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第55話 空白の想い出

【ヤバい】状況というのは、おおきく分けてみっつある。

 ひとつは事故天災暴力病気失敗等により、身に危険が迫っている場合。もうひとつは、それらを含めたあらゆる出来事により、心に危険が迫っている場合。そしてもうひとつは……。


【その危険が、両方同時に迫っている】場合だ。


     ◇


 ぴきり、ぴきり。空気が割れんばかりに張りつめて、この場にいるすべての【人間】の動きを制止させていた。原因は、中心にいるふたり――。


「死にたい? そんなつもりは毛頭ないが。心が読めない、洞察する力がないならてきとうなことは言わないほうがいいぞ。もし脅しというならそれも不適格だ。私はお前に殺されるほど弱くはない」


 と、手品師マジシャン葉賀涙はがなみだこと、魔術士ルイ・ハガーは平然と腕を組み、首を少し傾けて言い放つ。その態度がよほどカンに触ったのか、風羽ふわ――ファレイは目を細めて立ち上がり、人形と化したクラスメイト達を尻目に、互いの胸が触れるほどの距離までルイに近づくと、恐ろしく低い声で、彼女にだけ聞こえるよう、ささやくように言った。


「私が【お前を殺せないほど弱い】とでも? そっちこそ、相手の力量を察するすべもないのなら、無駄口を叩くのはやめるがいい。……短い生命いのちを早々に散らしたい変わり者というのなら、話は別だけれどね」


 最後は、互いの唇が触れそうな距離で睨みつけて言い放っていた。それがただの脅し、よくある【人間同士のハッタリ】ではないことは、この場にいる人間すべての表情かおが証明していた。もはや風羽の正体がどうこうとかいうレベルじゃない。ふたりは人間としての生活を送り、表面上は人間社会のルールに従ってはいるが、根本的には【そういうものを重んじてはいない魔術士】なのだから――。俺の、緑川晴みどりかわせいとしての危機感がそれをきつく、腹の奥に訴えていた。ヤバい、【どうにかしないとすべてが終わる】。……どうする? どうしたら、こんなときは、いままでは……! 落ち着いて思い出せ、これまでもヤバいときはあったはずだろうが! そんなときは、俺は……――。


     ◇


     ◇


「いいか晴。もしどうしようもない状況に陥ったら、全力で馬鹿をやれ。そうすれば、なんとななる可能性が上がるからな」


「可能性が上がる……? なんだよそれ、なんとかなるんじゃないのかよ。つーか馬鹿ってなに? いきなり変な踊りを始めるとか?」


「なんでもいいんだよ。つまりは理性的に対処するとかじゃなくて、ふざけろということだ。困難というのは、真面目の塊、ジョークの欠片もない事実の羅列じゃからな。その最たるものが死、ということになるが……。ともかく変な踊りをするのでも、訳の分からない歌を歌うのでも、屁をこくのでもなんでもいい。笑いがうまれたら上等。最悪な状況が変わらなくとも、最悪で心が押しつぶされることはなくなって、新たな活路が見えてくるやもしれんからな。ま、偉大なわしの遺言とでも思って、ありがたーく覚えておくがいいぞ」


「なーにが遺言だよ。まだそんな歳かよ。へーへー覚えてはおきますよ。いつかどこかで役に立つかもしれんしな……」


     ◇


     ◇


「――……は~~~~~~~~~~~~~~~~~~っとぶりぶりてテンプテーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーション!!!」


 とつぜんの俺の叫び声に、人形と化していたクラスメイトたちがいっせいに振り返った。そしてそれに遅れて、ルイとファレイも目を見開き俺を見る。俺は全員の視線に全身から汗と熱が噴き出すのを死ぬ気で無視して、続けてジャンプして、ファレイの机の上に飛び乗り、尻をパンパァン!! と二回叩き、続けて叫んだ。


「よぅよぅお前ら恋してるかーーーーーーーーーいっ!? 俺はしてるぜYO!! ずっと一途に二百何十年っ!! 愛しいあの人にぃ! きょうもアイ! ラブ! ユ~~~~~っ!! ――……ってHEY! そこのふたりぃ!! 恋はしてるか~~~~~~~~いっ!!」


 と、指をファレイとルイに突き立てる。ルイは朝起きたら、リビングのテーブルで飼い犬が腰かけてコーヒーを飲みつつ「やあ、おはよう。好い朝だね」と話しかけられたかのような面持ちになり硬直し、ファレイもまた同じように固まって、まばたきもせずに俺を見ていたが……、無理やりひきつった笑みを浮かべる俺の形相を凝視して、みるみるうちに殺気が消えうせ、表情かおが青ざめて震え出した。


「返事がない!! OK!! 照れくさいってことNE!! OKKOノックアウト将軍足利尊氏っ!! 話は別室で聞こ~~~~~~~~~~じゃないのっ!! じゃあ恋する皆!! ばいびーーーーーーーっ!!」


 俺はそう叫んで机から飛び降り、青ざめて震えるファレイと、「お、おい、お前大丈夫か? それとも実はかなりの阿呆だったのか……?」と真顔で俺を心配するルイの手を「だ~い、じょ~う、ブイっ!! ……だから話は別室でねっ!」と笑顔と怒りが交互に出た表情かおでつかむと引っ張り歩き出し、最後に。振り返って、口を開けて突っ立つ横岸よこぎしに、


「マブダチのよっこぎっしさ~~~~~~~~~~~んっ!! 貸し三倍でいいからねっ!! 愛してるよ~~~~~~~~~ん友達としてっ!! ――【よろしく】っ!!」


 と叫んで教室の戸を閉めた。それからスタスタふたりを引きずって廊下を突き進むと、遅れて遠くから、「こっ……、あっ……――!! さっ……、三倍で、き・く・か~~~~~~~~~~~っ!!!!」と怒声が聞こえてきて心が引き裂かれそうになりつつ歩を速めた。……許せ友よ。お前のカリスマ性に心底期待する。


     ◇


 けっきょく俺はふたりを、いつもの昼飯場所――東棟の、屋上まで続く階段の踊り場――まで連れていき、そこでようやく手を離した。ルイはつかまれていた手を見ながら閉じたり開いたりし、それから、疲れ切った表情かおで階段にドカっと腰をおろした俺を半眼で確認すると、長い髪を払ったあとに言った。


「…………要するに。私が悪い、ということか? さっきまでのことは」


「話が早くて助かるな……。ともかく、俺はおかしくなっちゃいないから安心してくれ……」


 俺はおおきく息をはき、汗ばんだ髪をかき上げる。ルイは「それにしたって、あんなことをしたほうが、面倒くさいことになるんじゃないのか。お前の、人間としての立場的には」と、眉をひそめてかぶりを振った。俺は首筋をなでながら返した。


「そっちはたぶんなんとかなるし、なんとかならなけりゃ、無理やりなんとかする。そんなことを心配してくれるなら、もうあんなことはやめてくれよ。……魔術士同士の戦いは、人間界こっちの日常には含まれないんだ」


 俺は、さっきからひとことも発せず、動くこともせずに、青ざめて突っ立つファレイに目をやる。ルイもその視線に倣いファレイを見たあと、「私は別に戦う気はなかったんだぞ。まさかあんなことで怒るとは思わなかったんだ。……なにがそんなにカンにさわったんだ」と言った瞬間、ファレイの表情かおに血の気が戻り、そのまま顔を上げてルイを睨みつけようとしたが、俺の視線を感じてまた硬直する。そのあと、ぎ、ご、ご、……と油の切れたブリキのおもちゃよろしく俺へと振り向き、ぷるぷると震えて涙目で「あ、そ、あ、のそ、の……。セ……」と言いかけたので、慌てて俺は制した。


「言い忘れてたがっ!! 【俺の正体】は秘密にしているんだっ!! ルイにはっ!! 伝えているのは【記憶を失くした元クラスS】ってことだけ!! ……だから今後、俺を呼ぶときは人間界こっちの名前――【晴】でっ!! ルイの前ではそれでっ!! これは最重要事項だから……分かったな!?」


 必死にまくし立てる。ロドリーの話によると、過去のセイラルおれが、ルイと兄リイトふたりの師匠である魔法剣士(話から察するに、魔術と剣、両方の達人か?)のことを三回ボコボコにしたらしいからな……。ルイが師匠に対してどういう想いを抱いているかは知らないが、ふつうに考えて【そんなヤツ】を弟子にしようとは思わないだろうし、そもそも弟子云々以前に、いい気分ではないだろう。ロドリーに口止めされなくてもそうするのが無難だ。


 いっぽう、なにも知らないルイは腕組みして壁にもたれ、「なにをそんなに御大層に隠してるのやら。……どうでもいいが」とため息をつく。ファレイはそれでまた、カッ! と目を見開きルイを睨みつけようとしたが、再び俺の視線を感じて一瞬でやめる。そしてまた震えて涙目で、「わ、分かりました……。けれどそれよりも、私は、セ……、晴様の言いつけを破り、またしても晴様の日常に……」とえぐえぐやり出したので、俺は息をはき、ファレイに近づくと、頭に軽く手を置いた。


「! あっ……」


「さっきルイにも言ったけど、たぶんなんとかなるし、無理やりなんとかするさ。……それよりも、教室でルイが言ったこと。その話をもう少し詳しくするから、落ち着いて聞いてほしいんだ」


 俺はファレイの頭からそっと手を離し、その手でハンカチを取り出して、彼女に差し出した。ファレイは指をこすり、もじもじさせてから、「あ、ありがとうございますっ……!!」とそれを受け取り、じっと見たあと、思い切ったように涙をぬぐう。そうして、ファレイの目に光が戻り、ハンカチを両手で胸の前で持ったまま俺を見つめ返したところで、話を続けた。


「……かいつまんで言うと。俺をルイの弟子に、というのはロドリーの提案なんだ。実はルイとロドリーは一戦交えたんだよ、きのう」


「……えっ!?」


 ファレイは目を見開き、ルイを見る。ルイは横を向いていた。


「襲ってきたのはルイのほう。その経緯いきさつは、ルイが話さない以上、こっちの推察でしかないから省くけど。ともかくいまは敵意はないことは確かだから、それは信じてほしい」


 ファレイは口をぱくぱくさせたあと、俺に視線を戻し、「そ、それはな……、いえ、それでけっきょく、ど……!」と言ったところで、俺が答える前に、「ボコボコにされたよ。魔術すら使わず、たったひと蹴りでな。アイツはおかしい」とルイが舌打ちして返し、ファレイは真顔になり、それから目を落とし、ハンカチを持つ力を強めた。


「……で。戦いを終えたあとに、俺を弟子にしてやってとロドリーがルイに頼んで、それをルイも了承した。ルイと俺は、彼女の兄も含めて少し前に出会って知り合いになっててさ。そんなふうに、数少ない魔術士の知り合いであることと、ルイのクラスが3Aスリーエーらしいんだけど、それも師匠としては申し分ないと。そういうことで提案された。今後のことを考えると、自分で身を守れる力は、あるに越したことはない……、いつでも、自分たちが俺を守れるとは限らないからと。……そして」


 俺はひと呼吸したあと、しずかに続けた。


「自分は【外法者ミッター】でふつうの魔術は教えられず、……ファレイは、俺には厳しく教えられないだろうから、と」


 ファレイの表情かおがこわばった。ハンカチを握る力がいよいよ強まり、その白い両手で押しつぶされていた。俺はちいさく息をはき、続ける。


「さいしょ聞いたときは、ありえないと思ったけど。よくよく考えたら人間の力のまま、その立場のままお前やロドリーに助けてもらい続けよう、っていうほうがありえないしな。あと、それに……。修行を始めることで、魔術士となっていくのなら――。過去のセイラルおれに近づけるかもしれないと。そうも考えた」


「……!! あっ……!!」


 ファレイはハンカチを落とした。が、すぐに気づいて、「も、申し訳ございませんっ……!」と慌てて拾い、必死にホコリを払い、「きっ、きれいに洗いますゆえ……!! こちらはお預かりいたします!!」とそれをブレザーの内ポケットにしまう。そのあとも、少し俺とは目を合わさず、興奮したように赤くなり、胸を押さえていた。


「これはロドリーには言ってないけどな。ともあれ、お前が過去のセイラルおれに、『未来の緑川晴おれが、記憶を取り戻そうと個人的なあれこれを聞き出そうとしてきても答えるな』、と命令を受けているのは聞いたが。『思い出そうとして魔術士の修行を始めようとしたらめろ』、とは言われていないはずだ。……違うか?」


「いっ……、ませんっ!! 言われてません!! ――……言われていませんっ!!!」


 急に大声で叫ばれて、俺は後ずさる。それから、「おい……! いちおうもう、一時間目始まってるんだからな? いくらほとんど使ってない東棟とはいえ……!」と注意すると、ファレイが、「あっ!! も、申し訳ございません……!!」とまた叫んだため頭を押さえる。そのさまを、ルイは腕を組んだまま黙って見ていた。


「……なら問題はないだろう。過去の俺がどういうつもりなのか、それを知るためにも、本質――魔術士である自分――に近づく必要はあると俺は思っている。彼女との関係は、そういうことだから。仲良くしてくれ……とは言わないけど。もう戦おうなんてことはしないでくれ」


 俺はファレイを見つめて言った。ファレイは少し、瞳に揺らぎがあったものの、一度目を閉じると、はっきり開けて俺を見つめ返し、「承知いたしました。二度と、彼女と戦おうとはいたしません」と頭を下げた。俺はほっと息をつき、壁にもたれてこちらを見ているルイに目をやった。彼女は腕組みを解くと、長い黒髪に手を入れて、そんな俺をチラ見したあと、ファレイを見て言った。


「なあ、お前。あの化け……ロドリーの話では、ファレイとか言ったか。お前は晴が好きなのか?」


 次の瞬間、ファレイの動きが止まった。

 それから数秒後、コマ送り映像のようにぎこちない動きでルイを見返して、ひきつった笑顔を無理やり作り、言った。


「おま……、あなた。それはどういう意味? なにを言っているのか分からないのだけれど」


「だから、愛しているのかと聞いているんだ。女として、晴に抱かれたいと思っているのか?」


 今度はファレイと俺の動きが止まった。

 それから数秒後、ふたり同時にコマ送り映像のようにぎこちない動きでルイを見返したが、それを無視してルイは続けた。


「さっきから見ていると、どうも従者として慕っているというには女のにおいが強すぎるし、そうとしか思えないんだが。なるほどそれで怒り狂ったのか。私が師匠になると言って。泊まりの話をして。なら安心しろ。いまのところ私にそんな気はない。まあ今後のことと、晴のほうが私に興味を持ったら知らんがな。どうも私は昔から、弱い男に好かれるタチでな……。もちろん強いのも含めて、ほかにもいろいろ求婚は受けたが。女として魅力的なのは生まれつきで、私の責任じゃない」


「………………お前。言いたいことはそれだけ? もういい? この世とおさらばする覚悟は十分にできた?」


 ゴ、ゴ、ゴ、ゴ……! いつの間にか銀光ぎんこうを発し、おそらく常備している鉛筆だろうそれを銀の刃に変えて持ち……、世にも恐ろしい形相になったファレイは噴き上がる膨大な魔力でスカートと、その短い髪をも揺らしていた。それを見たルイは、「おい晴。コイツ、お前との約束を五分と経たずに反故ほごにしてるぞ。早くなんとかしろ。さすがに面倒くさいぞ」と、うんざりしたように俺へ指示する。それは師匠としての命令でしょうか……。か、勘弁してくれ……! だれのせいでこんなことになってると!? なにをどうやって【なんとかする】んだよ!! まーた馬鹿をやれってのか!? あんなこと二度も三度も連続してできるかっ!


 俺はもう我関せずと横を向くルイと、怒りで両眼すら銀色になっている(※カミヤの半身を燃やし尽くしたときと同じ)恐ろしいファレイを交互に見たあと考えること十秒、ファレイが足を一歩、ルイへ踏み出したときに、思わずルイを指さしてまくし立てた。


「おっ……!! 待っ……――落ち着けっ!! お……俺はこの人のことなんて、これっっっぽっちも興味はないし! そもそもそんな不純な動機で弟子入りしたわけじゃない!! 話したろ!? 自分の記憶……真実にたどり着きたいだからだって!! だからそのためにはどんな厳しい修行だって耐える覚悟だし!! それでこの人と、たとえずっと寝泊まりしたって、いっさい! まったく!! なんにもかけらも思うことはないしなにも感じない!! ……俺の好みじゃないし!!」


「………………おい。お前、いまなんて言った? いっさい? まったく? なんにもかけら? ……好みじゃ、ない……!?」


 ゴ、ゴ、ゴ、ゴ……! 今度は俺の指さした先、ルイの全身から赤光せきこうが噴き上がり、長い黒髪もそれに従いおおきく広がり、鋭い目は三白眼になっていた。俺は口を開けて、ようやくその姿で自分がなにを言ったかを思い出し、全身から汗が噴き出した。


「あ、い、や……! いまのは違……! こ、言葉の綾というか、あ、あははははは!!」


「――なにがおかしいっ!! いまのになにかわずかでも、毛の先ほどでも面白いところがあったか!!??」


「すいません!! ありませーーーーーーーーーーんっ!!!」


 と、謝るも時すでに遅し、ルイは赤光に包まれたまま俺の背後にまわって首を抱えるようにして抱きしめて、耳元で、「お前、よくも言ってのけたなあ……!? この私に女としての魅力がない? 好みじゃない……!? ――いいだろう気が変わった! 修行と並行して、お前を私のトリコにしてやる。……土下座して私に求婚するほどに夢中になっ!!」と怒鳴り、頭が割れそうになる。そして眼前の、いよいよ銀に発光するファレイに顔がおおきくゆがんでゆく。


「……――このクソ女っ!! どさくさにまぎれてセイ……、晴様を抱擁するなっ!!!!! さっさと離れろ汚らわしいっ!! 頭を粉々に砕かれたいのかっ!!!」


 銀刃を突きつけ怒鳴り散らす。だがルイは【俺の頭を盾にして(鬼か!?)】、そのまま背後からまくし立てた。


「なにが汚らわしいだ!! さっき見ていた限りでは、お前はぜんぜんまったく女として相手にされていないじゃないか!! 頭を撫でられるところなんかどうだ!? まるで兄と妹、いや、父と娘だ!! つまりはそういうことだから、さっさと諦めて自分にお似合いの男でも探すんだな!! ゴリラみたいなヤツとかな!! ……この猫被り女がっ!!」


「なっ…………なっ!!!! ……――もう許さんっ!!!! お前は死……!!!」


「創術者はセイラル・マーリィ。執行者はロドリー・ワイツィ。……静止せよ。ゲルダ」


 刹那、ファレイの銀光とルイの赤光が消え失せて、そのままふたりは氷漬けのように静止した。唖然としてふたりを見ていると、下から階段をのぼって、青のジーンズに白青のボーダーシャツというラフな出で立ちの、眉をひそめた和井津わいつ先生こと、ロドリー・ワイツィが近づいてきた。


「あのねえ……、もうとっくに一時間目は始まってるんだけど。それと、いかに東棟で、結界に覆われているとはいえ、そこまで魔力が膨れ上がったら声も遠くまで響くのよ。いい加減にして」


 そう言って、いつもと同じく無造作にひとくくりにした長い黒髪をうざったそうに払ったのち、黒縁眼鏡を手首で押し上げると、「あっ……がっ」「ぎっ……なっ」とわずかな声しか漏らせず固まったふたりをよそに、俺を横目でにらんだ。


「これなら私が引き会わせたほうがマシだったわ。……あなた、女の扱い方どうなってるの?」


「い、や……。俺のせい……」


 ではない、とはルイへの失言で言い切れず、「す、すみませんでした……」としか返せない。ロドリーはおおきくため息をついて、「まあ、過去のあなたも大概だったから、少年になったらなおのことそうでしょうね……」となにかを思い出したように俺を半眼で見る。……な、なに? 

 たじろぐ俺を見て、ロドリーはくすりと笑った。それからぽつり、


「もう、私が教えてあげましょうか? 女のこと。いろいろと。少なくとも、そこのふたりから教わるよりは……分かると思うわよ」


 と言った瞬間、「なっ……に……を馬鹿……なあっ!!」という叫び声と、「わ……た……しをっ!! な・め・る・なあ……!!」という怒声が同時に漏れて、再び銀と赤の光を発したファレイとルイが、超スローモーションながらも動き始める。それでロドリーは、「若いってすごいわね……。私ならゲルダこれをかけられたらじっとしてるわ。疲れるだけだもの」と半眼で言って、俺を見た。


「さ、【緑川君】は教室に戻るわよ。【風羽さん】は、お手洗いにこもっている、ということにしたら……またややこしいことになるから。早退したことにしてあげる。術が解けたら、皆に見つからないように帰宅なさい。……それとお姉ちゃん。今度から学校に来るときは、ちゃんと私に連絡を入れてから来て頂戴。教頭に説明するの大変だったんだから」


 そうふたりに手をひらひら振ると、俺の腕を取って階段を降りる。それでまた後ろから鈍い声が響いてきたが、ロドリーは俺に構わせないようにいよいよ強く引っ張って下へと降りて行った。


「なあ、いいのか? ふたりとも、あのままで……。術が切れたら、またもめるんじゃないのか」


「そんな気力はないわ。アレはすごく疲れるから。それに怒りは私に向いてるだろうし大丈夫よ。……しかしあなた」


 ロドリーは俺を横目で見る。そして、しばたたく俺に、鼻で笑うように、続けた。


「女運。ちょっと悪すぎじゃない? ぎゃーぎゃーとうるさいのばかりが集まって……。もしいま、【緑川君】として恋愛するなら、落ち着いた女としなさいな。いっときの【刺激】より、【安らげる】を基準にしたほうが、のちのち後悔しないわよ」


「後悔、ね……」


 そうぽつり、遠くを見るようにして漏らした俺の言葉に反応し、「なに。もしかして昔、なにかあった? ああいうタイプにばかり縁があったとか」と半眼で見てくる。俺はかぶりを振り、ため息といっしょに吐き出すように、返した。


「記憶がないから知らないっつーの! それに縁があった昔の女って……。お前も入るんじゃないの」


「……ぶっ! あっはっは……! まあ、【縁】といえばそうなるわね。じゃああんまり、悪く言うのはやめときましょうか。……あなたの、昔の女に――」


 そう言ってロドリーは、少しだけ俺の腕を取る力を強めた。俺はその温かさを感じながら、また――。どこか遠くを見つめるようにして……。


 思い出せない、空白となったページへと、ひとり想いを馳せた。

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