第36話 そうね。じゃあ話そうかしら
空気がぴきり、ぴきりと地面から凍りつきだれの動きも制止させる。
その中心に、俺のよく知る彼女が見知らぬ表情をして立っている。
時を統べる王のように……。そばの俺とファレイを気にも留めず、ひとり悠然と眼前の、右半身を失い倒れ込むカミヤと、右腕を喪失し立ったまま硬直し続けるローシャをまばたきもせず観察していた。
やがて彼女―ー和井津先生は、洗いざらしのジーンズのポケットからタバコの箱を取り出すと、そのままつかんだ手の親指のみで一本抜き出す。そして口に含んだ瞬間、先端には火がともり……。美味そうに煙をくゆらせた。
そんな彼女の姿を上から下へ、わなわなと目玉のみを動かし視界に収めたのち――気を取り戻したようにローシャが言った。
「……Aの下位。いや、Bの上位か……? やはりその程度の魔力しか感じられん。ソイツが【送り帰す】だと……? ――………ふざけるなよカスがっ!! ……弄んだことを後悔させてやる!!」
ローシャの体が青く発光し始める。体は小刻みに揺れて辺りの砂粒や小石がゆっくりと地面から浮遊する……がほどなく落ちる。ローシャを包む青い光りも消え失せた。
「……っ! なぜ魔力が抑え込まれる!? こんなヤツに……! ……たかが片腕を失ったくらいで!!」
叫び、歯ぎしりして先生をにらみつける。すると彼女はタバコを口から離して返した。
「こんなヤツ、はともかく。【たかが】とは勇ましいわね。それがほんとうになにを失うことを理解しているのなら、だけど。……でももしただ腕を失うことを、ましてやそれすらのちに回復術でどうにかなるから【たかが】と言っているのならば……。無知なあなたが可哀そうだから教えてあげるわ。どうにもならないわよ」
先生は再びタバコを口に含む。それからそのまま続けた。
「あなたの右腕と、フルチン従者の右半身は魔法界に移動させたから。つまり人間界と魔法界、ふたつの次元へ分断し、魔力の流れを断ち切っている。……いまのあなたたちは、水を流すホースを分断したように双方の切り口からじゃぶじゃぶ魔力を垂れ流し続けている状態にあるわけよ。……ま、もって一週間というところね」
ローシャの顔色が変わった。倒れ込むカミヤは苦々しい表情で左の拳を握りしめる。そんなふたりを半眼で見おろしつつ、先生は言った。
「切れ端がいまごろ魔法界のどこの空を漂っているのか。海深くへ沈んでいるのか。土の中か建物の中か……。場所は私にも分からないけど。ともかくこのままでは――【たかが】片腕半身の喪失のみならず魔力が果て、永久に魔術は使えなくなる。切れ端を探し当てて解除の術を施すか、解除が無理ならば切れ端を消すかしなければ……。……後者の場合だと僕ちゃんは死ぬけどね」
タバコをくわえたまま煙をはき出した。ローシャは赤い顔で歯をかちかち鳴らし、怒りに震えていた。いっぽう唇をかんでいたカミヤは、ほどなく顔を無理やり上げて言った。
「……送り帰す……と言ったが。それはほんとうだな? ……見逃してくれるということだな?」
「……――貴様ぁっ!! ふざけたことを口にするなよ……それでも魔術大国ミティハーナの魔術士かっ!!」
ローシャは怒鳴り散らすが、カミヤは苦々しい表情のまま、かぶりを振ってローシャへ言った。
「ミティハーナの魔術士だから言ってるんですよ! あなた、このままだと魔術士ではなくなりますよ!? それはただのリフィナーとして生きてゆくことになるということですが、如何かっ!! ……お父上であられる国王陛下や兄上様に、その姿をさらすことになっても!? あなたには死に勝る屈辱だということは自明の理のはずでしょうがっ!!」
「……っ!!」
ローシャはもはや怒りで焦点が定まらず、ただただ自由にならぬ体をその場で震わせて、数少ない動く部位である唇を激しく開閉し「……ソが、クソがクソがクソがクソがクソがぁっ!! ……こんなヤツに、こんな程度のカスに!! 私が……!!」と力の限り罵倒して血走った目を先生に向けている。彼女はため息をつき、眼前を白く染めてゆく。それからカミヤへ言った。
「送り帰すのはほんとうよ。殺したらややこしいことが起こるからね……。それこそ【お父上】や【兄上様】が出てきたり、そうでなくとも【白の魔術士団】でも送り込まれたらことだし。ともあれ帰しさえすれば、私どころではなく必死に切れ端を探しまわるでしょうし。というか見つかるまでに私を殺せば切れ端本体もろとも消滅するから。仮に身柄を拘束しにだれかをここへやるとしても一日。……その間にこちらの安全を確保する手は打てる」
先生はそこで振り返り俺を見る。……見たことがない、底知れぬ余裕の微笑。姿形は同じなのにそこに立つ女性は別人だった。俺は唾を飲み込み、声を出そうとするが……その俺の前にファレイが出てきて先生の視線から俺を隠した。
「ふっ。まあそうなるとは思ってたけどね。……考えるのはあとにしてこっちを先に片すか」
ファレイを横目で捉え、ひとりごとのように漏らし……、先生は再びローシャとカミヤへ向き直り、手をかざすと言った。
「創術者はセイラル・マーリィ。執行者はロドリー・ワイツィ。次元を開け。――サクリティブス」
次の瞬間――。ローシャとカミヤと下の地面が漆黒に染まり、ふたりは泥へ沈むように呑まれてゆく。呑まれながら、ローシャはまばたきをいっさいせずに先生を凝視し、言った。
「……セイラルの高術をクラスBごときが……!? さっきの術といい、まさか……――貴様、【外法者】か!!」
「ご明察。まあ、次からはあまり魔力だけで相手を見くびらないことね。【次】があるなら――」
先生は手をひらひら振る。苦渋の表情が半分黒に呑まれたカミヤは「次はなくていい。……【最悪のB】とのはな」と言ったのちに完全に呑まれた。そしてまだ上半身が残るローシャは怒りの表情のまま、
「……様は絶対に許さん……絶対に私が殺す!! 果てには泣いて自ら殺して下さいと哀願してくるほどにいたぶってからな……!!」
と叫ぶ。しかしそれを無視して先生は背を向けて……。やがて指を鳴らすとふたりが沈んだ黒い沼を消した。
◇
「……さて。話の前にやらなきゃならないことがあるわね。ほんとう魔法界の輩は人間界の秩序もなにも、どうでもいいヤツが多いから。……」
ふたりが消えたあと、なにごともなかったかのように……。先生はタバコをぷっ、とはき出すとそれは空で消える。
それから彼女は壊れた石垣や木造テーブル、地面を見まわしたあとにファレイを見た。
「あなた。再生術の心得は? いちおうこれ、あなたにも責任があるといえばあると思うんだけど……」
「……っ。でっ、できるといえばできる……できますが! それほどの腕では……。治癒術のほうならば、それなりにだ、……ですけど」
警戒心をあらわにしたまま、どもりつつ答える。先生は「ま、私も治癒術のほうは大したことないし。得手不得手は仕方ないわね。ともかく手分けして当たりましょうか。【風羽さん】」と返し……。【先生】にそう促された【風羽】は渋い表情でやむなくというふうに、自らが破壊したテーブルへ歩いた。
そうして。三十分後――。
ほぼ、もとに近い状態に食堂前の景色は戻った。
ほぼ、というのは……。よく見れば継ぎ目がずれていたり、平らな面がふくらんでいたりとわずかにおかしなところがあったからだが、それに気づくのはおそらくここを造った業者くらいのものだろうから問題ない……というのは先生の談。
ファレイは自身で「それほどの腕では」と言っていた通り、苦手なことをなんとかやりきったというふうに、(ほぼ)もとに戻った木造テーブルへ腰かけるや否や突っ伏していた。
「はいご苦労様。ジュースでも飲む? 奢るけど」
と、ファレイほどではなくやや疲れたという感じの先生は、テーブルの横へ立ち……。突っ伏すファレイと俺へ言う。俺は「い、いや……俺はなにもしてないですし」とかぶりを振る。すると先生は、「……別にいまの修復とか、そういうのじゃなくて。……よくあんなことがあったのに。記憶がない【緑川君】もなかなかのようね」と苦笑する。……次の瞬間、ファレイが顔を上げて、
「――結構です! それとセイラル様のお飲み物は私がご用意いたしますのでっ!」
そう怒ったように立ち上がると、(……どうか、どうかご命令をっ!)という目で俺を見る。……俺は圧に押されてひとこと「じゃあ、メロンソーダを……」と返した。
◇
その後。戻ってきたファレイは俺の前にメロンソーダを置き、その隣にも同じものを置くと着席する。先生はファレイのあとに自分でコーラを買い、ゆったりとした足取りでテーブルへ戻ると俺たちの前へ腰をおろし……。一位時間ほど前にローシャたちと向き合っていたような形に再びなった。
「……服。直しておいた方がいいんじゃない? 帰るときに困るでしょう。それにあしたも。ふたりとも」
先生は細い指で俺たちを示し、それで俺は自身の学ランを見る。……ボタンが第一から第三までなく、制服自体も砂まみれであちこち白い。直すって……。まさかさっきまでしていたような術で、服も直せるのか?
「そっ、創術者はセイラル・マーリィ! 執行者はファレイ・ヴィースっ! 虚を埋めよ! ……シーディス!」
声に倣いファレイのほうへ向いた瞬間――。俺の体が銀色に発光し……、気がつくと制服の汚れは消え欠けていたボタンがみっつとも戻った。……戻った、が。
「……。四角いよな、これ……」
俺は引きつった笑みを浮かべて、第一から第三のボタンを見やる。校章は正しく刻まれているが、形が明らかに丸みを帯びていない。まあいびつではなくきれいな正方形だから、これはこれで……。
などと考えていたら、隣のファレイが真っ青な表情で震えていて、ほどなく立ち上がると―ー地に吸いつくように土下座した。
「もっ! ももももも申し訳ございませんっ! ほんとうに、この術に関してはいまだ未熟で、セイラル様にもよくお叱りを……! ――どっ! どうかいま一度、やり直させてはいただけませんでしょうか……!」
ぷるぷると震えて額をこすりつける。……ま、またこのパターンかっ! ――ってか人っ! 人前なんだが! いや、正確には【人】じゃないのか……――って違う! そ、そんなことじゃなくっ……!
動転しているから気にも留めていないのか、またはバーガーショップ『ラ・ヴーム』の店長に対してのように、先生が魔法界の存在、魔術士だから風羽として振る舞わずともいいと分かってやっているのかは定かでないが……、ともあれどうであろうと【だれかの前】ではやめてくれえーーーーーーーーーーーーーーーっ!
「……創術者はセイラル・マーリィ。執行者はロドリー・ワイツィ。虚を埋めよ。――シーディス」
俺の体が今度は紫色に光る。そして瞬き目を落とした先には……。いつもの見慣れた丸いボタンがみっつ、いち、に、さんと復元していて……きちんと留められていた。
俺は先生を見る。彼女は頬杖をついたまま、こちらを見ずにコーラを飲みつつ言った。
「言った通り、得手不得手は仕方のないことよ。【最強のA】と言えどね。……【最高のA】ならそれもなかったんでしょうけど」
その言葉が耳に届いた刹那、ファレイは体を起こし――ダンっ! とテーブルに手をついて……。身を乗り出し先生をにらみつける。そしてまくし立てた。
「……命をっ! セイラル様のお命を救っていただいたことにはっ!! 私の窮地を救っていただいたことにはっ! 心より感謝しておりますがっ!! ……あなたには聞きたいことが山ほどありましてっ!! ……――よろしいですか!?」
「ええ。【よろしい】わよ。ただし簡潔にね。こちらも彼に話があるから。……まあその前に」
先生は激高するファレイに手をかざして、さっと同じように「……創術者はセイラル・マーリィ。執行者はロドリー・ワイツィ。虚を埋めよ。――シーディス」とつぶやく。するとやはり俺同様に、ファレイの体が紫色に光り……彼女の制服の破れた箇所が修復されて全身の汚れが落ちていく。俺はその見事なさまに思わず見とれたが、同時に初めて――いままでファレイの服の状態がどうだったかに気づき……直ったにもかかわらず横を向いた。
そう。先ほどまで、よく思い起こせば彼女は……。俺のようにボタンがみっつ取れたなんて程度ではなく、あちこち破け、はだけ……。上下の下着はおろか、豊かな胸も、すらりとした長い脚も……おおきく露出していたのだ。
ファレイもようやくそれに気づいたのか、隣で「あっ! ……あっ、あっ……っ!!」と戸惑う声が聞こえた。おそらく顔も真っ赤だろうな……。―-……すなわち次には。
「――もっ!! ももももも申し訳ご……!!!!!」
「――申ーーーーーーーーーーーっし訳なくないから! 土下座はやめろよ!? ……分かった!?」
機先を制して振り向き、果たしてすでにヒザを地面につけていたファレイを止める。だが彼女は「あぐっ! しっ、しかしっ! 私は主の前でずっと気づかずに、はしたない姿をさらし続け……!!」といつも通り武士のような口調でまくし立て始めて食い下がった。
俺は困った末に先生を見やる。すると頬杖をついた彼女は半眼でこちらを見おろしていて……ほどなくため息をつくと、
「いいじゃないの。【セイラル】は知らないけど、【緑川君】なら喜んでいたはずよ。眼福眼福って」
と、とんでもないことを言い放ち俺は目を見開いた。そしてすぐ、真っ赤な表情で俺を見るファレイと目が合い……。いち、に、……と俺はかぶりをロボットのように振って言った。
「……違う、違うからな……? こんな非常時にそんなことを……だから。勘違いしないように、な? ……」
「ふーん。【非常時】じゃなければやっぱり眼福なんだ。そりゃそうよね、【校内のスター、風羽怜花】のあられもない姿だもの。……結界を張っておいてよかったわ。じゃないと目ざとく見つけた生徒たちがわんさと駆け寄ったことでしょうし。それは困るしねえ。和井津の立場としては。教育者的には」
「違うと言ってるでしょーーーーーーーーーーーーーーーーーーがっ!! 余計なことを言わないでくれますか教育者的にぃーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
思い切り叫び先生を指差す。それで彼女は「やっぱり結界を張っていてよかったわ。……なければ人が来てた」とうるさそうに耳を押さえて再びタバコの箱を取り出して一本くわえる。
そしてローシャたちがいたときのように、ライターなどを用いずに一瞬で火をともし……。煙を横へはき出すと、片ヒザをついて赤面し、自身の体を抱きうつむくファレイを見て「質問。しないなら私の話に移るけど」と淡々と言い放った。それでファレイは気を取り戻し、慌てて俺に深々と頭を下げると着席し――先生へ向き直った。
「そっ、その……! たくさんあるのですが、――……まずなにより! あなたはセイラル様と縁のある方なのでしょうか……!」
ファレイは身を乗り出し、テーブルに両手をついて言い放つ。
先生は表情を崩さずに、タバコをくゆらせて返した。
「なぜそう思うの。セイラルの術を使っていたから? それとも彼を助けたからかしら」
「……。あのクソおん……、あの者。ローシャ・ミティリクスが言っていたように。セイラル様は術の開発者としてもご高名であられました。だからセイラル様の術を使う方がおられるのは不思議ではありません。しかし、あなたが使われた【サクリティブス】は……。セイラル様から直接、許諾を得ないと習得を許されない高術です。だから少なくとも面識があられ、言葉を交わされていることは間違いないかと」
ファレイは言葉を切る。彼女の返答を待つように……。
先生はゆらゆらと立ちのぼる煙を見つつ、ひと息吸うとタバコを口から離し……。はき出すと同時に言った。
「いいえ。【少なくとも】術のためにセイラルとは会っていないわ。【サクリティブス】は会わずに習得している」
指で挟んだタバコを、火のついたそれをくるりとまわす。ファレイは目を開き、「そ、そんなことは不可能です! だってそれならば――……」と言いかけて固まる。そして歯をかちかちと鳴らして、再び言った。
「……【外法者】。そういえばローシャがそんなことを。……それは間違いないのですか」
「ええ。じゃないとそもそもクラス1Bの私にそれが使えるわけがない。許諾以前にね。……本人の前で【インチキ】を告白するのは気が引けるけど。命の恩人ということで許して頂戴な」
先生は俺にほんのわずか頭を下げて、目を閉じまたタバコを口もとへ。ファレイは唇をかみ、先生を複雑な表情で凝視していた。俺はその表情を怪訝に見ていたが、やがて先生が目と口を開いて俺へ言った。
「【外法者】というのは。かんたんに言うと正式な手続きを踏まずに術を習得する者たちを指した言葉でね。正当な魔術士ではとうぜんなく……まあ嫌われ者のごろつきといったところかしら。だからその子がこんな表情をしてるわけ。まともな輩ではないという認識が一般的だから」
ファレイを示す。ファレイはそれを肯定も否定もせずに、ただ付け加えるように続けた。
「……【外法者】は。いま彼女が仰ったように……。正式な手続きを踏まないがゆえに、その実力以上の術式や、変則的……いえ、反則的な術式を習得しています。たとえばあの、ローシャやゴミカs……カミヤを分断した術などは、まともな方法では絶対に得られない術式なんです。世界の法則に反しているから。……精霊の意志を無視しているのです」
「精霊の意志……?」
「はい。魔術はすべて、天地の精霊より力を借りて発動するものなのです。なのでふつうは、火の魔術ならば火の精霊に、水の魔術なら水の精霊に術の発動者……術者として認められ、許しを得なければならない。しかし【外法者】は……。精霊の許しを得ないで、意志を無視して【力を横取り】する。だからたとえば、相反する火の術と水の術を同時に得て【別のなにか】へ作り変えて……などという、ほんらいあり得ない術式を習得していたりします。だからあれも、おそらくそんな【外法】のひとつ」
ファレイは先生を見据える。批判避難のまなざしというよりも、警戒心が強まったそれで……。彼女の体は、意識してか無意識か俺の方へ少し寄っていた。
先生はそうしたファレイの様子にも、やはり顔色ひとつ変えずに……。ただ淡々と、俺やファレイの疑問に答えるように言った。
「ええ。……くだんの術式も、セイラルではなく術のおおもとである精霊のほうへ働きかけて、無理やり私のほうへ引っ張り込んでいるということね。だから使えるわけ。とうぜん代償は払っているけど」
先生は襟シャツのボタンをみっつほど外し、はだけた。
鎖骨の下辺りに拳大のおおきさの、傾いた十字架のような赤いアザが浮かび上がっていた。
「このアザは少しずつ体の奥へ食い込んでいっていて、やがて魔力と生命の源である【魔芯】へ到達して……死ぬ。ふつうの魔術士は長いので800年は生きるけど、【外法者】は250年ほどかしら。……私は今年で200歳だから、もうそろそろというところ。けど人間に比べたら十分に長生きだし。……別にハンデとは思わないわね」
ボタンを再び留める。俺は唾を飲み込み、隣のファレイを見やるが……彼女はやはり警戒したままだった。そして先生がタバコを前のように空で消し、二本目のタバコを取り出そうとしたところで、ファレイはそれを止めるように言葉を放った。
「さ、さっき……。【少なくとも】術のためにセイラル様とは会っていない、と仰いましたが……。それはけっきょく面識がある、ということなのですか? それ以外に、なんらかの形で……!」
「……。ええ。昔ね。ちょっとしたことで。やけに会う会わないにこだわるけど。……なぜ?」
「……あなたがセイラル様を助けられた、ということに関してそれが重要だからです。交わりがあった上での『救助』なら……それなりの縁からの行動として分からなくもないですが。……もしいっさい面識交わりがないのに、危険を顧みずに助けに出たのだとしたら……。失礼ながらそれは【目的】があってのことだと思われますので」
「裏があると。そう考えている。【外法者】だと分かったいまはなおのこと。……ということかしら」
「はい。……申し訳ございません」
ファレイは目線を落とす。先生は相変わらず冷静な面持ちで、そんな彼女を見やったあと、二本目のタバコをくわえたが、今度は火をつけずにいた。
そうしてしばらくのち。ファレイが再び目を向けたときに、彼女は言った。
「面識も交わりもある……。だけど【目的】もあるわね。少なくとも情でしゃしゃり出てきたわけではない。……だからあなたの心配も当たっているといえるかしら」
ファレイは顔色を変える。そしてゆっくりと立ち上がると、ブレザーのポケットへ手を入れて、鉛筆を一本取り出した。
「どうか包み隠さずその【目的】をお話し下さい。……そして、【命の恩人】に対して申し訳ないのですが。お話の内容によってはお覚悟を――」
ファレイの手にした鉛筆はしずかに銀の光を帯び、伸びてゆく。ナイフほどの鋭さと長さを有したところでその変化は止まる。だがファレイの眼の光は警戒の色を帯びることをやめなかった。
俺の鼓動の音がどくん、どくん……。いよいよ高くなっていく。
先生は銀のナイフを携えたファレイと、身を固くして息を呑む俺を交互に見やったのち……。くわえるタバコにぼっ……、とおおきく火をつけてつぶやく。
「そうね。じゃあ話そうかしら。緑川君に。……いえ、【魔神】セイラル・マーリィへ」
彼女はタバコに指をそえる。そして、はき出す煙とともに、
「……あなた。私を【従者】にしない? ファレイ・ヴィースに続いてふたり目の――」
と、言って――……。……にやりと笑った。




