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第91話 弱者

「おはよーっ」「おはーっ」「おーっす!」「おわっ! びっくりしたーっ!」


 登校後の昇降口では、俺が自身の靴を収める下駄箱の陰に身を潜めるいっぽう、たくさんの生徒たちは明るく朝の挨拶を当たり前に交わし、次々上履きに履き替え校舎内へ上がってゆく。俺も行かねばならないのだが、いま教室内で起こっているだろうことを考えると全身が重い。……あの、横岸よこぎしの【捨て台詞】を思い出すと。


     ◇


―—こりゃあこの幸せを、クラスメイトのハッピーを、ぜひ同じクラスメイトの皆にもお届けしないとねえぇっ!!——


     ◇


 登校中、たまたま俺が莉子りこちゃんといるときに出くわしたアイツは、莉子ちゃんの【とうとつの、空気をまったく読まない恋人のふり】から、完全なる誤解を手にして去り……。俺が昇降口ここに来たときには、もう横岸アイツの姿は影も形もなかったから、いまごろは教室内で、自分の見たこと、聞いたこと―—俺と莉子りこちゃんが付き合っている、ということ―—を、得意の話術で装飾たっぷりに話しまくっていると想像できる。だからこそこんなふうに動けないでいるのだ。


 そりゃあクラスメイトたちが俺のことを気に留めることは、たいしてないんだろうけど。いまだってほとんどが俺を素通りし、一部が俺の身を縮めるさまを無言半眼で一瞥、そしてごく一部が、「なにしてんの? キモっ」「おいおいなんだそりゃ……。お前って、なぜか自分から女子に嫌われにいくよな」「……おいっ! クラスの評判を下げるようなことをするなっ!」「——邪ぁ~、魔まっ!」等々、不審な俺に対するリアクションを示し、去っていく。体育祭を経て、以前の「だれお前?」状態から認知こそされるようになったが、別に好感度が爆上がりしたわけでもない。こんな感じなのだから、俺がだれと付き合おうが、面白がるどころか関心すら持たないだろう。——……が、それも風羽ふわがどういう反応をするかで180度変化する。


【風羽怜花れいか】は男女問わず、クラスはおろか学年全体で絶大な人気を誇る女生徒で、美しい切れ長の目に、つややかな黒髪ショート、制服の上からでも分かる抜群のスタイル、そして常にクールな面持ちから、【ガラスのバラ】【クールビューティ】などと形容される偶像アイドルだ。以前は近寄りがたい神秘性から隠れアイドル的存在で、遠巻きに見守られる感じだったが、いまではいろいろあって、少なくともクラス内ではだれも好意を隠さずにキャーキャー言っている。そして、そのアイドル様が俺と長年のネット友達で、現実でも仲のいい関係だということも、知れ渡っていた。


 その風羽……実態はセイラルおれの忠実なる従者、魔術士【ファレイ・ヴィース】……は、俺の、緑川せいとしての生活は維持したい、という願いに基づく言いつけ通り、クラス内では先の【設定】を遵守して「緑川みどりかわ君」と呼び、適度な距離感で関わっている。ただしそれも、俺に危害を加えてくる者が現れたり、……【必要以上に距離を詰めてくる女】が出てこない限り、だ。


 アイツがセイラルおれに向ける感情ものが、恋愛的なそれなのかは断言できない。だが従者として、自分のあるじたる俺へ、単なる主従関係を超えた、とてつもなく強い気持ちを抱いていることだけは言い切れる。従者が皆そうではないことは、来襲したローシャとカミヤの関係を見ても分かるし、俺の第二従者となったロドリーだって、その口ぶりから、なにか過去のセイラルおれと特別な事情があって、強い気持ちがあるのは察するが、ファレイのような方向性のものじゃない。やはりファレイあいつだけ【立ち位置】が違うのだ。


 ともあれ、俺に恋人ができた、ということが耳に入れば、きっと【風羽怜花】という立場を投げ捨てて、【ファレイ・ヴィース】としてのリアクションを示すだろう。そしてその反応を見たクラスメイト……【風羽好き好きファンクラブ】の連中も、100パーセント俺へ敵意・悪意・殺意むき出しとなり、総攻撃を仕掛けてきて、それを見たファレイがまた、なにをしでかすか分かったもんじゃない。人間に対しては、先のローシャやカミヤのような、まるでゴミかなにかのような見下しはないものの、【取るに足らないもの】という感じではある……それもさいきんは、少しずつ変化はしているようだが……ので、アイドルはおろか【人間のふり】をやめる可能性だってある。……要するに、横岸の【八つ当たり】は大迷惑なのである。


 アイツは【俺の強さ】に関心があるとかで、なにかとちょっかいをかけてくるものの、俺がだれと付き合おうが関心などないし、面白がる趣味もない。ただ今朝はなぜか不機嫌で、俺といっしょにいて爆笑する莉子ちゃんの様子、加えて彼女の恋人宣言から、【自分は嫌なことがあったのに、朝から楽しそうに恋人といちゃいちゃする緑川クラスメイトの姿を見せつけられた】という感じになってしまった。ゆえにいつもの女子高生らしからぬカン、状況把握力をうっちゃって暴挙に出たのだろう。そういう意味では歳相応というか、ふつうの女子的な態度もあったことは、どこかほっとしたところもあるのだが……。よりにもよってそのを、こんなことで見せてほしくはなかった。あわよくばどこかに遊びに行って、ダチとして仲良くなる中で見たかったよ……。


 そんなことを考えているうちに、だんだんと人がはけてきた。俺はいい加減覚悟を決め、自分の下駄箱へと近づいて、中から上履きを取り出し履き替える。と、そのときにそばから声がした。


「……。あんたってさあ、登校したときいっつもそんな表情かおしてんの? それともワタシがタイミング悪いだけか……?」


 見ると、すでに上靴に履き替えて廊下側から俺へ半眼を向けるシンリの姿があった。莉子ちゃんと同じ総合活動ソーカツ部の一員で、俺と同じ二年の女生徒だ。俺は、「あ、いや……。まあタイミングのほう、かな」と苦笑いをして話を合わせ、靴を拾って下駄箱にしまう。そんな俺に、シンリは怪訝な面持ちを崩さないまま、淡々と言った。


「そういえばあんた、きょう部活来んの?」


「えっ……? あー……、実はきょうは、ちょっと用事があって」


 苦笑いを浮かべたまま、俺は返す。……横岸と出くわしたときの莉子ちゃんの、まったく空気を読まない態度から、今後【恋人のふり】をどんな感じでするべきか、という話し合いをきょうの放課後にすることになっていたからだ。


 莉子ちゃんの恋人のふりをする、というのは、彼女にストーカー的な行為をし始めたクラスメイトから、彼女を守るために決めたことだが、できればこの話は、部活の皆にはしないほうがいいだろうと俺は莉子ちゃんに言い、それに彼女も同意した。皆優しく、きっと心配するだろうし、もしかしたら楠田くすだ先輩なんかはブチ切れて、即、相手のところに乗り込む可能性もある。そうした大事おおごとにならないよう、ただ相手に、莉子ちゃんに恋人がいることをほのめかし、諦めてくれたらそれに越したことはないからな。なのでこうして言葉を濁すしかなかった。まあシンリなら、口も堅そうだし、穏便に協力してくれるかもしれないんだが……。


「用事って外せないヤツか? そうじゃないなら付き合ってほしいんだけど。……部活じゃなく」


 意外な言葉が返ってきた。見るともう、シンリの表情かおから訝しげな光は消えていた。しかし視線は俺から外し、あまり気乗りしないような、そんなふうだった。なので今度は俺が訝しげな表情かおになり、廊下に上がるとシンリのそばに立って尋ねる。


「……なに? もしどうしても、っていうヤツなら、少しならいいけど」


「少しになるか、長くなるかは分からないっていうか……。まあ外せないみたいだし、また今度でいいよ。……んじゃ行くわ」


 シンリは苦笑して手をひらひらさせて去ってゆく。……な、なんだ? 気にはなるけど、こっちの用事も外せないのは確かだから、仕方ない。……っていうか、目下の問題ごとをクリアしないといけないんだった。


 俺はおおきなため息をついて、ようやく重い足を一歩踏み出す。そのときに予鈴が響き、「ほい、急げよ~!」と先生がばたばた隣を駆けていったので、やむなく二歩、三歩……教室へと駆け出した。


     ◇


 着くと息を殺してドアを引き、恐る恐る中の様子をのぞき見る。すでに予鈴は鳴り終えて、あと少しすれば本鈴が鳴り響き、同時に教師がやってくる。それまでに残されたわずかな時間の、皆で楽しげに話しつつも空気が締まりゆくこの感じは、いつも通り、変わらず。俺は唾を呑み込んで、するり……その空気に溶け込むように中へ入り、それから自分の席へ身を屈めて近づき、同化するように着席。だがそのかん、だれも俺のほうを見ることはなかった。……あれっ?


 俺は視線を動かし、談笑する皆の中、窓際で女子と男子に囲まれて楽しそうに話す横岸を認める。女子の話に手を叩いて笑い、男子のボケに突っ込みを入れ、ときに指を立てて持論を軽やかに展開。登校中に出会った不機嫌さの欠片もない、いつもの【クラスのリーダーっぷり】を披露している。相変わらずの切り替えの早さというか……、しかし俺に対する皆の無反応は……。アイツ、【なにも話してない】ってことか?


 そのまま訝しげに横岸を見ていると、ヤツは一瞬だけ俺に半眼を向けて、またぱっ……皆に笑顔を振りまいてお喋り。依然、俺に対してムカついたままなのは、いまので分かったが。話さなかったのは、下らないとでも思ったのだろうか。俺程度の恋バナで皆が盛り上がるわけもないと。それに万が一、風羽がよくない反応を示せば、せっかく体育祭で結束が強まったクラスメイトの絆がほどけていく可能性もあるからと。自転車をこいでるうちに冷静になっていったのかもしれん。


「おはよう。緑川君」


 そんな考えごとをしているうちに、ファレイ……風羽が俺の視線をさえぎって現れる。表情かおはにこにこと機嫌がいい。俺はとっさに、「お、おう。おはよう……」と笑みを見せ、それに風羽は軽くうなずくと、ゆっくり自分の席へ戻っていき、すぐに集まってきた男女へ大人の応対をしつつ、一限目の準備を始めた。こっちもいつも通りの【風羽怜花】……だな。やっぱり横岸は話してない。こちらとしては助かったんだけど、アイツがなにを考えてんのかよく分からないし、いちおうあとで聞いてみるか。場合によっては、こっちの事情を話すことになるかもしれないが、むしろこの件に関しては、横岸の知恵を借りたほうがいいかもしれない。男女の問題なら、俺よりよほど精通しているだろう。


 そんなふうに結論が出たところで本鈴が鳴り、それから少しだけ遅れて、「ほぉぉ……い。おはよー……さん。全員いるか~?」とあくび交じりに現国の教師がやってきて、空気はゆるやかに授業モードへ切り替わった。


     ◇


 そして時は流れて昼休み――。俺は橋花はしはな伊草いぐさと東棟で飯を食うために弁当包みを持って教室を出た。ちなみに弁当は俺が作ったものである。前に風羽に作ってもらったときの、クラスメイトたちの反応がでかすぎて、これはもう控えたほうがいいだろうと判断したためだ。


 それを告げたとき、風羽……ファレイはたいそう残念がった、というか「皆については【私に】お任せ下さればっ! きっと滞りなく、セイラル様にご迷惑をかけずに……!」と食い下がったが、なにをお任せすることになるか恐ろしすぎたので即却下。それでも唇を血が出る勢いでかみしめて半泣きで訴えてきたので、「……分かった! たまに【俺がお前の家に食べに行く】からっ!」と思わず言ってしまい、「あ、いや、ちが……!」という俺の間髪入れぬ否定言語も吹っ飛ばし、「 承 知 いたしましたっ!!!!!!!!  毎 日 、 い つ 来 て い た だ い て も 問題ないように準備万端、日々精進いたしますゆえっ!!!!!!!」という叫びをもって【約束】が成立。……こ、言葉選びは難しいぃ! 


 ファレイは少し前まで、なぜか料理がうまくできずに悲嘆に暮れていて、それを俺が、漏れ出ている魔力のせいじゃないかと指摘したとたん、とてつもなく腕の立つ料理人へと変貌、以後は俺に食べさせるためが筆頭の動機でありつつも、料理そのものを楽しんでいるようだった。だから俺の弁当を作る機会がなくなってしまったことを惜しんでいたというわけだ。あとは体育祭で口にした、じいちゃんの創った飯の美味さに衝撃を受けていたことも、その情熱に拍車をかけたのだろう。……十分いまでも美味いんだけどな。じいちゃんが特別すぎるだけで。


 そういえば夏休みに入るまでに、じいちゃんが納得する料理を作らなきゃならないんだった。うう……、いったいなにを作ればいいのやら。いままでの得意料理か、それとも新しいものを出したほうがいいのか。期末試験よりも頭が痛い【試験】だよ、俺にとっちゃあ……。


 俺は思わず頭を押さえ、そのまま差し掛かった階段をゆっくり降りてゆく。踊り場を通り、また降りてゆくと、ぴりっ……、目の奥にかすかな痛みが走り、そのあと【魔芯ワズ】がゆらめいたので足を止める。……階段の下から見知らぬ女生徒が、じっと俺を見上げていた。


「……?」


 訝るような視線を向けるも、その子は首を傾げて笑みを向ける。栗色の、片方だけ結んでいる長い髪。細い目に、細い唇。半袖と、膝丈のスカートからのびる手脚は華奢だが、背は俺と同じくらいに見える。リボンが青、ということは2年タメか。でも見覚えはない。まあ俺はさいきんまでクラスで空気だったし、一年のときもそう。ほかのクラスの生徒をたくさん知っているわけじゃないから。ただ今回のは、【そういう話】でなく、彼女は――……。


 俺はごくりと唾を呑むと、再び階段を降り始める。いっぽう彼女はやはりにこにこと俺を見つめるばかりで動かない。やがて俺が彼女の隣まで来て、通り過ぎようとすると……かすかに声が聞こえた。


「すごいね、きみ。堂々としてて。……【弱い】のに」


 振り向くと、すでにその姿はなかった。……間違いない。リフィナーだ。魔術士かどうかは分からないけど……。人間がこんな一瞬で移動できるわけがない。魔力も抑えているのかもしれないが、感じられるもので7000くらい。制服はよく馴染んていて、潜入した感じはない。……いたのか。ファレイやロドリー以外にも、この学校に……。


 敵意は感じなかった。発した言葉の意味はよく分からないが、【緑川晴おれ】を【セイラル】だと踏んで話しかけてきたふうでもない。ただ一万程度の、自分に近い魔力値を持つリフィナーおれを見つけて声をかけてきたんだろう。ファレイは何度か校内で魔力をまき散らしてるから、アイツがリフィナーであることは知ってるだろうし、あの膨大な魔力と比べたら、俺に親近感がわいてもおかしくない。そんな感じだと思う。……たぶん。


     ◇


 それから。橋花や伊草との昼飯は、いつもの橋花のオタクトークに伊草がうんざりしたり、駅前のバーガーショップ『ラ・ヴーム』にとんでもない新作が出たとか、たわいのない話でそこそこ盛り上がり、予鈴とともに解散となる。


 話の流れで試験明けに、【とんでもない新作】とやらをヤツらと食べに行くことになり、また予定が増えてしまったが、大丈夫か、俺? 去年と比べてハードスケジュールすぎるだろう。夏休みはすいちゃんの地元で夏祭り、ソーカツ部の合宿、休み前は『ラ・ヴーム』で新作の味見会に、じいちゃんの試験。そしてそれらと並行してずっと、ルイに命じられた自主練。さらに、たぶん夏休みには【ルイの合宿】もあるんだろうなあ……。あと莉子ちゃんと【恋人のふり】をするんだったら、とうぜん、休みにもなにかしらのことはするだろうし、横岸にも【借り】を返してない。


 しかしリア充のヤツらってすごいよな。恋人との時間、友達との時間、家族との時間、さらには自分の時間に勉強に部活に……。楽しいからできるんだろうなとは思うけど。俺もいま想像して、大変さよりも、わくわくが勝っているから少しは分かる、……前よりは。


 空の弁当箱をぶらぶらさせ、みっちり詰まった予定に想いを馳せつつ廊下を歩く。そこでふと、たくさんの夏の予定の中に、ファレイとのそれがないことに気づく。飯をたまに食べに行く、とはいったけど、いっしょに遊びに行く予定は……。別にバランスを取るわけじゃないが、ほかの皆とこれだけ予定を組んでいるなら、やっぱりファレイとも、どこかへ出かけたほうがいいのでは、と思ってしまう。アイツも喜ぶんじゃないだろうかと。

 まあファレイは、セイラルおれと関われることだったらたいてい喜ぶんだけど。でもそんな表情かおを、いつもの主従関係からでなく、対等な関係――【緑川晴】と【風羽怜花】とのつながりの中で見てみたいなと、少し思った。


『なに言ってんの、緑川君!』とか言いながら、笑いながら俺を小突いてきたり、『そのジュース、ひと口ちょうだい!』……なんてさ。絶対にするわけないんだけど。もしかしたら、それに近い、くだけたやり取りは見れるかもしれない。なんでそこまで、アイツにフランクに接して欲しいのか、自分でも分からないが……。これは【緑川晴おれ】の願望なんだろうか。それとも――……。


「……あ、せ、先輩! こんにちは……!」


 とつぜんの声に顔を上げると、赤い巾着袋をさげた莉子ちゃんが、友達らしきふたりの女生徒たちと立っていた。いつの間にか一年の教室近くに来ていたようだ。友達のほうはペットボトルのお茶、紙パックのジュースとか持ってるから、俺たちみたく、どこかで昼飯を食ってきた帰りかな。


「やあ。……もしかしてそれ、弁当箱入ってるの? 可愛い袋だね」


 と、俺は彼女の巾着袋を指して言う。たぶん手作りだろうそれは、金魚の刺繍が施された愛らしいデザインで、お世辞ではなくよくできていた。莉子ちゃんは衣装デザイナーになりたい、ということでソーカツ部にいるから、これも彼女の作品なんだろう。


「あ……、あ、ありがとうございますっ! 自分でもけっこうお気に入りなので、嬉しいです……」


 少し顔を赤らめてうつむく。それでペットボトルを手にしていた子が、「——センパイ、お目が高いっ! なんとこれ、莉子の手作りなんですよ~!」と、彼女の巾着袋を両手で指差し、にこにこアピール。するともうひとりの、紙パックを持つ子が呆れたように、「馬鹿。この人部活の先輩でしょ? 莉子がいろいろ作ってるのは、きっと知ってるよ」と言う。俺はそれを受けて返した。


「まあ、たぶんそうだろうなとは。俺もさいきん入ったから、そこまで彼女の作品に詳しいわけじゃないけど……。繊細でいて、でもしっかりしていて。地に足がついているけど、地味じゃないんだよな、華があって。……莉子ちゃんっぽいなあって。それがすごく伝わるから」


「そ……、そうですかっ? 自分では分からないんですけど……」


 いよいよ顔を赤くして、莉子ちゃんは巾着袋を何度も見返す。照れながらも嬉しそうだった。……俺は昔からじいちゃんが創ってる作品をたくさん見てきたし、じいちゃんの友達にもいろいろ創る人たちがいて、あれこれ見てはいるから、目はそれなりにという自負がある。技術も確かだけど、彼女の作品には【自分】があるんだ。……それが好いなと思った。


 莉子ちゃんは俺の言葉を受けて、これをどういうふうに作ったかなど楽しそうに話し出す。その様子に友達ふたりは、「……へー」「ふぅん……」と彼女を、次に俺を見やり、それからまた莉子ちゃんを見やって、彼女に言った


「リコぉ、あんた話と違わな~い? 新しく入ったセンパイって、【侵略者】みたいだって言ってたじゃん。すんごい好い人に見えるんだけど~?」


「まあ少なくとも、【怪人】とか、そういうたぐいの人じゃないよね。あんたの言葉のチョイスはアレだから、割り引いて聞いてたにしても、……ちょっとひどいかな」


 ふたりはかぶりを振り、ため息をつく。し、……【侵略者】? 【怪人】? どこをどう見てそんな言葉がっ!? 毒舌なのは知ってるけど、毒以前に、俺のなにを指してその言葉が出てきたのかさっぱり分からんぞ!


 俺は顔を引きつらせ莉子ちゃんを見る。すると彼女は真っ青な表情かおで、「ち、ちがっ!! ちがちがちが違うんですっ! 私の話を聞いてください!! この子たち は し ょ り すぎてるんですぅ~~~~~~~~~~~~~~っ!!」と巾着袋をおもくそ振りまわし始めた。せっかくの作品がちぎれるよ!? あと俺の顔面をかすめてるからやめてくれ~っ!!


「ね、—―ね? ……いた! 言ったでしょ~【見かけた】って! ……ほ・ら・――おねが~いっ!」


「お、おいっ! いまは不味いだろ! いっぱいいるじゃんか! ……あのなあ……!」


 ぶんぶん丸と化した後輩を抑えていると、今度はうしろから、なにやらもめるような声が近づいてくる。それで俺たちが騒ぐのをやめて振り向くと、だれかに押されてシンリが、ものすごく嫌そうな表情かおでこちらに来るさまが目に入る。……や、待て。【これ】は……—―。


「……シ、シンリ先輩? どうしたんですか? なにか私たちに……」


「いや……、私【たち】、じゃなくてだな……。晴のほうに。ワタシが、じゃなくて……」


 眉をひそめて、まとまらない言葉をそのまま口にして、シンリは自分を押す【だれか】の手を払う。そして訝る俺に向き直り、おおきくため息をついて言った。


「あのさ、朝の話。用事ってのは【コレ】のこと。……ワタシは今度にしろって言ったんだけど、聞かなくてさ。……悪いんだけど、いま聞いてやってくんない?」


 シンリはそう言って、親指で自分のうしろに立つ【その女子】を示す。彼女はそれを受けて、「え~っ? 私に振らないでよーっ! シンリが間に入ってくれるって言ったじゃーん」と、はにかむように言う。シンリは再びため息をついて、「だから間に入ってるだろーが! 物理的にも精神的にも!」とキレ気味に返す。それで彼女は、「分かった! 分かりま・し・た! ……お膳立てありがとう!」と両手を上げて、シンリをなだめるように言うと……くるり、俺に向き直る。少し前に見た、細い両眼で俺を見据えて――。


「【はじめまして】! 私、シンリの友達の、巽芽良たつみめらと言います! 実は~、きみのことはちょっと前まで知らなかったんだけど……—―体育祭で【発見しちゃって】、……ね。それでシンリの部活仲間だって知って、この運び! ……—―要はひと目惚れっ、ってことで! お付き合い、よろしくお願いいたしますぅ~っ!」


 その巽と名乗った、昼休みが始まったときに階段で見た、【人間でないその女】は……—―。直角に頭を下げ、俺に握手を求めるように手を差し出した。俺は呆然として動けずにいたが、それを受けて、「あ……、【こーいうこと】するから、本気に受け取られないんだよね~いっつも……」と、巽は顔を上げる。そして同じように固まる莉子ちゃんと、友達ふたりを順に見て、


「あの。別にいいよね。あなたたち、彼と付き合ってるわけじゃないよね……」


 と、細い目を向けて尋ねる。友達ふたりは、「えっ? ぜんぜんぜんぜんっ! さっき会ったばかりだし!」「同じく。私らはこの子の友達です」と莉子ちゃんを示す。そして莉子ちゃんは――。石のように硬直していたが、巽がじっと視線を外さないので、我に返り……慌てて返した。


「わ、私は後輩っ! 部活の後輩でっ……!! 先輩とはそんな関係では――……」


「後輩……。なるほど。彼女じゃない。……【好きでもない】?」


「……えっ!? い、いえいえいえいえっ! そ、そんなことは、いま……!!」


「【いま】。ふーん。……【これからも好きにならない?】」


「…………あ、……そ、そんなこ――……」


 莉子ちゃんは絶句する。しかし巽は視線をそらすこともなく、まるで足から頭までスキャンでもするように彼女を眺めまわしていた。が、ゴン! とシンリに拳骨を食らわされてようやくやめる。


「いー加減にしろっ! 莉子を巻き込・む・なっ! ……あと悪いな、あんたらもう授業始まるから行ってくれる? ……この子も連れて」


 シンリは友達ふたりに、心底申し訳なさそうな表情かおをして、ごめん、と片手を立てる。彼女らは、「わ、ワッカリましたぁ~……」「し、失礼します……」と、呆然としたままの莉子ちゃんを引っ張って、そそくさ離れてゆく。シンリがそのさまを見届けたあとに、キーンコーンカーンコーン……本鈴が鳴り響き、彼女は、「あーくっそ……。よく考えたら次、体育じゃんか……」と舌打ちして、涙目で頭を押さえる巽の腕をつかんだ。


「帰るぞっ! ……マジ悪い、これの説明は、放課後……は用事があるんだっけか、晩に空いてたらラインするから!」


「あ、ああ……。分かった」


 なんとかそれだけ答えて、シンリは俺にも、莉子ちゃんたちにしたように片手を立てて謝り、それからブチ切れた表情かおで巽を引きずってゆく。そうしてなすがままにされ、だんだんと離れてゆく巽を、俺は真顔で見つめていたが、ヤツは指でくうに――オレンジ色の魔力光を放つそれで文字をえがいた。


――人間は、人間同士。リフィナーは、リフィナー同士。【弱い者は、弱い者同士】――。それがいちばん、自然で幸せなことなんだ。……きみもそれに気づくべきだよ――


 と、細い目をさらに細めて、【弱い同類】を憐れむような笑みを浮かべて。そして最後に、俺が読み終えたのを確認すると、パチンーー指を鳴らしすべての文字をかき消した。

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