第2話 今年のプレゼントはなあ、きょうだ
……。暑い。
そしてまぶしい。……朝か。
横向きに寝たまま、おおきなあくびをする。
窓から差し込む、ほこりを含んだ光の筋が、枕元に積み上がった漫画の塔を、きらきら照らしている。
昨夜はけっきょく、3時くらいまで起きていた。
「……あー……。行きたくねーなぁー……」
このまま目をつむって、気がついたら晩になってるとか。許されないかしら。
……無理だよなあ。じいちゃんが叩き起こしにくる。
仕方ない。
「よっ……こらしょートバウンドを華麗にさばいて一塁に送球! アウトっ!」
勢いをつけて起き上がり、投げたふりをする。が、足を踏み外してベッドから落ちた。いてえ!!
「くそ……。やっぱ、『よっ……こらしょート・ピースは大友克洋の初単行本っ! 傑作っ!』……のほうがよかったか。ポーズも地味だし」
本を持ったふりして、笑うだけだからな。しかし笑顔を作るせいか、けっこうシャッキリするので、お勧めである。
くじきかけた足首をさすり、おおきく伸びをする。それから机の上にある時計へ目をやった。……3時10分か。
……。ん? ……はっ?
俺は丸い置時計を手にとって、じっと見る。……静止している。
ちゅん、ちゅんと雀の歌も聞こえるので、時を止める能力には目覚めていない。時計だけが、止まっている。な……、い、今何時だよっ……!
慌てて学ランをひっかけて、カバンをつかむと転げ落ちるように一階へ。そして、キッチンに駆け込むと、壁の時計を確認。は……、8時は……。……おもくそ遅刻じゃねーかっ!!
俺は歯をかみ鳴らし、視線をおろすと、テーブルにてのんびりコーヒーなどすすっている白髪ちょんまげを発見。……じっ、じじい~っ!!
「ちょっ……!! なんで起こしてくれないんだよっ!! 遅刻! 遅刻じゃんか!!」
「あー、すまん。わしも今、起きちゃった。てへっ♪」
……ちょっと近所の女子高生に古書店のイケ渋店主とか人気あるからってちょーしこくでねえ!! おらにその萌え媚は通用しねーだっ!!
「おいおい。なんか違う憎しみが混ざってんぞ。朝から辛気くせーオーラを出すなよ。……あと逆ギレもほどほどせい」
中指を立てて、舌を出す。……この不良老人め。しかし、確かに逆ギレには違いない。
「悪い。……でも少しは、じいちゃんのせいもあるんだからな。時計が止まってた」
「……。電池が切れてたんじゃろ。つまりは交換時期を見誤ったお前のせいだな」
「はいはい! 悪ぅーございましたよ! もうどうせ遅刻だからゆっくりするかんな!」
俺は食パンの袋を乱暴につかみ、一枚抜き取ると、トースターへ差し込んだ。
じいちゃんは、皿を一枚、こちらへ寄越しながら、テレビを示して言った。
「そういやお前、きょうの星座占いなあ、運勢ワーストワンだったぞ。どこのチャンネルでも」
「……そんなことあるの!? ふつー、バランス取るでしょ!! ……全国の双子座民が暴動起こすぞ」
「ってか誕生日にワーストワンって。お前。……ぶふっ」
「……笑うよりも、保護者としてなにか、言うことがあるんじゃあないですかね。おじいさま」
「ん? ああおめでとう。わが息子よ」
投げキッスが飛んできた。よけたところでちょうどパンも焼けたので、俺はイケ渋じじいを無視して食事を始めることにした。バターとジャム、どっちにするかなあ。
「バターもジャムも、ないぞ。砂糖もないな。……塩でもかけるか?」
塩のビンを向けてきた。……スイカ食ってんじゃあねえんだよ。なにが悲しくて誕生日の朝に塩をかけたパンを食べにゃーならんのだ!
「い!」「らん!」とビンを押し返す俺に、「今週の買い出し当番はお前じゃろ。つまりはこれも、お前のせいだな」と、俺を指差してくる。……さすがワーストワン。まったくいいことがねえ。
「まあそうふくれるな。ちゃんと誕生日プレゼントも用意してるんだぞ」
じいちゃんは、にこやかに手を広げ、俺を見る。
そして、そのまま動かなかった。……?
「今年のプレゼントはなあ、きょうだ」
「……は?」
「きょうという日を、無事に迎えられたことだ」
「……」
笑顔のまま、じっと、俺の目をまっすぐ見ている。……なにもないってことね。
「はいはい、確かに頂きましたよ。……じっさい、感謝もしてるしな」
頬杖をつき、視線をそらす。
ふつうっていうのがどんなのかは分からないが、たぶんじいちゃん以外の人が、俺を育ててくれたとしたら……。俺は今、こうしてふつうに、悪態をつくこともできなかったろうな。
「ばーか。そんなこと言ってんじゃねえよ。――ほら」
白いテーブルクロスの上を滑って、なにかがこちらへやってきた。
……じいちゃんの腕時計だ。
「やるよ。お前、ガキの頃から欲しがってたろう?」
「……いいの?」
「……やっぱやめとくか」
そう言って伸びてきた手から、俺は必死に時計を守る。……わははは!! 念願の品ゲェーットッ!!
俺は銀時計をはめたあと、パンに塩をさっさとふりかけて、かぶりつく。そしてそのまま立ち上がり、言った。
「気が変わったとか言われたら困るからな! もう行くよ。……ありがとう!!」
「ああ。気をつけてな。馬鹿息子」
ペットボトルのスポーツドリンクが飛んできた。
俺はそれをキャッチして、言った。
「馬鹿じゃねーしぃ。ふつーだしぃー。……長生きしろよ、父さん」