第81話 同じ瞳(もの)
魔術には、相手の魔力のおおきさをはかるものもある、と前に師匠は言った。でも、その術を持っていなくても、だいたいどのくらいのものなのか、というのは分かる。……感じるんだ。
まだ魔術を使えない俺でも、この村のリフィナーたちが、10や20、だれひとりとして100の魔力値すらなくて、たった3千の俺にだってぜんぜん届かないくらいだということ、それに師匠の魔力が――……、この村どころか、たぶん国だって滅ぼせるくらいの、まるで空のようにおおきなものだってことも。
いま、パスの家の前の空き地にある、倒した丸太に静かに腰かける師匠は、俺が唇をかんで拳を握りしめて、ドアの前から一歩も動けなくなっているそのさまを、とおい目で見続けている。動けないのは、その目で見られているからなのに、そんなことはおかまいなしに、視線はどんどんきつくなる。
そしてそのうちに、師匠の体中からあふれ出ている、とんでもない魔力が、ひたり、ひたりと俺の頬をなでるように伝わってきた。ちいさな花をむしるように、虫をぷちりとつぶすように、俺の命なんて一瞬で消し飛ばせる力が全身を包み込んでいた。……師匠は、怒ってる。阿呆な俺でもさすがに分かった。
「……一年前。君はなぜ、教育院を出たのか。それは自分で分かっているのか」
師匠がふいにその言葉を口にしたとき、ようやく俺は動くことができた。師匠が横を向いたからだ。俺から視線を外して、ヒザにヒジをついて、足もとの雑草をぼんやり見ている。俺はおおきく息をはいて一歩、また一歩と師匠へ近づいたものの、魔力以前に気持ちでおされて正面には立てず、……横に立つしかなかった。
「……いやだったから。前にも言っただろう。ただそれだけだよ。……いやに理由なんてない」
「つまり、分かってない、ということだな。あるいは分かってないふりをしているか。いまだに。……やむをえまい。そういうことなら、きょうこの場で――はっきり私が言ってやろう」
師匠はヒジをついたまま、雑草を見たまま、低い声で言った。
「君は現実逃避をしたんだ。多くの戦災孤児が集まる教育院に居続けるということは、そこで同じ境遇の者たちと語らい、学び、過去をとおいものとするために、未来への再出発の準備をするということは――。君は必然、かの戦で家族を喪ってしまったことを認めざるをえなくなるからな。ずっと目を背け続けた、その事実に向き合わざるを。それが嫌で君は逃げた。……そういうことだ」
「違います。俺は現実逃避なんてしてません」
「こんなときだけ敬語で返すな阿呆。君はまだガキだが、ガキはガキなりに立ち上がり方を覚えるべきだ。君が大人になるまで待つほど私はヒマじゃないし、世界も悠長に待ってはくれない。……半年待っただけでも、私にはありえないほどの忍耐だったが――……それもきょうまでだったな」
師匠はそこでようやく、再び俺のほうを見た。今度はとおい目ではなくなっていて、いつもの『阿呆な俺』を見る目。それでホッとした俺を認めて、またそんな目の色を強くして。師匠は半眼で立ち上がった。
「私が君をここに連れてきたのはな。テストのこともあるが、君が落第した際、……ここへ住まわせるためだ」
「……――は? な、なんだよそれ……! どういうことだよっ!」
「せめて数分くらいは、敬語を持たせたらどうなんだ……。まあ言葉遣いも含めて、これからみっちり、さまざまなことを学びたまえ。ここにはいまの君が必要とするリフィナーがたくさん住んでいるし、多くの優れた魔術士が出入りしている。さらにはほかの分野における優れたリフィナーも同様だ。君にその気があるのなら、魔術士のみならず、それ以外の道だって無数にある。……誠意をもって頼めば、きっとだれかが、君にとって最良の未来を示してくれるさ」
うんうん、とひとりで勝手にうなずいて、それから、「じゃあな、セイラル・ヴィース。この半年間、呆れることがほとんどではあったが、久しぶりに、それなりに楽しい日々でもあった。……達者でな」と手を振り、俺から離れていく。なので俺はズダダダダっ! と思い切り土を蹴ってまわり込み、歯ぎしりしてから、真っ暗な宙を何度も指して叫んだ。
「ふ・ざ・け・ん・なっ!! あんたにゃいまが、朝に見えるのかっ!? 期限は朝までだろーーーーーーーーーーがっ! か、か……っ! 勝手に切り上げてどっか行こうとしてんじゃねーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
「……私は時間を無駄にすることがなにより嫌いでな。パスに【かまされ】てもなにも理解らなかった君が、ただひとり、あと数時間でなにをつかむというんだ? ……リフィナーは長く生きる。魔術士となればなおのことだ。しかし、それに甘えて時を無駄にする輩も多い。ほんとうに腹が立つよ。長ければ長いほど、やるべきことが増えるべきなんだ。……君がいまやるべきことは、単なる自己満足の時間稼ぎではなく、いい加減、現実を認めて前に進むことだ。ゆえにできるだけ早く、その決断を下すことこそが、この半年を無駄にしないことにつながる」
師匠は言い切って、再び歩き出した。そのあとを俺が真っ赤な顔で追おうとすると、それを見越したように足を止め、俺は慌てて止まって師匠の背にぶつかりそうになる。それで自分の前髪が風になびく彼女のマントに、さらに美しく長い青髪に触れて、その香りが鼻の奥をついたとき――彼女は言った。
「……私は君の穴を埋めるための欠片じゃない。大切なものを喪った悲しみや痛みは、なにかで穴埋めしてごまかすのではなく、すべて直に受け止めるしかないんだ。そして前に進む……――無理にでも。進むうちに、癒える。特効薬も治癒術もない。単純に、愚直に、たださっさと傷つけ。もうごまかしの時間は終わりにしろ。じゃないと取り返しのつかない傷になるぞ。……阿呆が」
そうして、俺の返事を……ただわずかに唇を動かすことすら許さずに、そのまま振り返らないで、ひとときも待つこともなく、……師匠は去っていった。
◇
「……ふぁ~、あ……、って。なんやお前、いつからそこに座っとるんや。……まさか寝んと、夜中からか……?」
朝。伸びをしながら丸太小屋から出てきたパスは、俺が地べたにあぐらをかいて、真っ赤な目で歯ぎしりするさまを見るやいなや、おおきくかぶりを振ってため息をつく。それから彼は、近くの桶にためていた水を、そこに浮かべてた椀ですくうとごくごく飲み、次に頭にかけてぷるぷると髪を振るが、……そのしぶきがかかったことで、俺は叫んだ。
「……んなんだ、なんだなんだよっ!! アイツ……!! ぜんぜんこっちの話も聞かないでっ!! しかもここに住め……!!?? ――決めてたんじゃないかよ、さいしょからなにもかもっ!! テストとか言って、合格なんてさせる気なんて、ぜんぜんなくて……!!」
「はぁ……? なにを言うとんのや。……もしかして、アイツ、もう出ていきよったんか」
パスの呆れた声に、俺は、「とっくにいないよっ! ……夜中にいなくなったんだよっ!! ごちゃごちゃごちゃごちゃ……たくさんっ!! 自分の言いたいことだけ言って……!!」と叫び返した。するとパスは、……はっ、と鼻で笑い、続けた。
「けっきょく、お前は不合格やったんか。なら置いていかれてもしゃーないやろ。……まあ判断が早いんは同情するがな。せかせかせかせか、昔から、ほんま落ち着きのないやっちゃ、あの女は……。朝飯くらい食うていかんかい」
ため息といっしょに、また呆れ声。その、なにも動揺もしない、落ち着いた【大人】の声に――。俺の頭は爆発して、思い切り土を殴りつける。ドスッ! と鈍い音がして土がはじけ飛び、ちいさな穴が空いた。それにもパスは、「あーあ。あとで埋めときや。ところで飯は卵とパンでええか? あとはマンク(※ヤギに似た動物)の乳……、ベルル(※コーヒーのような飲み物)が飲めるんやったら、それにすんで。俺はそっちやから準備が楽でええしな」と、眠そうに言い、俺はかんぜんに頭に来て立ち上がり、殴りかかり……はせずにダンダン足踏みをしてまた、叫んだ。
「……あんたら【大人】はいっつも!! ぜんぶ!! すごいよななんでも分かってなんでも知ってて!! なにがあっても落ち着いててさ!! どーせ俺はガキで阿呆で!! すぐあたふたして!! 怒って、わめいて、泣いて……なにもできない、たった魔力3千の……!! だから師匠だって捨てたんだ!! 世界一の魔術士の弟子になれるだなんて思い上がるなって!! ……それが言いたかっただけだろう!!??」
次の瞬間――俺の頭にゴスン! と衝撃が走り、地面に叩きつけられる。びっくりして、地面を少しだけ見つめて、それから痛む頭を押さえて立ち上がる。すると半眼になったパスが、きのうのように古びた剣を肩に乗せて俺を見おろしていた。
「この剣はな、使い手に魔力を付与することができる魔具で、前の持ち主やった魔剣士の込めた3万くらいの魔力がまだ残っとる。つまりいま、振るう俺が12でも、あっという間にお前をどつける格上に早変わりや。……ま、それはさておき。阿呆も適度なら可愛いもんやが、度が過ぎれば笑われへんで。馬鹿は救われへんからとどまれや。思ってもないことでも連呼してりゃほんまになるっちゅーねん」
そう言って、パスは剣を軽く放り上げて回転させると、剣先をつかんで、俺の目の前に柄頭を突きつけた。
「お前。きのう俺と会うたときに、アイツに惚れとる言うたよな。それとも俺の見立て通りのごまかしに過ぎんのか? そうやなくて惚れとるのがほんまなら、それが惚れた女につく悪態かいな。……ええ加減に素直になれや」
パスは怒っていた。柄頭を少しも動かさず、じっと俺を鋭い目で見おろしている。そしてしばらくのち、柄頭を引くと俺の胸倉をつかんで引っ張り上げ、目をおおきく開ける俺に、少しもずらさず目を合わせて、言った。
「ええか? 確かに俺は【大人】やがな、アイツは【大人のふりしたガキ】なんや。……考えてもみい。自分に惚れたとか言うてついてくる格下のガキなんか、さっさと巻けばええだけやんけ。力づくでも口八丁の丸め込みでもなんでもできるんやから。それをせえへんかったんは、……それをできひんかったんは、お前を無視できんかったっちゅーことやろが。自分の中に抑えこんどる、いつまでも大人になれん自分と同じガキの目をしたお前をな」
パスは俺を放した。俺はよたつきながらも踏ん張って、目を見開いたまま彼を見る。それから何度か口を動かしたあと、やっとのことで言葉を放った。
「……し。もしそれ……が、ほんとうだったとしたら、なんで……、なんで今度は置いていくんだ。意味が分からないんだよ。いやいや拾ったから、我慢できなくなったからか? ……なにが【大人のふり】だ。そんな言葉でだまされるかっ! ただのわがままで、……完全に大人の気まぐれじゃないかっ!! そんなものに振りまわされて、俺は……!!」
体中がふるえる。怒りの熱で頭がどうにかなりそうなのに、背中はぞっとするほど冷たくて、血が通ってる気がしない。【魔芯】も輝きを止めたように、だんだん光を失ってゆく。目には涙があふれ、俺は顔をゆがめて、涙を落とさないように必死になる。が、そんなとき――。「……しゃーないな。少し【おもんない話】をしたるわ。……よう聞いとけよ」と、静かな声が聞こえてきた。
「アイツは……、マーリィはな。故郷を失うとるんや。ガキの時分にあった戦争の、敵国のとある作戦で、生まれた街ごと大魔術で吹き飛ばされてな。それで街の者らはぜんぶ消えた。ひとり残らず。アイツの家族もや。だからアイツは、アイツの故郷でただひとりの生き残りで、……要するに、ほぼお前と同じなんや、……――セイラル」
俺は顔を上げた。涙が宙を舞い、地面に落ちる。それに構わずに俺は震える脚で一歩前に出る。パスは俺を一度見たあと、剣を地面に刺し、桶に手を突っ込んで水をすくうと飲んで、口元を拭いたあと……、桶に手をついて続けた。
「お前のことは、きのうマーリィから聞かされて知ったんやが、悪う取るなよ。アイツはぺらぺら他者の事情を話すような口の軽い女やない。だから話すっちゅーことは、それなりの意味がある。……聞いたんはきのうの晩飯のころやが、……思えばあのときすでに、俺とやり合ってなにも言いに来んかったお前を不合格と決めて、俺に託そうと考えてたんやろうな」
パスの言葉がぐるぐると頭の中をまわり、視界がぐらつきものがまともに見えなくなる。ただ、耳だけははっきりさせておきたくて、踏ん張り必死に立つ。そうした俺をまばたきもせず彼は見たまま、言葉をつないだ。
「……ともかく、や。かつてそうした戦争があったとき、マーリィはまだ5歳やった。そないなちびがなんで助かったんか。……街にいなかったわけでもなく、だれかに守られたり、どこか結界の中にかくまわれていたわけでもない。……単に【きかへんかった】んや。ひとつの街が跡形なく消し飛ぶほどの大魔術が。……アイツには」
「……。そんなときから、師匠はすごかった……、……ってことなのか」
「いや。当時のアイツの魔力値はたいしたことあれへんかったし、魔術士でもなんでもない、ただのどこにでもいるガキや。無傷やったのは、世界でただひとり、アイツだけが持つ【天性術式】――【全魔術還元術式】のせいや。それがそのときはじめて発動して、世の中にアイツの存在が知れ渡ることになった」
「……はっ? テ……レ……? な、……なんなんだよ……、それ……」
「自分に向けられた、害意ある魔術魔力を、すべて自分を通して精霊に還す。そういう自動術式や。かんたんに言うと、どんな術式も、魔剣士なんかの、どんな魔力を含んだ攻撃もきかん上に、攻撃で飛んできた魔力は全部自分のもんになる。正確には、自分が精霊から借りれるようになる、いうもんやが。……これでアイツの魔力値がとんでもない理由が、分かったか? アイツの魔力の巨大さは、そのまま、これまでアイツが世界から向けられた害意のおおきさなんや」
頭だけでなく、さっきまであれほど冷たかった背中も一瞬で熱くなり、唇も、喉もからからになって、つばを飲み込もうとしたがなにも出ない。……マーリィは……師匠は。生まれたときからすごい魔力を持ってたんじゃないのかよ。……なんだよそれ……、ありえないだろ。ぜんぶ自分のものにって……それだけ、受け続けてきた、……って。なん――……。
「……アイツは好戦的やないし、しかも【不幸なことに】ずば抜けて賢い【のに】優しすぎた。大魔術が含んどった魔力値は45万と言われとる。やから、クラス4S中位相当の魔力がそのまま、当時、5歳のガキにすぎない自分の自由になったわけやが……。その事実を理解できてしもうたがゆえに、街や家族を消された悲しみや怒りよりも恐怖が上まわったアイツは逃げた。自分が殺されることやなくて、捕まったら必ず国に利用されて、自分の手で、たくさんのリフィナーを殺すことになると、その事実に恐怖してな。……やけど、逃げるいうても、そんなとんでもない魔力をもったヤツ、ましてやガキが目立たんはずないやろ。やからもう、そこからずっと戦いの日々になった。魔力を含むもんは【全魔術還元術式】で、含まんもんは自分の魔力値が高すぎて、なにをやられてもきかへんが、それは【自分だけの話】で、どこへ逃げても、巻き込まれたリフィナーや、村、街、国、動物に虫、木々や草花、土も川も、……なにもかもが傷ついてゆく。優しいアイツは耐えらえへんかった。だからやむなく周りを巻き込む必要がないほど、あるいは守り切れるほど強くなるしか、【アイツの道】はなかった。……かくして魔力値150万超の大魔術士、精霊の最愛で、世界で唯一の【クラス0S】――【魔神】マーリィ・レクスウェルが誕生したっちゅーわけや。いまとなってはもう、国も含めて、馬鹿とカス以外アイツに手を出すヤツはおらへんがな。……アイツは魔術士になりたかったことなんか、生まれてこの方、ただの一度もあらへんのや」
「……でそんな……、――なんでそんなに師匠が、師匠がそんな目にあわないといけないんだよっ! ……おかしいだろ!! だってさいしょ5歳だったんだろ!? いくら魔力値が高くたって、賢くたって、……――そんなガキが【なに】をするんだよっ!? なんで捕まえようとするんだ!? 強いのなんかいっぱいほかにもいるんだろ、45万のヤツを捕まえようとするくらいならっ!! ……――頭おかしいんじゃないのかっ!?」
「そうや。おかしいんや【大人】はな。あれも欲しい、これも欲しい、……あれも怖い、これも怖い。半端に長う生きたせいで、だれもかれも欲とビビりの塊や。その集合体が国、っちゅーもんで、利用できるもんは木っ端すら欲しい、無理やったら脅威となる前に、それが羽虫ですらこの世から消し去りたい……だからいまだに戦争は続いとるやろ。なんや対立の歴史とか、政治情勢がとか宗教の問題とか、ややこしいこと言うてけむにまく馬鹿がいっぱいおるが、ぜんぶ欲とビビりで説明がつくことや。……子供はごっこ遊びはしても、ほんまもんの戦争なんかせえへんやろ? 大人みたく頭おかしないからな。だからお前を、頭おかしいヤツらにまみれて生きてきた自分のそばに、極力置きたなかった。アイツの本音は。けど、自分と同じ目をしたお前を無視できひんで、ずるずる半年引きずった、ちゅーのが半分の理由やろ。あとの半分は……お前がごちゃごちゃ言われたヤツや。俺は聞いてへんけど、テストに関係することに決まっとる。……お前がぶち切れとった内容でだいたい分かるわ」
パスは、小屋から出てきたときよりも、さらにおおきく伸びをすると、宙を見上げる。そしてしばらくのち、頭をかきつつ丸太小屋に戻ろうと歩き出した。俺はとっさに駆け出して、思わずパスの手をつかんで止める。彼は振り返り、「なんや。【おもんない話】は以上や。いい加減朝飯の準備せな、仕事に差し支えるがな。……俺は無職ちゃうねんで?」と面倒くさそうな半眼で俺を見る。だが俺は、やっと戻ってきた唾を飲み込み、喉をうるおすと……――彼にしがみつきまくし立てた。
「……れは、――俺は! どうすればいい……!? 師匠……師匠のために、なにかしたいんだ……!! ……――頼む、教えてくれ……!!」
「……。少しは素直になったようやな。ほな、朝飯の準備手伝うんやったら、ヒントくらいはやるわ」
「手伝う! というか、俺が作るよっ!! ……卵はどこにあるんだ!? マンクの小屋は!? は、早く作るから教えてくれっ!!」
俺は何度もパスの腕を引っ張り、剣を手放して通常の魔力に戻っていた彼は、「おおぃふざけんなやっ!! お前は俺の腕を引き抜く気かいなっ!! ……黄金の腕やぞ、界隈ではっ!!」と本気で叫び、俺は慌てて放したが、その反動でパスは桶に突っ込み、ざっぱーん! とすべての水を頭からかぶることになった。
「…………お前……。マーリィがお前のこと、阿呆阿呆言うてた意味が、よう分かってきたわ。……なんでそんなに周りが見てへんねん阿呆がっ!! ……飯ぃ? まず川で水を汲んでこんかいっ!!」
びしょびしょのまま、空になった桶を俺のほうに蹴って転がし、俺が、「えっ!? や、荷車とかはどこにあるんだよ? まさかこれをかついでいけとか、ないよな……?」と巨大な桶とパスを交互に見ながら返すと、「俺の2百なん倍もあるそのどでかい魔力でかついでこ・ん・か・いっ! ……はよう走れっ!!」と怒鳴り返された。なのですぐに、言われたとおりに桶をかつぎ、空き地から駆け出した。……川の場所までは、とても聞けなかったので、近所で、鳥をさばいていたおばさんに聞いたあと――。もう景色はぐらつかず、青い空も風すらも、よく見えるようになった目で、俺は村の柵にたどり着くと、それを勢いよく飛び越えた。




