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第35話 結界の主(ぬし)は

 遠くから、近くから、ときに鋭く、ときに鈍く――不慣れな金属音が耳を貫き胸の奥まで震わせる。

 同時に一瞬たりとも視界に留まることのない、銀と黄色の粒子を飛ばすふたつの黒塊こくかいが食堂前の広場を飛びまわり……いよいよ激しさを増してゆく。


 俺は必死に目玉と頭を動かして、ファレイとカミヤの動きを追うが、その表情かおをとらえることはおろか、つるぎをふるうファレイの腕、それを受け止め反撃するカミヤの武器すらまともに見極めることはできず、息をすることも忘れて異様な戦いに見入っていた。


 ふたりはひと蹴りで自販機をはるかに超える高さを跳び、また食堂の壁や、反対側に位置する裏山を支える石垣すら地面のように何度も足場とし飛び立ち空を舞う。


 そのさまはまさに鳥のごとく。

 地を蹴り駆けるさまは狼のごとく。

 まるで重力など存在しないかのように、しかし確かな重みをもって相手に武器を振りおろす。

 視界に映り鼓膜をかくふたりのすべては明らかに――……どう見ても。


【人間】の動きではなかった。


     ◇


「創術者はセイラル・マーリィ。執行者はファレイ・ヴィース。――撃ち抜け。リ・ディテンション」


 太陽を背に逆さのまま滞空するファレイがつぶやいた刹那、彼女が突き出した二本の剣から炎がそれぞれジグザグと飛び出して、地で構えるカミヤの武器を吹っ飛ばす。それは鳴り響く硬い音に反してにボールのように跳ねて俺の足もとまで転がってきて……そこで初めてカミヤの武器が、すらりとしたヤツの姿と対極にある重々しい斧であることが分かる。

 あの細い腕ではとても振りまわせるようなものではない。だいたいさっきからふたりとも、その体ではありえない動きを――。


「執行者はラダー・ミーヤ。執行者はカミヤ・シッチェロス。……引き裂け。ガーベラス」


 壊れた木造テーブル前でカミヤ低くつぶやくと、サイレンのようなどきりとする音が辺りに響き、カミヤの目前の地面から稲妻が一本わき出して天にのぼるとそれは一転、まさにいかづちとして地に降り立ったファレイの頭めがけて高速落下する。が、ファイれはそれを見もせずに剣で叩き落とし、雷は背後の石垣をえぐって破壊し石つぶてが飛散した。


「創術者はミトカンド・リークル。執行者はカミヤ・シッチェロス。かの者に光を。……メキーナ」


 カミヤが目を押さえてつぶやく。それから苦笑して言った。


「魔力値23万6千3百3十3。クラス6Sシックスエス中位【相当】。クラス1Aワンエーの魔力値上限を8万以上も上まわっている。……やはりあなた。魔神からミハークの精と同化する禁術すべの手ほどきを受けていますね。……おかしなのは師匠譲りというわけですか。――正気ではない」


 顔をゆがめてカミヤははき捨て……先ほどファレイに貫かれ、いまはふさがった自らの脚をさする。

 しかしファレイはまったく表情を変えずに淡々と、


「魔神と呼ばれる御方おんかたの精神が、そこいらのリフィナーと同じレベルにあると思うほうが【正気の沙汰ではない】。そしてセイラル様の先代従者はかつて【最高のA】とうたわれ――現在は【悪魔の3Sスリーエス】と畏怖される天才・ハーティ・グランベル様。そのあとを私程度が引き継ぐのならば――の地に足を踏み入れ練磨して、身にしがらみつくぼんの衣服をはぎ取るほかないでしょう? ねえ、凡の魔術士――」


 と、言い終わるや否や、ファレイは両手に持つ二本の剣を天に放り投げ、それはくるくると不気味に低速回転する。ファレイは顔をゆがめるカミヤの奥――黙ったまま戦局を見つめ続ける金髪碧眼の少女……魔術士・ローシャ・ミティリクスへまなざしを向けた。


「いいの? さっさと出てこないとお前の従者は死ぬんだけど。まあかんたんには殺さないし、お前もすぐ地獄のかまに放り込んでやるけれどね。……これ以上鬱陶しくセイラル様の周りをうろちょろしないように――……」


 ファレイは片手を上げる。

 すると低速回転していた上空の剣のうち一本がぴたりと止まり、次の瞬間――カミヤめがけて飛び出した。……が。

 その寸前で、一瞬で移動したローシャが剣を素手でつかみ……砂へと変えた。

 それを見たファレイは顔をゆがめてローシャをにらみつけ、叫んだ。


「……――セイラル様のわざを使うなっ!! いつもこれみよがしに……教えを受けていないくせに……!!」


 怒りに打ち震えて首まで赤く染める。

 だがローシャは、そんなファレイをまったく意に介さずに、


「馬鹿かお前。セイラルは術の開発者でも名を馳せていたんだ。こんなもの、アイツにとっては取るに足らん術式でクラスS以上のヤツらならだれでも使える。……ああお前は1Aワンエーで使えないんだったな。魔力値だけはS【相当】で。……忘れていたよ」


 そう鼻で笑い、それからゆっくり手を上げるとローシャはつぶやいた。


「創術者はセイラル・マーリィ・執行者はローシャ・ミティリクス。――圧し潰せ。ロードヴィブ」


「――っ!!」


 ファレイは飛び出したがその動きは宙で固まり、すぐ上空の剣とともに――さらに上空から落下してきた巨大な青い光塊こうかいによって地面へ圧しつけられた。

 ファレイの下、地面に敷かれたブロックは割れ続けて、ファレイは「……ああああああっ!!」と悲痛な声を上げる。俺は思わず前に出た。……が、


「おーっとそこまで。あと五十センチ近づいたら死にますよ。光の下だけでなく、その周囲にもこちらでいう1トンの圧がかかっていますからね」


 いつの間にか俺の背後にまわり込んだカミヤが、俺の肩をつかんで制止させる。

 俺は唾を飲み込み、目の前で苦悶の表情かおで叫ぶファレイを見てカミヤの細い手を振り払おうとした。が、びくともしなかった。


「記憶のないあなたに、また説明しますが……。我々魔術士は、体に魔力をまとい戦いに挑みます。筋力のみでは魔術の威力、速さに対応できないんですよ。先ほどの戦闘、そしていま1トンの圧を受けて即死しない彼女をご覧になっていればお分かりだと思いますが。……だから魔力のない人間では、いかなる鋼の肉体の持ち主でも――。魔術士われわれと比べればちいさな虫以下の脆弱なるクソ。……ということなんですよ」


 俺の肩に、カミヤの細く白い指がめり込む。いままで受けたことのない異様な力だった。

 俺は舌打ちしたのちに思い切り足を振り上げ、そのまま後ろへ向かって蹴り飛ばす。

 それはカミヤの股間に直撃したが……ヤツは平然として足をつかんだ。


「だから、無駄なんですよ。あなた、家の中にいるときに猫が戸を引っ掻いたって、痛くもかゆくもないでしょう? ……ローシャ様のおかげで僕はあの【魔獣】の相手をしなくて済みましたし。もう少しあなたをいたぶって……。昔のことを思い出していただくことにしましょう――」


 カミヤは俺の足を引き、俺は顔面から地面に激突する。

 その痛みに涙を流す間もなくくうに放り投げられ……落下。再び地面にぶつかって今度は肩に激痛が走る。

 倒れたままなんとか目を開けてファレイを見やると、光塊に圧された彼女と目が合い――。その刹那、ファレイは目を見開き……――。


 彼女の全身が銀に発光した。


     ◇


「……創術者はセイラル・マーリィ。執行者はファレイ・ヴィース……」


「……――カミヤ! 逃げろ! ……後ろへ跳べっ!!」


 ローシャが叫ぶ。だがそれにかぶせるようファレイが怒鳴った。


「……――業火に沈めっ!! アル・パーデイション!!」


 視界が赤く染まると同時に辺りが高温に包まれる。

 そして倒れたまま、横目で捉えたカミヤは……。その下半身は。

 燃え盛る真紅の炎に包まれて――やがて溶け失せた。


「――!! っ……おおおおおおおおおおっ!!」


 泣き叫び、上半身のみになったカミヤは必死に這いできるだけ遠くへと進まんとする。

 だが割れた地面の上――すでに立ち上がった銀色のファレイがローシャの圧から脱し、そのカミヤの胴の上へ飛び乗ると、瞬時に出した剣で胸を突き刺した。


「!! がっ……あああああっ!!」


「創術者及び執行者はローシャ・ミティリクス! ……飛び去れ! ワーリヤ!」


 その大声で剣の刺さった上半身のみのカミヤの姿は消えて――。剣ごと遠く離れた石垣のそばまで移動した。

 ファレイは振り向きすぐにカミヤを目で捉えるが、その視線にローシャが立ちはだかってファレイは激高した。


「……――先に死にたいか! だがお前はあとだっ!! セイラル様を二度もいたぶったあのゴミはもはや苦しむことすら許さんっ!! ――……どけっ!!」


 叫んだファレイは制服のリボンを抜き取り新たな剣に変え、それをカミヤめがけて放り投げようとする。

 しかしローシャが素手でそれを払いのけて砂と変え……それを見たファレイは、息を吸い込み後ろへ跳ぶと片手を天に掲げた。


「……セイラル様の術を……、お前が…っ! 使うなぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 裏山の木々がざわめき、その葉はすべて剣と変わり――数百を超える刃の切っ先はすべてローシャへと向く。 

 だがローシャはそれを確認することもなく言葉を放った。


「こんな未熟者ガキがセイラルの【後継者】だと……? ――貴様こそヤツの術を軽々しく使うんじゃあないよ! ……――その値打ちも分からぬ愚か者のカスがっ!!」


 ローシャは降りそそぐ無数の刃をすべてよけて叫んだ。


「創術者はセイラル・マーリィ! 執行者はローシャ・ミティリクス! ……時よ、我が歩みとともにれ! ――アル・ファーズっ!!」


 次の瞬間――。刃が、ファレイの動きが……俺の口や目の動きも――ほんのわずか、自分の意志の働かないような重みを持ちスローになり……。気づいたときには刃はすべて葉に戻り、ファレイは石垣にめり込んでいた。


「……っ!! がっ……!!」


 血をはき出してファレイが震える。

 ローシャはおおきく息をはくと、黄色の光を発して下半身が戻りつつあったカミヤへ近づき、「創術者はドーラ・フォラー。執行者はローシャ・ミティリクス。……あるべき姿となれ。ヒーティ」ととなえて……。カミヤはもとの姿へと戻った。


「……っ!! はあぁあ……さすがに死ぬかと! ……というかローシャ様。そのマントを貸していただけますか。僕、ズボンが燃えちゃってないんですよ……」


「ふざけるな。お前の汚いものを隠すのに私のマントを貸すわけないだろうが。上を脱いで巻いておけ……」


 冷たく言い放ち、カミヤは泣く泣くそれに従っていた。

 俺はそんなふたりの奥――。いまだ石垣にめり込み動けなくなっている、血まみれのファレイのもとへ這って向かおうとする。だが今度はローシャが俺の前に立ちそれを止めた。


「無駄なことはやめろ。アイツはもう死ぬ。……それよりお前。まだ少しも記憶が戻らないのか……?」


 しずかに言う。俺は記憶、という言葉に一瞬――ファレイが来る前、カミヤにいたぶられていたときに見た【なにか】が頭をよぎったが……すぐに雲散霧消する。

 それから俺は、再びファレイを目に入れて……震え出した体を必死に動かし、ローシャの足にぶつかっても無視して彼女へ向かって這い続けた。


「……なんというか、哀れやみじめさを通り越してますよね。まさに人間ゴミと同じというか」


 さげすみみの感情に満ちたカミヤの声がする。

 しかし俺はそれも無視して、這う。

 ローシャのため息が聞こえた。


「やはりコイツは【セイラルではない】な。……こんなものであろうはずはない。殺すか」


「とんだ無駄骨ということになりましたねえ……。まあローシャ様には、もっと素敵なお相手がいますよ! あの方なんてどうです? アズ国の第一王子であるハシャ様! クラス5Sファイブエスの大魔術士ですし、色男ですし……。向こうもさんざんあなたに求婚してるじゃありませんか」


「セイラルの足もとにも及ばんカスだ。それにヤツは次期の王だろう。……私はアズ王国の王妃になどならん」


「ええぇ……。僕としては王妃になっていただいたほうが、仕事が楽に……、あ、いやいや! そ、それよりですね……妙だと思いませんか?」


 俺は、俺に関心をなくして話し続けるふたりから必死で離れ、少しずつファレイのもとへ近づいた。

 ……大丈夫だ。死ぬはずないさ。だってあのカミヤだって、下半身がなくなったのにもとに戻って生きてるじゃないか。そういう魔法が、魔術が……、アイツよりも強かったんだから、ファレイだって……、意識さえあれば、きっと……!


「……。妙とは結界のことか」


「はい。うまく張れなかったのもですが……。さっき僕の結界は壊れて。もう張っていないはずなのに【人間たちが気づいていない】。先ほどの戦いでもけっこうな音が飛び交い、石垣も破壊されましたがだれひとり駆けつけてこない。……つまり、まだ【結界が在る】んじゃないかと。というか【もとから巨大な結界がこの辺り一面に張っていた】。だから僕の結界もうまくはれなかった。……そう思うんですよ」


 ……って、だってなあ……。このまま死ぬ? ……いなくなるなんて。俺はまだ、アイツと少しだけ仲がよくなっただけで……なにも。

 それにあした、料理を教えるって……。約束して――。


「……。ありえん。もしあるとしたら相当な手練れが張っていることになる。それほどのヤツがそばにいれば確実に魔力を感じるはずだしな。……」


 そんな言葉が聞こえた瞬間、俺の脚に激痛が走る。

 震えながら見ると、太ももに青色に光る棒のようなものが刺さっていた。


「……! ぐっ……ああああああ!!」


「……いい加減にしろよ【成れの果て】。どれだけ私を失望させれば気が済むんだ? 楽に死にたければ大人しくしていろ。カスが――」


 冷たい声がかすかに聞こえる。視界もぼんやりとしてきた中……俺は動きが弱まってきたファレイを見て知らず涙がこぼれた。……んなことなら……、だいたい俺は、さいしょから――! アイツの言うことを信じずに、それに今回だって、ひとりで勝手に……! ――そ、くそ、くそ、くそくそくそくそくそっ!!!


 罵声は声に出ず、ただ口をパクパクさせるだけで……涙はあふれ。

 そのさまをさらに哀れんだのか、しゃくさわったのか。

 冷たい足音がこちらに近づいてきた。


「もはや魔術をつかうことすら不快だ。直接この手で首をはねてあの世へ送ってやる。……さらばだ。かつてだれよりも尊敬し、そして唯一愛した男――」


 わずかに震えた声とともに俺は髪の毛をつかまれて、ぼおっと見やるとローシャの暗い表情かおが目に映る。その後ろには眉をひそめたカミヤの顔も……。

 俺はそれで、ようやく死を覚悟し、目を閉じた。


 ――が。


     ◇


「創術者及び執行者はロドリー・ワイツィ。次元を絶て――。リティンクス」


 低く響いた声とともに、「……っ!!」「ぐあああっ!!」と、ふたつの叫び声が耳を突き……。

 その音で俺は目を開ける。

 すると眼前には……。


 右腕を失い硬直するローシャと……。その奥。

 右半身を失い倒れ込むカミヤの姿が映った。


「創術者はバディ・ルーク。執行者はロドリー・ワイツィ。ささやかなる癒しを。……ソティ」


 再びした声とともに、俺の体が紫色に包まれて少しずつ痛みが引いていく。

 そして石垣にめり込んでいたファレイも、同じく紫の光に包まれていて……ほどなく彼女は目を開け自ら地面へ降り立った。


「ごめんなさい。私の力ではこの程度しか無理なのよ。あとは自分で癒して頂戴――」


 三度みたびした声。それから驚いたようにファレイが声のするほうを見ていたが、すぐ倒れ込む俺に気づくと慌てたように、


「……そっ! 創術者はセイラル・マーリィ! 執行者はファレイ・ヴィース! いいい癒しをっ!! ……ミスターリアっ!!」


 と叫び……。俺は銀の光に包まれ、一瞬で体の痛みが消し飛び立ち上がった。

 ファレイは「セ、セイラルさっ…!」と涙目で俺に駆け寄ったが……血まみれな自分に気づき、また慌てて「……~を! ミスターリアっ!」と同じように言い放って血と体の傷をすべて消した。


「も、ももも申し訳ございませんっ!! セイラル様の治療をせぬまま気を奪われるなど……っ!!」


 あたふたおろおろするファレイに、俺は「あ、い、いや! ありがとう……! そ、それよりお前こそ無事で……!」と涙を拭きながら返したのちに、はっとして後ろを向く。

 見るとやはり右腕を失って固まるローシャ、そして右半身がなくなり倒れ込むカミヤ――の二名が映った……が。ふたりとも血は一滴も流しておらず、切断面がはがねの切り口のようにぴかぴか輝いていた。


 俺は唖然として動けぬふたりを見る。だがファレイはまったく別のほうを凝視して……真顔で構えた。俺はそれを見て彼女の視線にならう。すると……。


「……。……えっ?」


 思わずそう漏らして目を見開く。なぜなら、そこには――……。


「……きっ……!! 貴様……!! だれだ!? この術はなんだ!! ……解かないと殺すぞ!!」


 ローシャが、【俺が呆然と見つめる相手】に向かって叫ぶ。

 その、倒れ込み苦悶の表情を浮かべていたカミヤは必死に体を反転させて……【相手】を見た瞬間――。喉の奥から鈍い音を出した。


「お、お前……っ!! なぜこんなところにいる!? ……死んだんじゃなかったのか!!」


「……。死んだ、ということにして人間界こっちに来たのよ。そんな魔術士ものたくさんいるでしょう? ……しかし【目上】に対する口の利き方がなっていないわね。【お嬢ちゃん】も【僕ちゃん】も。こっちは魔力至上主義社会じゃあないんだから。郷に入っては郷に従って欲しいわ――」


 怒鳴るカミヤに淡々と返すのは……女。

 洗いざらしのジーンズに白い襟シャツ、スニーカーというラフな格好をして。

 化粧っ気もまるでなく、髪もいい加減にひとくくりにして。

 黒縁眼鏡はややずれて……。


 そう、【彼女】は……――。


「さて【緑川君】。ちょっと待っててね。コイツらを魔法界あっちへ送り帰したあとに話があるから。そう、それは……――」


 そんなふうに、【初めて】にっこり笑い俺に話しかけてくるのは……。現国担当。

 生徒たちに人気はなく、かといってうとまれもせず。

 同僚の教師を含め、おそらくだれからもどうでもいいと思われている……。

 学年一、【存在感が薄くて有名】な、あの――。


「……君と私と。お互いにとって、とてもとても大事なものだから。……ね」


     ◇


 和井津わいつ先生だったのだ。

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