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アベリィのお兄様が出てきます。

『アベリィ、すまない。私は彼女を愛してしまった』


自らの婚約者だった彼に寄り添うあの子。アベリィとは対照的な透き通る蒼色の髪の少女。

嫉妬はしていた。けれど断罪されるようなことはしていない。


『アベリィ…お前はなんてことを』


『ああ…どうしてこんなことに』


『いくらアベリィでも、彼女を傷付けるようなことをしたのは許されることじゃないよ』


なぜかほかのクラスメートもアベリィが彼女をいじめていたかのように証言し、暗殺者を雇っていたかのように証拠が残されていた。

それでも筆跡は明らかに違っていたし、物を隠すような嫌がらせはしておらず忠告しかしていない。

なのに、誰も誰も信じてくれない。


『これは…冤罪です!私はこのようなことしておりません、信じてください!」


訴えても父と母、兄の視線は変わらない。

リアンは哀れみを込めた瞳でアベリィを見つめる。


『アベリィ、済まない』


憎しみを向けてはいないが、信じてもいなかった。


『いや…私はやってない!リアン様』



「なんで信じてくれないの!!」


叫びながら目を開けた。現状を理解できず二、三回瞬きをする。ゆっくりと身体を起こし、やっと今のは過去の夢だとわかった。

うるさい鼓動をむりやり深呼吸で鎮める。汗で張り付いた髪が気持ち悪かった。


「失礼しますお嬢様!?叫び声が聞こえたのですがどうかいたしましたか?」


ドンドンと、いつものクロエらしからぬノックが聞こえる。心配をかけてしまったようだ。

乱れている紅髪をある程度整え、安心させるように返事をした。


「大丈夫よクロエ。少し悪い夢を見ただけだから」


「そう、でございますか?…申し訳ありません、部屋に入室させていただいても」


「平気よ」


失礼いたしますと礼をして中に入るクロエ。しかしその愛らしい顔が曇る。


「お嬢様、お顔の色がやはり悪ぅございます。ご気分が優れないのでは…」


どうやら余程、蒼白な顔をしていたらしい。

だがアベリィは力の入らない顔を無理やり動かさなければならなかった。

体調が悪いなどと言って家族と関わる機会が増えるのは余計、身体に悪いから。


「言ったでしょう?悪い夢を見ただけよ。でも寝汗をかいてしまったの、身体を清めてくれる?」


「かしこまりました」


今から湯船につかるのは朝食に間に合わない。クロエは濡れタオルを持ってくるため、一旦部屋を退出した。

信頼する侍女がいなくなった部屋で、アベリィはため息を吐く。

久しぶりに見た、最初の過去の記憶。あの日のことは今でもトラウマになっている。

愛されていたことを裏切られたのが、何より辛かったから。現在は大分ダメージは少ないけれど。


コンコン


物思いに耽っている時間が長かったのか、もうクロエが帰って来たようだ。

そう思っていたのだが


「アヴィ?僕だよ、アンドリュだ。叫び声がしたって聞いたけど大丈夫かい?」


せっかく治まった動悸が再発する。

そうだ。部屋の壁は決して薄くはないが、クロエがアベリィの異常を知っていたのならば当然兄にも伝わっているはずなのだ。

まだ、アベリィを愛してくれているアンドリュが心配して様子を見に来るのは必然。

けど唯一信頼する侍女がいない中で、しかもあの夢を見た後で兄に会うのは今のアベリィのは辛すぎた。


「アヴィ?入るよ」


しかし事態はひどい方向に進んでいくもので。

返事を返さない妹の部屋に無遠慮に、そして確かにある愛情と共にアンドリュは入って来た。

自分よりも鮮やかな紅髪。バラというより東の国の椿という花の色に似ている。海の彼女と並ぶと、一級品の絵画のように美しかった。

自慢の、兄だった。


「ああ、顔色がひどい!今日は習い事はお休み」


悲し気に、形のいい眉を顰める。

だがアベリィはその表情を信じることはできない。いつからか兄は愛情深い顔を見せなくなったから。


「…少し、悪い夢を見ただけですわ。クロエが身体を清めてくれるので朝食には遅れるかと思いますわ」


意を決して早口でそう告げると「そうか」となぜか辛そうにアンドリュは笑った。


「急がなくていいからね。父上と母上には言っておくよ」


「ありがとうございます」


頭を下げると、兄はそっと自分の髪を撫でた。

その手の体温とは裏腹に、アベリィの心は冷えてくる。

くり返される人生でこの行為は何度もされてきた。最期まで持続されたことは、ただの一度もなかったけれど。


「お嬢様!お待たせし…坊ちゃま?」


「おはようクロエ。アヴィのことを、よろしく頼むよ」


慌てた様子のクロエが、なぜかいる主の兄に困惑する。

「よろしく頼む」の言葉がこの場だけのものではないと感じるのは気のせいだろうか。

それでも優秀なメイドはかしこまりましたと頭を垂れた。


「さぁ、お嬢様。汗をお拭きいたします」


「…えぇ」


失敗した、だろうか。

アベリィはこれまでの人生、心とは真反対な自分を演じてきた。

リアンを愛している自分を。

家族に愛されている自分を。

どうあがいても結果は変わらないから。

それなのに先程のアベリィはあまりに拒絶に過ぎた。

氷のように冷たい自分の肌とは対照的に温かいクロエの手を感じながら、アベリィはもう一度ため息を吐いた。

朝食の時は、もっとうまくやらなければ。


ほんの少し、今までの人生とは違うところが出てきました。

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