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花言葉ならぬ、宝石言葉を使ってみました。
「お嬢様、今日の顔合わせはいかがでしたか?」
編んだ髪をほどきながら侍女、クロエは聞いてきた。
肩に滑り落ちた紅い髪をアベリィは無感動に眺めた。
クロエは自分の髪をバラのようだと褒めてくれるが、アベリィには血の色に見える。壁や床にこびりついた乾いた血。
まるで彼女に染み付いた想いのように。
「そうね、リアン様はとても優しい方だったわ」
嘘は言ってない。その優しさは時に、残酷になるけれど。
最期リアンはアベリィを信じこそしなかったものの、蔑みもしなかった。
情けではなく、無関心でもなく純粋なる優しさ。
いっそ、罵ってくれた方がよかった。そうしてくれれば全てをかけてあの子に適わなかったことに、目を背けられたのに。
「そうですか!お嬢様をお幸せにしてくださりそうな方で、クロエは安心いたしました」
「そう、かしら」
それはどうだろう。これまで通りにいけば、アベリィは十七の誕生日を迎えたのち命を落とす。
対外的に見れば不幸なのだろう。しかし愛を信じなくなったアベリィからすれば、幸福も不幸も大差なかった。
「そうですよ!むしろお嬢様を幸せにしていただかなければ、この私のこぶしが唸ります」
「まぁクロエったら」
そういえば誰もがアベリィを信じない中で、クロエだけは自分に最期まで仕えてくれていた。
メイドという小さな存在だからこそ世界の運命に干渉されなかったからかもしれないが、それでもアベリィは嬉しかった。
『お嬢様の幸せがクロエの幸せです』
アベリィの幸せがこの忠実なメイドの幸せだというのなら、確かに自分は悪役令嬢なのだろう。
始めから数回の人生はあらゆるものを憎み、決して幸福ではなかったのだから。
「失礼いたしますアベリィお嬢様。リアン=ドルト様から贈り物です」
ノックが聞こえ、別のメイドの声がする。
先ほど別れたばかりだというのに、プレゼントとはどういうことだろうか。
「入っていいわよ」
静かに礼をして差し出してきたのは、細長い箱だった。それはくり返されるアベリィの人生で、あまりにも見慣れたものだった。
だが今回は、早すぎる。
「お嬢様、お開けしますか?」
「…えぇ」
入っていたのは美しいネックレスだった。本来なら、アベリィが十才の時にリアンから贈られるはずの。
(どうして…)
クロエから手渡されたネックレスは五才のアベリィからしてみれば、少し大きかった。
デザインも色も箱も全く同じ。唯一違うのは、宝石だった。
ガラスが割れたような、しかし壊れることのない石のダイヤモンド。
宝石言葉は『変わらぬ愛』
透明ながら不思議と彼女の紅髪に似合うそれを握りしめ、クロエにも聞こえないほどの小さな声でアベリィは吐き捨てた。
「嘘おっしゃい」