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第74話 【ヤートのゴミ】じゃねえんだよ

「……おいおい、久しぶりに会ったってのに、挨拶もなしかぁ? ……ああ、久しぶりすぎて、挨拶の仕方も忘れたのか。……――ほらよ」


 長い茶髪をひとくくりにした、黒い高級術士服をまとう、ハーティと同い年くらいの……60半ばくらいの若い男はそう言って、震えるファレイに近づくと、その髪の毛をつかみ泥土に押しつける。それから、息を止めてじっと耐えているファレイに舌打ちし、再び髪の毛を引っ張り上げた。


「こらボケ。そうじゃねえだろう? 『もごっ! ごぶっ!』って苦しんで暴れまわって、死にかけの虫みてえにぴくぴく手足を震えさせて、『助けて下さい……、助けて下さい……』って頼むんだろうが。半年で魔獣に逆戻りしたのかぁ? また【教育】しなきゃならんとは。……世話が焼けるぜ」


 茶髪はファレイの髪を引きちぎる勢いで放り投げるが、泥を跳ね飛ばし落下したファレイは倒れ込んだまま立ち上がろうとしない。ヤツはそのさまにいよいよ顔をしかめて、「おい! やれ!」と、やはり同じ年ごろだろう、隣の金髪男に命令した。


「あいよ。でも久しぶりだから、死んでも怒るなよ? ……創術者はレッサラー・ポート。執行者はダム・べーべル。――焼け。レンプラー」


 金髪男は手に火球かきゅうを生じさせ、ファレイに向かって放り投げる。だがやはり、ファレイはそれをけるそぶりもなく、ただただ無気力に這いつくばっていたので、俺はため息をついて、指先から魔力の欠片を弾き出す。それは火球に直撃し、ファレイの直前で四散した。


「……。……――はぁ? なにしてんの、お前……」


 茶髪の男が、思い切り顔をゆがめ、初めて俺に振り返る。それに倣うように、火球を放った金髪の男も、ほかの三人の、同じ黒い術士服をまとった男たちも振り向いた。……魔力は全員、3万3千程度、クラスは5Dファイブディーってところで変わらんから、茶髪の阿呆が家の格でいちばんで、という感じでリーダー気取りか。……典型的なお山の大将だな。


 男たちは俺やハーティに警戒することもなく、ただただ自分たちの遊びを邪魔されたことに不快感をあらわにして、近づいてくる。それで、俺が動かないことで我慢していたものの、とうとう限界が来たハーティが、「ゴミが……」とじょうに手を伸ばそうとしたので、俺は声を出した。


「なにをしてるって、ソイツの保護者だからな、俺は。お前たちこそなにをしてるんだ?」


「保護者? ……ああ、そういうことか。森からいなくなったと思ったら、買われたのかよ。ったく……。あれほど売買屋メヌー(※リフィナーを売り買いする裏の組織)に捕まらないように、言ったのになぁ!」


 茶髪は怒声とともに、俺ではなく、ファレイに青い魔力の塊を投げつける。が、それもまた、俺が魔力を飛ばしファレイの直前で四散させたため、茶髪はいよいよ顔をゆがめて、今度は俺をにらみつけた。


「……しつけえぞ、てめえ! アイツは俺の、も・の・な・の! 見たろーが、さっきの【従順な態度】をよ! 金で買ったって無効なんだっつーの! マジ空気読めねえなあ……。ふつう分かるだろうに。……もういい面倒くせー。見逃してやるからさっさと帰れ。痛い目に遭わないうちにな……」


「あいにくだが、痛い目に遭うのは慣れている。それと、ただの刷り込みを【従順な態度】、と言い換えられても困るんだが。アイツはお前程度に従うタマじゃないぞ」


 俺は、いまだピクリともせず泥地にうつ伏せになっているファレイを横目で見て言う。……アイツは、俺やハーティが、自分よりもはるかに強いことは理解していて、その上でいつも歯向かっているのだ。つまり、相手が強いからといって尻込みなどするような気性ではまったくない。そもそも森に捨てられて以降、幾多の魔獣や魔術士を撃退してきたことは、出会ったときに俺へ言い放っていたし、襲ってきた中には、とうぜん自分より格上もいたはずだ。そうした相手には、不利になれば途中で逃げ出したこともあったろうが、はなから力の差にビビって動けなくなるようなヤツが、ここで生き延びられるわけがない。


 なのに、コイツら相手には動けず、いいようにされているのは、【お前は俺たちには絶対に敵わない。なにをしたって無駄だ。ゴミカスのような存在なんだ】と、おそくら森に捨てられた当初から目をつけられ、ずっと刷り込まれ続けた以外にない。何度も何度も、見つかるたびに死なない程度にいたぶられ、無力感を刻み込まれたのだ。……アイツらの、永遠の遊び道具になるように。


 そして、5歳で【ヤートの森ここ】に放り込まれ、10歳で俺が連れ出すまで外へでることがなかったファレイが、それなりの語彙を持っていたのは、この阿呆どもから絶えず罵詈雑言を投げつけられ、下品な会話を耳にし続けたという【教育】によって、ということだろうが……、ファレイの地頭とカンのよさなら、たとえ発見時に5歳程度の知識しかなくとも、すぐに遅れを取り戻せただろうから、そこに一分いちぶの利もなく、ただただ不要な、汚い言葉遣いを覚えさせられただけだ。……やはりどこにも、見逃す理由は見当たらない……か。


「……刷り込みぃ? おいおい勘違いするなよ。俺たちはただ【教育】しただけだぞ? 親にも世間にも捨てられて、ずっと魔獣の森で、なにも知ることもできなかった世間知らずのガキに、タダで、親切にもな。現にお前だって、意思疎通が楽にできただろう? 俺たちのおかげで。……まあ、【アッチ】のほうは、じゅうぶんに教えられなかったがな。俺は変態じゃないんでね。ガリガリのクソ汚い、男か女かも分からなかったような無知のゴミガキには欲情できねえよ。さすがに」


 アイツを買ったお前と違って、と、にやにや笑いながら、俺を見る。それから倒れたままのファレイをじろじろ視線でなめまわし、「まあしかし。時間をかけて飯を食わせて、まともにするたぁ、気の長いこったな。で、わざわざまた、こんなところまで、ガキによくお似合いのドレスまで着せて連れてきて楽しむとは。どこまで変態プレイを極めてんだよ。――ははっ!」と爆笑し、仲間たちも大爆笑した次の瞬間――ハーティが杖をホルスターから抜き出して、茶髪の脳天をかち割ろうと振り上げたが、俺がそれを制止した。それらの動作が速すぎて、茶髪の目には、ただ怒ってホルスターに手をかけた、それを俺が押しとどめた、という【結果】しか見えていないので、「おーおー、怖い怖い。そっちもお前が買った女かぁ? 変態とその仲間はすぐ逆上するからよぉ~。近づきたくねえぜ」と、仲間に同意を求め、また全員で笑う。ハーティは歯ぎしりして、俺に小声でまくし立てた。


「……あなたは、まだあのゴミに生存価値があるとでも!? 私はもう、全員、一秒たりともこの世に存在させたくないのですが! 臭すぎて窒息する……!」


 心底汚物を見るような目で、茶髪たちを睨みつける。それで三度みたび、ヤツらは笑った。……ハーティは王家の者で、かつ、戦争が起こるまでは過保護に育てられたお姫様だったから、ああいう街酒場や裏通りにごろごろいるような輩に馴染みがなく、のちに魔術士として、戦場などで味方陣営にいても毛嫌いし、極力近寄らないからな。敵なら即殺そくさつするし。……ゆえに無理もないが、アイツらには役に立ってもらわねばならない。ゴミでも、肥料くらいにはなってもらわないとな。……【セイラル・マーリィおれ】の、最後の弟子のために。


 俺は、このまま手を離せば、すぐに男たちの首を跳ね飛ばしそうなハーティに、ぽつりと言った。


「ハーティ。ファレイのそばへ寄り、結界を張れ。いまから全魔力を解放する」


「……――はっ? なっ……! あ、あ、あんな下級魔術士を相手に……!? お、お止め下さいっ!! 【魔神あなた】がすることではありませんっ!! ほんらいなら、手をかけることすら……!!」


「アイツらに見せるんじゃない。ファレイに見せるためだ。【本物】の姿をな。これは刷り込みを解き、ファレイが正しくものを見て、前に進むために必要なことだ。……見ろ。ファレイのあのざまを。ギャーギャーと歯向かってくる姿のほうが、よほど可愛げがあったろう。このままじゃ、ずっとあのままだぞ」


 ハーティは、ぴくりとも動かずに倒れ込むファレイを見たあと、下唇をかむ。そして俺に向き直り、なんとか我慢しながら言葉を出した。


「……あすの【八極衆議ヴァメア・ポー】が終わったら、どこかへ連れていって下さい。それでこの件は、見なかったことにします。……――いいですね?」


「ふっ。……分かったよ。我が愛する弟子――」


 俺はハーティから手を離した。ハーティは、「なにが愛する、ですか。……大ウソつき」と横を向いて、倒れ込むファレイのそばに一足飛びで寄ると、小声で唱えた。


「創術者はセイラル・マーリィ。執行者はハーティ・グランベル。……はばめ。シークェスト」


 刹那、ハーティとファレイは、紫色に輝く、ちいさな結界に包まれる。男たちは、「あ、コイツ……!」「なにやってんだコラぁ!」とふたりへ怒鳴りつけたが、茶髪がそいつらを制して、俺に言った。


「はぁ~、面倒くせぇなぁ……。んなことしなくても、【ゴミ】も女も殺さねえっつーの。大事な遊び道具ひまつぶしだからな。……よく見たら女のほうは、えらいべっぴんじゃねえか。気に入ったぜ。壊れない程度にじゅうぶん遊んだあと、俺の奴隷女ペットにしてやるよ」


 と、ハーティにウインクを飛ばして舌なめずりする茶髪。どうも、【自分たちから身を守るために結界を張らせた】と思っているらしかった。お前たち程度には、とうてい破れる結界ものではないのだが。……ほんとうに、感覚が鈍くなっているな。これは単にクラスが低いからじゃない。コイツらは十年二十年、いやもっと、ろくな経験を積んでいないのだ。ずっと己を高めることもなく、格下をいたぶり続けることで自身を慰め、ただひたすら無為な時間を……。


 ハーティは、一瞬、茶髪が言っている内容(※奴隷女ペット云々のことではなく、自分が、茶髪たちを恐れて結界を張ったと言い放っていること)を理解できずに顔をしかめていたが、やがて悟ってブチ切れて、その勘違い極まる侮辱に、結界を壊して全員に襲いかかろうと表情かおを変化させたので、俺はすぐさま、「好きなもの、なんでも買ってやるぞーっ!!!」と叫んだ。それで間一髪、ヤツは思いとどまり、今度は茶髪を無視して、「あそこの服に……、新しい眼鏡に……」とぶつぶつ言いながら指を折り始めた。……あー疲れた。


「……お前、ふざけてんのか? ……あー、やっぱやめだ。コイツら全員殺すわ。【ヤートのゴミアイツ】も、なんか買われてつまんねえヤツになってるし、【再教育】より、代わりをさがしたほうが手っ取り早い。女のほうも【教育】に時間がかかりそうだしよ。ま、死体でも、魔獣のエサにすりゃあ、まだ遊びに使えるしな。……じゃあな。泥棒野郎――」


 ゆがんだ表情かおでにらみつけ、茶髪は黒い手袋をした手を突き出した。俺はおおきく息をはいて、淡々と告げた。


「……お前らの認識では、アイツは自分たちの所有物だった。ゆえに俺が泥棒に該当するのかもしれんが、それはあくまで、お前らの狭い世界での話で事実ではない。だから連れ帰るし、お前らには残らずこの世から消えてもらう。これは【保護者】としての仕返しと……、あとはいちおう、貴族のようだし。こちらの情報をそっち界隈に流すと弟子がうるさいんでな。ま、運が悪かったと思って諦めてくれ。そもそも、こっちはお前たちのような輩を避けようとしてたんだから」


「……。いま。消えてもらう、とか言ったか? ぜんぜん面白くねえんだけど。――おい」


 茶髪は、真顔でほかの連中にも合図して、俺を取り囲んだ。……さすがに殺気が伝わったか。だがもう、なにをしても無駄なんだがな。決して取り消すことはできないんだよ。【セイラル・マーリィおれ】の【三番弟子】を侮辱し、そして【最後の弟子】を、ずっと泥土に押しつけ続け、世界への正しい感性まなざしを奪った罪は――。


「創術者はレッサラー・ポート。執行者はダム・べーべル。……貫け。レーヴォリー!」


 俺が少し目線を外すと同時に、さっき火球を放った金髪が、今度は火の槍を生成して俺の顔面に投げつけてくる。俺はそれをけずにそのまま受け、【槍が】木っ端みじんに吹き飛んだ。


「……ちっ! 創術者はヒートル・レべ。執行者はガーズ・デスティ。……凍結せよ! ゴリウト!」


 次に長身の黒い短髪男が唱えて、氷の粒が俺に向かって噴きつけられたが、身体に付着する前にすべて水滴となって泥土に落ちる。それで今度は、後ろから怒鳴り声が聞こえてきた。


「創術者はレネ・クライスっ! 執行者はアディオ・パメラヤっ! ――増幅せよっ! アディアーっ!」


「よしっ!! ……創術者はアンドラ・ホーティアっ! 執行者はライ・フチーツっ! ……切り刻めっ! バディーアっ!!」


 ヒュンヒュンと風を裂く音がふたつ、したと同時に俺の両肩に風のやいばが衝突したが、それもまた、すぐに崩壊して消え失せる。直後、「もらったっ!!」という、やはり怒声が響き渡り、俺の側頭部にいかづちをまとった剣が飛んできたものの、刃は折れて空を飛び、やがて泥地に刺さった。


「……お前ら、崩しすら知らんのか。よし! とか、もらった! とか……。ただぶっ放すだけとは。……まあ、見ての通り、当たってもどうしようもないんだが。遊んでばかりいるからこんなことになる……」


 俺はため息をつき、頭をかく。攻撃を放った四人は驚愕の面持ちで口をぱくぱくさせたあと、逃げるように俺から距離を取り、こちらを睨みつけているリーダーの茶髪の後ろにまわる。……強さは変わらんのに、実は信頼されているのか? 頭が切れるとか。とてもそうは見えんが。


「……へっ。上級魔術士か。道理で余裕こいてると思ったぜ。どうせ俺たちを、下級魔術士として見下してんだろ? だが、この森のことを、お前はなにも分かっちゃいねえ――」


 茶髪は懐に手を突っ込むと、なにやら取り出し、口にくわえて吹いた。笛か、と認識した直後――森がざわめき、ほどなくメキメキメキャア!! と、右手に生える二本の大木を破壊して、長い一本角を生やしたリフィナー型の、ひとつ目の巨獣が顔を出した。


「……どうだ、ビビったか! コイツはステル属の最強種! ドルヴゴルトだっ! 魔術も打撃も、クラス4Aフォーエー以下のものは受けつけねえっ!! 【ヤートの森こんなところ】にA上位の魔術士がいるわけがないからなぁ!! ――どうせお前はクラスAの、中位か下位なんだろーがっ!! ……終わりだよっ!!」


 と、したり顔で笛を吹き鳴らし、その甲高い音が響くと同時に、巨獣のひとつ目が俺を捉える。そしてゆっくり、俺の全身よりもおおきな手のひらを握って拳を作ると――迷わず俺に振り降ろしてきた。


「やった! 潰れろカスがっ!! ひゃははははは……――はあっ!!??」


 馬鹿笑いが止まったところで、俺は片手で止めた、ドルヴゴルトの拳の、中指の骨をつかむとそのまま体を持ち上げて、上空に放り投げる。それから、最高点に達して落下を始めた折りに、唱えた。


「創術者はレッサラー・ポート。執行者はセイラル・マーリィ。……ともれ。リダー」


 指先にちいさな火を灯し、おおきく腕を振って飛ばす。その、小指の先ほどの火の塊は、落ちてきたドルヴゴルドの巨体に触れると、火の布と化してくまなく全身を包み込み、赤い球体となった瞬間――爆散した。


 轟音とともに、肉の欠片がわずかに降り注ぐ。茶髪は口をおおきくあけてヒザをつき、ほかの連中もへたり込んで震えている。俺は呆然としている茶髪に近づいて、笛を奪い取った。


「見たことのない型だな。どこで手に入れた」


「あ……う……、お、……お、親父……に……」


「お前の家名は? どこの貴族だ」


「……レ、レミファル……ト。ミレ……ル領の、男爵……」


「ああ、あそこか……。これは表にはない代物だ。お前だけでなく、親も【不良】ということだな。外面はよかったんだが。……コイツは預かっておく」


 俺は笛を懐にしまい、結界のほうを見やる。そこには少し溜飲が下がったのか、落ち着いた様子のハーティと……ファレイが、まだ目がうつろだが、上体を起こしてこちらを見ていた。……そうだ。そのまま、これから起こることも、よく見ておけ。お前が俺に、ほんとうに似てるなら――こんなところでつまづいている器じゃないはずだ。


「……な、な……んでぇ。なんで……リダー……、詠唱は聞こえなかった……が、あの指先から出た火の……、リダーだよなっ!? そんな……リダーなんかでぇ! うそだろっ!! お前っ!! ウソをつくなよ!! いまのはリダーなんかじゃ……!! おまえこそ特別な魔具を使ったんだろう!? ええっ!?」


 茶髪が泥地を叩きながら、俺に怒りの目を向けてくる。俺は息をはいて、返す。


「まともに修行をしていないからか。それとも、元々そんなことも習っていないのか。魔術には、クラスによって威力や効果が変わるものと、そうでないものがある。リダーは、すべての魔術士がさいしょに習う、初歩中の初歩の術式だが、クラスが変われば威力も変わるタイプのそれだ。……俺が使えばああいうふうにもなる」


「……ばっ……! じゃあっ……お前は!! お前はなんだっ!! まさかクラスエス……Sなのかっ!? な、なんでそんなヤツが……!!」


「それも知識が足りない。お前はさっき、クラス4Aを超える上位魔術士は来るはずない、と言っていたが。【ヤートの森ここ】の調査研究のために、その実力を備えた学者、研究者、商売人か、あるいは護衛として、王侯貴族の命や金によって、そうした腕利きがそれらの調査隊につくこともままある。なぜ、上位が隊に必要なのかは……【エルベタ】の奥まで行かねば分からない。まあ、きょうは遠方から来たらしい、無知なクラスBの調査隊に会ったばかりだが……。そいつら以上に、浅瀬でじゃぶじゃぶやり続けているだけ、そして外でも見聞を広めようとしていないお前には、知り得ないことだ」


 茶髪は歯を食いしばって、泥地を叩く。こんなヤツでも、わずかに誇りはあったか。ほかの連中は逃げようとしているしな。……まあ、逃がすわけがないんだが。


「創術者及び執行者は、セイラル・マーリィ。静止せよ。……ゲルダ」


 こそこそ離れようとしていた四人に向かって唱えると、全員体が硬直し、倒れ込む。そして、茶髪はいまの俺の詠唱を聞いて、全身が震え出した。


「――……セ、セ、セっ……!!? ばっ……!! ま……、ま……、まさっ!! まさっ……!!!」


 尻もちをつき、ガタガタと震えたまま、何度も、ぎこちなく、かぶりを振り始める。俺はそんなさまを一瞥いちべつしてから、再び離れた結界内にいる、ぼんやりとした表情かおでこちらを見ているファレイの目を射抜いてから――拳に力を入れた。


「天地の精霊よ。いまこそすべての魔力を解き放つことを、こいねがう。求める我が名は、セイラル・マーリィ! ……――【全結フィラーシャ】!!」


魔芯ワズ】が輝き、全身に魔力が駆け巡り――天地と切れ目なく俺の存在がつながって、爆発する。緑光りょくこうが太陽のごとく放出されて、泥が吹き飛び、樹々が揺れ、嵐が起こる。そんな豪風と極光きょくこうの中心に立ったまま、俺は結界へと目をやった。


 ハーティが顔をしかめて耐える中、隣ではファレイが……ハーティの腕にすがって立ち上がり――はっきりと目を見開いて俺を見ていた。そして、そのちいさな唇が三回、確かに動いた。……【す】【ご】【い】――と。


     ◇


     ◇


「……ごい。すごい、すごいすごいっ!! すごいなあんたっ!! こ、これが【魔神】かあ……!! なあ俺を!! 俺を弟子にしておくれよっ!! 頼むよっ!! 俺、あんたみたいになりたいんだよっ!! なあ~っ!!」


「しつこいガキだなあ、君は……。やめておけと言ったろうが。君には君の、もっとふさわしい道がある。いい加減諦めて、帰れ帰れ――」


「【ふさわしい道】ってなんだよ!? そんなもの、【俺以外のだれが決める】んだよっ!? ……惚れたんだ、俺は!! あんた以外ないって!! いまはこんなへっぽこ魔力しかないけどさっ!! きっとあんたを追い越して見せるからっ!! ……だから頼むっ!! 弟子にしてくれーーーっ!!」


「却下だ。しかも惚れた……? それはまさか、愛や恋の意味も含んでるのか? 私は年下には興味ない。それ以前にガキすぎる。私と幾つ離れてると思ってるんだ……? おもりもご免だよ。……じゃあな」


「ま、待てよっ!! 成長したら、きっといい男になるぜ!? 俺が保証するよっ!! だから待てっ!! 待ってってばーーーーっ、マーブルっ!!」


「マーリィだ。【マーリィ・レクスゥエル】。……まったく。名前もきちんと覚えてないくせに……。しかもいい男になるとか、自分で言うか? ……【セイラル・ヴィース】。そういう評価は、【君以外のだれかにしてもらうもの】だろう。……まあ、大物にはなるかもしれないな。その図太さしつこさで。私は関知しないが。もしかしたら、……――いつかは」


     ◇


     ◇


 ファレイは、俺を見つめたまま、結界を一度、二度、三度と……拳で殴りつけ、外へ出ようとしていた。それをハーティが「無理よ! それといま、外に出たら、ただじゃすまない!」と、たしなめると、今度は俺に向かって、「そのふざけた馬鹿みたいなデカ魔力を止めろーーーーーーーーーーーーーっ!!」と叫んだ。俺はヤツの両眼を見据えてから、ゆっくりと、しずかに【全結フィラーシャ】を解いてゆく。天地とのつながりが、じょじょに薄れて、やがて嵐が静まるとともに、光が消えた。


 辺りの泥土はえぐれ、樹々に飛び散り、草は飛び、樹は何本かが折れていた。ゲルダをかけた四人組は、身体の自由がきかぬまま、無防備に俺の膨大な魔力をくらったことで、すべて息絶えていた。俺のそばで尻もちをついていた茶髪は、とっさに全魔力でガードしつつ逃れ、離れた樹になんとかしがみついてしのいでいたが、元々そばで直撃をくらっていたので死にかけていた。あのまま放っておいても死ぬが……そういう結末では、どうもなさそうだ――。


「……。……――ひぃっ!!!」


 茶髪は、樹にしがみついたまま、悲鳴を上げた。眼前に、結界から出てきたファレイが立っていたからだ。顔の泥をぬぐい、目はいつもの輝きを取り戻し、完全に殺意を持って茶髪を見おろしていた。かつての【従順な態度】が消え失せて、ただ、自身を殺さんとする存在と化したファレイを見た茶髪は、ガタガタと震えて、声を振り絞り、言った。


「や、や、や、……ま、待……っ!! お、お、俺を見……ろっ!! 死……ぬっ!! あ、ああの【魔神】――の魔……力!! 見ただ……ろう!? お、俺はもう、身体が……満足に動か……ねえんだよっ!! このままでも死ぬ……っ!! な……!? こんな死に……かけに手を……て、どう……なるって!? くそつま……らな……い……ろう……!? ……ッキリ……する……か!?」


「……ああ。そうだな。確かにその通りだ。……ハーティ【さん】。この男を、治してやってくれないか。……頼む」


 と、ハーティに向かって頭を下げた。その態度にハーティは眼鏡をかけ直して二度見するが、すぐにファレイの、「……んのわっかババァっ!! 素直に頼んでるだろーがっ!! さっさと私をボコボコにしたあとにかけたなんとかってヤツ! かけろよっ!!」といういつもの罵声を聞いて、そばへ寄り、ファレイの頬をつねり上げる。そうして、「いははははあはっ!!」とわめく声を聞きつつ、ハーティはこちらを見る。俺は頷き、それでハーティは茶髪に手をかざした。


「創術者はセイラル・マーリィ。執行者はハーティ・グランベル。……癒しを。ミスターリア」


 茶髪の体が紫色の光に包まれて、血や傷が消え失せる。茶髪は自身を、信じられないように見まわしたあと、ゆっくりと立ち上がり、半笑いのまま逃げようとしたが、すぐに背後に俺の殺気を感じて立ち止まる。それから、苦々しそうにファレイに言い放った。


「……んのつもりだよ。逃がしてくれる……ってなら、あの【魔神】をなんとかしろよ!! 殺す気満々でとても逃げれるスキなんてねえよっ!! ……お前の言うことなら聞くんだろ!? か、可愛がってもらってんだろ!? 毎晩毎晩!! な!? だ、だったら、なんとか頼んで……ここはひとつ」


「――だれがあんなクソ垂れ目に可愛がってもらってるだ、コラァっ!!!!!!!!!!!!!!」


「どひいいいいいいいいいいいいいっ!!!!!!」


 ブチ切れたファレイの恐ろしい怒声に、茶髪が再び尻もちをつく。そしてファレイは、今度は俺を指差しつつ、「コイツが ド 変 態 なのは間違いないが、私が可愛がってもらったことなんて、ただの一度も毛の先ほども、まったくねーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!! ……いますぐぶブチ殺すぞっ!!!!!」と叫び、いよいよ茶髪が委縮した。……たぶん、茶髪が言っている意味が分かっておらず、ほんとうにそのまま、愛されてよくしてもらっている、という意味で怒りまくっているんだろう、この感じは……。そのほうが助かるが、そこまで雑に扱っているように言われるのも……複雑なんだが。


 と、思ったら、「まったくそう。セイラル様が従者を(女として)大事にしたことなど、ただの一度もないわ。……その子は、ひいきされているほうだけれどね」と、ファレイの解釈のほうに乗じて文句を言い、ハーティは半眼で腕を組む。……お、おい。さすがにそんなことないだろう? いったいどういう待遇を求めてるんだ……?


「……ちっ! んなことはどーでもいいんだっ! いいか!? お前をぶっ殺すのは決まってんだよ!! 【死にかけじゃないお前を私がぶっ殺す】ことはな!! ……――構えなっ!! トーク・レミファルト!!」


 その言葉に、茶髪……トークは目を見開き、ほどなくぶはっ! と噴き出して、ちいさく、ぎこちなく笑い始める。それからファレイを指差して、「……お前が? 俺を? ひとりで? 体力の戻った俺を……?」とへらへら笑い、それから俺やハーティをチラチラ見る。


「ど、どうせコイツらに手を借りて、だろ? それともまさか、ほんとうに、お前ひとりで俺を殺ろうってのか? ……そんなわけねえよなあ……。だってお前、魔力も1万5千程度で、魔術ときたら、あの刃に変える【天性術式ミーガル】以外、なんにも使えやしねえじゃねえか……」


「【それがお前を殺せないのと、どういう関係があんだよ】、このうそつき刷り込み野郎。……ちゃんと見たら、お前なんてカスじゃないか。よくもダマしてくれたな……。跡形もなく【斬り】刻んでやるからな。――覚悟しろっ!!」


 言い放つと、ファレイはそばに落ちていた石ころを拾い上げ、握る。すると瞬く間にそれは銀の光とともに延び、鮮やかな銀刃となった。いつものは、折れた魔獣の角や歯のようだったが、これは……。ほとんど剣に近い。知性あるリフィナーが、はっきり戦いのために作り出した【武器】だった。


 ハーティもそれに気づき、俺を見やる。もしかして、精霊を感知しつつある、のか……? まだしていないことは分かるが、なにかつかみかけたか。


「は、ははっ!  あはははははっ!! おいコラっ!! お前っ!! 絶対にひとりで来いよっ!? んで俺が勝ったら、ちゃんと見逃すように、【魔神】に言えよっ!? おいっ!! じゃねえと戦わねえからなっ!!」


 トークが笑いながら立ち上がり、何度も俺を指し示してファレイに言う。ファレイはため息をつき、「だとよ。【万が一】私が殺されたらコイツを逃がせ。破ったらぶっ殺す――」と俺をにらみつけたので、了承する。それでトークは、「――ひゃっほう! ……こんな楽な博打はねぇぜ!」と大喜びして後ろに飛びのき、構え、ファレイも腰を落とした。……ふつうに考えれば、いかに阿呆トークが堕落しているといっても、万全の状態で、まともに正面からやり合っては、勝つことは難しい、が……。いまのアイツの気迫、魔力の輝きは、やけっぱちなどではなく、確信に満ちたものだった。


「【女】の意地、ですね。勝てるかどうか、ではなく、決して【負けられない】戦い。いまのあの子にとっては。……あなたが見ているからでしょうね」


 ぽつり、ハーティが漏らす。それに俺が反応した直後――ファレイが泥地を蹴って飛び出し、トークに刃を振り降ろす。だがそれを、果たしてヤツはゆうゆう避けて、空いたファレイの胴体を蹴り飛ばし、ファレイは奥の大木まで吹っ飛んだ。


「ごほっ!! ……がっ……!!」


「……やっぱお前はただの馬鹿だろ、【ヤートのゴミ】。ただ殴る蹴るだけでも殺せるが、テメーみたいなクソゴミ雑魚にまで見下されたんじゃあ、【魔術士】の名折れだからなあ!! ……焼き殺してやるよっ!!」


 トークはそう叫んだあと、手を地面に向けて、詠唱した。


「創術者はモディア・ロークっ!! 執行者はトーク・レミファルトっ!! いまここに、裁きの雷をっ……!! ――ガーズヴェンダーっ!!」


 地面から、金切り音とととにいかづちのレイモ(※狼のような肉食魔獣)が出現し、それはトークが腕を振ると同時に、ファレイめがけて飛び出した。ファレイはよろよろと立ち上がると、刃を両手持ちにして、掲げ――刃を一瞬で巨大な手のように広げ、雷のレイモへ叩きつけ、包み込む。


「……なあっ!? な、お、お前……!!!」


「私の【天性術式これ】が、刃だけにしか変えられないと、言ったか? それと、ご自慢の【クソレイモ】は返してやるよ」


 ファレイは思い切り腕を後ろに引くと、振り出し――まるで投てきするように、包み込んだ雷のレイモを解き放つ。トークは慌てて、「そっ、創術者は……!」と唱えようとしたが、「――遅いっ!!」と、雷レイモと同時に飛びかかってきたファレイを見て絶句する。そしてどちらにも対処できず、ヤツは雷のレイモに胴体をかまれ、雷にまれたあと、ファレイの刃に首を飛ばされて、さらにそれを縦横斜めに切断された。


「が……、ばっ……! 【ヤート……の】……――」


「【ファレイ・ヴィース】だ。……【ヤートのゴミ】じゃねえんだよ、クズ野郎――」


 そう言い放ったあと、ファレイは泥地にかるトークの目玉とあごを踏みつぶし、……それでヤツの魔力いのちは、完全にこの世から消えた。

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