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第26話 わくわくしないでいられるかよ!


「遅いっ! 遅い遅い遅いっ! ……早くしないと【感触】を忘れちゃうだろうがっ!」


 階段をのぼりきる前に上方の踊り場――屋上手前にある、俺たちの【憩いの場】――から、午後の光を背負い仁王立ちする眼鏡がそう発してくる。

 俺はその意味不明な言葉に眉をひそめつつ、光が落ちるその場へ足を踏み入れて、壁際で漫画雑誌を広げる伊草いぐさの隣に腰をおろした。

 すると、


「おい。きょうは馬鹿に磨きがかかってるみてーだから、お前に任せんぞ」


 そう、うんざりした顔の伊草が俺を見ずに言って、缶コーヒーをひと口すすり雑誌をめくる。

 すでに飯は食べ終えたらしく、そばにはコンビニ袋がちいさく丸めて置かれていた。


 いっぽう【馬鹿】と称された橋花はしはなの手には未開封の栄養調整食品が握られており、どうも飯を後まわしにしてもなにか俺たちに言いたくてたまらないことがある……しかもそれはヤツの興奮冷めやらぬ様子も合わせると面倒くささMAXなことは確定していたので、俺はため息をついた。


「悪い。クラスでちょっとあってさ。……で、なんだよ【感触】とか。あした出かけることと関係あるのか? 言っとくが、ちゃんと分かるように話せよ」


 俺は弁当包みを解きながら橋花へ言葉を投げる。

 すると橋花はぽかんと口を開けて、伊草も顔を上げてこちらを見た。


「【クラスでちょっと?】。……んだそりゃ」


「お前、【クラスぼっち】じゃん。……ひょっとして、なにかやらかしたのか?」


 伊草、橋花と続けて訝る声が飛んできて、俺は自分の失言に気づく。

 ……だよな。俺がお前らの立場でもそう聞くよ。

 だいたい風羽の件はともかく、なんで【アイツ】は俺に……。


 俺はふたりを尻目に、ポケットの中の財布に触れて、その感触に顔をしかめたのち……。

 ついさっきのことを振り返った。


     ◇


「……はぁ、はぁ……って、――このぉ! ……待てって言ってんの!!」


 外にある、東棟への渡り廊下へ入ったときに、後ろから大声がして立ち止まる。

 見ると息を切らした横岸よこぎしが、階段を降りてこちらへ近づいてきていた。


「……じらんない。ふつうそこまで無視する? なんか、あんたのこれまでのことがなんとなく想像できるわ……」


 そう、横岸はよく分からないことを言いながら、階段を降り切ると立ち止まり、一度きっ! と俺をにらみつける。

 まるでこれ以上先へ行かせないために、金縛りの術でもかけるように。

 俺はその術……もとい迫力に気圧されて、やむなく進むのをやめて横岸へ言った。


「だからなんなんだよ。つーか、なんでそんなに息切らしてんの? 追いつこうと思えばすぐに……」


 と、うんざりした顔で俺が言い終わる前に。

 横岸はブレザーのポケットからちいさなケースを取り出し、さらにそこから四角いなにかを抜き取り俺へ突き出した。


「……。なに、これ」


「名刺よ。あんた見たことないわけ? これを取りに戻ったから……きょうは鞄に入れてたから、走って……。だいたいあんたが先先行くから!」


 逆切れしたように「ん!」とさらに突き出す。

 俺は困惑しながらそれを手に取った。

 

 薄水色の紙に、可愛らしいフォントで印字された【横岸明已子よこぎしめいこ】という名前。

 その横にはディフォルメされた、おそらく横岸の顔だろうショートボブ女子のイラスト。

 そして下に携帯番号、インスタ&ツイッターアカウント、ラインのQRコードまで載っていた。

 さいきんのリア充は名刺まで持ち歩いてるのかよ。

 っていうか、なんで……。


「なんでこんなもの、俺に……」


「ライン。いますぐ登録して」


「……はっ?」


「聞こえなかった? それともやり方が分からないとか。じゃあスマホ貸して。私がやるから」


 んっ、ん! とまた手を突き出してくる。

 コ、コイツ……。

 風羽へのときはとうぜんとして、クラスでも人と話すときは、わりと相手の話を聞いてるっぽいのに……。

 もしかしてこっちが【】なのか?


 あまりに一方的な物言いとクラス内での姿との落差に、俺は唖然として、それから思わずぼそりと言った。


「あんたとはアドレス交換しねえ……」


「……えっ?」


「あんたは【面倒くさいにおい】がする。お近づきになりたくねえ」


 そう言って名刺を返し、背中を向けるとまたすたすた歩き出した。……が。

 すぐに追いかけてきてまわり込んだ横岸が、道をふさぐと真っ赤な顔でまくし立てた。


「ふっ……ふふふざけんなっ!! あんたどんだけ失礼なのっ!? そもそもさいしょから……――!! ……ふっ!! 風羽さんと比べてるのかっ!!」


「はあ!? な、なに言ってんだあんた!」


 俺は大口を開けて言い返す。

 コイツが俺たちの【関係】を知ってるわけがないのだが……。

 いきなり風羽の名前が出てきたので動揺して口走ってしまった。


 しかし、そんな俺の胸中とは見当違いの方向で……。

 横岸は俺に詰め寄り怒鳴った。


「そう……。風羽さんを【お前】とか言ってる【ご身分】だもんね! そりゃ私なんかと【お近づき】になる必要なんてないわ! けどそうはいかないんだから……。あんた、一週間以内に私の【友達】になってもらうから! ――覚悟しておけっ!!」


 言い終わるや否や横岸は、俺の学ランの胸ポケットに名刺を突っ込み、きびすを返すと猛スピードで渡り廊下を戻っていった。

 ……。

 や、やっぱり【面倒くさい女】じゃねえか……。

 絶対に関わり合いになりたくねえ――。

 名刺コイツ……はあした、塩田しおたにでも頼んで返しておいてもらおう。……うん。


 俺は胸ポケットからそっと名刺を取り出して、さらに要らぬ怒りを買わないよう、折り目をつけないように財布へしまい……。

 おおきく息をはくと、渡り廊下を駆け出した。


     ◇


「おいコラ。なにぼーっとしてんだよ。……マジでなんかあったのか」


 伊草の心配そうな声と、橋花の真顔をとらえてはっとする。

 そして、「あっ! あー……っ」と漏らして頭をかき、十秒ほどでごまかしの言葉を考え指を立てつつ言った。


「……い、いやほら! 例によって風羽ふわにさ。お近づきになりたい連中がわらわらと。きょうはとくにそれがひどくて巻き込まれたんだ」


「……そっか。それじゃあ大変だったろうなあ。……しっかしアイツって相変わらず人気あるんだなー」


 橋花が遠い国の出来事のように言ったあと、伊草は、


「んだよびっくりさせんな。……ってか、【人気ぼっち】の騒動に巻き込まれる【不人気ぼっち】って。……ぶっ」


 と、噴き出し、橋花まで釣られたように笑う。

 と、とりあえずごまかせたようで安心したが……。その【不人気ぼっち】には自分自身も含まれるってことを分かってんだろうなコイツら。……あと、やっぱり風羽に関心がないんだな。

 俺は、急に【俺のぼっちネタ】で盛り上がり始める、【自分のことは棚に上げコンビ】のふたりを見ながらふと去年のことを思い出す。


     ◇


 俺たち三人は一年のとき同じクラスで、そこには風羽もいたわけなのだが、この伊草と橋花はほかの生徒たちと違い風羽に関して興味を示さない珍しい人種だった。


 当時何名かいた、【表面上興味なさ気にしていてもその実そうでなかったりする者】とは違い、ふたりはほんとうに風羽へ関心がなかった。せいぜい「美人だなー」とか「モデルみてーだな」とかそのくらいで。言動に風羽を意識するものはなく、俺も内心不思議に思っていた。


 ちなみにヤツらは女子に興味がないわけではなく、美人も可愛い子もふつうに好きである。

 なのでしいて理由らしい理由を挙げるなら……。

 伊草は昔から超絶強面こわもてで避けられているせいか、【女神のごとくすべてを包み込んでくれて、かつほんわか癒やし系の天使女子】が好みであることと、橋花は二次オタなのでまずいちばんに二次元女子、次にそれを演じる声優、そして最後に身近な女子となるわけだが、こちらも過去よりイケメンな自分の見た目に寄ってきては中身のオタク性にどん引きしていく女子をたくさん見てきた経験から、どの次元であってもとにかく【天使のようにすべてを肯定してくれて、かつ清純高潔な精神を備えた女神女子】を求めていた。


 以前、互いにその好みを語り合ったときには【……ゆ、夢見夢太郎ゆめみゆめたろうかよ】【オタクの妄想マジきめえ……】と同時にどん引きして大喧嘩が始まり、けっきょく俺が「天使も女神もシャイコぉ―!(裏声)」と必死に叫び無理やりほこを収めさせることとなる。

 自分のことは分からないものなのか、微妙に方向性は違えどもこのふたり、やはりほかのことと同じく女子に関しても本質的には好みが似通っていたのだ。まあ俺も、天使や女神とまで言わなくてもそういう女の子は好きだしな。


 ……とまあこんな感じで、要するに超絶美人といえど【ガラスのバラ】【ポーカーフェイス・ビューティ】などと呼ばれ、近寄りがたい孤高の雰囲気を放つ風羽という存在はヤツらにとって憧れでもなんでもなく、どちらかというと【遠巻きから眺められる】という立ち位置にシンパシーを感じる【お仲間】意識のほうが強いのではないかと推測している。風羽の場合は望めばそうなくなるといえど、いちおう【ぼっち】という点でも。


 ちなみに俺も当時「すげえ美人だなぁ……」とひと目見たときから思っていたが、あまりにも自分と属する世界が違いすぎて、すぐに【テレビの向こう側の人】という感じで気持ちの処理をしていた。なので関心がないといえばそうだったかもしれない。さすがに隣の席になったときは緊張したが……。


 しかしその後、【そんなレベルではない話を、関わりを】風羽本人から聞かされた現在いまとなっては……。彼女は【無関心でいることなど許されない】存在となっている。……が、そんなことは、その理由は――だれにも言えるわけがない。

 たとえ友達ダチであっても。……いや。【友達ダチだからこそ】、すいちゃんと同じく――。


 ……決して、関わらせてはならないから。


     ◇


 俺は、いつの間にか別の話題に移行して盛り上がるふたりへ弁当箱を叩き存在をアピール。そしてカボチャの煮物へハシを突き刺して、それを差し向けながら言った。


「……おい、【感触】。忘れてもいいのかよ。時間は無限じゃないんだぞ」


「――おおっ! そうだったそうだった……そう! あれ! マジだったんだよやっぱり!!」


 輪をかけて意味不明な言葉を発した橋花は俺を指差しつつ目の前に着席、それから唾を飲み込むとおおきく息をはいて続けた。


「きのう言った【夢】。あれはマジもんだったことが判明した。……また見たんだよ」


 顔を近づけて真顔になる橋花。

 ……遊びの話じゃなくてそっちかよ!

 道理で俺に任せるわけだ……。


 俺は肩を落として隣の伊草を見やる。

 ヤツはさっきまでの明るい表情かおが消えて、またうんざりした様子に戻り雑誌をめくり始めていた。

 

「三時間目にな、えーっと、あのあれ……現国の……――和井津わいつ! ……の授業のときに寝ちゃってさ。で、そのときに見た【夢】にきのう話した【アイツ】がまた出てきて……。もーびっくりして飛び起きた!」


 俺たちのテンションと真逆の熱っぽさで橋花はまくし立てる。

 伊草は我関せずとページをめくり続けているので、やむなく俺が返事をした。


「アイツってのは……。【ソーシャ・ウルクワス】のことか」


「そう! ……おっ、フルネームとはやるねえ。お前も案外、興味あったんじゃんかよぅ」


 と、にやにやしながら指でつついてくる。

 俺は舌打ちしたのちそれをデコピン的に弾き、下唇をかんで思い起こす。


【ソーシャ・ウルクワス】。

 そして――【夢】。


 前者は橋花の好きなアニメ作品、『追憶ついおく~光と彼方へ~』――通称、ヒカカナ――の登場人物である魔術士の少女で、後者は将来の目標のほうではなく、いまヤツが話したように【寝るときに見る夢】のことである。


 数日前の金曜日に、要はくだんのアニメキャラが橋花の夢に出てきたという話なのだが、聞くところによるとその姿はアニメーションの【絵】ではなく、じっさいの人間とおなじような姿――現実にいたらこういう感じだろうなという――をしていたというのだ。


 橋花はアニメ好きのオタクだし、先の作品は繰り返し見ているものだからそういう夢を見ることもあるんじゃないの……というのが伊草や俺の意見だったが、その【リアルソーシャ】は夢の中で作品とはなんの関係もない話をした上、まるで生きているように真に迫っていたということで……。橋花的にはどうもそんな単純な話では済ませられないようだった。

 そして夢の中で【どこかへ行こうとしていた】というソーシャの態度・彼女の話した内容から、橋花はこの奇妙な夢をこれから起こりうる、なんらかのことを示唆した――。


【予知夢】ではないかと。そう俺たちへ話していた。


     ◇


「……。【また】出てきたっていうのは……。やっぱり【絵】じゃなくて【リアルの姿】だったのか?」


 俺はぽつりと橋花へ尋ねた。

 橋花は、「――……! そーそーっ! これを見てくれ!」と慌てて持っていた小箱めしを置き、スマホを取り出すとちょいちょい操作して俺へ見せる。

 そこには氷のようにクールな表情かおをして窓辺にたたずむ、外国人の少女が映っていた。

 モデルかなにかだろうか。ものすごい美少女だ。


「さすがに二回目だからさ、見た目もけっこうはっきり覚えてて。すぐに似た感じの子はいないかなって検索したんだよ。……で、造作とか表情がいちばん近いかなーってのがこの子」


 服装はソーシャのようにファンタジックでもなく髪型も違うが、小柄で華奢、白い肌に金髪碧眼へきがんという点とこの表情かおは、確かに【リアルソーシャ】っぽい。いつの間にか伊草も首を伸ばしてのぞき込んでいた。


「いくら美人でも、俺ぁ冷たい女はヤダね。夢でもゴメンだ」


 伊草は興味なさげに手を振り、また漫画の世界へ戻る。

 橋花は「俺だってユーシィみたく超女神・大天使が好みだよ! だからな・お・さ・ら! こういう【俺の世界とは関係のないものがくっきり夢に出てきたこと】がおかしいってこと!」とさらにスマホを突きつけた。


「俺はソーシャのことは嫌いだし、嫌いだからそれのコスプレ画像も検索したりしないし、そもそも【リアル化】なんて想像したことすらない。きのうも言ったけど、まだアニメの絵やセリフが出てくるならそれは【俺の世界】の一部が反映されたものだろうが、そうじゃないんだからこれはやっぱり【ふつうじゃない】。……そう思うんだよ」


 橋花の表情かおは再び真顔になっていた。

 俺は横目で伊草を見る。

 伊草はため息をついたあと、耳をほじりつつ、


「……んで。きょうはどんな【お告げ】があったんだよ」


 と、淡々と言う。

 態度としては不真面目だったが、その声は決してからかうような調子ではない。

 橋花もそれを感じ取ったのか、スマホを引っ込め、怒ることなくしずかに答えた。


「とくにきょうは、なにも言ってなかったんだけど……【怒ってた】。それと【近かった】。金曜のときは、少し俺から離れてたんだけど。今回は目の前にいて……。しかも俺の視界を覆い尽くす感じで迫ってきたところで目が覚めた」


「……それが予知夢だったらヤベーだろ」


 今度は伊草が真顔になる。

 俺も唾を飲み込んだ。


「ソーシャがどうこうってか、んな連載漫画みたいな続きもんの夢を見るなんてめったにねーし。しかも内容は訳分かんねー感じで抽象的だが【現れ方】は具体的ときてる。お前が精神的になんか抱え込んでんじゃなきゃ、それこそ【お告げ】だろうよ。……どう考えても、よくねー方向性のな」


【予知夢】という言葉を、ほぼ肯定した上での見解を伊草ははき出した。

 いままで一笑に付していた伊草がそのような態度を見せたことで、俺の心臓の辺りがざわめく。


 伊草は漫画好きだし女子の好みも理想が強いものの、その思考やまなざしは極めて現実に即している。

 俺たち三人の中では最も冷静にことを見て、対処も現実的だ。

 だからこそ現実離れした思考、突飛な行動をしがちな橋花と喧嘩になりやすいのだが……。いま、その伊草が橋花の【空想的な話】になんらかの【現実】を見いだしたことで、いよいよ橋花の顔が真剣みを帯びてきた。


「……俺は平常運転。なんも抱え込んでない。やっぱりこれは【予知夢】だと思う」


 橋花がはっきり言った。

 伊草は眉間にしわを寄せて、真っ赤な頭をぼりぼりかいたあと俺へ顔を向ける。

 次はお前の仕事だぞと言わんばかりに。

 それで俺は、どうしたものかと橋花の顔を見つめるが……。

 ヤツは真顔ではあるものの不安げな様子がいっさいなく、むしろ目がきらきらと輝いているふうでもあった。


「……なんかわくわくしてるようにも見えるんだけど。お前、怖くないのか」


 俺は訝しげに言った。すると橋花は、


「おうよ! これがわくわくしないでいられるかって……え? 怖い? ……なんで」


 などと言い出し俺と伊草はずっこけた。


「……おいボケ! てめーは妙な夢に不安になって俺たちに【相談】しにきたんじゃなかったのか!? んだその態度はっ!」


 ブチ切れた伊草が、漫画雑誌を叩きつけて怒鳴る。

 心配していた相手がけろりとしていたのだから無理もない。

 橋花はそんな伊草を制するように続けた。


「待て待て。【相談】だなんて一度でも俺が言ったか? さいしょから【報告】だよこれは。まー確かに、きのうはほんのちょっと不安があった。お前の言う通り訳の分からない夢だしさ。でもきょうは違う。ってかたったいま、伊草おまえの言葉を聞いて確信した! これは予知夢であり……――そして、俺の仮説は正しかったと!」


 拳を握り、感極まった表情かおをする橋花。

【やべーだろ】【よくねー方向性】などという友達ダチの言葉は聞こえていなかったのか。

 どうもそれ以外の部分でなにかを見出したようだった。


 いっぽうそんな橋花を見た伊草は舌打ちしたのち、叩きつけた漫画雑誌を引き寄せて枕にし寝っ転がる。いつもの、橋花が本格的な演説状態に入ったときの【完全観客スルーモード】だ。

 ただ今回の場合は、橋花の様子を見て安心してそうなったという面もあり、純粋なそれではなかったが……。

 ともかく【おまえに任せた】状態なのはいっしょなので、やむなく、ひとりで盛り上がる橋花へ尋ねた。


「……いちおうだが。その【仮説】ってのはなんだよ。今回のけんとどう関係するんだ」


「……よくぞ聞いてくれた」


 と、どこの強キャラだよというふうに腕組みしてにやりと笑う橋花。

 それで隣の伊草が寝たまま「やっぱ面倒くせえことが始まりやがった……」と漏らす。

 ……きょうは面倒くさいデーとでも名付けるか。うん。


 橋花は伊草の悪口ひとりごとが耳に入ってもいっこうに気にせず、むしろ余裕の笑みを上乗せする。

 そして、そのあと急に真顔になると、言った。


「いいかお前ら。今回の【予知夢】は、【お告げ】は――。その【リアルソーシャ】が示唆している詳細はまだ分からんが、ともかく……。【絵】ではない生身でわざわざ出てきたことを始めとして、この明らかにふつうじゃない夢そのものが、ヤツが【いる】ってことを表しているものだと俺は思っているんだよ」


 俺は眉をひそめた。

 寝転がる伊草も目を開けていた。


「いる……って。なに。まさか、【現実にいる】――とかいう意味じゃないだろうな」 


「ああそうだ」


 俺の問いかけに、こともなげに橋花は首肯する。

 いや、【ああそうだ】じゃねえだろ!

 な、なにを言い出すんだコイツは……。


 さすがに、あまりにも突拍子のない言葉に俺はたしなめようと口を開く。

 が、その口が音を発するよりも……。

 同じような気持ちになっただろう伊草が【完全観客スルーモード】を強制解除して起き上がるよりも速く、堂々と橋花は――、


「【物語に登場する虚構人物キャラクターは、人の想いの表れなんかじゃない。どこかの現実にいる者を作者がキャッチして、物語のキャラクターとして表したに過ぎない】。……という仮説を俺は持っている。で、この夢はそれを裏づけるもの、現実の片鱗だと俺は推測しているんだ。……だからソーシャはどこかにいる! 俺の女神のユーシィもいる!! そしてきっと――……」


 と、まくし立て、最後に……――、


「俺が憧れた【魔術士】も、絵空事なんかじゃなくて【存在る】んだと!! ……これがわくわくしないでいられるかよ! 伊草! 緑川!」


 ……そう、きらきらした目で言い放った。

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