第70話 ……近づきたい。
自転車通学の俺はとうぜんのこと、打ち上げの主催者たる横岸も、きょうは自転車で来ていた。家に帰らず学校から、会場である駅前のカラオケ屋へ素早く移動するためだ。
それにより登校時とは逆に、激坂の【壁】は高速滑り台と化しており、俺たちはあっという間に駅までたどり着く。
そして少しずつ人出が増す夕方の駅前では、のろのろ運転を強いられて、アーケードの商店街に入ってからは手押しになったが、目的のカラオケ屋はその商店街を抜けてすぐだったので、なんとか集合時間である17時の10分前に到着した。
「あ! 横っち来た~! こっちこっち~!」
もう赤く染まった空を天然のアーケードとして、飲食店や銀行やパチンコ屋等、さまざまな店が立ち並ぶ通りの右手側にある、きれいな雑居ビルの一階に入ったカラオケ屋『りんどん』の前で、ぴょんぴょんと、茶色のポニーテールを上下させて飛び跳ねるクラスメイトのちいさな女子、坂口の姿が目に入る。
横岸はすぐ、「ごっめ~ん! ちょこーっとだけ準備に手間取ってさ……」と言いつつ、素早く自転車を手押しして彼女へ歩み寄る。俺はそのあとを小走りで追いかけるが、坂口は俺を認めたとたん、「え、なんで制服なの……」と引き気味に顔をしかめるも、じっさいには言葉に出すこともなく、まるで「私はなにも見なかった」と自分に言い聞かせるように目を横岸に戻した。……いじるどころか存在を抹消されたぞ、おい。
「こらアー子! 【現実】を見なきゃダメでしょー? その男も今回の大勝利! に貢献したクラスメイトのひとりなんだから。……ほい【うまコメ】、よろ!」
横岸がとつぜん坂口に言い放つ。それで坂口は「えーっ! なにそのパス~!?」と目を見開いてあたふたしつつ、足をぱたぱたしながら言った。
「えー……っ、えーとえーとえーと……。……あ、あんたの私服、めちゃ男子の中で流行ってるヤツよね? ……だって全員、毎日着てるし!」
思い切り俺を指差して、ドヤっ! という表情で言い放った坂口は、ちらっと横岸を見やる。するとヤツは、「……うまコメ~! うま率88て~んっ! さっすがアー子っ!」とにこにこ顔でジャンピングヒジ突き(※動作はでかいがほとんど当たってないヤツ)をした。
坂口はそれでぱっと顔を明るくして、「で、でしょー! あたしってぇ、テストとかは苦手だけどぉ、地頭? ってゆーか、頭の回転にだけは自信あるからあ……」と、またドヤ顔して笑い、それが落ち着いたあと、今度は俺に、「……で? なんで制服で来てるの?」と、口に出して尋ねてきた。なので、俺はため息をついて、
「……まあ、お察しの通り、流行ってるからな。男の中で」
と、返したが、その瞬間――「あ……、あんた……っ、あんたあんたあんたっ! あたしを馬鹿にしてるなぁ~っ!」と坂口はデコを高速で突いてきたたたあたいたあっ!!
「いっ……やめろコラっ! そうじゃなくてジョークにジョークを返しただけだろーがっ!」
「あたしが【うまコメ】ったのは横っちにであんたにじゃなーいしっ! 馴れ馴れしいわ緑川のクセに……! クラスの一員にでもなったつもーりかっ!」
「なったつもりもなにも、元からクラスの一員だっつーの!」
額を押さえて言い返すと、横岸が俺たちの間に割って入り、「はいはーい! 盛り上がってきましたね~! でも本番は中で、だから! ……アー子、悪いけど皆を集めてきてくれる? 私ら自転車、ちゃんと停めなきゃだから……」と、坂口に手を合わせてウインクする。坂口は、「いーけどぉ。あんま緑川を甘やかさないでね! ちゃんと振っとかないとズルズル来るよ~、男ってそうだから!」と、びっ! と半眼でまた俺を指差してから、人を避け避け通りの向こう側へとぴょこぴょこ走っていった。
「……振るって。まだその設定生きてるのかよ」
「死ぬわけないでしょ。あんたの株は、いまも絶賛底値を転げまわってるんだから。今回だっていっしょに来たの、アー子の中じゃ、あんたが振られたのに未練がま~しく付きまとってる行動の一環、ってことになってるわよ。たぶん」
「それはきょうイチ素晴らしいジョークだな。素晴らし過ぎて、まったく笑えねぇー……」
引きつった表情で俺は漏らす。横岸は店前にずらり並んだ自転車の群れから、わずかな隙間を見つけて押し込むと、俺にも指で隙間を示してきたので、倣った。
カラオケ屋の駐輪場は、店前にしかない。ぎちぎちに並んでるけど、俺と横岸のを入れても20台もないから、たぶん、これらはほとんど、クラスのヤツらのじゃないだろう。少し離れたところに、一時間なら無料の駐車場があるが、打ち上げの予定は二時間だし、電車で来てるヤツのが多いだろうな。それか、どっかに【うまいこと】停めてきてるか。でもこの辺、取り締まり多いから、難しいとは思うけど。
俺はたくさんの人が行き交う通りを眺める。人波の向こう側には、クラスメイトたちが大小いくつかの塊に分かれ、おのおの騒いでいた。その間を、坂口が「横っち来たよーっ! ほい、ほい集まーって!」と甲高い声を上げて走りまわっていた。
俺はそんな坂口やクラスメイトたちの様子を見ながら、隣で同じように見ている横岸に言った。
「……俺のことなんか放っとけばいいのに。ほとんど坂口みたいな感じなんだから、いちいちフォローしてたらキリがないだろ」
「【元からクラスの一員】なんでしょ、あんたは。なら、そんなわけにはいかないわ。私がリーダーっていうならね。きょうは楽しい気持ちで帰ってもらうんだから。【クラスの皆】には」
横岸はよどみなく返す。俺はちいさく、何度かうなずくと、黙って頭をかくほかなかった。
横岸は、強くなりたいから、自分の求める強さが欲しいから、その一環としてリーダー的な、傍目には利他的に見える行動を取っている【だけ】で、じっさいはそこまで優しい人間じゃない――そんな意味合いのことを、教室で着替えながら話していたが。正直、それは単に自分で言い張っているだけで、ふつうに優しさからの行動であると俺は思う。
さっきの坂口みたいな、自分と同じ陽キャ組だけじゃなく、おとなしい女子も、男子も、性別やグループの区別なく、皆が横岸を慕っているし。打算的なら、ここまで違った人間たちの人望を集められないだろう。
それを認めたくないのは自分を過小評価しているからか、それとも……【ほんとうに優しく、利他的な人間を知っているからか】。その人間と比べたら自分の【よこしまさ】が見えてしまうから……、そんなところじゃないだろうか。もしかしたら、それがアイツの、【強さ】への執着とも関係あるのかもしれないけど……根掘り葉掘り聞くもんじゃないしな。
「……いや。そこまでやる?」
と、ふいに横岸の失笑混じりの声が耳に入り、俺は思考をやめて、視線を横岸に倣う。すると通りの向こう側で、ひとつになったクラスメイトたちの中央に、明らかに人目から隠すように立たされている風羽の姿を認めた。な、なんだありゃ……?
唖然としているうちに、まるで要人を守るSP軍団かと言わんばかりの人塊が、そのままこっちへ到着する。横岸は先ほどの失笑を苦笑に変えて、ため息交じりに皆へ、
「あの、さ。気持ちは分かるけど、ちょ~っとやり過ぎじゃない? 風羽さんも窮屈そうじゃん……」
と、話しかけたが……。先頭に立っていた坂口が、ぴょこぴょこ跳ねながら即・反論する。
「いーやっ、いやっ! 横っちは甘ーいっ!! ……いいっ!? あたしらが来たときにーはっ! すでに風羽さんの周りに男どもが……クラスのじゃなくて!! その辺の阿呆……助平……とにかくどうしようもないのがわんさと寄ってきてーて!! とんでもなかったんだからっ!! 中にはスーツ着た お じ さ ん までいたんだよ!? 『うわあ、キミ可愛いねえ!』『うちの娘によく似てるわ~!』――とか! いや秒バレのうそだし話しかけたいだけじゃんこんな美人に似た娘がおじさんにいるわけないーしっ!? ……マジ信じられないんだってばっ!!」
ぞわぞわ引きつった表情でまくし立て、自分の細い腕を抱く。それに女子男子の区別なく、いっせいに首肯しつつ口々に、「おっさんもだけどよぉ、大学生くらいのチャラいのがいーっぱい! ……アイツらマジ殺してやりたかったわ!」「いや、俺はそれよりダッセーヤツらのが腹立つ! ……お前ら正気か!? 声かけるのすら許せんって!」「男もだけど、女も慣れ慣れしかったよねー! いきなり『やーん可愛い~!』とかタメ口で寄ってきて触るんだよ!? なに考えてんの!?」「おばちゃんとかもだよねぇ……。髪の毛つまみ上げたときは蹴ってやろうかと思ったし!」等々。ともかくそれらを総合すると、皆の言葉からにじみ出ているのは、
『自分たちが苦労して、日々なんとかコミュニケーションを取ろうとしているっていうのに、初対面の分際で風羽さんに気軽に話しかけてくるどころか触るヤツら、軽々しく扱うヤツらを許せるワケ!?(いや許せるワケがない!!)〗
……という、人間ここまで怒りをあらわにできるか? と言いたくなるほどの様相を呈していた。なんか、マジのアイドルにまで進化してないか? 体育祭の結束がここまで影響するとは。風羽のカリスマ性、恐るべし。
しかし、ナンパやら声かけね……。俺と買い出しに行ったときは、変装してたからというのと、スーパーという場所のせいもあってそこまででもなかった、ということか。こういういろんな人が行き交う場所で立ちっぱなしだと、そうなるんだな。時と場合によっては、マスク・サングラス・帽子は必須かもしれん。……もはや芸能人と同じように。
そんなふうにため息をついていると、囲いが開けて、ようやく【アイドル風羽】がお披露目となったので、ぼんやりと見やる。きょうの服装は、意外というか、Gジャンに薄水色のTシャツのインナー、そして白いパンツに青のスニーカーという、割とラフ寄りの、あまり可愛さとか色気とか、そういうものを押し出した出で立ちではなかった……と思ったのも秒で消える。
まず、モデルかと突っ込みたくなるほど脚が長い。次に、女優かと言いたいくらい胸のラインが格好良すぎる。なにより全体のシルエットがおかしい。頭の上からつま先に至るまで、まるで絵のうまい人の素描みたいな、恐ろしいほどのバランスの良さがひと目で分かった。……あれだ、美人やイケメンは、なにを着てもその美貌を損なわないってヤツ。逆にいいものを身に着けても、それは底上げであるにすぎないと。画像や映像じゃなくて、現実に目の当たりにすると、それがいよいよ実感できた。
そもそも、佇まいに華がありすぎるんだよなあ。ルイも確かに美人でオーラもあるが、殺伐としてるし。ペティは人間界慣れしているせいもあるのか、親しみやすくて庶民的だし。ロドリーはおそらく意図的に気配を消していて、よく分からないが……。やっぱりファレイだけ、ほかより多めに魔力を放出しているということを考慮しても、俺の接した魔術士やリフィナーたちとは、一線を画するオーラがあると言わざるを得ない。
「あの……。予約の時間があるのでは? それに、ほかの方たちのご迷惑になると思うのだけど。早く行きましょう」
渦中の風羽が、静かに発言した。それに全員はっ……! となり、即座に横岸が店へと駆け込み、皆も慌てて続いた(『風羽ガード』を忘れることなく)。そうして最後のひとりとなった俺は、「あー、行っちゃった」「どこの学校の子かなあ」「芸能人じゃないの?」といった、囲いをしていてものぞき見していたのだろう、往来の人々のつぶやきを耳にして。ひょっとして打ち上げを私服にしたのは、見まわり教師たちの目をかわす以外に、ファレイの素性を、不特定多数の通行人から隠すためというのもあったんじゃないかと思った。
◇
「うわっ! 舞台あるじゃん舞台っ! ……これは俺のパフォーマンスが炸裂するぜ~っ!?」
「あたし大部屋って初めて入ったよ~」「私も~!」
「ねーねー、お菓子もう広げちゃっていーい?」「ドリンク欲しいの、メモるから言って~!」
「お盆とか持って来たらよかったねー」「借りれるんじゃね?」
「おい、そこ俺の席だかんな!」「だれが決めたのよ! だいたい風羽さんの席を決めるのが先でしょ~!」
パーティルームに入った途端、いっそう騒がしさが増して、しかし体育祭中の連帯感が残っているのか、てんでバラバラという感じではなく、奥底のほうで【クラスの催しに参加している】という意識でつながっていて、どこか心地よい連帯感があった。俺も、そこに入っているのを感じられたのだ。
表層上は、いまも変わらず基本塩対応で、放置されてるんだけどな(制服に対する突っ込みもほぼない。ちゃら男の垣爪が『しwふwくwイwカwス』と爆笑したくらい)。ただ、のけ者にしようという空気はなく、……受け入れられている感じがした。
「まだ【体育祭効果】、続いてるみたいね。……好い感じじゃん。このまま月曜日以降も、仲良くしてくれたらいいんだけどね。あんた含めて。っていうか、あんただけなんだけどね、敵視されてるの。……それがなくなればねぇ」
喧噪の中、ぼんやりドアのそばに突っ立つ俺に、横岸が入店前のように隣に立ち、つぶやく。俺は一度だけ横岸をちら見して、女子軍団にガードされるように舞台横に立つ風羽を見ながら言った。
「無理だろ。風羽との関わりがなくならない限り。……そしてそれは、ないし」
「断言するんだ。ふーん……。ほんとう、強いつながりだこと。【ネッ友】、ねえ……」
ちくちくと、左頬に視線が刺さってくるのが分かるが俺は振り向かない。そうして耐えていると、「ねー横っちーっ! 風羽さんの席、どこにすーるっ!? まずそこ決めないと始まんないーよっ!」と、坂口の困り果てた声が飛んできたとき、ちくちくが消える。それから横岸のおおきな声が響いた。
「はいはーい! 風羽さんの席もだ・け・どっ! いまからやることを発表しまーす! きょうここを打ち上げ場所にしたのは、カラオケするためじゃないんだからね! そもそも皆で歌ってたら時間内に終わんないし!」
「えっ!? 歌、歌わねーのっ!?」
舞台に陣取っていたサッカー部の小川が、マイク越しに驚愕の声を上げる。そして他の面々が、「じゃあなにすんのー?」「風羽さんの歌、聞きたーい!」「そっか。少しほっとしちゃった……」「なんでもいいじゃん盛り上がれたら~」といろいろ声を上げたが、横岸はすたすた舞台へ歩いて小川のマイクを奪い取ると、一度咳払いして静かにさせて、言い放った。
「言ってたでしょ? 【全員参加のプログラム】を用意してるって。歌が嫌いな子、好きだけど人前では恥ずかしい子、盛り上がりを強制されるのが嫌いな子、いろいろいるんだから、カラオケは【クラス全員の打ち上げには】合わない。……その代わりに、皆が納得する企画を用意しました」
横岸が言い終えると、しん……と場が静まり返る。横岸は舞台上から皆を見まわしたあと、女子ガードの内側にいる風羽に目をとめて、言った。
「それは……、この舞台に立って、【風羽さんの好きなところを叫ぶ】ことです! うちのクラスは男子も女子も全員、風羽さんのことが好きなんだから……言えるでしょ!? はいこの機会に、思いっ切り愛をぶちまけちゃいましょーっ!!」
両手を上げて、そう皆に提案するが……、全員、絶句してから口々にまくし立て始めた。
「いやっ……!! えーっ!? それはちょっと無理だろっ!? お、お、俺なんかが風羽さんにそんなっ……!!」
「……恥ずかしすぎるでしょ!? カラオケの比じゃないし! できないできなできないってばーっ!!」
「風羽さんが気まずいんじゃないの……!? それって風羽さんにOK取った!?」
「無理無理無理無理!! き、……嫌われたら死ねるっ!!」
わいわい、がやがや……さまざまな言葉が飛び交うが、共通してるのは、ほぼ、「できない」「したくない」という反対の声だった。……無理もない。
いつもはたいていの意見、提案が通る横岸でも、さすがに今回だけは……。【余計なことをして風羽に嫌われたくない】皆にとっては、あまりにリスクが大きすぎる。それが分からないわけないはずなのに、いったいどういうつもりだ。
俺は横岸の表情を見るが、皆の反論を聞いているのかいないのか、平静さを崩さずにいる。いつもだと、たとえばなにか失言、失敗した場合なら、すぐにフォローに走ってその悪化を最小限に抑えようとするのに。引っ込めることもなく、言い訳することもない。果たしてそんな態度が火に油を注ぎ、ただ提案に反論するだけでなく、少しずつ、横岸本人に対する批判まで出てきた。
横岸は、確かに誰もが認めるリーダーで人望もあるけれど、風羽のようなアイドル的カリスマ性はない。あくまで自分たちと同じ地平に立つ、【中心】人物であり、【先】へ進む者で、無条件に崇められる【上】の存在じゃない。横岸と風羽にはそのまま、【人間】と【人間外】というべき超えられない差があったのだ。
ゆえに下手すると、この騒ぎは……、【私らと同じ(人間の)くせに】調子に乗り過ぎてるとか、これをきっかけに、いままで築いてきたものが崩壊する恐れもあった。
アイツが自分を特別視したり、調子に乗るようなヤツではないことは、いままでの言動から、少ない付き合いの俺でも分かる。ほかの皆が、アイツから【強さ】がどうのという話を聞いているかどうかは定かでないものの、単純に付き合いが長ければ、深ければ、ふだんの言動だけでもそんなことは分かっているだろう。
だがいまは皆、冷静にはなれない状況だ。そのせいで、横岸のリーダーシップの強さが、悪い意味で強制力となって、従わなければならない……けど風羽に嫌われる可能性がある、それは嫌だ――という感情との板挟みとなって、【なんでそんなところに追い込むの?】 ……と。不信感と憎しみを産む事態になりかけていた。
俺は唾を飲み込んで、再度横岸へ目を向ける。だがやはり、ヤツは騒ぎにひとつも取り乱すことなく、皆をなだめにかかることもなく、真顔だった。そして、その姿勢は――冷静にこの状況を見つめている風羽へと向けられていた。
やがて、わたわたと騒乱の中で右往左往していた坂口が、「よ、横っちぃ~!」と情けない声で舞台に上がり、歩み寄ろうとしたとき――。横岸はマイクに向かって言葉を発した。
「私は、風羽さんと友達になりたい。対等な――。アイドルの追っかけじゃなくて。……皆はどう?」
坂口の動きが止まった。そして、皆の騒ぎも。静寂の中、横岸は言葉を続けた。
「私は風羽さんにまったく及ばない。美人とかそういうこともあるけど、もっと根本的な、中身のところで、ぜんぜんまったく及ばないの。でも、だからといって、ずっと憧れて見ていて、背中を追っかけて、気にかけてもらえたら嬉しい、なんて。そんな関係がいいなんて思えない。だって彼女はクラスメイトで、ネットやテレビの、【なにかの向こう側の有名人】じゃないんだから。……近づきたい。いつも皆としてるみたいに、気軽に挨拶して、ご飯して、帰りに、休みの日に、いっしょにどこかへ出かけたい。それで、悩み事の相談も、進路の話も、恋の話もしてみたい。……それが【友達】でしょ? 自分よりはるか高くにいるからって、おどおどと、していていいだなんて思わない。だから、きょうはその変わるきっかけを作る。自分の力で。自分の気持ちを伝えて。……――風羽さん」
横岸の声が響く。風羽は、女子たちの輪を抜けて、横岸に近づいた。そして1メートルほど前まで来て足を止めると、まっすぐに横岸を見つめる。横岸は、そのまなざしを受け止めて言った。
「私があなたが好きなところは、【強い】ところよ。さいしょは、クラスでいちばん、圧倒的に【強い】と思ってたんだけど……。ちょーっと予想外のところから、あなたより【上】がいることに気付いてさ。……でも、まあ、それはそれ。あなたの【強さ】が好き。すごく恰好よくて憧れてるの。――……前からずっと」
言い切り、一度、ちいさな呼吸とともに目を閉じる。そしてまた、目を開けて風羽を見つめる。そのまなざしは揺らぎなく、堂々としていて、うそ偽りない【ほんとうの態度】だった。だから、だれもが黙った。多くが苦い表情をして。超人でない、自分たちと同じ側である人間の横岸が、自分たち以上の存在であろう風羽に対して、対等な言葉を伝えたのを目の当たりにして……、さっきまで、そんな横岸に保身や臆病さから文句を投げつけていたことを恥じ入っていた。
◇
――私の求める強さ……ほんとうの【強さ】は。何事にも、何者にも動じないで、負けないで――
――どんな夜にも呑まれない、ずっと自分であり続けられる力――【自分の輝きを絶やさない力】のこと――
――さっき言った通り、それをあんたは持っている。……風羽さんも――
◇
かつて、横岸が俺に言い放った言葉が心によぎる。それで、なぜ皆に反対されることを承知で、企画と称してこんな行為に出たのかが分かった。きょう、この瞬間が、コイツの【勝負どころ】だからだ。自身の目標に近づくため、……人生を前進させるための。
たぶんいままでも、自分が進むため、自分を高めるために、【ここ】というべきところは逃さずに挑戦してきたのだろう。そういう意味では、体育祭中も含めて今回の行為に関しても、自分はそんなに優しくない、すべては自分の欲のため――という言葉は当たっているのかもしれない。だけど、皆の表情を見れば、やはりただの自己中心的なエゴイストとは思えない。
横岸は、皆が心の奥底に秘めている、ほんとうの願いに気づいていたのだ。だから、自分のエゴのために皆の場を利用した、というよりも、逆に自分のエゴを利用して……皆の願いを叶えるきっかけを提供した。【凡人代表】として。【この機に自分も進むけれど、皆もどう?】……と。アイツは認めないだろうけど……。
部屋の外から、楽しげな歌声が響いてくる。沈黙の中、じっと横岸の視線を受け止めていた風羽は……。やがて、ぽつりと口を開いた。
「……私より、上、……というのは?」
風羽の問いかけに、横岸は一瞬、眼球だけを動かし俺を見る。それはたぶん、俺と風羽……ファレイにしか分からないほどの動きだった。だれも視線を追わなかったからだ。そしてその要らぬ、横岸の示しに俺は顔をゆがめるが、……【ファレイ】は笑っていた。
「ふ……、ふふ……。横岸さん。あなたは見る目がある。私も同じことを思ってるから。……そういうふうに【その人】を評価してくれて、とても嬉しい。……だから、あなたの私自身に対する言葉も、嬉しく思うわ」
「ありがと。……これでも、見る目にはちょこーっとだけ、自信、あるからね」
横岸は、人差し指と親指で、ちょこっとを示して、ニヤリと笑う。その態度は、もう完全に――風羽に対する気後れやおどおどしさは欠片もなく――……【ふつう】だった。ファレイ……風羽も同じように笑みを浮かべた。それから互いに笑い合うと、横岸は言った。
「……まあ、こんな感じで。事後承諾で悪いんだけどさ。皆も私みたいにあなたのことが、いろいろな理由で好きなのよ。それを聞いてくれないかな? さっきまでの反論は、好きすぎて、そういうことして嫌われたらどうしよう……って気持ちからだから。きっと私みたく、あたなに直接伝えたいはず。好きな人に、好きな気持ち……【本音】を。それを受け止めて欲しいのよ。私たちと、あなたが、ほんとうに【友達】になるために。……もちろん男どもの、企画に便乗した『付き合ってくれっ!』とか愛の告白系は全部無視していいからね」
「お……、ちょい横岸っ!! それはないだろうそれはっ!!」
石化が解けたように、小川がどたどた走ってきた。だがすぐさま横岸が半眼で風羽を隠すように立ち、「はーい、煩悩は売るほどあるくせに勇気はボトルキャップ半分以下もないヘタレはお下がりくださーい。私は【友達】になるきっかけを作るために企画したんだから。……助平なヘタレの手助けする趣味はないっ!」と一喝する。それに小川は、「あ……っ! おっ……! 俺はそ、そ、そんなつもりじゃ……っ!」とあたふたし始めるが、風羽は、そうした小川の様子を見て、かすかに笑った。
「――えっ!? い、いま風羽さん笑った!? 小川を見て!?」
「あんなのが受けるってありかよ!? 」「マジありえねーっ!」「ああっ……!! 風羽さんの笑顔が、あんなサッカー馬鹿に……!!」
「……おいコラいま馬鹿って言ったヤツだれだぁ!!」
小川は激高し、男子たちの群れに入るとお前か!? お前だろっ!? と問い詰め始めるが、その隙に垣爪がささっと舞台に上がり、マイクを手に取り言った。
「明已子っ! さっきは悪いっ! 俺も勇気がなくてさ……。でももう任せろよ勇気満タン充電完了!! ……風羽さーーーーーーーーん!! 君のすべてが大好きだーーーーーーーーーーっ!! 俺と付き合ってくれーーーーーーーーーーっ!!」
次の瞬間、小川の高速タックルと横岸の蹴りと、その他男女の区別なくブーイングとスナック菓子の袋が飛んできて垣爪は撃沈。その様子にまた、風羽はおかしそうに笑い、垣爪は取り押さえられながら、「ほら見ろ小川っ! お前より俺のが受けてるしっ!! わははっ!!」と風羽を指差して、取り押さえる小川は余裕なく、「ふ、風羽さんっ!? コイツのはギャグ! ギャグだからなっ!? ……っていうかギャグでも許さーーーーーーーーーーんっ!!」といよいよ押さえを強くする。垣爪は苦しそうにしながらも、「風羽さんが……初めて……俺に笑ってくれたぁ……」と、いままで見た中でいちばん幸せそうに笑っていた。
「あのっ、……あの明已子っ! 順番っ! 言う順番はっ!?」
「出席番号順よねっ!? ならアタシがいちばーーーーーーんっ!」
「はあっ!? 席が近い順だろーーーーっ!? 俺っ! 次俺っ、行っきまーーーーーーーーーーす!!」
「……席が近い順!!」「なんてっ!!」「あっか!!」「……聞いたことないしっ!」
さっきまでの騒々しさとは中身のまったく違う、しかし音量的にはさらに増した喧騒がパーティルームを包む。そしてすかさず横岸がいつもと変わらぬリーダーシップを発揮し、「順番はふつーに出席順! それとひとり二分だからっ! ちゃんと時間は計るから、内容まとめてからにしてねーっ!!」と言い渡し、皆のえーーーーーーっ! という不満も剛腕でいなし、先頭バッターたる女子の赤坂を舞台に押し上げた。
その赤坂は、ついさっきまでノリノリだったくせに、いざ押し上げられ、そこから風羽と目が合うと、かあああ……と大赤面し、なにも言えなくなる。そのさまに皆が手拍子を始めて応援し、それでやっとのことで、自分のふたつくくりにした髪を両手でつかむと――、
「わ……、私は風羽さんの使ってるシャンプーがなにか知りたーーーーーーーーーーーいっ!!」
……と、微妙に趣旨と違うことをマイクでぶちまけたため、皆はぽかんとしたあと大爆笑。見るも哀れにいよいよ赤面した赤坂は、「違う違う違うちがーーーーーーーーーーっ!! こ、これは風羽さんの髪がすっごくきれいだから、それが好きって言いたくてぇーーーーーーーーーーー!! 聞いてよみんなぁーーーーーーーーーーー!!!」と半泣きで弁明。だがそんなヤツに、風羽はマイクを借りて、
「……とくに決まったものはないけれど、さいきんは『PAME』というものを使ってるわ」
……そう、まともにシャンプーの名前を答えたため、部屋が揺れた。
「わ、私同じだぁーーーーーーーーっ!!」「……ワ、ワタシもっ!!」「風羽さんのシャっ……!? ――ちょい待ちマジでっ!? そーゆーのも聞けんのっ!?」「おいおいおいおいおいおいじゃあ俺は聞きたいことが山……」「馬鹿違う!! なに変態っぽいこと聞こうとしてんの!?」
いかにカラオケ屋とはいえ、隣の客が怒鳴り込んでこないか? と心配になるくらいの大騒動が勃発し、これにはさすがの横岸も頭を押さえ、「はーい趣旨と違うことはNGでーーーーーーーーーーーーーっす!! とくに や ら し い こ と 聞 い た 阿 呆 は即追い出すから! ……おーけー!!??」ととてつもなくドスのきいたマイク声で通達したため、なんとか回避する。……そうして、そのまま、【(友)愛の告白】 大会が始まったのだった。
◇
「……み、耳が……。まだ、キンキンする……」
外の風と音を受けて、俺は思わず耳を押さえる。あれから、予想通りというかなんというか、ひとり二分などで収まるわけもなく、そして告白後のリアクションが盛り上がりまくったために、時間いっぱいまで告白は続き、店を出たあとも、「よーっしこのまま店代えて続きっ! 続きだろーーーーーーこれはっ!!」「だよねーーっ!! ねーねー次はさあ、なんかゲームとかしたーい!」「ボーリング……は遠いかー! ほか、なんか近くであったかー!?」「待って待って、いま調べてるし!」等々、明るい声で、往来の迷惑もかえりみず騒ぎまくっていたが、そこも横岸が手を叩き、目立つヤツの背中を叩き、頬を引っ張り……。周囲にも謝って、邪魔にならないところへ移動させる。もはやリーダーというか引率の先生みたいになってるな。
「……出るとき言ったように! 風羽さんはもう帰らないといけないから! それにほかの皆も、二次会行く人も、家に連絡忘れないでよ~! ……それじゃあ解散っ!」
最後にそう言って、横岸は手をぱんぱん叩き、それをもって終わりの合図とした。皆は口々に別れの言葉を交わし、とうぜん風羽に対しても、「じゃあまた! 月曜日に!」「風羽さ~んっ! きょうはめちゃ楽しかったぁ~!」「またどっか行こうね! いろいろ考えとくからっ!」「お、俺たちもいっし……」「あ、男子は無視してねー女子会とかしたいし!」といろいろ……笑い声とともに、夜の街で「さよなら」を言った。横岸と同じく、以前のようなおどおどした様子はなくなって、対等な友達として――。
「ありがとう。私もとても楽しかった。……また、学校でね」
風羽は、にこやかに笑い、少しだけ首を傾ける。その仕草で、「風羽さんサイコーーーーーーーーーっ!!」と垣爪が酔っ払いのテンション(※あくまでテンション。酒は入れてない)で絶叫し、それに小川が尻を蹴飛ばし、ヤンキー系女子の瀬川から、「あんたさあ、風羽さんマジ狙いなら、もーほかの子にちょっかい出すのやめろよ。自分で『本命いるときはどうたら云々』って格好つけて言ってたろ? ……ほらここで改めて宣言しろっ! 女子の平穏のためにもっ!」と凄まれたり。けっきょく、最後まで、皆の楽しげな声が絶えることはなかった。
◇
その後。俺は二次会に参加せず、のんびり愛車をこぎながら、通学路であるお馴染みの国道沿いを進んでいた。別に連中に嫌がられたわけじゃなくて、もう堪能したというか、正直疲れ果てていたのだ。
なんだかんだ、後半は盛り上がりに巻き込まれて、適当に言ってた(打ち上げで)踊るって約束まで履行させられたしな……。風羽への告白テンションで、皆笑いのハードルが下がってたので、あんなのでも多少受けてたけど、精神的にも肉体的にも疲労感が半端ない。
そもそも、ずっとクラスでぼっちをしていた俺は、こうした大人数での遊びに交じった経験から遠ざかって久しいのだ。それでいきなり【これ】で、さらには二次会など行けるわけもない。キャパを超えている、というヤツだ。……なので、解散直後、
「あんたはどうせ来ないんでしょ? そのゾンビ顔じゃあねぇ……」
と、横岸に半眼で言われた瞬間、高速でうなずいたら、「……あのねえ。断るにしたって、【そーゆーところ】が反感買ってるって、分かんないわけ? ……まあいいわ。月曜日は学校、休まないでよ。絶対に。――分かった?」と、やはり半眼で額を突かれ、ヤツは参加組を引き連れて夜の街に消えていった。
ちなみに、先の二次会参加組は、いわゆるリア充組ばかりではない。離脱したほうが少ない、といってもいいくらいに、色んなグループが進んで残った。風羽が参加していなくても、やはりあの告白大会は、心の中の【ほんとう】をはき出したことで、いままでの違った景色が、多くのヤツらに見えたのかもしれない。
「告白、か……」
ペダルをゆっくりとまわしながら、ひとりごちる。愛の告白。秘密の告白。どんなものにせよ、だれもが、それが【ほんとうのもの】ならば――。多くの人に、一生に数えるほどしかしないものだろう。
緑川晴だって、ほとんどしたことはない。強い気持ちをさらけだす、ということなら、過去に、じいちゃんに……。自分がじいちゃんと血のつながりがないことが分かったときに、したことがあるが。あれ以上の【告白】はない。……愛の告白だって、したことない。セイラル・マーリィは――、過去の俺はどうだったのだろうか。長く生きていたんだから、ひとつやふたつ、あってしかるべきだとは思うが……。誕生日に見た、あのふざけた立体映像の【告白】の様子からすると、ジョークにしたり、うやむやにしたり、隠したり。そういうふうにして誤魔化してきたような気もする。いまの、自分のいい加減さをかえりみても。
信号の赤い輝きが目に入り、ブレーキをかける。……そういやさっきの告白大会では、俺はなにも言っていないんだが。拒否したのではなくて、横岸が、「あ、あんたは言わなくていいから」とふっつーの態度で飛ばしたのだ。皆もそんな処置をスルーし、大会はつつがなく続行した。……別にいいんだけどさ。風羽だってなにも言わなかったし。まあ、学校ではあまり構うな、と言ってあるせいもあるけれど。
しかし皆はともかく、なんで横岸は俺に言わせなかったんだ? 皆みたいな情熱的な気持ちが欠けていると思われたのか。だとしたらそれは、その『読み』は……――。
信号の、緑色の輝きが夜を照らした。俺は息をはいてペダルに再度足をかけ、高架下まで延びる、長めの横断歩道を渡り始める。そして真ん中辺りまできたときに、だれかが――風と甘い香りとともに俺を追い抜いて、横断歩道を渡り切ると、くるり振り向き、こちらを見た。
「……。な、なにしてんだ……?」
俺は瞬き、その相手と目を合わせる。風羽……ファレイだった。アイツ、まだ帰ってなかったのか? つーか俺を待ってたんなら、前を通り過ぎたときに声かければいいのに……。
訝しげな面持ちで渡り切り、再度ファレイを見やる。ファレイはカラオケ屋での、皆に対する態度とは違って、もう【風羽怜花】、ではなく、完全に【ファレイ・ヴィース】になっていた。
しかも戦闘モードじゃなく、平穏モードとでもいうのか。もじもじと、目上である主の俺に対して、なにか言いにくいことがあって、それを必死に言葉にしようとしている、あの小学生のような感じだ。……正直、いやー……な予感しかしないんだが。いままでのパターン的にこの表情は。……いや、まだ決めつけるのは早い。ちゃんと聞かないとな。もしかしたら、なにか魔術士関連の連絡事項かもしれないし。
俺は高架下の暗がりの中で、もじもじ立つファレイに、静かに話しかけた。
「……どうしたんだ? もしかしてなにかあったとか。ペティから連絡と……」
「あ、あのっ!! セ……っ!! ――……セイラル様っ!!」
と、でかい声が耳を突き刺した瞬間に俺はヤツの口をふさぎ、辺りを見まわす。……見知った顔はいない。セーフ。……ま、まあ、ほとんどが二次会に行ってるから、こんなとこ通るわけはないんだけどな……。しかし嫌な予感が、当たりつつあるじゃねえか。
「声 が で か い っ ! ……ここは暗いけど往来だっ!」
「……!! もっ、もももももごもごもごんっ!!!」
俺の手の下で必死に口を動かし、半泣きで頭をちいさく何度も下げる(深く下げられないのは、俺が正面から口を押さえているから)。俺はファレイの動きが止まったのを見計らい、ゆっくり手を離すと冷や汗をぬぐう。そして、なるべくファレイが人目につかないように、フェンスのほうへ押しやると、自分で隠すようにした。
なんか傍目には、カップルが壁ドン(フェンスだから『フェンドン』か)しているような感じになったが、【従者全振り状態】のコイツは、なにしでかすか分からんからな……。風羽であることは目立たないようにしておかないと。
「あ、あ、あ……の……? セ、セイラル様……? こ、この体勢だと、す、少し……。も、申し上げにくいといいますか……」
ファレイは顔を真っ赤に染めて、恥ずかしそうにつぶやく。そんな態度で、なんかいかがわしいことをしている気分になり、一瞬顔をしかめるが、それを打ち消すようにかぶりを振り、続ける。
「いや、も……、『申し上げにくい』だけで、『申し上げられない』んじゃないんだろ? ともかく、早く用事があるなら言ってくれ。お前、あんだけ皆の告白を聞いたんだから理解はできるよな? 二次会参加してないのに、俺といっしょにいるところなんて見られたら……」
「そ……っ!! その二次会のこと……、と申しますか打ち上げのことなんですけれどっ!!」
またしても大声を発したファレイに、不意を突かれてよろめくも、ヤツはそれを気に留められないほどに集中していて――……唾を飲み込むと、
「いっ……!! いいいいいいいまからふたりだけのうううううう打ち上げをしていただけないでしょうか私の部屋でっ!!」
そう、高架下全体で反響するような大声で、ファレイは叫び……、俺は尻もちをついて絶句した。




