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第20話 ……それと、ありがとうな


――……い。……――おい――


〈……。……んだ。なにかいま、声が……〉


――そこをどけ。なぜ人間がここにいる――


〈……。……なに?〉


――……いや。ここはすでに――。……いったいアイツは……。なぜ――――


〈お前、だれだ? アイツってだれのことだ。俺になんの〉


――……。濁った池の中を、岸からのぞいたとろこで、なにも分からぬか――


〈無視すんなよ! 電波の星の電波子でんぱこちゃんか? ……だいたいなんだ、その格好……、――?〉


――やはり行くしかあるまい。汚らわしいが、それ以上に不愉快が過ぎる――


〈っ! ちょっ、ちょっと待て! お前、もしか……、――おい!!〉


     ◇


「……っていう感じで。気がついたらユーシィの顔が目に映って。……ああ、夢か。と」


「……さっぱり分からん。……なにがどうだって?」


 俺は眉をひそめて頭をかく。

 隣の伊草いぐさは、舌を鳴らしながら、訝しげにしばたたき、


「つーかユーシィ? ってアニメのキャラじゃねーのか。お前がよく喋ってる。……起きてすぐ目に入るって、枕元にフィギュアでも置いてんのかよ」


 と、口をゆがめる。

 すると語り部のイケメン眼鏡は、指を立てて返した。


「それももちろん置いてある。が、目に映ったってのは、ベッドの上、天井のポスターのことな。高かったんだぞ~?」


 うなずき、そのままグッズの適正価格とはどうあるべきか、などと語り始めたので、俺はすかさず制したのち、言った。


「……いまの話だと、お前が夢の中で、変なヤツと変な会話……というより、会話になってないやり取りをしたってことしか分からないんだが」


「まあ、ありていに言えばそれだけだ。起きてすぐは、引っかかってたが、すぐに忘れたし」


 俺は口を開ける。

 伊草も同じようだった。


「……おいコラ。むちゃくちゃつまんねーぞ。値打ちつけてなんだそりゃ? 予知夢でもなんでもねーし! ……コーヒー代どころの話じゃねーだろが!」


 伊草は座ったまま、正面であぐらをかく橋花はしはなに軽く蹴りを入れ始める。

 橋花は、その蹴りが5発を超えたとろこで、伊草の足をでかい手で横へはたき、それでまた怒り出した伊草を、「焦るな。まだ途中なんだから」と大人然とたしなめて、続けた。


「夢のことって、起きた直後はけっこう覚えてるけど、時間が経つと、基本、薄れていくよな。……いま話したとおり、俺も忘れてたし。だけど日曜に、思い出したんだよ。……しかも、ものすごいことに気づいた」


 橋花は、スマホを取り出し、すばやくいじると、俺たちへ画面を見せる。

 そこには、見覚えのあるアニメの予告動画が流れていた。


「……これって、お前のお気に入りのヤツだったよな」


 俺が漏らすと、橋花はちっちっちっ、と指を振り、「そんな軽い言葉で語ってもらっちゃ困る」などとドヤ顔で言い始めたので、俺は伊草とうなずき合ってヤツのでかい体を締め始める。


「いたたたあたたたあた! やめろ猿ども! ……要す・る・に! この、【ヒカカナ】の登場人物キャラクターだったんだよ! その夢に出てきたヤツってのが!!」


 俺たちは、同時に手を放す。

 橋花は反動で廊下に頭から突っ込んだ。


「……アニメのキャラがお前の夢に? それって……」


「アニメの見過ぎってだけだろーが。やっぱつまんねー! ……まあ、落ちがあるだけマシか」


 ふたりでため息をつき、それぞれスマホを取り出し雑談に興じようとすると、打ちつけたひたいを半泣きで押さえた橋花が、俺たちのスマホを奪い取り、床へ置くと叫んだ。


「……んな単純な話じゃない!! ……いいか? 出てきたとき、ソイツは【生身なまみ】だったんだよ! アニメの絵じゃなくて! 俺たちと同じような姿をしてた!」


 両手を広げて、唾を飛ばす。

 俺たちは顔を見合わせて、そのあと橋花へ視線を向けた。


「……。じっさいの、人間だったってことか?」


 俺の問いに、橋花はおおきくうなずいた。

 すると伊草が間を置かず、「はあ?」とはき捨て、鼻で笑う。


「ただのコスプレねーちゃんじゃねーか。お前、寝る前にそういうのネットで見てたんじゃねーのか」


「見るわけないだろ! 絶対天使にして完全女神のユーシィのならともかく!! まあそれも、いろいろ見たけどろくなのがな……――違うっ!! ソイツは、その夢に出てきたのは、俺の嫌いなキャラの【生身バージョン】だったんだよ!!」


 橋花は、またスマホを操作して、俺たちに画面を見せた。

 それは、『ヒカカナ』――橋花がそう呼ぶ、二年前にテレビ放送されたアニメ――『追憶ついおく~光と彼方へ~』の公式HPで……。

 開かれたページには、長い金髪を三つ編みでひとつにした、碧眼へきがんの、小柄な少女の絵があった。


 名前は、ソーシャ・ウルクワス。

 控えめな胸がみえそうなほどの、襟ぐりのひろい白のトップスと、ひらひらの白スカート、白ブーツ。

 そんな白装束と対称的に、羽織るマントは漆黒しっこくで、手にはおおきな鎌をたずさえている。

 没落貴族の魔術士とあった。


「見ろ! このいかにもなデザインを! 子供だましって言葉があるけどさ、これは【オタクだまし】なキャラなんだ、中身も外見そとみも! ツンデレで、ちょろくて、『勘違いするな。お前のことなどどうでもいい。これはワタシのためでもあるんだ』とか言いながら味方し……うぎーっ!!」


 ひとりでまくし立て、ひとりで発狂し始めた上に勢いで伊草の頭を殴ったため、「……このキモオタ野郎!!」と伊草が激高、殴り返し喧嘩が勃発、慌てて止めに入った俺がぶっ飛ばされのたうちまわり……。話が再開したのは、5分後のことだった。


「……っててて。くそ……。……それで、なんだよ? その、ソーシャのそっくりさんが夢に出てきたからってさ。ソイツが出てるアニメ自体、お前は繰り返し見てんだろ? 嫌いなキャラったって、印象に残って夢に出ることもあるだろうよ」


 俺が、痛むアゴをさすりつつ、言った。

 橋花は、同じように頬をさすりながら、かぶりを振った。


「アニメの映像、ワンシーンが出てきた、そこに俺が混ざった感じ? そういうのなら、いままでも見たことあるし、とくになんとも思わない。……問題は、話してたのが、作品と関係のない内容だったこと、生身の人間の姿をしていたことと、そういう見た目だけじゃなくて、中身も、【リアル】だったからさ。……気になってんだよ」


 橋花の声が低くなる。

 伊草は唇をかんだあと、舌打ちした。


「リアルってなんだよ。マジもんの人間っぽかったってことか?」


「そうだ。もしソーシャが現実にいたら、こういう感じだろうなって。……だから俺には、ただの夢とは思えなくなった。……そのくらい、しんに迫ってたんだ」


 橋花は、目を落とした。

 伊草は、その様子を不機嫌そうに見ていたが、やがて、床のスマホが鳴ったために拾い上げる。

 そして、「店長からだ。悪ぃ」と言って、屋上へ出て行った。


 俺は、伊草と同じように、床のスマホを拾い上げ、しかしいじらず、ポケットにしまう。

 それから、じっとサーシャのを見つめる橋花に、声をかける。


「……予知夢、ってのは? どういうところでそう思ったんだ」


「……。アイツは、どこかへ行こうとしていた。その様子が、これからのこと、っていう感じでさ。……だからソーシャアイツが現実に出てくるかどうかは知んないけど、なにかを示唆しさしてんじゃないかな……って。そう思ったんだ」


 橋花は、おおきく息をはいた。

 俺は、ヤツのスマホに移る金髪碧眼の少女を、ぼんやり見つめていたが、ほどなく頭上で鈍い音が鳴って、光が落ちてくる。

 伊草が、影を伸ばしながら早足で階段をおり、こちらへ戻ってくると、言った。


「なんか木曜のバイトがなしになったわ。つーことで、その日、どっか行かねえか? 久々に」


「……俺は別に予定ないから、いいけど」


 俺は、そう返して、隣を見る。

 橋花は、スマホを拾い上げ、いくらかいじったあと、言った。


「木曜って……、あさってか。その日は積みゲーを消化する予定が。……それに金も」


 次の瞬間、伊草は橋花の頭をばしこーん! と平手で殴り、「……っ、なにすんだよ!!」と怒鳴り返した橋花からスマホを奪い取り、俺へ投げた。


「ぐたぐたぐたぐた言ってんじゃねーよアニメ野郎!! んなことだから、しょーもない夢とか見るんじゃねーか! きのう日曜にユーシィだかソーシィだかのグッズ買う予定とか言ってたろ? それ前倒しにして木曜にしろ! そしたら特別出血大サービスで付き合ってやんよ! 今回限りな!!」


「え!? マジで!!? どういう風の吹きまわしだよ……。ひょっとして本物の伊草はまだ屋上にいて、お前は偽の」


「いい加減にしろアニメ脳が!! 行くのか!? 行かないのか!? ――どっちだ!!」


「行く! 行く行く行くよ!! いや~とうとうお前もユーシィの素晴らしさが分かるように!! 長い間折伏しゃくぶくし続けてきたかいがあったってものだよ!!」


 嬉々として、伊草の背中をばんばん叩き、それで、「なにが折伏だ、馬鹿力が! ……言っとくけど、俺はオタクにはなんねーぞ!!」とヤツが払いのけるも、橋花が、「なーに言ってんだよ漫画の真似して染めたくせに! こーの隠れオタクちゃ・ん・が」と伊草の赤髪をわしゃわしゃし始めたので、果たして、「俺様の崇高な信念ポリシーに基づく行為をてめーのオタかつといっしょにすんじゃねええええ!!!」とキレた伊草と再び争いが始まり、おかげでまた、俺があちこちに打撃をくらいながら止めに入るはめとなった……。


     ◇


「……んじゃ、木曜のことは、あしたの昼休みに話すとするか。緑川みどりかわ。ちゃんと来いよ。……橋花おまえはむしろ来んな。話が進まねえ」


 伊草が、首をさすりながら、俺に念押しし、橋花に蹴りを入れる。

 橋花は、「はあ!? 俺が主役のイベントの話なのに来ないわけないだろ!!」と真顔で反論する。

 それをうざそうにあしらう伊草と、うるさい橋花を見ながら、俺は息をはいて言った。


「……いちおう、万が一のことだけど。もし行けない場合は連絡するから。その埋め合わせも今度する」


 その言葉に、伊草と橋花は言い争いをやめ、ぽかんと口を開けてこちらを見た。


「……。お前、どうしたんだ? んなこといままで一度も言わなかったじゃねーか。月曜きのうの昼も用事があるとかで来なかったしよ。……さいきん、なんかあるのか」


 伊草が、怪訝そうな顔でつぶやく。

 俺は、慌ててかぶりを振った。


「な、なにもねえよ! 橋花が楽しみにしてそうだから、行けなかったら悪いなって、それだけだ!」


「なっ!! お、俺は別に楽しみになんかしてないし~!? 伊草コイツが言うから仕方なーく付き合ってやるだけだし~!?」


「はあ!? んだとコラ!! いったいだれのために貴重な休みを空けてやったと思ってんだこのボケナス眼鏡が!!」


「だ~れがボケナスだ!! 前々から、俺はナスがこの世でい・ち・ば・ん嫌いだって言ってんだろうが!! せめて別の例えにしろ!!」


 飽きることなくぎゃんぎゃん言い合いが始まったので、さすがに仏のせいとうたわれる俺も限界突破、ふたりの頭をつかんで額をぶつけて涙目にさせ、強制的に終わらせた。

 ……コイツら、前世で敵国同士だったんじゃないだろうな。だとしたら、現世で引き合わせた神様の計らいは、……分からん。


「と・も・か・く! そういうことだから! ……たぶんなにもないし、行けると思うから安心しろ! 以上!」


 そう言って、弁当包みとステンレスボトルを拾い上げ、階段をおり始める。

 ぶつぶつ言いながら、ふたりもそれにならい、俺たちは憩いの場を後にする。


「ったくよ……。人情の機微きびうといヤツは……。……んなことだから悪夢とか見るはめになんだよ」


 伊草が、横目で隣の橋花を睨みつける。

 すると橋花は、「……疎くないし。ちゃんと分かって言わないだ……っていうかな! 悪夢じゃないって! そう言っただろ?」と伊草を指差した。


「……はあ? お前の嫌いなキャラが出てきて、訳分かんねーこと言って混乱させたんだろ? じゅうぶん悪夢じゃねーか」


 ため息をつく伊草に、橋花は、「……確かにソーシャアイツは嫌いだけど、悪い夢では決してないよ。いい夢っていうのも、ちょっと違うんだが」と手を振った。


「……好きな作品だから、夢に出てきて嬉しかった、とかか」


 俺が言うと、橋花は、


「まあ、そんなようなことだ。この話は長くなるから、またのお楽しみってことで! あ~どの店まわろうかな~! 隣の県に行ってもいいなあ観光がてら!」


 と、にこにこ話し出す。

 それに伊草が、「馬鹿かお前! 土日と勘違いしてんのか? 放課後にそんな足伸ばせるわけねーだろうが!」と突っ込みを入れるが、「泊まりで、次の日帰ってくればいいじゃん。あ、野宿してみないか? 俺テント持ってるし」と、きらきら顔。

「……それはちょっと面白れーな。晩に電話しろ。……つーかお前、金は? 言っとくが貸さねーぞ」と言う伊草に、「……任せろ! そんなときのための、貯金だ!」と親指を立てる橋花。俺はそんなふたりを苦笑しながら見ていたが、すぐ双方から襟首をつかまれて、話に引っ張り込まれることとなった。


     ◇


 そして、午後の授業は、昼の疲れか、ほぼ寝て過ごしてしまい……。気がつくと放課後、教室にはすでにだれもおらず、ぽつんとひとりで、席に座っていた。

 机の横には、ほうきとちりとりが置かれてあった。

 ……きょう、掃除当番だったか。


 声をかけられたのに気づかなかったのか、無言で置かれたのか。

 ……どのみち、寂しい話だよなあ。


 俺は立ち上がり、黒の帆布はんぷ鞄をひっかけて、掃除道具を両手に持ち、教室を出る。

 それから廊下を進んで、角を曲がると、開けた場所に出る。

 この階の生徒が使う、手洗い場だ。


 面した広いベランダからは、光が差し込み、並ぶ銀色の蛇口や、濡れそぼった石造りの流し台、赤色の床を照らしていた。

 こういう、生徒が共同利用する場所は、階のクラスが持ちまわりで掃除していた。


 担当するのは、おおむねひとりかふたり。

 掃除といっても、基本、はくだけで、あとはちょっとベランダのゴミを拾ったり、床にこぼれた水をく程度だからな。

 ちゃっちゃと終わらせるか。


 俺はちりとりをベランダ寄りのすみに置き、そこを起点としてゴミをはいてゆく。

 影が俺にぴったりとついて、同じようにはいていた。


 遠くから、運動部のかけ声と、楽器の音が聞こえる。

 たまに、雑談しながら通り過ぎる生徒の姿も目に入る。

 文化部の生徒たちだ。先生はあまりここは通らない。

 職員室は、ひとつ上の階だからな。


 そうして、だれに邪魔されることもなく、せかされず、スムーズにゴミを集めることができ……。

 俺はちりとりの3分の1程度をうめたほこりや紙くずを、さいしょにちりとりを置いていた、手洗い場の隅にあるゴミ箱へ、コン、コン、と音を立てて捨てた。

 ……と、そのとき。携帯が鳴った。


「……。……?」


 取り出し、見ると、【ファレイ】の文字が映っている。

 ……なんだ?

 そういえば、かかってきたのは、はじめてだったか……。


 俺は、周囲に人がいないのを確認したあと、ベランダに出る。

 そして、やや緊張して電話に出た。


「……はい。俺だけど。……どうした?」


《恐れ入ります、セイラル様。……いま、お時間大丈夫でしょうか》


 相変わらずの硬い言葉遣いに、俺はため息をつきつつ、返す。


「ああ。いま、掃除してたところで……、もう終わったから」


《……、あ、あの……。授業のあと、できればお声をおかけしたかったのですけれど……。言いつけがありましたので、そちらを優先いたしまして……》


 もごもごと、声が聞こえてきた。

 ……寝てたところとか、掃除道具を置かれたところとか。見てたんだな。


「いや、いや。起きれたから。悪いな、気を遣わせて。……これからもそれで頼むよ」


 そう言うと、《わ、分かりました。ではそのように》と、かしこまった声が耳に響いた。


     ◇


 セイラル(名字不明)と、ファレイ・ヴィース。

 緑川晴おれと、風羽怜花ふわれいか


 前者の組は、異世界の魔法界において、互いに魔術士、そしてあるじと従者の関係にあり……。

 後者の組は、この人間界においては、ともにただの人間、クラスメイトで、隣の席同士だった。

 ……いちおう、それぞれ同一人物ということになっている。

 無論、だれにもそんなことは話していないし、これから話す予定もない。


 金曜に、そうした魔術士だの魔法界だの主だの……頭がかち割られるような話を聞いてから、混乱したり激高したり、いろいろあったものの、結果的に俺はそれを受け入れることにした。……が、日常生活を不穏にさらしたくないことから、ファレイ――こちらの世界では風羽、この学校における皆の憧れ、高嶺たかねの花氏――には、俺のことを人前で主として接すること以前に、話しかけることもやめてもらい、まったく関わりのない人間として振る舞ってもらうように頼んだ。


 で、風羽は、それを了承し、用事があるときは携帯で連絡を取ることを受け入れた。

 ……なので今回の電話は、その【用事】ということなのだろう。


 まさか《帰りにバーガーショップ寄ってかなーい?》なんて話なわけがないし。

 ゆえに、緊張するのも、高嶺の花からの電話、ということも多少ないではないが……至極当然といったところだった。


「……えーっと。……それで用件は?」


 俺は唾を飲み込んでから、尋ねた。

 すると、少しだけ間を置いて、淡々とした声が返ってくる。


《実は、お渡ししたいものがございまして……。本日、このあとお時間がおありでしたら、会っていただくわけには参りませんでしょうか》


 渡したいもの……。

 さいしょのときみたいに、下駄箱に入れとくとか……。あるいは机の中に入れとくとか。そういうのができないようなものなんだな。

 なら、早めに確かめたほうがよさそうだ。

 ……つーか気になって眠れないし。


「……。いいよ。いま、俺は校内の2階だけど。……あんたはどこにいるの」


《校門前に生えている、桜の樹のかげひそんでおります》


「……ぶっ! 樹の陰に潜むってなんだよ! ……って、ああそうか」


 思わず噴き出したが……そうだよな。

 学校の隠れアイドルみたいなヤツなんだから、校門前になんて突っ立ってたら、何人に話しかけられるか。……俺だったら、裸踊りでもしてない限り、全スルーされる自信あるけどな。


 風羽は、俺が察したことに気づかなかったのか、《あ、あのあの……! 樹の陰と言いますのは、さまざまな事情がありまして……! ま、また場所に関しては別のところでもよかったのですけれど、セイラル様のおられる場所に近すぎると関係を察せられる危険があり、逆に遠すぎると、セイラル様がご希望なさる場所へ参る際に時間がかかってお待たせする可能性があると思い、結果――! 複数の地点を検討した末の決断で……!!》等々、猛烈な勢いで弁明し出したので、俺は慌てて、「分かった! 分かってるから!! 噴き出してすまん!!」と謝った。……それでまた、《……!? セ、セイラル様が謝られることなど!!》と始まったので、俺は強制的に打ち切るよう、言葉を挟んだ。


「……と、ところで自転車か!? 俺はそうなんだけどさ!!」


《えっ? あ、は、はい! いま、そばに止めております》


「そっか……。じゃあ、また自転車置き場に戻してもらうのもあれだし、外のどこか……。ふたり並んで行くわけにもいかないから、別々になるけど。……どこにしようか」


 俺と風羽は、関わりのない立場ということになっていて、できればそれを続けたいので、人目に……なにより同じ学校の生徒たちの目には、つきたくない。

 しかしいまの時間、学校周辺に帰宅部の生徒たちはわんさかいる。

 気にしないのなら、校門のすぐそばに児童公園があるし、坂を下って駅前に出れば、いくらでも店はある。

 ……それこそ、『ラ・ヴーム』とか。

 それは、伊草や橋花とよく行くバーガーショップで、値段も手頃、長時間いても文句も言われず、……とくに二階席が、日当たりもよくて話しやすく気に入っている店だ。

 まあ、うちの生徒のたまり場みたいなとこだから、絶対無理だけど。

 ……やっぱ外じゃなくて、この前みたいに、東棟の旧美術室にしたほうが無難か。


《あ、あの。もし、とくにご希望がないのであれば、私のほうで、学校の近くで、人目につかず、お話しできる場所を、ご用意できるのですが……》


「……えっ?」


 とつぜんの提言ていげんに、俺は間の抜けた声を出す。

 それで風羽はすぐに、《あ、も、もちろん無理にでは! セイラル様のご都合のよい場所があれば、従いますので!!》と、言い出したので、俺は苦笑しつつ、


「いや、いや。ない。……だから助かるよ。……どこ?」


 そう尋ねる。

 すると、しずかな声で、風羽は、


《駅前の『ラ・ヴーム』というバーガーショップです》


 ……と、言った。


     ◇


 五分後――。


 俺は、自転車あいしゃにまたがって、通称『壁』と呼ばれる学校前のきつい坂を、バイク並みのスピードで駆けおりて、あっというまに駅前に到着、そして踏切を渡り、人混みを抜け……。馴染みの店、『ラ・ヴーム』へとやってきた。


 俺の住む県がある地方に、主として展開しているバーガーショップのチェーン店。

 控えめな英字の看板を空に掲げた、三角屋根の二階建て、小洒落た赤い板張り造りのこの店は、うちの生徒たちだけでなく、他校の生徒や中学生、子連れの主婦にサラリーマンと、幅広い層が毎日出入りしており、小耳に挟んだところによると、二十年以上前からあるらしい。


 果たしてきょうも入り口の横、屋根付きの自転車置き場には、うちの高校のステッカーが貼られた自転車や、チャイルドシートつきの電動自転車等々でいっぱいだった。

 俺はなんとか隙間を見つけ、ぐいぐいと押し入れて停車した。

 それから、一歩下がり、色とりどりの鉄の群れを見渡して……。

 風羽の自転車を発見した。


 月曜きのうの朝、おばちゃんの家――現在、すいちゃんの家でもある――の前に、猛スピードで駆けつけた深紅のママチャリあれ。あまりに強烈な印象だったせいで、一度見ただけなのだが、俺の脳に深く刻み込まれていた。


 俺は少しの間、その紅い車体を見たのち、自分の自転車のカゴから帆布鞄を引き上げて、肩にかけると入り口へ歩き出す。


 ……。

 しかし、よりにもよって……。

 なんでこの……――。


     ◇


「……『ラ・ヴーム』? ……そこ、いまからだと、めっちゃうちの生徒いるけど。……大丈夫なのか?」


 俺は、訝しげに尋ねた。

 すると、意を察した風羽は、落ち着いた声で話し始めた。


《はい。……実はあの店の店長は、魔法界出身の者でして。私が話せば、人目につかぬ場所の提供をしてくれます》


「……あ、そう……」


 阿呆のような声を、思わず漏らした。

 魔法界出身の者って……。魔術士ってことか?

 あの店長が?

 せてて、がに股で……、くせっ毛で……。甲高い声の、妙に個性的なおじさんではあるけど。

 魔法……?


 前に、俺が注文するとき、うしろで伊草と話していた橋花の駄洒落に反応して、「布団がベッドんだ!! はは!! ……これ、どうです!?」とかいう意味不明のギャグをかまされたことあるんだけど。

 あれも魔法といえば魔法か……。


《……セイラル様?》


「え? あ! ごめん。……うん、はい。……で、俺はどうしたらいい?」


《いえ、とくになにもしていただく必要はありません。私が話を通しておきますから、店に入ったら、店長かれが別室へ案内してくれます》


     ◇


 ……と、いう話の通り――。

 入り口前の灰色マットに足を置くと、鈍い音とともに自動ドアが開き、俺がなかへ入った瞬間、店長が早足のがに股歩きでやってきて、「いらっしゃいませ~! ようこそ!」と、聞き慣れた甲高い声を放った。


「お話は伺っておりますよ。……ささ、こちらへどうぞ!」


 何度も会釈し、明るい声で、俺をいざなう。

 ……いつもの店長となんら変わりないその姿、態度。

 この人が魔法の世界の住人ってなあ……。


 案内する彼は、俺の視線や心中に気づくことはないのか、気にしていないのか……。すたすたがに股歩きのまま、お客の間をするりと抜けて、二階への階段をのぼってゆく。

 のぼる間も、二階へ上がってからも、彼が振り向くことも、話しかけてくることもなかった。


 そうして二階奥へたどり着き、そこにある、男子トイレと女子トイレを隔てるように位置する狭いドアを開けて、「どうぞ!」と笑顔で俺を手招きした。

 ……このドアって、掃除用具入れのヤツと思ってたけど、入れるんだな……。

 …………って。


「……!? ――うおっ!!」


 ドアを通った瞬間――。

 そこには真っ赤なカーペットがはるかとおくまで続く、巨大な廊下が出現していた。


     ◇


 マンションの三階くらいまで届きそうな高い天井。

 太陽のように輝く、いくつものシャンデリア。

 二車線はあろうかという床を挟んだ双方の壁に、互い違いに無数に並ぶ、おおきな茶色のドア。


 俺は後ずさりし、通った狭いドアの外を見やる。

 ところ狭しと人が座る、午後の陽の差し込んだ、見慣れたファストフード店のそれが映る。

 そしてまた、中。

 ……明らかに空気感や、空間のおおきさが合ってない。


「びっくりしました? こっちを使えたら、お店が混雑することもないんですけどね~。そうはイカのゴールデンボール×2、ってね。はは!」


「……は、……は」


 俺は引きつった笑いを浮かべつつ、廊下を進んでいく店長のあとを歩く。

 ……頭で理解していたとはいえ、じっさいに、こうして非現実的な現象を目の当たりにすると……やはり受け入れがたい感情きもちと、混乱がわき上がってくる。

 ……マジでマジの話なのかよ、俺の直面している問題ことは……。


「こちらの部屋になりまっす! ではごゆっくり~。……あ、できれば注文もしていただけると、嬉しいですね~! 部屋に呼び出しボタンがありますからね」


 と、ボタンを押す仕草をしたあと、にこやかな笑顔を浮かべて、早足で店長は去って行った。

 ……悪いけど、それはないと思う。

 さっきまではあった食欲がぶっ飛んだ……。


 げんなりした顔で、腹をさすったあと……。

 俺は横を向き、自分の体よりふたまわりはおおきなドアを見やる。

 装飾こそシンプルだが、木目きめが上質で、造りが立派な……それこそ俺が体当たりをしようが蹴飛ばそうが、びくともしなさそうなドアだ。

 ノブはくすんだ金色で、年季の入った鈍い輝きを放っていた。


 俺は唾を飲み込み、手汗をぬぐったのち、拳を握る。

 そうして、軽く、ドアを叩いた。

 すると、ほとんど間を置かず、音も立てずに扉は開いた。


「お待ちしておりました。……どうぞ中へ」


 見慣れた紺のブレザー、中の襟シャツのボタンは上まで留めて、オレンジのリボンをきちんとつけた制服姿の風羽が、俺に深々と頭を下げ、身を横へずらすと中を示す。

 俺は、そのおごそかな雰囲気に、また唾を飲み込んで、「あ……、どうも」とぎこちない返事をしつつ、入室した。


 広さは……十畳くらいだろうか。

 白い壁に囲われた、深い茶色のフローリング。天井は高くもなく、低くもなく。

 シンプルなシーリングスポットライトが、十字架の先端でそれぞれ光っている。

 部屋の中央にガラスのテーブルと、それを挟んで、ふたりがけのソファが、ふたつ。

 そしてひと隅には、赤茶の、低い木製もくせいチェストが置かれていて、上に、青いバラ……のように見える花をけた一輪挿しが飾られていた。

 

 要するに、ぱっと、ちょっとした家のリビングのような感じだったが……。

 窓がなく、殺風景なことと、先ほどの廊下で感じた、異様な空気感が、この部屋にも漂っていたので、やはり、【ふつう】とは違うようだ。


「おかけになって下さい。なにかご注文がありましたら、私がいたします。……お鞄をこちらへ」


 ソファーの横に立ったまま、風羽が、俺へ声をかけた。

 俺は、肩にさげた帆布鞄をちらしたあと、ぱん、ぱんとはたいて、言われるまま風羽へ差し出した。


 風羽は、俺の鞄を、頭を下げて受け取ると、まるで高級なつぼでも取り扱うかのように、ゆっくりと、自分の側のソファーへおろす。

 風羽の、茶色い、素朴な革鞄は、ソファーの横の床にじか置きされていた。


 俺はそれを、馬鹿のように見たまま、ゆっくりと、腰をおろした。

 それから、テーブルの端に、ボタンがあることに気づいた。

 ……ファミレスとかに置いてある、よく見慣れた、あれだ。


「……マジでこれ、押したら店長が来るの。……ってことは、つながってんのかな……」


 眺めまわし、いじりながら、ぼそりと漏らす。

 と、そのとき、立ちっぱなしの風羽に気づいて、慌てて俺は、「あ、な、なにもないから! ごめん……。座って!」とうながした。


「失礼いたします。……もし、お飲み物などご所望でしたら、すぐにお申しつけください」 


 深々とお辞儀し、風羽は俺の前へ着席した。

 ……こ、この変な部屋のせいか、風羽の態度への疲れが二倍増しだな。

 やっぱりジュースくらい頼んでおくべきだったか。


 俺は渇いた喉を、なんとか唾で潤して、息をつく。

 そして、スカートのシワを伸ばし、ヒザをそろえて座る風羽へ、言った。


「あの……。本題の前に聞いておきたいことがあるんだけど」


「はい。なんなりと」


 ちいさくうなずき、まっすぐ俺を見る風羽。

 俺は閉じられたドアを目の端に入れてから、続けた。


「……あの人……、店長には、なんて言ってるの? ……その、……俺のこと」


 ……ここの店は、俺はよく来ている。

 馴染みになったのは高校からだが、来るだけなら、それこそ小学生のときから。

 店長とも、あいさつや、軽い世間話くらいなら、たまにしている。

 俺の名前は、伝えていないが、伊草たちとの会話で知っているかもしれないし……、ともかく、「あ、よく来るあの子だな」くらいの認識はあると思う。

 要するに、【ふつうの高校生】という。


 ……しかし、この部屋に通された、ということは……。

 風羽がなんらかことを伝えているのではないかと。そう思ったのだ。


「……。私のゆかりかた、とだけ。それ以上はなにも伝えておりません」


 淡々とした言葉が返ってきた。俺はしばたたき、再び聞いた。


「……それでオッケーなのか? その……、こういうのって、秘密というか……。もし俺のことを、ただの人間と思っているのなら、まずいとか、思わないの。……向こうは」


人間界こちらへ来ている魔法界の者たちは、皆、暗黙のルールに従って生活しております」


 風羽は、しずかに言った。

 そして、続けた。


「互いに干渉しないこと。しかし、助けを請われた場合は、できる限り力になること。できない場合でも、秘密は漏らさないこと。……なので、仮にセイラル様がただの人間で、そんなあなたに私が自身の素性を明かし、この部屋を始め魔法界のあれこれを露呈したとしても、それは魔法界、及びこちらで生活する魔法界出身の者たちへ害が及ぶようなことではないと判断しているからで、それは店長かれも分かっています。……ゆえに彼が、私やあなたに対して疑念を口にしたり、干渉したりはしてこない、というわけです」


「は、はあ……」


 分かったような、分からないような……。

 要するに、同郷ゆえの信頼関係……よりも強固な、現実的、合理的な考えにもとづいた、助け合いの精神があるということなのだろうか。それが理にかなった、異界の地で暮らす知恵、みたいな。


「そもそも、微弱とはいえ、現在のセイラル様からは魔力が……そばにいれば感じ取れますから。人間とは思っていないと思います。……ただ、以前より面識がおありのようなので、【とつぜん魔力を放ち始めた、よく分からない少年】という認識を抱いたとは思いますけど。……その魔力も、ほんとうにわずかですから大丈夫です」


 うなずき、微笑んだ。

 えー……? そ、それ大丈夫か?

 そんなヤツいるの? 俺以外にも……。


「むしろ、【微弱な魔力を持ち始めた妙な少年】という認識のほうが好都合です。……それならば、決して【魔神あなた】とはつながらないでしょうから。……それだけは、断じて漏らすわけには参りません」


 口を閉じ、ヒザの上で手を握りしめた。

 俺は、そんな風羽の姿を見つめたあと、一度唇をかみ、言った。


「……分かった。……それと、ありがとうな。俺のこと、心配してくれて。……俺のほうは、疑ってばっかなのにな……」


 苦笑して、かぶりを振る。

 それから、自分の手のひらを見て、考える。

 ……。魔神、か……。


 もう、何度も聞いた言葉だけど……。

 いったいどれほどの存在ものだったんだろうな、セイラルおまえは……。


 ため息をついて、手を握り、顔を上げる。

 すると、眼前で、赤ん坊のように目と口をぽかっと開いた風羽が、こちらを凝視していた。

 …………はっ?


「な、なんだ? ……俺、なんか変なこと言ったか!?」


「……!? い、いえいえいえいえ!!!! ち、違うんです!! その、……あ、あまりにもったいないお言葉が耳に入ってきたような気がしましたゆえ、少々混乱を……!!! すみません、厚かましい妄想をしてしまいました」


 必死に笑顔を浮かべてかぶりを振る風羽。

 もったいない言葉?

 ……なにが?


「……あの。俺、なんて言ったっけ。……心配してくれてありがとう、みたいなことだったような気がするんだけ……」


「――!!? ……――っ!!!?」


 瞬間、風羽は立ち上がって歩き出し、「……そんな!」「まさか――!!」と叫びつつ手を広げたり自身の体を抱きしめたり……、舞台劇よろしくアクションを始めて、しばらくのち――。ようやく戻ってくると、腰をおろし、言った。


「……あ、……あの……。つかぬことをお伺いしますが、……よろしいでしょうか」


「あ、……ああ……」


「セイラル様は、先ほど……。私に、……っ、……か、感……謝のこと……ばを、……くださったり……は」


「……うん。さっき言ったように、……心配してくれてありがとう、って……」


「!!! あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」


「――!!!!????」


 とつぜん叫んで、風羽は床に倒れ込むと、真っ赤な顔を両手で押さえ、頭を中心としてぐるぐるぐるぐる……コンパスのように回転を始めてのたうちまわった。

 途中でソファーの足に当たったが、止まることなくソファーのほうが吹っ飛ばされた。

 俺の鞄も……。

 ……な、なんかこの光景、見覚えあるんだけど……。

 とりあえず、止めるべきだよな……。


「すとーっぷ! ――ストップ!! スカート!! スカートっ!!! 服も汚れるだろうが!!!」


 俺は必死に叫び、風羽の肩をつかんで静止させる。

 すると風羽は、「……――!! あああっ!!!」と俺の手と自分の肩を何度も見比べて、赤い顔がさらに炎上、しかし、彼方かなたに落ちた、ひしゃげた俺の帆布鞄を認めて顔面蒼白――、「し、ししっしし失礼いたしまするるるるれっ!!」と妙な言葉遣いで言ったあと五メートルくらい後ろへ飛び退き、鞄を拾い――、それを何度もはたいてほこりを落としてからソファへ置き、猛スピードでもとの位置へ戻し、自分の鞄も置き直し……、スカートのすそをつかんで正座した……のち、土下座した。


「――あっ、あああああああああるある主の前にて醜悪愚劣しゅうあくぐれつ傲岸不遜ごうがんふそん!! 破廉恥はれんち極まるこの行為!! もはや我が身を八つ裂きにして海の藻屑もくずと化するほかないと!! ……セイラル様、私がちりと消えたあとも、どうかご無事で……!!!」


 身を起こし、半泣きで鉛筆を取り出し掲げ始めた瞬間、俺は血の気が引いて突進し、鉛筆それを取り上げた。


「阿呆ーーーーーーーーーーーーーーーーーーかあんたはっ!! んなことでいちいち塵と消えてたら地球はゴミの山と化すんだよっ!! いくらはいてもたんねーわっ!! ……いいか!? 今後は絶対に!! 安易に死ぬとか言わないように!! ――分かった!!?」


「……し、しかしっ!! セイラル様を汚すようなことを行え……」


「分かった!!? ……これはセイラルとしての命・令・だっ!! ――ファレイ!!!」


「……――!!? ――――はっ!!」


 風羽……もといファレイは一瞬で、表情かおに落ち着きを取り戻し、片膝をついて頭を下げる。

 ……つ、……疲れる……。

 こっちが死んでしまうずら……。


 ……が、……しかし……。

 とっさに言ってしまったけど……この反応。

 ほんとうに、風羽ファレイにとって……、主従の関係は絶対なんだな。


 正直、あまり気分のいいものじゃないが……。

 無茶をしそうなときに、止める分には、確実性がありそうだ。

 万が一のときのため、覚えておくとするか……。


 俺はおおきくため息をついて、その場に座り込んだ。

 それから、からからになった口の中を、唾で潤そうとするが、なにも出てこなかった。

 ……仕方ない。


「……あのさ。やっぱり注文していい? 飲み物だけ」


「……! は、はいもちろん!! ただいま準備いたします!!」


 風羽はすぐさま立ち上がり、テーブルへ駆け寄ってボタンを手にする。

 そして戻ってくると、またひざまずいて、俺に言った。


「なにをご所望でしょうか! メニューはこちらの店のものになりますけ……、あ! メニュー!!」


 愕然がくぜんとしてボタンを落とした風羽。

 俺は、わたわたする彼女に、噴き出して……。

 それでまた焦る風羽に、言った。


「要らないよ。俺がここで注文するのは、いつも同じだから」


「……そ、そうなのですか? ……して、それは……」


 風羽は、拾ったボタンをぐっと持ち、待ち構えるように俺を見る。

 俺は、頬をかいたあと、その指を彼女に見せて、


「メロンソーダのL。……あんたも飲む? うまいぜ」


 ……と、笑顔で言った。

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