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第88話 ただ、ほかの者よりほんの少し、余計に時間がかかるだけだ

「だからあ、『たん、たん、たん、たん』ーーだってーのっ! な~んで分かんねぇのお前ら!?」


「それよりもっ、手だよ、手! ……ほら見て、いまもっ! 強引なんだよセイラルがっ! それが好きな女を抱き寄せる手つきかね!? いかに坊やといってもやりようがあるだろうに!」


「いや、それを言うならマーリィもだ! ぜんっぜん合わせる気がねえ!! そもそもはるか年上なんだから、リードすべきはマーリィのほうだろ! ……ああ見たか、いまだってぶすーっとしてっ! 俺はいままでこんなつらして踊る女を見たことねぇぞ!」


「ちょっと待ってよ! 歳は関係ないでしょなに言ってんの!? 誘ったのはセイラルなんだから、リードするのもセイラルの役目でしょ!! 下手でも経験不足でも、もっとさあ、思いやりがいるわけよ! そーゆーのがぜんっぜん見えないのこの子はっ! 女に恥かかせてるんだよっ!」


「つーかもう六曲目なのに、息が合わなすぎだろ……。マーリィはともかくさあ、セイラル、お前ほんとうにマーリィに惚れてんの? まるでピピテコ(※小型の魔獣。とくに脅威ではないが、動きが変則的で意表を突かれることがある)がぶつかってきたときみたいな動きでさあ……。下手ならもっとこう、せめて抱き寄せて情熱的にだなあ」


「そんな助平な踊り教えないで! あんたみたいになったらどうすんのよ!」


「はあ!? 俺みたいになったら万々歳じゃねえか! おいセイラル! お前も女とはちゃんと関わりもっておけよ~? じゃないとパスみたく『俺は孤独やない。—―【孤高】や。言葉の使い方に気をつけんかい』とか言いながら寂しい日々を送ることになるぜぇ? やっぱり女がいてこそだ……ぶげっ!」


「おーおー、たかだが50かそこらのガキがいっぱしの口を利くようになったやんけ、ボケぇ!! ……偉そうなこと垂れるんやったらお前こそさっさと結婚せんかい! いったいどんだけ女に振られとんねん!」


「な、なにおうっ!? 振られてなんかねーんだよっ! ちょこ~っと怒らせただけで、どの女とも、その後も仲良くやってるわ! ……なーフェル!?」


「え? どちら様ですか? ちょっと記憶にないですねぇ……。ねえ皆~。この男、知ってる~?」


「さあ……」「好い男なら思い出せるんだけれど」「カスっぽいしねえ」「ほらほら、自分の村に帰ったほうがいいんじゃない? 【5年祭】は今夜だけなんだからさ」


「そ、そりゃあねえだろう!? 俺は生まれも育ちも正真正銘、生粋のここの男だぜ!? 冗談にしたって笑えねえぞ!! ……なあフェルぅ、ミーナぁ、アリュウぅ、セーテぇ!」


 と、半泣きというか全泣きで、四人の女にすがりつこうとしては避けられるスフト(51歳独身。生業は薬手者やくしゅもの(※薬草を採取、調合する仕事))。パスは「……はっ。そのまま土に埋まって薬草に生まれ変わって皆の役に立たんかい」と鼻で笑い酒瓶をあおりつつ、皆が踊る広場から出ていき、同じようにフェルたち女軍団も、スフトを引きずって退場。それを合図に、次の曲が演奏され始め、広場に残る男女は踊りを再開した。……俺とマーリィをのぞいて。


「……ったく。なんなんだよ皆して。ふつー踊りの最中にあんな口出してくるか? あそこまでやかましくされて、まともに踊れるわけがないじゃねーか」


 俺は半眼でぶつぶつ言う。……そう。俺が師匠マーリィに、手作りのイヤリングを手渡すことで、準備していた音士ねじ(※楽器の演奏を生業とする者)たちが演奏開始、広場で皆が踊り出し【5年祭】が始まった。そこまではいい。実に感動的な幕開けだ。だがいざ、俺と師匠マーリィが踊り始めたら、周りのヤツらが来る、来る、来る……口も出す、出す、出す―—……踊りながら! 実に見事なお手前ですね、と言いたいところだが、余計なお世話なんだよ! 俺なんか【本番】は初めてで、とうぜん緊張だってしているのに……。


 そりゃあ【練習】は、子供のときからしている。男が女を誘うには、歌と踊りができなきゃ話にならない、という常識があるからだ。これは俺の生まれた村に限らず、ここもそうだし、都会の街もそう。だから幼いときからそういう練習は、遊びといっしょにしてきたから、基本的な踊りはひと通り踊れるし、曲だって知っているし歌えもする。だがそれはあくまで【練習】だ。好きな相手と踊る【本番】とはなにもかもが違う。


「……おい。もういいんじゃないか? 六曲も踊れば君も満足しただろう。こんなふうに踊ったのは初めてだったが、けっきょく、なにが楽しいのかまったく理解することはできなかった。……しかし、【なんでも経験】ではある。わずかでも学びは得たから無駄ではなかった」


 と、俺がその折れそうなほど細い腰に手をまわし、華奢な手を取る相手である、麗しの姫君——マーリィ・レクスゥエルは、相変わらずのふてくされた表情かおで言い放つ。ちなみに俺の10倍以上生きている女だが……その口調は大人が子供を諭すようなものではまるでなく、幼い娘が出先で父親に『ねえ、もういいでしょ~帰ろうよぉ。飽きたしつまんないよう~』と唇をとがらせ袖を引くようなものだ。


 俺は顔を引きつらせつつ、楽しそうに踊る周囲、いまだに飛んでくる助言という名の野次、そして美しい旋律を背景に、心を落ち着けてからマーリィに言った。


「……いろいろ言いたいことはあるんだが。その、【わずかな学び】ってのはなんなんだ?」


「君と私の相性が、格段に悪い、ということだ。リズム感からなにからすべてが合わない」


「合わない? じゃねーっ! そもそもあんた、合わせようとしてないだろーがっ!? 俺が右へ行こうとしたら左に行くし! ……ぜってーわざとだろ!!」


「違う。【私】は合わせようとした。しかし【私の脚】はいうことを聞かなかった。それだけだ」


「あんたの体はあんたの気持ちに逆らうのか! そりゃ~毎日歩くのも水を飲むのも大変そうだなあ折り合いつかなくてっ!! それとも俺と踊るときだけかっ!? ずいぶん限定的な反抗だなあおいっ!!」


「いや。踊るときだけでなく、君が私に必要以上に接近してきたときはすべてだな。どうも体が危機感を覚えつつあるらしい。……実に不思議だ」


 と、別のだれかの話のように、アゴに手を当て師匠マーリィは言う。俺は頬をひくひくさせてもはやその顔の痛みで髪の毛が抜けそうになっていたが、そこでふと、ヤルゥの言葉を思い出して力が抜ける。


「……。あんた、もしかして……。ヤルゥが言ってたみたいに、ほんとうに俺を男として意識してるってことなのか? それにしたって俺なんかかんたんに吹っ飛ばせる力があるんだから、危機感とかありえねえだろ。とにかく、そんな心配はするだけ無駄だから、もっとふつうにし……」


「 違 う 。断じて 違 う 。私の中ではヤルゥたちほかの連中と同じ、いまだに君はガキのままだよ。……まあいい。そこまで言うなら【合わせて】やろう。——……そらっ、八曲目が始まるぞ!」


 言うと同時に高い笛のが夜を切り裂き、広場中央の男女全員に緊張が走る。これは数ある伴奏の中でも極めて難易度の高いもので、その理由はこの踊りにあった。静かな脚運びに、やわらかな手のいざない。しかし一転、激しくなると天まで跳ねるように躍動し、最後にまた、静寂に還る、という、静動途切れなく混じったそれは、有識者をして『リフィナーの生涯そのものだ』と言わしめたものである。……これを最後に持ってくるのも、今夜がいつものファレイ彗星祭ではなく、【5年祭】だからだろう。


 笛の音が響き終わり、いっときの静けさが訪れると、皆が地を擦るように動き始めた。俺も慌てて、それに合わせようとしたが、さっきまでと違い、地面の感触がなくなったように―—凍った川面かわもを滑るように足が出た。そして、師匠マーリィの足もぴったりと、それに倣っていた。


 俺は師匠マーリィを見る。長いまつ毛におおわれたふたつの宝石は、今夜の星月のようにまばゆくて、艶やかな唇は繊細な輝きを放って俺を誘導する。俺が手を取っているのに、師匠マーリィに導かれて手はくうを舞い、脚は夜を断つように前に出る。やがて頭の動きも、腰の動きも、中心から先端に至るまで師匠マーリィと溶け合って、最後に【魔芯ワズ】の鼓動と輝きが交じり合ったとき―—はるか年上の師匠マーリィの姿が、とても幼いものになり……広場は消え、夜も飛び、時空を超えてさまざまな画が視界と心を駆け巡る。


 戦争に巻き込まれ、幼いころの師匠マーリィが、巨大な光塊こうかいに呑まれる姿。辺り一帯、おそらく街も草木花も動物も、家も、リフィナーも……そこに在るすべてが吹き飛んで、自分マーリィだけが何事もなかったかのように在って、同時に巨大な魔力が身に宿った瞬間とき。【先天術式】である【全魔術還元術式テレコワス】が目覚め、それで国から狙われ、そのたびに自分以外の存在を傷つけ、自分の心も傷つけられ、それに耐えかねてなりたくもない魔術士にならざるを、強くならざるを得なくなり、いつしかだれもが畏怖する【魔神】となった。その師匠マーリィの半生が、以前パスから聞かされたそのものが、一気に俺の【魔芯ワズ】に流れ込んできて……——それからすべてが消し飛んだ。


 そうして気がつくと、俺は……。元の広場にいて、いつの間にか師匠マーリィに導かれるまま見事な踊りを披露していた。それで周囲から大歓声が上がっていたが、そんなことは少しも心に入らずに、ただ師匠マーリィを深く見つめなおす。


 ……そうだ。彼女マーリィはなんでもできる。前にパスから聞かされた通り、いま俺が【魔芯ワズ】を通してた通りなら、師匠マーリィは親を始めとして大人に踊りを教わることも、遊びで踊った幼いころも、満足になかったはずなんだ。それでも戦いを潜り抜けて、大人になって、ようやく落ち着いて、この村のリフィナーたちや、それ以外にも出会う周りの幸せそうな子供や大人の踊り歌うさまを見て、頭の良さから【覚えるだけ】はした。そして言われればその通り、初めてだろうがこんな見事に……。


「……すげーじゃねぇか!! ちゃんと踊れるなら始めからしとけよ~っこのこのっ!!」


 ばんばん背中を叩かれて我に返る。見るとスフトが戻ってきて満面の笑みを浮かべていた。師匠マーリィはまたぶすっとした半眼になっていたが、スフトや、あとからやってきたフェルら女たちに、「すっごく綺麗だった~最高っ!」「もー私なんて見とれちゃったよ~!」「やるじゃない! なんだ隠してんじゃないよ! はっは!」「あーいまのが最後だなんて! さては面倒だから最後だけ本気だしたなあ~!? あんたならあり得るっ!」とわいわいやられて、静かな笑みを浮かべていて、どうも俺に自分の過去ことが伝わったとは気づいていないようだった。……つまりさっきのは師匠マーリィの意思じゃない。


 接触が多かったからそうなったのか。踊りで高揚したからそうなったのか。だれでもなるのか、俺だけなのか、【たまたま】か―—。さまざまなことが、盛り上がる皆をよそに俺の頭を駆け巡ったが、やがておれはかぶりをふり、再び師匠マーリィを見る。……経緯も理由も関係ない。【ぐうぜん】だろうが【運命】だろうがどうでもいい。【俺が】【いま】【知った】という事実だけが大事なんだ。そして、その事実は、俺の覚悟を、きょうこの日に……さらに固いものにした。


     ◇


 広場での、さいしょの八つの踊りは【5年祭】を始める盛大な合図のようなもので、基本的にはそれなりの歳の者たちが参加する。俺とマーリィの場合、マーリィの歳に合わせてというより、完全に開始の鐘扱いで参加【させられた】、という感じだ。まあ結果的には盛り上がったし、そのに出番が控えているダチたち……、ハク、ジュート、ルクラスらを発奮させることができたので、好かったとは思う。


 男女の踊りそのものは中盤に一回、最後にもう一回あって、ハクたちが出るのは最後、成人して間もない若者枠のほうである。それは若者たちの初々しさを、歳を重ねた者たちが酒を片手に観て楽しむ……というやや悪趣味な面もなくはないが、ほんらいの意図としては、若者に未来を託して祭りを終える、というものだ。そして、その最後の踊りで踊った相手と結ばれることも多いらしい。


 だからこそ、意中の相手を誘えるかどうかで緊張しまくりだったヤツらだが、さいしょに俺とマーリィのまったく合わない下手な踊り六曲(と、棒立ちの一曲)、そして最後に溶け合うように見事な踊りを魅せた一曲から、別にすべてうまくなくてもいいという安堵と、しかしここぞというときには気合を入れるんだ、というやる気を同時に得たようで、誘うことも気後れせずにでき、受けてもらうこともできたようだ。


「よーっしお前らっ! 誘うっていう、俺らにとっちゃ最難関に近いモンはクリアしたんだ! あとは屁、みたいなもんだろ屁っ屁っ!!」


「そのたとえはどうかと思うが……おおむねはそうだ! 失敗しそうなときはセイラルを思い出したらいいっ! あのぎこちない足さばきに、強引な手の運びをさっ! そして気合を入れるときはマーリィの見事さをまぶたの奥から引きずり出すんだっ!! ……僕には見えるっ! 成功のイメージがっ……!」


「おう! きょうは【思い出作りの日】じゃないっ! あしたからの、皆の幸福な日々の始まりのための日だっ!! ―—てめえら、もう一回! 気合を入れ直すぞおらあっ!!!」


「「「うっしゃああああああーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」」」


 ハク、ジュート、ルクラスが、広場の隅とはいえ、周囲に丸聞こえも構わず円陣を組んで叫ぶので、遠くから【大人の先輩】たちが、「いいぞお前ら~ぶっはっはっは!」「気合入れるの早すぎるだろ……。まだお前らの前に俺らの出番もあるんだぜ?」「あーあー見てるほうが恥ずかしい! まああれくらいのほうがいいのかな」「私はちょいパスかなあ……。男は落ち着きだよ、やっぱり!」等々、酒と料理を楽しみながら声を飛ばす。いま広場ではちょうど、次の出し物の準備で幕間といった感じなので、余計目立っていた。だからアイツらの相手であるレミル、ワンティ、ルーは、それぞれ「あんの馬鹿はっ……」と歯ぎしりしたり、「わはははっ! 馬鹿だよねぇ!」と爆笑したり、頭を押さえて関わりのないふりをしたりと三者三様だったが、皆頬を赤くしていたのは同じで、それも大人たちから突っ込まれていた。でもだれもそうしたいじりに本気では怒らず、どこか楽しそうだった。


 そしてヤルゥ、同じく幼なじみのポッシは次に控える中盤枠に参加予定で、それぞれの相手たちと軽く練習をしていた。この枠は、とくに男女に限らないもので、友達同士とか親子とか仲間とか、いろんなつながりの者たちが親愛の情を込めて踊るものだ。もちろん、はっきり恋や愛の気持ちを示すのはどうか、というような、微妙な関係の男女も参加したりする。ポッシなんかはそのたぐいで、彼女は30くらい年上である、武器職人のペズを【誘って】いた。


「ほら。あの人もいつまでも独りで可哀そうだし。ちょうど私も、今年で大人になったから。練習として、……さ」


 と、素直でないポッシは言っていたが、ヤルゥら幼なじみ連中には昔からバレバレで、ペズは彼女がちいさなころからずっと、片思いしている相手であった。いっぽうペズは、ポッシの父親が職人仲間で、彼女が幼いころから作業場を出入りしていたため、娘みたいに思ってかわいがっていたので喜んで誘いを受けた。


「俺はこれでも踊りはなかなかいける口なんだぞ~? ポッシの将来の相手のために、付き合ってやるよ!」


 ……と、こちらは純粋に父性丸出しで、にこにこと。ポッシは顔を引きつらせつつも、「ま、まだまだ、これが始まりだから……」とぶつぶつ言いながらも、いまも慣れた感じのペズに教えられて、必死についていこうとしていた。


 そしてヤルゥは、ちいさな子供たち数人と踊るらしい。面倒見のいい彼女にはたくさん子供がなついていたが、きょうも「おれがヤルゥといちばんにおどるの!」「ちがう! あたし!」「ぼくだよ!」と男女関係なく取り合いになっていた。そうして囲まれる前に、俺に、「最後の一曲。素敵な踊りでしたね。五年後はあんなふうに、あなたと踊れるように私も練習しておきますから」と、にっこり……。釘を刺すように言ってくるだけでなく、指で俺の【魔芯ワズ】を思い切りぐりぐりしてきた。この感触は、たぶん五年間消えることはないだろう、……と俺は思った。


「はいはーい、皆さんっ! 次は歌手としていまは各地で活躍するレント・ビューの登場だよっ!!  あのちびっこがいまは売れっ子になって帰~~~~ってきたっ! ……さあ盛大な拍手を~っ!!」 


 と、司会役のフースイが叫び、皆がわれんばかりの拍手。すると舞台には、おとぎ話にでてくるような透明な服と羽を付けた、長い黒髪のレントが登場し、前置きなんて私には不要、と言わんばかりにすぐさま演奏を指示、歌い出す。その見事な歌声が響いた瞬間、ざわめきは歓声へと変わり、そらに上がってゆき、やがて音楽の渦となって広場に熱狂を生み出した。


 こんなふうに広場に設けられた舞台を囲み、たくさんの料理、そして酒がふるまわれて、皆でそれを味わいながら語らい、さまざまな出し物を観る、というのがファレイ彗星祭であり、今回の【5年祭】も同じだった。男女の踊りに限らず、優れた踊り手たちの踊りや、レントのような歌手による歌。詩の朗読会に独唱。それにパスら魔具職人たちの新作お披露目会なんてものもあるし、取れた農作物でおおきかったもの、変な形のもの、美味いもの不味いものを皆で食べながら盛り上がる、ということもする。要するに、盛り上がるものならなんでもこいということだ。


 さっきも、いつもは口うるさい頑固長老たるサンバイですら、「なんじゃあこのクソ不味いパパラ(※大根みたいな味の赤い野菜)はっ! こんなもん作ってからに! わははははあっ!!」と馬鹿受けしていた。だが「不味すぎて死ぬとかナシですよ~めでたい日にっ。ははっ!」と調子に乗ったダロップには、「——たわけがっ!!」としっかりいつものようにブチ切れて杖を投げていた。


 師匠マーリィはそんな様子に、皆ほどではないが笑っていたし、いまもレントの姿をまっすぐ見つめて歌を聴いている。俺はレントのことは話に聞いていただけで、じっさいに見るのは初めてだったが、もしかしたら師匠マーリィは、レントが村にいたころ会っていたのかもしれない。どこか懐かしい相手を見るようなまなざしだったから。


 そんなレントの見事な歌は三曲続き、皆はすべてにおおきな拍手、レントも嬉しそうに顔を赤くしていた。俺もとても好い歌だと思ったし、師匠マーリィも満足そうにしていたので、心地よい気持ちが胸に広がっていたのだが……。拍手が鳴りやんだあと、レントがおおきな声で、


「皆、ありがとう! ありがとう! ありが、とぅっ! ……なんだけどっ! 私の歌の感触が消えちゃうような、び~っくりするようなことがアルよ! ……さあ場をあっためておいてあげたんだから、ちゃんとやれよ~!? 我が悪友のひと~り! 世界一の魔具職人!! パス・クジュールの登場だぁ!!」


 と言って手を広げ、お辞儀をしたあと舞台から去ろうとするレントと入れ代わるように、小走りのパスがやってきたのを見て口を開ける。その、パスが彼女と交差した瞬間、パン、と手を合わせた親しげな感じから、かなり付き合い長いのかな……と思ったら、そんな素朴な感想が吹き飛ぶようなことを、パスが舞台に立つや否や、言った。


「……さ~ええか!! 俺をモテへん男扱いした阿呆ども!! よーく見とけや! さいしょのセイラルとマーリィの踊り! に度肝を抜かれたようやが、あんなもんはぐうぜんの産物やしとても大人のそれやあれへん! いまからほんまもんの【大人の男と女】の踊りっちゅーもんを、とくと見せたるからなっ!」


 そう叫び、手招きする。すると眉間にシワを寄せつつ、舞台の端に司会者として立っていたフースイが中央に出てきた。…………はっ!?


 果たしてすぐ、「えーっ!?」「あんたらいつの間に!?」「うっそだろ!? あのパスと!? ……なんで!?」等々どよめきが起こった、どころか約一名、「パぁぁああああスぅうううううぅ!!! てんめぇええええええ!!!」とブチ切れてダロップが飛び出してきて、パスに詰め寄ったが、すぐさまフースイにパス作の魔具たる棒で殴られて地に伏せる。「あげごっ! なばっ……!」と呂律がまわってなかったので、どうやらしびれさせる効果のようだ。あの様子だとかなりのものに見えるから、……絶対にくらいたくない。


「馬鹿っ! これはお祭りの仕事をいちおう頑張ったから、ご褒美みたいなもんだって! だーれがパスと本気で踊るもんかっ! 幕間の余興よ余興っ!! ……馬鹿な口上に騙されないでっ!!」


 フースイが棒を手にやや赤い顔で皆に怒鳴る。それで「……なーんだつまんねえ」「びびったあ……」「ネタばらし早すぎんよ~」「でもけっこうお似合いだとも思うけどねぇ」「そうかなあ。なーんか一方的にフースイが面倒みなきゃいけなくなりそうじゃない?」「パスって魔具作りにしか興味ないしねぇ」「あとお酒」等々がっかり声があちこちから飛び交うが、「阿呆っ! なにがネタばらしや! つーか余興やあれへん!! 【本番】はここからやっちゅーねん! ……——踊りの前に皆も見ろやっ!!」とパスがフースイにずかずか近寄ると、手を取りなにかを握らせる。それはフースイも予想していなかったことらしく、目を見開いていた。


「……。……——えっ?」


 フースイは思わず声を出し、パスに促されて手にあるなにかを改めて見ると、さらに目をおおきくしてから指でつまんでかかげる。きらりと光るそれは青い石の指輪で、皆がふたたびどよめいたが、パスが鎮めた。


「落ち着いて皆も聞けや! それはただの指輪やない! 自分と、これやと決めた相手の魔力を封じることで、いっそうの輝きを得る特別製のもんや! ……つまりは、そ、【それなりの意味】を込めたもんっちゅーこと、や! ……ちなみに俺の魔力は入れてへん! これからフースイが、俺をその相手にしてもええと決めたんなら入れる、別の男がええんならそれを入れる、っちゅー話で……要はここにいる、フースイが気にかかっとる男全員に勝負を挑んどるんや、俺は!! 俺みたいに、フースイをあい、し……、あ……、まあ、その、言わんでも分かるやろ、……——そーいうこっちゃ!!」


 と、見たこともないほど顔を赤くして横を向き腕を組んだ。案の定、即、全員から、「いや、そこははっきり言えよっ!!」「あんたいくつなの!? ……馬鹿なの!?」「あれが200歳近い男のすること!? 勝負ってそもそもなんだ! 女は男の景品じゃないんだよ!!」「いや、そういうことじゃなくてだな、ああ女には分からんか……」「男でもあれはねえぞいっしょにすんな!」「不器用すぎる……」「ほら見ろ! 俺みたく適度に遊ばな……、いや、ちゃんと恋をしてこないと、あんな感じになるんだぜ!?」「あんたはむしろあれを見習ってもっと純粋さを取り戻せっ!」「おい、ダロップ生きてるのか!? だれか起こして来いよ!」とあれこれ飛び交うも、【パス、お前正気か?】的な大人の意見が大勢を占めた。……15の俺だってあそこまでじゃない。つーか俺にも言ってくれよ。俺の渡すイヤリングは箱に入れてくれたのに、なんで自分の大事な指輪は裸で渡してんだよ、告白のほうがアレすぎてだれも突っ込んでないけど!!


「く、くくく……。そうか、パスもとうとう……。しかしひどいな。は、ははは……」


 俺の隣で師匠マーリィが、口を押えて、ほんとうにおかしそうに笑っていた。ちょっと待て。その感じだと、もしかして……。


「……知ってたのか? パスがフースイを好きだってことを」


「まあな。たぶん私とレントだけだろうが。パスはポッシとは比べ物にならないほどにプライドが高いから、まだ青いときから、だれにも、ずっと、わずかなそぶりも見せずにいた。私は魔力のゆらぎでなんとなく分かり、レントは、あのふたりと幼なじみでずっとそばで見ていたからな。彼女は昔から感性が秀でていたから察するのも難しくなかっただろう。今回のパスの【白状こくはく】にも喜んで協力したんじゃないか。……そして昔は、フースイのほうもパスに想いを寄せていたこともあった。彼女がまだ20に満たない、ほんの娘のころだが」


 衝撃の事実が飛び出してきた。が、それを反芻するヒマもなく、しびれたダロップがよろよろと立ち上がり、「よ……く、言った……! お望み……通り、俺が勝負し……てやるーーよっ! いい歳こい……て、惚れた女……に——……愛してすら言えないクソガキ野郎に負けるかよぉ!!」と叫び、全員、レントのときを超えるほど、いままででいちばん盛り上がる。パス! パス! ダロップ! ダロップ! と歓声が飛ぶ中、渦中のヒロイン・フースイは茫然として、横を向いたまま腕を組むパスを、頬を赤くして見つめていた。


 ダロップにも世話になっているから平等に応援したいところだけど、フースイの表情かおじゃあ、この勝負は、パスがどうするか、にかかっているんだろうな。……と、いうことは、かんたんには行かないってことだ。想っていたのはいつからか、180年近く生きるパスが、ようやくいま、初めて秘めた想いを口にして。でも「愛してる」と言えないんだから。……パスらしくて、俺は好きだけど、フースイには心底同情する。


「大丈夫。ただ、ほかの者よりほんの少し、余計に時間がかかるだけだ。……きっと指輪は彼女の指で、なによりも美しく輝くだろう」


 師匠マーリィは、俺に話しかけるというよりも、パスとフースイを見たまま、独り言のようにつぶやいた。そんな師匠マーリィ表情かおを見て、俺は唾を呑み込んだあとに彼女の手を取り、引く。


 師匠マーリィは、なにかを察したのか振り払おうとはせずに、俺がどうするかを見ていた。なので俺は、再度彼女の手を引き、盛り上がる広場から連れ出すと、そのまま無言で村の北側を目指して歩き始める。そのまま俺も師匠マーリィもひとことも発さないまま、だんだんと灯りが減り、道が坂へと変わってゆく。


 そうしてしばらくのち、俺と師匠マーリィは、村を見渡せ天にのぞむ丘の上へとやってきた。夜になり、星月が輝いても変わらずに、ハル(※芝桜に似た白花)の群生が、天を突くようなジュラ(※クスノキのような木)の大木を囲むように咲き誇る……——いまは亡き、俺の家族へ祈りを捧げるその場所へ。


 かつては伝えることができなかった、俺の本心を、今度こそ彼女マーリィに、はっきり伝えるために―—。

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