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第76話 そういや俺は、だれよりも――

「……と、いう感じで、さ。ちょっとどこに泊まったとかは言えないんだけど……。ぜんぜん変なこととかしてないし、ふつーに盛り上がって、酔っぱらって寝ちゃった、ってだけで! だからこそ、さっさと、日の出とともに帰ってきたわけで……。この行動こそ、反省の表れっていうか……ねっ?」


「反省の表れかどうかを判断するのは、わしのほうにある。当の本人が言う阿呆なことがあるか。……そもそもわしに声をかけず、二階に上がろうとしてたじゃろうが」


「そ、それは……朝の5時ごろとか、寝てるでしょ? いつもは……。まさか起きてキッチンにいたとは思わなかったし、は、はは……」


「なんとなく、お前が帰ってくると思ってな。わしのカンも、まだまだ衰えていないということだ。……ま、酒の持ち出し、無断外泊、阿呆な言い訳。不良息子三点セットの罰則としては、【わしの納得する料理を一品、夏休みが始まるまでに出す】。――これだな。もし達成できない、守れなかったら、今後の飯はすべてお前が作ること。以上。……さ、もうひと眠りするか。おやすみ」


「えっ? えっ!? ……えっ!!?? ちょっ! ちょちょちょ待っ!! ……トイレ掃除一週間とか、ゴミ出し一ヶ月とか、そういうんじゃないの!? じいちゃんが納得する飯!? ……んなの無理に決まってるじゃんか!!」


「わしはグルメでもシェフでもなかろうが。現にいままでお前の作ったものも、すべて残さず、文句も言わず食べてきたんだからな。……頭と心を使え馬鹿息子。そして自立しろ。わしがお前と同じ年ごろには、ひとり暮らしして、彼女もいたんだぞ。わしの過保護、甘々な【親馬鹿】ぶりに感謝するんじゃな」


 と、言って手をひらひらさせて、もう俺がなにを言おうが振り向かずに自分の部屋へ歩いていった。……おい。おいおいおいおいっ! 料理に自信があるルイが絶句して、だれもが黙る料理をふるまったファレイが頭を抱えて叫ぶ飯を作ってんだぞじいちゃんはっ!? んな人を納得させる料理を、あとひと月くらいで? ってか夏休みの前に期末テストがあるんですけど!? あ、あがあ……っ!


 体育祭の打ち上げをファレイ宅でして、寝落ちして起きたのが朝の4時。それからいっしょに月を見たあとすぐに別れて、ダッシュで家に戻ってきたのに……。まさかそんなに【重い罰】が待っているなんて……。か、完全に見通しが甘かった……。


 俺はがっくり肩を落として、ぎし、ぎしと鈍い音を響かせながら、薄暗い階段をのぼってゆく。さながら断頭台へ向かう罪人のように。確かに甘えはあったけどさ~……。これもじいちゃんなりの、【ケツ叩き】ってことか? にしても、なんでいまごろ? なんか急に厳しくなったっていうか……。いままで同じような馬鹿をしても、んなこと言われたことなかったのに。……高2って【節目】か? そういや少し前に、受験のこととかも、言いだしてたな。そんなこと去年まではいっさい触れなかったのにな。じいちゃんの基準がよく、分からん……。


     ◇


 そんな散々な朝を迎えて。俺が自室に戻るや否や、死人のように畳に倒れ込んで二度寝を決め込んだ、数時間後。

 窓から差し込む強烈な光で目覚め、畳に張りついた頬をひっぺがすように身を起こし、机の上に置いた丸時計で、まだ10時か……と確認しつつよだれを拭いたとき――襖が開いた。


「おはようございます。人形の回収に来ました」


「……。……――へっ?」


 呆けた頭で漏らし、入り口を見やると、ヒザ丈よりも少し短い青いフレアスカートに裸足、上はノースリーブの白い襟シャツを着て、髪をふたつくくりにしたすいちゃんが、半眼でこちらを見おろしていた。そして呆然とする俺に、「またベッドにもたどり着けず寝落ち、ですか……。人形の【脚の下】で」といよいよ半眼を強くして、すたすた部屋へ入る。それから一度、二度と人形を押したのち、俺に再び向き直った。


「いまからこれを、元の段ボールに収めて、私の家まで運んで下さい。台車はあったでしょう? それに載せて。とくにでこぼこの道もないから大丈夫でしょう」


 と、アゴで人形を示して俺に指示する。……恐ろしい目で。ダメだ。これはなにを言っても無駄な目だ。……そういやこの間、自分の家に引き取るとか言ってたな。俺が橋花はしはな伊草いぐさたちと【お披露目会】をするって言ったら、ブチ切れて……。

 きのうは体育祭で、もうすぐテストだから、やるとしたらきょうと踏んだか。俺は疲れ果ててたから、そんなつもりはなかったけど、アイツらが勝手に押しかけてくる可能性はあるもんな。これも推理とかじゃなく、じいちゃんと同じで、カン、なんだろうなぁ。水ちゃん、めちゃめちゃ鋭いから……。


「……いや、あの。実はね? それ……むちゃくちゃ重くて。階段をおろすのもひと苦労なんだよ。だから倒れたりしたら、危ないんだよね。……つーことで、俺んの倉庫にしまうっていうのはどう? そもそもおばちゃんが見たらびっくりするでしょ。さすがに……」


 俺は苦笑いしながら、かの人形――ソーシャ・ウルクワス嬢の等身大フィギュアを見上げる。これをここまで持ってきたのは俺の魔力によって、である。なにもなしじゃ、明らかに30キロ以上はあるんだから、家から出すのも大変なのだ。それに万が一、地震で倒れたりしたら、水ちゃんの部屋に置くとしたら、家具とか、床とかを傷つけたり、なにより水ちゃん自身に怪我をさせるかもしれない。


 あとおばちゃんは、じいちゃん以上に漫画やアニメにいっさい興味がないから、こんなもん見たらびっくりするだろう。可愛らしい、というのにはリアルすぎる……。それこそ胸元とか、スカートの中とか。あの人なら、「へーっ! なんだいこりゃ! 漫画(※アニメも含めておばちゃんはそう呼ぶ)の人形? ……あら、すごいわこんなところまで!」とか言って見まくるだろうし(現に孫の水ちゃんがそうしたし)。その出どころが俺だと知ったら……。なにを言われるか分かったもんじゃない。


「『引き渡したのが自分だとおばちゃんに知られたら、なにを言われるか分かったもんじゃない』――ですか? 心配は要りませんよ。夢子ゆめこおばあちゃんには、ちゃんと説明しますから。【クジで当たったからやむなく引き取ったものだったけど、部屋に置きっぱなしにしてたら、ついえっちなパンツをのぞこうとしちゃうから、水ちゃんに引き取ってもらうことにした】とせいさんが言っていたと。あと、倒れないように、ちゃんと設置するつもりですから、その手伝いもよろしくお願いします」


 そう言い終えると、今度は勝手に押入れを開けて、フィギュアを入れていた段ボールと緩衝材を出してきて、「さ、さっさと入れてしまいましょう。日曜日はとびきり有限なんです!」と言い、勝手知ったる俺の机の引き出しからガムテープを取り出して、段ボールの底に張り始めた。……いや、いや、超能力ぅ! というのはいつものこととしてえっ! 事実と違う言い分が交ってるからっ!! んなこと言ったら説教じゃすまないってかじいちゃんにバレるどころの騒ぎじゃねーーーーーーーっ!!


「だ、だ、だから重いっ!! 重いんだってばこれっ! とてもひとりじゃ……水ちゃんに手伝ってもらっても、階段をおろすのはっ! あ、上げるのはね!? な、なんとか根性で上げたけど……」


「じゃあ根性、また出して下さい。おじさんに手伝ってもらうわけにもいかないでしょう? あ、箱に入れてたら、大丈夫なのかな。届いたことは、知ってるんですよね?」


「や、し、知ってるけども! じいちゃんももう歳だし、手伝わせたら、ぎっくり腰とかになるかもしれないし……、今朝のこともあるからあんまりマイナスなことをするわけには……」


 上げるときは、魔力で軽ぅ~い! ってな感じで持ち上げてたからな。なんで今度は手伝いがいるんだ? って不審がるだろうし。なにより水ちゃんの家に運ぶとかになったら、「中を見せろ」ってなことになる可能性が高い。それをまた、やり過ごそうとしたら、今朝から誤魔化しを連発したことになるから、さすがに怒るだろうしなあ……。あの【罰の重さ】からして、またなにを罰として加えられるか。想像すらしたくない……。


「マイナス? なんで手伝うことがマイナスなんですか。たとえそれでぎっくり腰になったとしても、おじさんは、それを晴さんのせいにするような人じゃないことは、あなたがいちばんよく知ってるでしょう? ……さては、これが届いたときに、妙な誤魔化し方をしたんですね……? それに【今朝のこと】、とか言いましたし、今朝にも似たようなごまかしを。それでまた、中身を誤魔化すようなことをしたら心証が著しく悪くなって、怒られるから――。……小学生ですか? いっそ怒られたほうがいいと思いますよ」


 極めて冷ややかな半眼となり、段ボールを横に寝かせる。そしてフィギュアに触れて、「さあ、倒して下さい。持ち上げて入れるなんて無理でしょうから、寝かせて押し込む形で」と淡々と話を進め始める。……ぐあああああええあ! や~~~め~~~~~て~~~~~~っ!


「おーっす! 観に来てやったぞ~! あとおじいさんは、いまから古書店みせに行くから、出るときは戸締りを……って、おお! すげーーーーーーーーーっ!! ……くっ! さ、さすがの作品……。ソーシャ嫌いの俺を、ここまで感嘆させるとは……っ!!」


「うおっ! なんだこれすげえ!! でかいってだけでこんなに違うもんなのか……。リアルすぎんだろ。マジ夢に出てきそうな……」


 次々と、そんなことを言いながら勝手に部屋へ入ってきたのは、親友そのいち、の、阿呆のイケメンオタク眼鏡・橋花と、親友そのに、の、阿呆の強面こわもて赤毛・伊草。ふたりは等身大のソーシャにマジ驚きした数秒後に、固まる俺としゃがみ込む水ちゃんを発見し、「えっ?」「だれ? 妹?」と困惑した。そんなふたりを見た水ちゃんは、『ああ、この人たちが、【えっち鑑賞会】の参加者ですか』……と。【妹】と呼ばれたことで怒りマシマシ、明らかに軽蔑したように鼻で笑うとこう言った。


「手伝い。来てくれましたね。……さあ運び出しましょう」


 違ーーーーーーーーーーーーーうっ!! こ、この阿呆どもはぁ! なんちゅータイミングで顔を出すんじゃ!!


「手伝い? なんのことだ? ……って、もしかしてこの人形、捨てるのか?」


 伊草がソーシャを指差して、驚きつつ言う。それから俺を見て、「妹に、見つかったのか……」と憐みの表情かおを向けた。――違う! なにもかも違うからっ!


「捨てるっ!? すっ……!! すすすす捨てるんなら、俺にくれぇーーーーーーーーーーーーーーーーっ!! ――あ!! いやいや違うぞ!? あくまでも名匠・蒼天そうてんの作品をゴミに出すなんてことが、もったいなさすぎるからってことだからな!? 俺はソーシャなんて大嫌いなんだからっ!! その点はくれぐれもっ!! 勘違いするんじゃないぞ!? ……――さっ! くれっ!!」


 阿呆のオタクイケメン眼鏡が、はぁはぁ息を荒くしながら頬を赤らめて手を突き出す。お前、ますます変態と誤解されるようなことをするんじゃねぇ!! お前だけならまだしも、俺までその仲間と思われる……というかもう思われてるわっ!! 水ちゃんが、俺からも距離を取ったじゃねーーーーーーーーかっ!!


「あなた方は、晴さんのお友達……、なんですよね?」


「……晴さん? なんだ妹じゃなかったのかよ」


「近所の子か? ぜんぜんお前と似てねーもんな、ははっ。小学何年生?」


 伊草が再び地雷を踏み抜き、橋花が爆弾の起爆スイッチを笑顔で押す。我が親友ながら、世の中に、ここまでの阿呆が存在したとは……。アーメン。


「私は イ モ ウ ト でも 小 学 生 でもなく、中 学 一 年 の幼馴染の美浜みはまと申します。いまは近くの青神せいごう学院という学校に通っています。……はじめまして」


 と、ていねいな挨拶、笑顔とは裏腹に、表情かおと声から怒りがにじみ出ていたので、いくら阿呆と言っても、さすがに状況を理解したふたりは真っ青になり、あたふたしながら弁解を始めた。


「あっ、わっ、悪いっ! お、俺はてっきり、部屋にいたから……! 幼馴染ね! すまん! 俺は伊草! よ、よろしく!」


「あ、あ、あのねっ!? 俺自身がでかいほうだからっ!? ぱっと見、相対的にちいさく見えたというだけで……! よく見たら……ってかごめんなさーーーいっ!! 橋花ですぅっ!!」


 と、伊草が苦笑して頭をかきつつ会釈、橋花は直角に頭を下げた。水ちゃんは、「いいえ。気にしないで下さい、伊草さん、橋花さん。……まだまだ私が、いろいろ足りないだけですから」と、今度は自嘲するように笑う。それを見てふたりは、「いやでも、青神ってすげえよな? めっちゃ頭いいじゃん!」「だなっ! 俺なんてどんだけ勉強しても入れないよ!」とにへら、にへら見え透いたお世辞を言う。水ちゃんはため息をついて、今度は俺に近寄ると、ふたりを見たまま小声で、「ほんとう、【晴さんのお友達】……ですね。誤魔化し方がそっくり」と突いてきた。に、似てるかあ……? だとしたら、嫌なところが共通してるな。そういうところでも馬が合ってたのかよと。


「……もういいので。おふたりにも説明しますが、この人形は捨てるのではなく、近所にある、私の家に運ぶところだったんです。かなり重いものということなので、もしお時間がおありでしたら、運ぶのを手伝ってもらえませんか?」


 水ちゃんは淡々と笑顔で言う。が、漂うオーラからとてつもない強制力が発せられていたので、ふたりは即、「お、おうっ! ヒマもヒマだから! 喜んで手伝うぜっ!」「力だけはあるからなっ! 三人もいるから一瞬だよっ!」と同時に己の胸を叩く。それからくいくいっ! とまたしても同時に指を曲げて俺を呼びつけ、小声でまくし立てた。


「おいっ! どーなってんだ!? なんで引き渡すことになってんだよ! 観に来たばっかだってのに……」


「……も、もしかしてあの子もオタクなのか? それでこの、あまりに見事な出来栄えに、欲しくなって、とか……」


 伊草が不平を言い、橋花がちらちら訝しげに水ちゃんを見やる。俺は同じような小声で返す。


「オタクじゃないから、【リアルすぎる等身大の美少女フィギュア】を引き取るって言ってんだよ! 俺がいかがわしい視線を送ってると思って。逆らうと、ますます疑われるから、渡すしかなかった。……ちなみに【妹】っていう言葉は二度と使うな。むちゃくちゃキレるから」


「お、おう……。要するにあれか? 思春期、ってヤツ。んで、エロとかには、とくに潔癖みたいな感じの……」


「幼馴染の兄ちゃんが、等身大の美少女フィギュアを部屋に飾ってる、か……。俺なら喜んで見に行くけど。女の子でもオタクなら、喜ぶと思うけど。……そうじゃないなら、確かに。捨てると言わないだけマシかあ~……」


 伊草がうなずき、橋花ががっかりしたようにため息をつく。俺はふたりの様子を見て、「んじゃ、そういうことだから、三人で運び出すぞ。重さ的には、こんだけいれば余裕だけど、階段はマジで気をつけてくれよな」と言って離れようとしたら、また同時に腕をつかまれた。


「せっかく来たのに労働して終わりって、そりゃねえじゃねえか。ちょっとは観ながら話もしてぇよ。こんなもん、俺からしたら、一生間近で見る機会なんてねえだろうし。……な? 頼んでくれよ。一時間でイイからよ。……だいたいおはらいもしてねえし。あの子に渡すなら、なおのこと、それはやっといたほうがいいだろ」


「俺だって写真とか動画とか取りたいし! ……幼馴染ってことは、付き合い長いんだろ? お前のことだから、怒らしたことだって両手の指じゃ足りないはずだ。なら、フォローしたことも同じだけあるはず! ……説 得 し て く れ 。……お願いします!」


 伊草からはヒジで何度もつつかれ、橋花からは半泣きで力強く訴えられた。……美少女であることはさておき、ほんとうにこれ、めちゃめちゃよくできてるからな。芸術作品といってもいいくらいに。だから初見のインパクトは、俺だってすごかった。水ちゃんだって、俺が寝てる間に見たときは驚いただろうし。不純な動機関係なしに、じっくり見たいという気持ちは分かる。


 ってかお祓いね……。橋花がソーシャが出てくる夢を見たら、ソーシャの等身大フィギュアが当たったっていう【ぐうぜん】が不気味だから、そういうことしといたほうがいいんじゃねえの、と伊草に提案されてたんだった。すっかり忘れてたわ。……まあ、いま考えると、ソーシャそっくりの【ローシャ】が人間界こっちに来て、俺とファレイを半殺しにしたわけだから、それの予知夢だったのかもしれない。なぜ俺のことを橋花が? と疑問はあるが、橋花アイツは魔力もない、正真正銘の人間だってことははっきりしてるから、考えられるとしたら、俺の魔力の影響と、橋花の妄想力の合わせ技、ってところだろうか。

 ……仕方ない。ここは【プランC】でいくか。


 俺はベッドのそばで仁王立ちし、腕組みしてこちらを訝しげに見ていた水ちゃんに歩み寄り、軽く咳払いする。そして指を一本立てると、言い放った。


「一時間。それだけ猶予をくれないか? もちろんタダじゃない。夏休みに、水ちゃんと約束してるだろ? 花火大会込みの、水ちゃんの実家への泊まりのさ。その期間に水ちゃんの言うことを、ひとつだけなんでも聞くよ。……もちろん俺の能力、懐事情を考慮しての内容になるけど。――どうかな」


「【パターン3】、ですか。久しぶりですね。……ま、いいでしょう。いままでそれで、約束を破ったことはありませんでしたし。夏休みの楽しみは、多いほうがいいですからね」


 あっさり了解した。ホッとしたけど、きっちり三番目の、奥の手だって分かってたんだな……。まあ逆に、それだけ真剣だってことも伝わった、ということにしておくか。


「……でも、【パターン3】を持ち出すほど、あの人形を皆で眺めたかったんですか? いままであんまり聞いたことはなかったですけど、晴さんって、あんな感じの女子が好みだったんですね……」


 と、奥のソーシャ人形をにらみつける。そのさまにビクっ! と橋花と伊草が身を震わせた。ど、どんだけの殺気を飛ばしたんだよ……。つーかそういうことで、真剣に頼んだんじゃねーっ! 友情とか、芸術的な機会の損失とか、そういうことだから!


「【あの人】とも、ぜんぜん似てませんね。【手品仲間さんたち】とも。……ほかに似てる人がいるのかな」


「えっ? な、なに……?」


「別に。ではきっちり一時間後に。電話を下さい。晴さん以外を部屋に入れるなら、片付けとかもあるので、ちょうどよかったです」


 そう言って水ちゃんは、すたすた歩いて、部屋を出るときに、固まる橋花伊草に会釈して去った。ドアが閉められたあと、ヤツらは、はぁ~……、と空気に穴がくほどのため息をついて、畳に座り込む。そして俺に向けて言った。


「なんつーか、大変だな、お前……。こりゃあとうぶん、彼女とかも作れそうにねーわ。人形であれじゃあなー……」


「いや、人形フィギュアだからだろ? 俺はオタクだからよく分かるけど、非オタの女子で、思春期真っ盛りなら仕方ないわ。『お父さんのパンツといっしょに洗わないでっ!』っていう。アレと同じじゃないの? 潔癖ってな意味なら」


「……んなもんといっしょにすんじゃねーよっ! おらおら、俺の苦労を無駄にすんじゃねー! 時間は有限、さっさと鑑賞会を始めるぞっ!」


 俺はまくし立てて、ソーシャを鑑賞しやすいようにふたりに指示して部屋の真ん中に運ぶ。それから、ヤツらが買ってきた菓子やジュースを袋から出し、俺は下からコップを取ってきて、つつがなく鑑賞会は始まった。


「しっかし……観れば観るほどマジヤバいな。ちょっと暗いところだったら、生身の人間としか思えねー。オタクも極めたら芸術家、って感じだな」


 伊草がポテトチップスをかじりつつ、心底感心していると、橋花がコーラをぐいっ! とあおったのちに、ちっ、ちっ、ちっ……、指を振り振り言った。


「オタクも極めたら、じゃねーの。【芸術家はオタク】なんだよ! とことん突き詰めるのが、ほんらいの意味でのオタク、だからな。あとはその内容で、芸術とかオタクとか呼び分けられてるに過ぎん。俺からしたら皆いっしょだよ」


 はん、と鼻で笑い、ポッキーをかじる。すると伊草が、「つまり、ハマる内容が大事、ってことだな。説得力あるわ~お前見てると」とうなずくと、橋花が伊草を蹴り飛ばし、醜い争いが勃発する。俺はそれを無視して、コーラをちびちび飲みながら、改めてソーシャ人形を見やる。……ヤバい、っていうのは同意しかないな。とくに【俺の場合】、これとそっくりな人間……じゃなく、リフィナーを見てるから。おおげさじゃなく瓜ふたつだよ。これが急に動き出して【アイツ】になってもなにも驚かない。そもそもローシャアイツは魔術士だから、もしかしたら、そういう魔術もあるかもしれないし……。


 ま、ともあれ結果としては、この部屋から出すのは『よかった』といえる。ロドリーやファレイはローシャの姿を知ってるから、これを見たらなにを言われるか、だし。ルイは……。ミティハーナ王国っていうのは魔法界で有名な大国らしいから、そこの王女様なら、もしかしたら、彼女も姿を知ってるのかもしれない。だとしたら、ファレイやロドリーの比じゃなく恐ろしい。


 なにせあの人、人間界のフィギュアを集めてるし、自分でも作ってるんだから。すごいな! と驚いてくれるだけならまだしも、フィギュアという存在の価値、それを生み出す苦労をに知ってるがゆえに、そうしたものを部屋に置いている、ということで、「なんだお前。【そこまで】あの王女様が好みなのか。へえー……」と、輪をかけての熱意や好意の表れととられかねない。もちろん悪い意味で。……これは好い流れであると思っておこう。


「……ちっ! あーもーしつけえんだよこのオタ眼鏡っ! だいたいお前、ソーシャ大嫌いなくせに熱く語ってんじゃねーよっ! ……ホントは好きなんじゃないのか!? ならカモフラかましてんなみっともねえっ!!」


「……はっ! これだから単純思考のヤンキー顔はっ! 好きとか嫌いとかの問題じゃないんだよ、素晴らしい作品に対してはっ!! 【それはそれ、これはこれ!】って知らんのかバーカバーカっ! そもそも俺の愛しいユーシィがこの出来で目の前にあったら、秒も経たずに天に召されて死んでるわっ! 【好き】ってのはそのくらいのもんなんだよっ!」


 ぎゃーぎゃーと醜い争いが続いている。俺はポッキーをコーラにひたしてから食べ、口を動かしながらソーシャを見る。好き、か……。過去のセイラルおれを熱烈に愛して片想いを何十年と続け、いまの緑川晴おれを脆弱貧弱と見下して失望し、殺しに来たローシャ。……ほんとう、好きってなんなんだろうな。


「あ! いま緑川コイツ、スカートの中をのぞかなかったか? さすがにそりゃねーだろ……。この眼鏡ですらそれは……、いやでもさっき橋花コイツ、動画撮ってたな。ちらちら下から撮ってたんじゃねーのか、オイ」


「撮るわけねーーーーーーーーーーーだろボケっ! ……いいかっ!? 俺のオタク道には【こそこそ】はないっ! やるなら堂々と、だ! そして俺には愛するユーシィがいるのに、そんなことするわけあるかっ!! ……いつかユーシィと相対したとき、目を合わせられねーじゃねーかっ!」


「い つ アニメキャラクターのユーシィと会うんだよいい加減にしろっ! 人形のお祓いの前にお前を祓うぞコラぁ!! ……おい緑川っ! そろそろ儀式を始めんぞっ!」


 と、立ち上がった赤毛は持ってきた鞄からお祓い棒……おそらく自作の……を取り出し、俺や橋花にも渡して、「俺が真ん中、緑川おまえが右、橋花おまえは左だっ!」と俺たちに指示して、三人で三方から取り囲んで棒を振る。……お祓いってこんなのだったか? と疑問には思ったが、オカルトを信じていない現実主義の男が、解決不能の問題に対してなんとかしようと、自作の棒をみっつも用意してきたことから、コイツなりに橋花や俺のことを心配しているのだろうと思い……、さっきスカートのぞき容疑をふっかけてきたことはスルーしてやることにした。


     ◇


 それから。きっちり一時間後に俺は水ちゃんに電話して、段ボールにしまい込んだソーシャ人形をそろり、そろりと三人で階段からおろし家を出た。じいちゃんがもう家にいなくて助かったけど、どのみち水ちゃんにあげたことは言わなきゃならんだろうなあ。……というかその前に、おばちゃんの口からバレるか。どうか変な伝わり方をしませんように。


 祈りつつ、三人なので台車も使わずにそのままかつぎ、五分ほどで 四方を車輪梅しゃりんばいに囲まれた、おおきな庭つきの、青い屋根の二階建て……、築60年という木造住宅、おばちゃんと水ちゃんの家に着く。こちらも幸いなことに、町内会の集まりとやらでおばちゃんはおらず、俺たちは古い引き戸を開けて、おじゃましまーす……、と中へ入った。


「どうぞ。こちらの階段になります。足もとにお気をつけて」


 迎えた水ちゃんが、俺たちが進む方向、二階への階段を示し、そのあとすぐ、脱ぎ散らかした三人の靴を揃えにいく。そしてすぐ追いついて、うしろから見守りつつ、階段をのぼりきると前にまわり込み、部屋へ案内した。


 前と同じように、部屋の前に着くと、まず水ちゃんが中に入ってドアを閉める。これは「少し待っていて」の合図なのだが、ふたりには分からないことなので、「片付けの最終チェックだろ。すぐに出てくるよ」と伝えて、それからほどなく、ドアが開き、彼女が俺たちの入室を促した。


 廊下は広いとは言えなかったが、箱がつっかえるということもなく、スムーズに入れることができた。そして、前に入ったときと同じく、開け放たれた窓から風が吹き込んで、青いカーテンが揺れていた。そんな様子をぼんやり見る俺を尻目に、橋花と伊草はさっさと箱を開けて、ふたりでソーシャを出していたので、俺も慌てて手伝う。そうしてまた、水ちゃんの指示のもと、あらかじめ決めていただろう置き場所へと移動させ設置する。


 窓に向かって左手の、背の高い本棚と、背の低いタンスの間。そこにすっぽり収まるような感じだ。だがそれで終わりではなく、本棚とタンスを渡すように、ねじで留めることができる鉄の棒をつけたいとのことだった。要はソーシャが前に倒れ込まないように、柵的な横棒をつけたいということだ。それ一本だけでも、とつぜん倒れ込むことはないだろうと。台座に重りを置くのも、あまり【柵】を多くするのも『可哀そうだから』、と水ちゃんは言った。


「電動ドリルとネジはありますので。すみませんが、どうかよろしくお願いします」


 と、お辞儀とともに、鉄棒といっしょに渡されたので、「よっし、任せときな~」とDIY好きな伊草がドリルに手を伸ばし、「フィギュア愛が感じられる、好い考えだよ! 素敵に設置するぜ~!」といたく感動した橋花と俺が鉄棒を押さえて、作業はなんなく完了した。


「ありがとうございます。お疲れさまでした。お昼を用意していますので、どうかお礼として食べていって下さいね」


 水ちゃんは笑顔でそう言い、隅に畳んで置いていた座卓を引っ張り出し、広げた。そして部屋を出て行こうとしたので、俺が手伝うよ、と腰を上げたがやんわり制止される。彼女が出て行くと、伊草も橋花も息をついて話し始めた。


「さしいょはキツキツ系かと思ったけど、めちゃ好い子じゃねえか。昼飯の用意って、さっきの一時間の間にそれ、してたってことだろ? 俺、あの歳であんな気遣いなんててんでできなかったぞ……」


「だよなー……。可愛らしいし、学校でモテるんじゃないの。……ってかさ、いまごろ気づいたけど、あの子、伊草コイツにぜんぜんビビッてないじゃん。初対面のヤツは老若男女問わず、絶対ビビるのにな」


 橋花が伊草を示したところで、俺もハッとする。そういえばそうだな……。まあ、昔から、俺ほどじゃないにしても、とくに物怖じしない子ではあったけど。


「その辺は緑川おまえとそっくりだよなー……。顔はまったく似てないけど、ビビらないところとか、なんか底のほう? 性質っていうか……。なんとなく似てる気がするな、よくよく話してみると。幼馴染って似たりするのかね」


 伊草が首を傾げつつ漏らす。それに橋花が、「家族が似てるのも、血筋っていうよりも、長年いっしょに暮してるのがおおきいかもしれないしなあ。そういうの、あるんじゃね?」とひとりうなずく。伊草は、「それに関しては、同意できねーよ。俺の兄貴も姉貴も、キツいしえらそーだし……。ぜんぜん俺似てねーから。よくあんな家でこんな真面目な男に育ったって思うぜ」と後ろに両手をついて天井を見上げる。が、それに橋花が「マwwwwジwwwwメwwww!! ……ぶほほほっ!!!」と爆笑したのですぐにまた、醜い争いを始めた。……似てる、ねえ。どっちかというと真逆のタイプに思えるけど、それは俺の主観だしなあ。じいちゃんや、おばちゃんに聞いたら似てるっていうかもしれないし。


 そんなふうに俺がひとりで考えて、ふたりが頬のひねり合いなどをしていると、ドアが開いて水ちゃんが戻ってきた。おおきな盆に載せていたのは、大量のサンドイッチと、グラスよっつにジュースのビン。カツに卵にハムに……あらゆる種類のそれが、まるで色とりどりの寿司か、もしくは菓子か、そんな感じで華やかに、しかしたくさん並べられるように、合理的に盛りつけられていた。


「どうぞ召し上がって下さい。足りなければ、また下から持ってきますので」


 座卓に置き、にこやかに言う水ちゃん。兄と姉がプロの料理人であり、それなりに目も舌も肥えている伊草でも、「すげえ! 店で出せるぞこれ……」と食べる前から言い放ち、橋花は、「うわー! ちょっと写真撮っていい!?」とスマホを取り出し、水ちゃんに許可をもらうとパシャパシャやり始めた。……盛りつけだけでも、じいちゃんと並んでるんじゃないの? ま、また腕を上げたんだな……。体育祭きのうのお弁当もすごく好かったのに。……もしかして、ファレイの(とてつもない)ヤツを食べたせいなの……か?


「うめえ! 味もマジうめえ! これは半端ねえぞオイっ!」


「肉が沁みるぅ~! なのにぜんぜん脂っこくないぃ~! すごいよちょーデリシャスだよ!」


 ふたりは絶賛し、にこにこ次々頬張る。俺はそんなふたりの隣でゆっくりと、深く味わうように口を動かした。……うますぎる。じいちゃんの背中が見えている……。やっぱもう、俺なんかはるかにぶっちぎって……。俺は夏休みまでに、じいちゃんを納得させる一品を作らなきゃならないのに……――ヤベえ!


「……どうですか? 美味しくなってますか……?」


 ひとり沈む俺に、水ちゃんが不安げに尋ねてくる。なので俺はハッとしてすぐ、「……なってる! というかなり過ぎてる! うますぎて毎日食べたいくらいにっ!!」と返した。水ちゃんは目を丸くして、「お、おじさんのを毎日食べてるでしょう!? ずっと、ずっと、子供のときから……! わ、私のがそれの代わりになんて……!」と横を向いたが、頬が赤くなり、口の端がぷるぷると震えて上がっているのが見えた。


 毎日、か……。そういや俺は、だれよりも――じいちゃんの飯を食べ続けてきたんだよな。俺のことを考えて作り続けてくれたじいちゃんの心を、いちばん知っているのも俺なんだ。……そうか。そういうことなら俺にも……。いや、【俺にしか作れない料理】があるはずだ。うまい、うまくない、じゃなく。納得させる料理を――。


「水ちゃん。ありがとうな。……めちゃめちゃ美味しいよこれ。ほんとうに」


「……? は、はい……。そんなに喜んでもらえると、すごく嬉しいです……!」


 今度は顔をそむけずに、水ちゃんははにかむ。俺もそれに応えるように笑顔になると、「最後のひとつ、俺ぇーっ!」と叫んだ橋花の手からサンドイッチを奪い取り、「「あーーーーっ!」」と叫ぶふたりを無視してひと口で頬張って、また笑顔で水ちゃんに親指を立てた。

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