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茶会、前編。
遅くなり申し訳ございませんでした。
王城まではリアンと共に行く。そのためアベリィは普段とは違い、美しく着飾って婚約者を待っていた。
(落ち着かないわ…)
華やかなドレスにそわそわしてしまう。こちとら十七年を何回も繰り返しているのだ。十才の身体には似合う可愛らしい服だとしても、精神年齢的にはキツイものがある。
「アベリィ嬢!」
少し低くなった彼の声。振り返ると五年前より微かにシャープになった、銀色の少年がいた。
固すぎない礼服姿でアベリィに近寄る。
「おはようございます、アベリィ嬢。とてもお綺麗です!そのドレスも…それは」
蒼色の瞳を見開く。その視線は、アベリィの首元に向けられていた。
唇の両端を上げる。これは、これからやる嫌がらせの布石だ。
アベリィの白い首を飾っているのは、あの日最初にもらったプレゼント。
ダイヤモンドのネックレスだった。
十才の自分にピッタリのそれを、白魚のような手で撫でる。
「気づいてくださいましたか?幼い頃は少々大きかったですが、今はちょうど良くなりました」
ふふっと朗らかに笑う。久しぶりの本音の笑顔。
異常事態に対するささやかな抵抗をするのは、王太子との茶会が終わった後すぐだ。
「ええ…、付けてくださって嬉しいです。五年前は申し訳ありません、サイズが合わないものを」
「いいえ、今はこんなになじんでいますもの。さぁ、行きましょう」
複雑そうに笑うリアンに気づかないふりをして、馬車へ急がせる。
王太子に会うのは少々不安だが、最後には楽しみが待っている。
それが終わったらまた、無関心な自分に戻れると思うから。きっと期待せずに済むと思うから。
王宮に着くと、すぐに庭へ通された。
バラが咲き誇る広大な庭を、リアンにエスコートされながら歩くと蒼色の少女と黄金の少年が立っていた。
「久しぶりだな、リアンにアベリィ嬢」
「お久しぶりです、ニコラス殿下」
王家の証である黄金の髪に、ドルト家の者を母に持つ印の碧眼。目の前にいるのは陛下によく似たニコラス=ガルシア殿下、その人だった。
相変わらず、王子とは思えない気安さで片手を挙げている。
「おひさしぶりですわアベリィ様、リアン様も」
「お久しぶりです、ブリアンナ様」
にこやかにあいさつされ、曖昧に微笑み返す。
そうだ、ここに今の時点で婚約者である彼女がいないはずはない。
ハンナの髪を海に例えるなら、彼女の髪は湖だろうか。金の瞳はどこか蒼みを帯びており、知性を感じさせる。
そう、彼女はおそらくアベリィに罪を被せたブリアンナ=シリス公爵令嬢であった。
今はまだ異母姉がいることを知らない湖の少女は、
己の婚約者の隣で微笑んでいる。
「アベリィ嬢、どうしました?」
「いえ…」
本来はあのようなことを仕出かす子ではないのだ。優しく、聡明で美しい。そんな未来の王妃の鑑。
いつからだろう、ブリアンナが別人のようになったのは。
『妾の娘が、私の姉を名乗らないでちょうだい!』
憎しみと悲しみのこもった、美しかった金の瞳でハンナを睨む。
自分と同色の、だが自分より鮮やかな髪と瞳に心底腹が立つ。
それを見たアベリィは、胸中が苦い思いでいっぱいになった。
「さぁ二人とも、紅茶と菓子を用意したんだ。きっと美味いぞ」
王太子に薦められ、椅子に座る。その際に、チラリと銀色の婚約者を見た。
好きで、大好きで、愛しくてしかたなかった人。
憎めたら、どんなによかっただろう。
責めれたら、どんなによかっただろう。
それが間違いだと気づいた現在は、アベリィにとって辛いものでしかなかった。
今までになかった王太子たちとの茶会。これから起こる事は全くの未知だ。
どうかこれ以上、悪いことは起きませんように。
茶会の後の楽しみを思いながら、社交界専用の微笑みを顔に張り付けた。
中途半端になってしまった…。
まことに申し訳ありませんが、ここからしばらく更新はできません。
来年には再開しますので、何卒宜しくお願い致します。