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第68話 こんなことがっ……!

 幼稚園や小学校は、よほどのことがない限り、ほとんど。

 そして中学では、ちらほら別々で、という層も出てきてはいたが、それでも多くはまだいっしょに。

 しかし高校になると――ほかの学校事情は知らないので菜ノ高ウチ調べになるが、大半は別々となっていた。……なんのことかというと、体育祭の昼食のことである。


 さすがにもう生徒たちは、親に来てもらって嬉しいというよりも、気恥ずかしいとか、あるいは無理しなくていいのに……という気遣いなどもあり、親のほうも「友達付き合いもあるだろう」と遠慮して、それでこの機会にと、いっしょに観に来た親戚知人ご近所さん等と、どこか最寄りの店へと出かけたりして、かつてのように、グラウンドにレジャーシートを広げ家族そろって弁当を食べる、ということは少なくなっていた。……そう。【少なくなっていた】のだ。なくなった、のではなく。


 まさかその少ない例に、自分たちが……、しかも家族だけではなく、【あまり家族と交わらせたくはない関係者たち】をも交えて、グラウンドの端で特大の、薄桃色のレジャーシートを広げて食事をすることになるとは思いもしなかったのだが……。観に来ていた水ちゃん、ルイ、そしてファレイも弁当を、皆【俺のために】作って来てくれていたので、ひとりでぜんぶ食べることは不可能だったこともあり、おばちゃんの、「こんなにたくさんあるんだから、皆で食べようじゃないか!」という鶴の一声で、同席が決定。とうぜん当事者たる俺はひとことさえ反対する立場になく……。かくして俺、じいちゃん、おばちゃん、水ちゃんと、リイトとルイのハガー兄妹、そしてファレイに、にこにこ勝手に交ざりに来たペティをも加わって、さっきまで想像だにしなかった、異例の組み合わせの【食事会】が始まったのだった。


     ◇


「ね? おおきめのシート持ってきてよかったろ、宗治そうじさん! ……しっかし晴坊せいぼうにこーんな甲斐性があったとはねえ! おしめを替えてたころが遠い昔のようだよ!」


「……いや、あの、じっさいと~……ぉ~お~……い昔のことなんで、ちょっっっとボリューム押さえてくれるかな? おばちゃん……。あとその呼び名を、あんまり人前では」


「はっ! いっちょまえに恥ずかしがって! そんなことより早く紹介しておくれよ! ……なによりもその可愛い、あんたを応援してた子のことをさ!」


「ちょっ……! それは違う……っていうか! あの、だからね? 言葉のチョイスが……!」


「はーいっ! アタイは露樹つゆき高校一年A組、4月4日生まれの16歳っ……ミラクルスぅーパぁーガぁぁールの群青恋ぐんじょうれんでーーーーーーっす! 晴クンにはぁ、ただいま絶・賛・アプローチ中なのでぇ、以後お見知りおきをっ!」


「ありゃ、なんだまだ彼女じゃなかったのかい!? ……晴坊、あんたねえ……。こーんな可愛い子が、わざわざ休みに、別の学校までやってきて、運動会(※おばちゃんはずっとこの言い方)の応援しに来てくれてるのに、なんだいその表情かおは! これまでちーっとも浮いた話もなかったってのに、いざ好い子が来てくれたら逃げ続けて……! あたしはねえ、あんたをそんな【へっぴり】に育てた覚えはないんだよ!」


「育てたのはわし、なんだ……あいたっ!」


「そもそも宗治さんっ!? あんたが昔っからあちこち女関係にだらしないから、反面教師で晴坊がこんな奥手になっちまったんじゃないのかい!? ……親ってんなら、いまからでもその務めを果たして背中を押してやりなっ!」


「……背中を押すもなにもなぁ。おい、お前のせいで親父殿に迷惑がかかってんぞ。いろいろ説明しとけよ――」


 と、【宗治さん】、もとい俺の育ての親たるじいちゃんが、おばちゃんに叩かれた二の腕をさすりつつ、俺に目くばせする。俺にしか分からないように、ある方向を……、レジャーシートの端っこで正座して、恐ろしい表情かおをしてこちらを睨みつけているすいちゃんを示しながら……。か、勘弁してくれ……!


 ……とりあえず。俺が平静さを取り戻すため、皆に申し開きをする前に――この訳の分からない状況における【登場人物】の紹介をしておこう。


 まず、俺の正面に座ってる、ピンクのカーディガンを羽織り、白いパンツをはいている、くるくるパーマをかけたふっくらした人……いまものすごい勢いで、俺の迷惑も顧みずにまくし立てていたのが、坂木夢子さかきゆめこさんで、通称、坂木のおばちゃん。俺がガキのころから世話になっている近所の人で、正確な年齢は分からないが、おそらくじいちゃんと同じくらいであろう、水ちゃんの祖母である。


 じいちゃんとは俺が引き取られる前からの付き合いで、口ぶりからも分かるように関係も長い。その経緯を詳しく聞いたことはないが、口ではいろいろ言いつつも、お互いに信頼し合っていることが解るので、俺も実の祖母のように(呼び名はおばちゃんに命じられて、昔から【おばちゃん】だが)慕っていた。……まあいまのように、俺に彼女がどうどか、そっち関係では昔から、やいのやいのうるさかったが、心配なのだろう。もうひとりの【保護者】として。


 そしてクリーム色の薄いセーターと薄茶のパンツ姿というイケおじスタイルで、おばちゃんの隣であぐらをかくのが、俺のたったひとりの【親】であるじいちゃん、緑川みどりかわ宗治。町内で古書店を経営しており、歳は六十半ば。白髪をちょんまげのように結び、整った顔立ち、すっきりした体形、勇ましい表情かおから、この歳でもけっこうなモテ具合で、お客の中の女子高生にすらファンがいるほどだ。


 俺が目にした限りでは、女性関係にだらしない、ということはなかったし、そういうタイプではない。男も女も歳も肩書きも国籍も関係なくフレンドリーだし、どちらかといえば本質的には硬派だ。なのでたぶん、昔からモテまくっていたことに対して、それに関しておばちゃんの知り合いとか友達が、なんかあったとか、そういうことではないかと推測している。

 ちなみにじいちゃんとおばちゃん本人が、かつてなんかあったとかは、ない。聞くまでもなく真っ先に否定していたし、どう見ても【そういうつながりではない】ことは、ふたりと関わりの深い者が見ればすぐに分かる。たぶんもっと別の大事な――……なにかなのだろうとは、思っている。


 最後に。おばちゃんの横で、レジャーシートの右端で……。白いインナーに、愛らしい薄水色のサマーニット・カーディガンを羽織り、ヒザ丈の白いプリーツスカートをまとった美麗少女スタイルでありつつ、ほわほわ感はいっさいなし――正座をがんとして崩さずに背筋を伸ばし、肩ほどの黒髪を揺らしながら般若のつらで俺を睨みつけているのが、言わずと知れた俺の幼馴染である、美浜みはま水ちゃん(12歳)。きょうが体育祭なことは伝えてなかったのだが、じいちゃん→おばちゃん→水ちゃん、という連絡網なのは容易に想像がつく。


 去年まで彼女は実家である隣の県で暮らしていたが、今春、こちらにある中高一貫の進学校、青神せいごう学院中等部に見事合格して以来、おばちゃんの家に住み、そこから学校へと通っている。つまり、かつてのように長期休暇ごとにおばちゃんの家に泊まりに来ていた時と違い、これから数年、俺とも正真正銘【ご近所さん】となったわけで、きょうすんなり応援に来られたのも、そういう環境の変化があったからだった。


 で、そんな彼女が、いま俺を睨みつけているのは……、唯一の幼馴染たる自分が見たことも聞かされたこともない、熱愛的な応援を俺へと発していた【特異な存在】について、「どういうことなのかきっちり説明して下さい」という感情いいぶんからなのは明らかだった。おばちゃんとはちょっと毛色は違うが、【私に紹介もないってどういうこと?】というのは同じ。……以上、とりあえずの人物紹介終わり。残りはおいおい……っていうか、ほんとうに、なんでこんなことになったのか、という責任の所在を兼ねての説明を、とっととしとかないといけないんでなぁ、今後のためにも!


 俺はひとまず、じいちゃんとおばちゃんの紹介を、そして水ちゃんのそれも改めて、【魔法界】の面々に軽くする。それでリイトが水ちゃんに「よっ。嬢ちゃん久しぶり!」と言ったり、それに彼女が頭を下げて、ルイやファレイにも続けて会釈していたが、「こーんちはっ! 目がおっきくて可愛いねぇ~! おめめちゃんって呼んでいーい?」と、慣れ慣れしくその挨拶に割り込んで、水ちゃんに笑いかけた女――黒いスカジャンをに羽織り、青いデニムのミニワンピに茶色のお下げ髪を垂らす、女の子座りした【応援団員そのいち】――を、苦笑いしつつ指差した。


「えーっとな、まずこの阿h……じゃなかった、彼女、群青さんのことだけど。俺と彼女は友達でね……。あの応援とか、さっきアタックとか言ってたのは、彼女特有の軽口なんだよ。本気じゃないの。たぶん俺のこの言葉を受けて、『え~っ!? なんでそんなこと言うの~!? 晴クンとアタイの仲じゃ~んっ!』とかふざけたことを言いながら俺の腕に抱きついてきたりするかもしれないけど、そういう子なんだよ……。……分かった? 友達なの。ト・モ・ダ・チ。俺をからかってるだけなのよ……」


「『え~っ!? なんでそんなこと言うの~!? 晴クンとアタイの仲じゃ~んっ!』……こんな感じっ? も~照れちゃってぇ。そんなんじゃ、ホントのアプローチにも気づかないで恋の機会をの・が・し・ちゃ・う・よ? アタイは心配だなぁ~友達としてっ!」


 ……と言いながら、一ミリもフォローになっていないフォローの仕方で、お下げを揺らして俺の腕に抱きついてきて、猫のように俺の肩に頬をすりすりする阿呆。……群青恋? まあコジャレタ名前をつけたもんだなあ! どんだけ人間界こっちに慣れてるのか知らんが、いまここにいるのは【人間だけじゃない】し、そういうジョークが通じる面子だと思ってるのか? お前の直感では! ……さっきもファレイに耳を引っ張られまくってたのに、まっっったく凝りてねえ……!


「……ただの【友達】が、【異性であることも構わず人前で腕に抱きついて】、【顔をすりすりするもの】なんですか? 私 は ま だ 子 供 だ か ら 分かりませんけど――高校生ともなれば、そういうのがふつうだと。晴さん。……どうなんですか?」


 ご、ご、ご……! 魔力もないのに怒りの炎を燃え上がらせて、水ちゃんがやはり正座のまま、スカートの裾の乱れだけを直しつつ、しずかな口調で尋ねてきた。……だからなんで俺に矛先が? いまの感じじゃ、ペティ(群青)に行く怒りじゃないのかよ! ……っておいコラ! さらにすりすりするんじゃねぇ!


「い・や・あ……、人による、んじゃないかなぁ……。とにかく言った通り、彼女は【こういうタイプ】なんだよ、人懐っこいというかさ……。……ひとまず誤解されるからぁ、は・な・れ・ま・しょ・う・ねぇ~!」


 俺は腕に抱き着くペティを無理やり引き離す。さすがに【魔術士】が自分以外にふたり、【魔剣士】がひとり……と同郷が三人もいる前だからか、朝のように魔力を放出することはなく、見たまま、華奢な女の子の力でのみ抵抗し、あっけなく離された。そして、「もーっ……、こんなのかる~いスキンシップじゃーん。誤解とかさあ、そういうレベルのじゃ……」とぶつぶつ文句を言って口を尖らせていたが――隣で静かに正座するファレイにぶつかると、垂れ目を見開いて、ひっ! ……、とちいさく声を漏らした。俺と同じく、白の半そでに、少し土で汚れた黒の短パン姿のファレイは、にこやかな表情かおだったが、【目だけから】魔力を放出し、銀眼になっていたからだ――。


れん。そういう【じゃれ合い】は、友達同士でいるときだけにするものよ。緑川君も困っているし、なによりお家の方たちの前でしょう? とても失礼なことよ。……申し訳ありませんでした。私は風羽怜花と申しまして、緑川君のクラスメイトで友人です。そして、この恋とも友人で。……彼女のはしたない振る舞いに関して、代わりにお詫びいたします」


 そう、あくまで重くなり過ぎない程度に頭を下げた。さっきから大人しいとおもってたが、ほんとう、肝心な場面では切り替えが早いというか、【風羽怜花ふわれいか】なんだな……。まあ眼だけは【ファレイ・ヴィース】になっていたが。いつもの、俺に関するときの様子を知っているので、あそこまで抑えているだけで驚きだ。


「まあなんて礼儀正しいんだろう! 恋ちゃんみたく明るく元気なのも好きだけど、あんたも好いねぇ! ……それにしても、ものすごいべっぴんさんだこと! 晴坊の友達にこんな子がいるなんて、……なんでなにも言わないんだい!」


 と、俺をエア叩きしてきた。言・う・わ・け・ねー……。ファレイが魔術士で、いろいろ俺たちの問題に近しい人たちを関わらせたくないのが第一にあるが、たとえ人間だったとしてもだ。なぜなら言えば、「仲良くしてあげてねぇ!」やら「あ、今度ご飯食べにきなさい!」やら言い出して、【明後日の方向に俺の面倒を見る】に決まっている。同じ【保護者】でも、じいちゃんは彼女がどうとか、いじる程度だし。その辺は男と女の差なのか、おばちゃん固有の性格か、はたまた別の……。


「いえ。緑川君は折をみて紹介してくれるつもりだったんです。きょう、このようにご同席させていただくことになったのはぐうぜんでしたが、坂木様のことは彼からよく聞いておりました。たいへん魅力的な方であると。その言葉が確かであることは、彼の様子から分かっていましたが、お会いできて、いっそうそのお人柄を感じております」


 ファレイはそう言って微笑んだ。おばちゃんはぽかん、と口を開けてから、ぎこちなく笑い、やがて赤くなり、「まあそんなたいそうな! ……そんなこと言われたら照れちゃうじゃない、もう!」と、隣のじいちゃんをばんばん叩いてじいちゃんがシートに倒れ込んだ。……あのおばちゃんをここまでたじろがせるとは……。こういうところを見ると、実年齢87歳、幾多の経験を積み、確かな教養を得た厚みが感じられる。

 いまのもお世辞といえばそうだが、話し方や態度から、借り物の美辞麗句や、上っ面の言葉ではないことが分かるからこそ、百戦錬磨のおばちゃんがぐらついたわけだし。……経験と、教育ね。そこにかつての俺も関わっているのか。いまの俺にはまったく想像もつかないが。


 感心が複雑な想いへと変わり、もう目の銀光は消して涼やかな表情かおとなったファレイを見やる。……っていうか、俺がファレイにおばちゃんのことを話したことはないんだけどな。まあ、じいちゃんのことも調べていると、再会であったときに言ってたし、それなりに知っていても不思議じゃない、か。たぶんもっと、具体的におばちゃんのことを、それっぽく褒められたのにそうしなかったのは、……俺への配慮だろうな。聞いたこともないことを、具体的に、聞いたように話すのは嫌がるだろうと。


「おーい兄ちゃん。なんか遠い目してっけど。そろそろ俺たちのことも紹介してくれよー。こーんなにたくさん美味そうな飯を前にして、残酷ったらないぜ。【こっち同士】での自己紹介は、もう終わってるからよ」


 そう言って、ぼんやりする俺へ、真ん中に広げられた様々な弁当箱を示し、かの【魔剣士】――青シャツインナーに黒いカーディガン、ダメージジーンズをはいた、見た目は好青年――のリイトが恨めしそうに声をかけてきた。見返すと、ペティが手をぐーぱーし、ファレイもうなずいていたので、かんたんにこっそり挨拶し合ったということか。【ほんとうの素性での、きちんとした挨拶やりとり】は、ここでできるわけないしな。とくにペティに対する怒りようでは、ルイなんかは言いたいことが山ほどあるだろうし。


 そう考えながら、俺はルイへと視線を向けるが、彼女はさっきからムスっとしたままひとことも口をきかず、いつもの黒長袖シャツに青ジーンズといったラフな出で立ちで横座りしていた。

 ……待てよ。ペティ云々の前に、そういやあの人は、【いちおう年上となっている人間】に、ちゃんとした言葉遣いできるのか? ほんとうは百歳を超えてるからといって、じいちゃんやおばちゃんに「おい」とか「お前」とか言わないだろうな。じいちゃんはともかく、おばちゃんはそういうの大っ嫌いなんだが……。どうしよう。釘を刺しておいたほうが、いいか?


≪下らん心配をするな馬鹿。お前、私をなんだと思ってるんだ?≫


 横を向いたままのルイから、頭へ直接言葉が飛んでくる。これは彼女の持つ、詠唱不要の【先天術式ミーガル】である【伝達魔術リドー】で、いわばテレパシーのようなものだ。ただ、心を読み取るとかではななく、ある程度以内の距離で、はっきり自分に向けられた脳内言葉(感情?)のみを読み取り、また自身のそれを飛ばすことができるといったものだった。……伝わった、ということは俺がルイへはっきりそう念じてしまった、ということか。ともかく安心した。これ以上、余計なことで頭を悩ませたくないからなぁ。


「あー……、えっと。じいちゃん。おばちゃん。こっちの人たちも紹介するよ。葉賀理亥斗はがりいとさんと、その妹のなみださん。ふたりはコンビを組んでるプロの手品師マジシャンで……、この間、水ちゃんとふたりで出かけたときに、たまたまマジックショーを観てさ。そこで知り合ったんだ」


 そのように俺が言い終わるや否や、リイトが居住まいを正して、「どうも初めまして! ただいまご紹介に(あずか)りました葉賀です! 以後お見知りおきを!」とズボンから名刺入れを出し、そこからじいちゃんとおばちゃんに一枚ずつ、差し出した。するとすぐ、じいちゃんが名刺とふたりを交互に見てうなずいた。


「……手品師マジシャン。なるほどなぁ。どこかで聞いたことがあるような名前だと思ったら……。実はわしの友達にも手品師マジシャンがいてな。そいつが、さいきん腕のいい、若い兄妹の手品師がいると言ってたことがあったんだよ。車で全国をまわってる。……それが君たちのことじゃないか? どうも様子が似ているんじゃが」


「えっ!? どんな感じですかね……俺のほうは! 格好いい~とか! 力強い~とか! ……なんか好い感じですかっ!?」


「ああ。そんなふうに明るい元気な若者だと言っていたよ。MCもかなりうまいとな。……妹さんのほうは神秘的で、腕前も高く、とても舞台映えしていて、好いコンビだと。羨ましがっとった。……間違いなさそうじゃな」


 と、じいちゃんは笑う。その言葉にリイトは、「よ~お~っし業界評判もよ~~~っし!! 好かったなあ涙っ! お前が不愛想だから、業界人には嫌われてるんじゃないかと兄ちゃん心配で心配……げふっ!」


 瞬間的にヒジ鉄が飛んできて、リイトはシートに沈む。その様子を無視してルイも居住まいを正し、じいちゃんとおばちゃんに頭を下げた。


「嬉しいお言葉をありがとうございます。葉賀涙です。よければいつか、私どもの舞台へ足を運んでいただければ幸いです」


 簡潔に言って、微笑みはしなかったが、ぶっきらぼうでもなく、優しい表情かおを向けた。……い、意外と言ったら怒られるんだろうが。むっちゃくちゃまともな【大人】で【職業人】の振る舞いだった。じいちゃんもにこにこ、「あいよ、ぜひ寄らせてもらうよ。わしも手品好きじゃからなぁ」と名刺をかかげ、おばちゃんも、「まあ~あんた! きっと一流の手品師になれるよ! 私もこう見えて、いろいろ顔が広いんだけど、成功したのはやっぱり礼儀とオーラ! 謙虚さと自信だね! そのふたつがある人間でねぇ、あんたにもそれがあるよ! お兄ちゃんのほうは、ちょこーっとお調子者のがあるけどねえ、心根は気持ちいいのは分かる! ……さあさあたくさん食べな!」と弁当を勧めだした。それにリイトが、「うっひょー待ってましたっ! どれから頂こうかなぁ~、あ~酒がないのが残念だなあ~いっただきま~~っす!」と、手を伸ばし始め、すぐに声を上げた。


「……うまっ! こりゃ~いいやっ! どれどれこっちはぁ~……、――んまっ! ウチの涙もうまいけど、いやぁ~うまいっスねぇ! これとこれは、どなたが? 奥さんですか?」


 リイトがおばちゃんに尋ねるが、おばちゃんはかぶりを振り、「どっちもこの子がね。あたしは下ごしらえとか詰めるのを手伝っただけだよ。……なんかウチに来てから急に料理とかするようになってさ。こりゃあ、好きな男でもできたのかねぇ。あははは!」と水ちゃんの肩を叩き、彼女は、「……おばあちゃん! 余計なこと言わないでっ!」とガチ切れしていたが、おばちゃんはまったく意に介さず、リイトが、「嬢ちゃんうめえよ! すげえじゃんか~!」とがつがつ食べる様子を見て、「そんなにうまいかね! そりゃあたしの自慢の孫が作ったものだからねぇ!」とにこにこ水ちゃんの頭をなでまくり……、それで水ちゃんは諦めて、おおきくため息をついた。が、その直後――箸で卵焼きをつまむと、俺の口の中へ突っ込んだ。


「んぐっ!? はっ、はにふん……、あっ、美味ぇ! なにこれすげぇ!」


 前に作ってもらったのと同じく、じいちゃんは作らない甘い卵焼きだ。あの時よりも味に奥行きが出てる。勉強も忙しいのに、やると決めたらほんとうに努力を惜しまないで……。すごいな、水ちゃんは。


「そ・れ・は・好・かっ・た・ですっ! たくさんあるのでどんどん食べて下さいね! ……私も頂きますのでっ!」


 と赤面しつつもぷりぷりしながら、水ちゃんは、俺に突っ込んだ箸をそのまま……ルイが持ってきたタッパへと伸ばして、同じく卵焼きをつかむと、口へ運んだ……ら、目を丸くした。


「……美味しいです。すごく形はしっかりしてるのに、中がとろとろで……。これを涙さんが?」


「ああ。ありがとう。あなたのもよくできていると思うよ。私が同じ年ごろには、とてもこんなふうにはできなかった」


 と、「唐揚げもうめーっ! あーくそビール欲しーぜっ!」とがつがつするリイトを横へ押しやり、水ちゃんの卵焼きを食べて言う。それに水ちゃんは、「あ、ありがとうございます……」と恐縮して、ほかの料理にも手を伸ばし、「すごく美味しい……」と何度もうなずいていた。ル、ルイがまともだ……。年下にも「お前」とか言わないし。人間界の常識はあまりない、とリイトは言ってたが、最低限の気遣いはあるんだな。ちょっと見直したというか。もっと傍若無人だと思ってた。


≪……お前、死にたいのか? いい加減にしておけよ。それとさっさと私の料理も食って、お世辞じゃない感想を伝えろ。じゃないとほんとうに殺すぞ≫


 脳内に恐ろしい言葉が、俺のよく知るルイの言い方で飛んできた。そのことにどこか安心した俺も大分毒されれているが……。ともあれ死にたくないので、ご相伴しょうばんに預かるとしよう。……水ちゃんと同じ卵焼きから。


「……美味い。なんていうか、【お菓子じゃないシュークリーム】みたいな、そんな感じだ。ル……、涙さんすごかったんですね」


 この間、家で食べさせてもらったカレーも美味かったが、あれは既存の美味さで、こっちは食べたことがないような美味さだった。彼女も魔術や手品などの、職業以外の事柄でも、好きなことにはいっさい手を抜かない、とことん打ち込むタイプなのか。


「どうもありがとう。……ほかのも遠慮せずに食べて」


≪なにが『すごかったんですね』だ。やはりお前、私をなめくさってるな……。次に修行に来たときは、もうすぐに治してやらないからな。甘えてくるなよ≫


 耳に優しく温かい言葉と、頭には取り繕いもなにもない、本音の、背筋の凍る言葉が同時に飛んできて俺は思わず箸を落とした。……しゅっ、修行に行くの、次はやめようか、な……。自主練に励むということで。いまの感じじゃ、手足が何回斬り落とされて何分放置されるか、分からん……。


 そうして俺が青い表情かおで愛想笑いを浮かべて箸を拾うと、突如――「ふむーっ! 姉さんすごーーーーーーーいっ!!」と歓声が響いてくる。見るとペティが重箱からぱくぱくと、卵焼きやらウインナーやらをひっきりなしに口へと運び……。隣でファレイが背筋を伸ばし、心なしか胸を張っていた。


「ありがとう。でも水さんや涙さんの料理も、とても美味しいから、そちらも頂きなさいね。……どうぞ皆さまも、召し上がって下さい」


 そう、ファレイが微笑みを浮かべて、ペティががっつく重箱とは別の重箱を指し示し……じいちゃんやおばちゃん以下、全員へと料理を勧めた。……ファレイがこんなに積極的に、自分の料理を勧めるとは。そこまで自信作なのか? まあ、魔力漏れの欠点を直してからは、めちゃ美味うま料理人になったことは知ってるけど……。

 俺は無言のルイや真顔の水ちゃんと、ほぼ同時に箸を伸ばし、そのあとに「じゃあ頂くよ!」とおばちゃん、「美味そうじゃなぁ」とじいちゃん、「おっ? ねーちゃんも自信たっぷりだなぁ、……じゃあ俺はこれっ!」とリイトが続いて箸を伸ばし、それぞれが口へと放り込んだ。……ら。


「……えっ? んっ……?」


 と、まず俺が目を見開いたあとにすぐ、「――美味っ! なんだこりゃ!!」「! 美味し……」「……!?」「あら、これはすごいわ!」「ほう……! なんとも見事じゃなぁ!」と皆が次々と声を漏らした。……マジで美味い。しかも彼女も前よりも……。ど、どうなってんだ? 料理人にでもなるつもりかよ! これはクラスの奴らには、絶対に食べさせるわけにはいかないな。輪をかけてひどい偶像崇拝アイドルわっしょいが始まるぞ……。完全にプロ級じゃねえか!


「お、ま……。これはひとりで作ったのか? プロに作ってもらった、とかじゃなく」


 ルイが取り繕うことも忘れて、素の態度で漏らした。それにファレイは『風羽怜花』の態度を崩さずに、


「ええ、そうです。過分なお言葉を頂き光栄です。……ありがとうござます」


 と微笑んだが……ほんのわずか、その口端がニヤっ……と上がっていたのを俺は見た。たぶんルイも。顔をじいちゃんたちに見せないように伏せながらも、死ぬほど恐ろしい表情かおで歯ぎしりしていたからだ。そして水ちゃんも驚愕の面持ちで、無言でひとくち、ふたくち……、美味しいんだろうが、とてもそうは見えない青ざめた表情かおで食べ続けていた……。そんなルイや水ちゃんとは正反対に、「美味ぇ~っ! こんな飯食ったことねーっ!」「だよねーっ! 応援に来て好かったぁーーーっ!! ……きょうははっぴいでいっ!」とにこにこがっつく魔剣士と魔術士。いつの間にか仲良く雑談もしていたから、なんか気が合うんだろうな……どっちも明るいし。


 そうして瞬時に場の主役となったファレイの弁当は、がっつく皆と、ファレイの表向きにこやかな、その実わずかにドヤが透けて見える微笑みに温かく見守られ、あっという間に空となった。俺もいくつか口に入れて、そのどれもがプロ級であることを認めて、なんとなく寂しくもあり、悔しくもあり……。もう前以上に、完全に俺の上を行ってたからな。うう……、密かに自炊高校生の中では「そこそこの腕があるんじゃね?」と自負していた身としては、自信なくすぜ……。

 セイラル時代は、俺がファレイの飯を作ってたそうだけど、もしかしてファレイの才能が分かって、それに嫉妬して料理させてなかったとかじゃ……ないよな? そこまで器ちっこくないよな? 過去のセイラルおれよ!?


「ほんとう、なんて美味しいんだろうねえ、宗治さん! あたしゃ、あんた以外にここまで美味しい料理を食べたことはないよ! ……これは将来的には、あんたの腕を超えるんじゃないのかい?」


「いやいや。将来もなにも、もう十分じゃろう。わしが出る幕じゃないさ。高校生でここまでなんじゃから」


 と、いうおばちゃんとじいちゃんの会話を聞いて、固まっていた水ちゃんがはっ……! となにかに気づき表情を取り戻し、ルイが顔を上げてじいちゃんを見て、ファレイもゆっくりとじいちゃんのほうを向く。そのあと、リイトとペティがほかの弁当箱に伸ばそうとしていた手を止めて、不思議そうに尋ねた。


「あのー、いまのどういうことっスか? お父さんも料理をされるんで?」


「いまの、姉さんのと同じくらい……? ほんとうですかあっ!? ここにもあるなら食べた―いっ!」


 ペティがきょろきょろし始めたのを認めて、じいちゃんはため息をついて頭をかくと、「……まあ足りなくなったら、と思って少しは作ってきたんじゃが。全員の腹を満たすほどはないぞ」と、端のほうの弁当箱を指差した。それでペティが、「やっほーいっただきまぁ~っ……」と箸を伸ばしたが、それを制するように、水ちゃんが卵焼きを珍しく【突き刺して】あっという間に口へと運ぶと――……ニヤっ……――先ほどのファレイよりもはっきりと口の端を上げてドヤ顔になり、ぽかんとする全員に無言で勧める。

 それに首を傾げつつリイトが、そして邪魔された形になったペティが、「もー、おめめちゃん! だめだよ~アタイがいちばんだったのに……」とぶつぶつ言いながら、続けて卵焼きをつかみ、口へ運んだ。するとふたりそろって真顔になり――箸を落とした。


「マジ……か? おい……。こりゃあ……」


「姉さん……のより……、……――美味しい」


 その言葉にファレイも箸をからん、と、一本。自身の空になった弁当箱に落とした。それからすぐ、ルイが獣のような速度で同じように、見た目はなんの変哲もないじいちゃんの卵焼きに箸をつけ、食べ……硬直した。


「ばっ……、なっ……。……まさか、これが前に晴が、私のカレーのときに……」


 ぶつぶつと青い表情かおで漏らしながら、ゆっくりと箸を持った手をおろした。……そこまでか? と思ったものの、無理もないことも分かる。だって俺は昔から食べ慣れていて、これが【ふつう】だったもんな。【ふつうじゃない】ことを知るのはだいぶあとになってからで。……なので初めて、とくに大人になってから、しかも料理をしている人ならショックだとは思う。 

 俺と同じようにじいちゃんの味に慣れ親しんだおばちゃんは、「だろー? 美味しいだろう。この人の料理は、町内でも評判なんだから!」と軽く笑ったが、ルイは返事をする余裕もなく、先ほど、ファレイの弁当を食べていたときの水ちゃんのように青ざめて、無言でひと品、もうひと品と食べ続けていた。いっぽう水ちゃんは、呆然とするファレイに薄目になり、


「食べないんですか? もうなくなっちゃいますよ……」


 と悪魔のような【ドヤささやき】(そんな言葉はないが、そうとしか言いようがない)で、ファレイに勧める。ファレイは、「……いっ! わっ……! 分かってるわ! い、頂き……ます!」と気を取り直し、恐る恐る、卵焼きはなくなっていたので、唐揚げに手を伸ばして食べたら、……やっぱり箸を落とした。


「……あっ! あ、あ、あ……! こんなことがっ……! ――わ、私はっ! これなら絶対……って!」


 わなわなと震えて頭を押さえて、そのあと、思い切りシートに手をついた。ルイもいつの間にか脱力して空を見てるしで、じいちゃんは、「お、おいっ! ふたりともどうしたんじゃ!? なにか味が合わんかったか?」と焦り始める。そりゃそうだろう。いままでも、じいちゃんの料理でショックを受ける人たちはたくさんいたが、その度合いがおおきいのは主にプロの料理人だ。今回はどっちも【見た目は】若いふつうの女の子で、女子高生に手品師マジシャンだし。そんな年齢の、プロでもない人で、じいちゃんの料理がどれくらいのレベルか理解できたのはいなかったからなぁ。


 俺は焦るじいちゃんに、心配ないから、しばらくそっとしておいてくれ……とだけ告げて、残りの弁当をペティやリイト、そして平静に戻った水ちゃんと食べて、おばちゃんとの世間話も交えながら、短いようで濃密な昼食を終えた。

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