かに哀れではあったから。
アベリィはベイリーに気づかれないよう、目を伏せる。
一度だけ、彼女が泣いているのを見たことがある。いつも傲慢なブリアンナが幼子のように泣き、弟のブレイデンにすがりついているのを。
『どうして、どうしてなの?お母様はなぜあの女ばかり…!』
『リア、あの女じゃないよ。僕達のお姉様だ』
『レイまであの女の味方をするの!?』
『違う、違うよリア。お母様はちゃんとリアのことを愛してる。もちろん僕も』
『じゃあなんで私は次期王妃ではないの!』
『それはハンナお姉様がシリス家の長女だから』
『あんな下賎な血を引いているのに』
『子爵家だって立派な貴族だ。それにお姉様は間違いなくシリス家の令嬢だよ。あの蒼色の髪と金の瞳が何よりの証拠だ』
『…そうなら私はどうすればいいの?みんなに国母になるんだって言われて、王妃教育だって頑張ってきたのに、今さら…っ!』
『うん、そうだね…』
泣きじゃくるブリアンナと辛そうなブレイデンに、人生を狂わされたのは自分だけではなかったのだと実感した。
ハンナのせいではない。彼女もまた、被害者だ。貴族としても、平民としても中途半端に育てられ望んでもいない立場を強要された。
平民として生きれば彼女の色彩がそれを許さず、貴族として生きれば彼女の血筋がそれを許さない。
なんて、なんて可哀想な子。何回かの自分はハンナを憎んでしまったけれど、それは間違いだった。彼女は無知だったけれど、無知でい続けているわけではなかった。そんな強さにリアンも兄も惹かれたのだろう。
だから周りからのアベリィへの愛情は嘘だったのだ。簡単に自分を信じなくなったのだから。
ベイリーの質問に的確に答えながら、アベリィは胸を押さえる。
昨日感じた痛みは、もう忘れた。
何があっても愛する人を信じる。
そんな愛が、アベリィは欲しかったのです。