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第13話 ……どっちが、美味しかったですか

 西の空からおりた風が、背後から彼女の黒髪をすき、白いがそのふちいろどる。

 おおきな目は、半眼のまま輝きを放ち、俺を捉えていた。


 すいちゃんは、すたすたと歩み寄り、記憶のみずうみにたゆたう俺を、おかへ引き戻すように、自転車のベルをちりりん、と鳴らし、


「……これは何本?」


 細い指を、ゆっくり2本、立てる。

 俺はため息をついて、言い返そうとしたが、彼女の目はもう、半眼ではなく、まっすぐに俺をのぞき込んでいたので、黙ってベルを2回、鳴らした。


「……。考えごとは、危なくないところでして下さい。ここは狭くても、車も通りますから」


 水ちゃんは、喋りながら、また、半眼になってゆく。

 俺は苦笑いを浮かべて、分かった、と返した。


     ◇


 俺たちは、そのまま前後に並んで住宅街を歩き、細い路地で曲がって、車輪梅しゃりんばいを左手に、【坂木さかき】と書かれた表札の前まで進む。

 水ちゃんは、古びた低い門の裏に手を伸ばし、鍵を開けると、俺を招き入れた。


 俺は、自転車を門のそばにとめる。

 水ちゃんは、こちらを見ずに、飛び石の上を通って、家へと歩いてゆく。


 それは、久方ぶりであっても、いままで、おばちゃんの家へ、ふたりで帰ってきたときと同じ光景だったが、やはりもう、きゃいきゃいと騒ぐ彼女の姿は、そこになかった。


     ◇


 がらがらと引き戸の開く音がして、水ちゃんが中へ消える。

 少し遅れ、俺が続くと、薄暗い中、玄関すぐの階段を、彼女は上がっていた。

 俺は訝りながら、戸を閉めて、靴を脱ぐ。


 彼女がここに滞在するときは、1階の奥の部屋を利用していた。

 そこは、かつておばちゃんが子供時代を過ごした空間へやで、広さは4畳半。


 立派なタンスなどのせいもあり、伸び伸びとはいかないが、南に面した窓からは、いい風が入り、少し身を乗り出せば、澄んだ空がよく見えた。

 最後に入ったのは、2年前の夏だったから、その間になんらかの理由で変わったのかもしれないが、そうでないとしたら、俺を入れたくないから、別の部屋に通そうとしているのか。……。


 そんなことを考えているうちに、俺は階段をのぼり切り、水ちゃんに従い廊下を進み、彼女がある部屋に入ったところで足を止めた。ドアを閉められたからだ。


 これは、「ちょっと待っていて」の意味。

 さっきまでの、とくに説明もなく、彼女が先んじて歩いていくときは、「ついてきて」。


 昔は、この彼女特有の、【無言の言葉】により、「な・ん・で・ついてこ・な・い・のっ!」「……なんでなにも言わないんだよ!」と、喧嘩したこともあった。

 しかもこういった説明の省略は、俺に対してだけであって、他の人にはそうではないことも、俺の不満に拍車をかけた。

 しかしそれを言うと、


「言わなくても分かって! 分からないとダメなの! ……晴兄せいにいは!」


 ……と、逆に怒られて、その迫力に、俺のほうが折れることとなった。


 彼女が敬語を使うようになり、他人行儀になったいまは、内実がどうであるかは分からないが、俺の【返事】になにも言わないということは……。俺たちだけの【会話】は、まだ、昔のままらしかった。


 やがて、ドアが開き……。俺をちら見した水ちゃんは、ドアを少し開けたまま、そのまま来た廊下を引き返し、階段をおりていった。

「入って、中で待ってて」……だ。


 俺は、ぼんやりと光るドアノブを引いて、中へ入る。

 するとすぐ、抜けるような空が目に飛び込んできた。


 その青さを捉える、おおきく開けた窓からは、涼しい風が吹き、カーテンの裾と、俺の前髪を揺らす。


 窓の右には、勉強机。左には窓枠を超える、本棚。

 そのほか、背の低いタンス、幾つか服がかかってるだろう、カバーで覆われたハンガーラック、モノトーンの物入れ、壁には世界地図、そして、いまどき珍しい鳩時計。

 この、六畳ほどの畳部屋は、驚くほど簡素で、整理整頓されている。……が。

 中へ入ったことで、俺は確信を持った。

 ここは、きのう……。日曜日に、俺がおばちゃんに言われて、家具や荷物を運び込んだ部屋だ。


 朝からいろいろありすぎて、すっかり記憶から飛んでいたけど……。

 俺が作業したあと、こんなふうになっていたのか。

 家具の位置は変わってないものの、入れられた本や、勉強机のたたずまいから、すっかり印象が変わっていた。


 ここが、水ちゃんが滞在するときの、新しい部屋なんだろうか。

 でも、おばちゃんから、なにも聞いていないし……。

 なにより、いかに一時的に過ごす部屋としても、女の子の……というか。

 水ちゃんのそれにしては渋すぎる。


 前の部屋は、おばちゃんの用意した古いタンスもなにも無視して、『らっぴる』グッズを筆頭に、カラフルなシールとか、花飾りとか、ピンクの小物とかぬいぐるみとか……。女子度100パーセントだったし。

 それが、こんなふうになるか? 

 もう俺の部屋より飾り気がないじゃな……。


《うぉっぽぅ! うぉっぽぅ! うぉっぽぅ!》


「――!!?? うおっ!!」


 とつぜん、上から、妙な鳴き声が響いてきて、俺は畳にすっ転ぶ。

 唖然あぜんとして見上げると、鳩時計からけたたましい音。

 っていうか、出てきてるのが鳥じゃねえ! なんだあの、不気味な生き物は……。


《うぉっぽぅ!! ――っぽう!!》


「うるせー!!」


 思わず叫び、時計の中へ追いやるように手を振る。

 すると10回以上鳴いたのちに、ようやく謎の生物は引っ込んで、部屋に静寂が訪れた。

 ……いま4時だぞ。鳴くのは4回じゃないのかよ。

 まさか16時……っていうことか?


 というか、回数以前に、鳥じゃなかったし、鳴き声もなんか変だし……。

 いったい誰の趣味なんだよ。

 そしてなぜこの部屋に通されたんだ……。


 さまざまな疑問が浮かぶ中、俺は朝からの疲れがどっと出てきて、畳に寝っ転がり、目を閉じる。

 そのまま、時を刻む音も、風の音も、聞こえなくなった。


     ◇


「……ーかーらー……。緑川みどりかわはー、どんなチョコが好きなのさ、って」


「……。……はあ?」


 おれは、ほうきを動かしていた手を止め、視線をちりとりから、それを構える女子に移した。

 夕凪ゆうなぎは、ぴんと伸ばした両足を広げて、ちりとりを押さえるという、変な立ち方で、にこにこしながら、こちらをのぞき込んでいた。


「どんなって……。チョコはチョコだろ。せいぜい甘いとか激甘げきあまとか、ビターとか。……あとは白いとか」


「そーそ。そういうので、どれ。……ちょっと聞かせてみなよ。おねーさんに!」


 指をくいくいと動かして、やや首をかしげ、おかっぱの横髪をさらりと垂らす。

 おれはため息をついて、言った。


「なんだよ。聞いてどうするわけ。来月のバレンタインにでもくれるってのか」


「まーさーか-。友達の分で予算いっぱいだもん。ただのクラスメイトの分まではねえ……」


 けらけら笑い、鉄製のちりとりで、がこがこと廊下を叩く。

 ……せっかく集めたゴミが落ちるじゃねえか。


「ま、そーゆー時期だから浮かんだってのもあるけど、単なる興味本位よ。……ってか、なに。キミはもらうアテ、あったりするの」


「馬鹿にすんな。毎年もらってるわ」


 おれは舌打ちして、横を向く。

 ……小学生からとは言えないけどな。

 コイツはむかつくから、見栄を張ることにした。


「へーっ! 誰に誰に!! 毎年っていうことは……幼なじみかな」


「そーそー。めっちゃ可愛い幼なじみにな。あー来月が待ち遠しいな~」


 口笛を吹きながら、再びほうきを動かした。

 すると、さっと後ろへちりとりが逃げた。


「おい。なにすんだよ。ゴミがちゃんと入らないじゃ……」


「やっぱ、聞かせてよ。毎年食べてるなら、リクエストとかもしてるんでしょ。……なにが好きなの」


 声のトーンが、しずかになる。

 表情かおからは、軽い笑いが消え、紅い唇が、少し尖っていた。

 なので、おれは言った。


「……。ホワイトチョコ」


「……ふうん」


「……と、ビターチョコを、いっしょに食べるのが、好き」


「……えっ?」


 夕凪は、ぽかんと口を開け、しばたたく。

 そのとき、キーンコーンカーンコーン……と鐘が鳴り響き、何人かの生徒たちが、横を小走りに通り抜けた。


「……ぷ。……ぷぷ……っ。……――ぶっ!! あーーーっはっはっは!! ……なにを子供みたいな……!! 小学生なの!!?」


 夕凪は、ちりとりをがこがこ鳴らし、大笑いを始めた。

 ……こ、この野郎……!! なにがおかしいんだちくしょー!!


「……はぁー……おかし……。お菓子だけに? あっはっは!!」


「つまんねーんだよあほんだら!! おい、お前いまのこと、絶対に誰にも言うなよ……!!」


「……はあー、はいはい、秘密ね。ふたりだけのね。……白と黒ね。……了解」


 涙をふきながら、何度もうなずいて、夕凪はおれのほうきを奪い取ると、一瞬でゴミをかき集めて、ふわりとセーラー服のリボンを揺らしてターン、用具箱のある教室へと走っていった。


     ◇


《……う! ……っぽう! うぉっぽう!!》


「……!!!??? ――うおっ!!!」


 俺は飛び起き、辺りを見まわし、数秒して壁の、得体の知れない生き物と目が合う。

 ……こ、な、……いま何時……。

 4時半?

 ……30分にも鳴るのかよ……。


 俺はおおきく息をはくと、腹に、タオルケットがかかっていることに気づく。

 これは……。……ってかちょっと待て。……俺は寝て……。

 いつからだ? 確か4時までは……。


 混乱し、ぼさぼさの頭をかいていると、ぎい……と音がして、ドアが開く。

 そして、半眼の水ちゃんが、こちらをにらみつけているさまが目に映る。

 ……えっ? ええっ……!?


「いきなり大声を出すのは、やめていただけますか……。危うくひっくり返すところでした」


 と、手にしたお盆を片手に持ち替え、ドアを閉める。

 俺は、「ご、ごめん……!」と慌てて立ち上がり、彼女のお盆を引き受けた。


「台を出しますから。少し待って下さい」


 水ちゃんは、青い花模様をあしらった、薄手の白ロングスカートを揺らめかせ、押し入れをちょっとだけ引くと、折りたたんだちゃぶ台を抜き出し、てきぱきと脚を立て、部屋の中央に置く。

 それから、彼女は、その細身の体を包んだ、紺の長袖ながそでTシャツを何度か引いて、広い襟ぐりの位置を整えたのち……。畳に落ちたタオルケットを拾い上げて、勉強机のイスに引っかけた。


 確か、制服……、青いブレザーを着ていたような気がするが……。

 俺が寝ている間に着替えたのか。

 っていうか、どことなく、いい香りがするな……。


「……はい。もう、いいですよ」


 声がかかって、気を取り戻し、俺は慌てて、お盆に載る、メロンソーダを手前に、麦茶を彼女のほうへ置く。

 ……が。


「……ええと、これは……。……どっちが、どっち?」


 盆に残る、上品なサイズの、イチゴショートとチョコのカットケーキ。

 飲み物は、片方が俺しか飲まないから消去法で分かったけど。

 これは、ふたりとも好物だしな……。

 水ちゃんの好みが、変わっていなければ、だけど。


「両方、緑川さんのです。うちは、5時半には夕食になりますから。……どうぞ」


 そう言って、スカートを折りたたみ、正座する。

 そのまま、麦茶のグラスを音もなく持ち上げて、ひと口飲んだ。


 俺は彼女と、お盆を見比べたのち、ゆっくり腰をおろして……。

 黙ってふたつのケーキを自分の前に並べた。


「い……、いただきます」


「はい」


 淡々とした返事を受け、俺は、まずチョコの皿にそえられた、ちいさな銀のフォークを手に取り、黒く甘そうなそれをひと口、食べた。


「……。うまい。……苦みも甘みも、さわやかリフレッシング、って感じだ……」


「……ぶっ!」


 水ちゃんが、飲みかけの麦茶を噴き出し、咳き込んだ。

 俺は慌てて、「!? お、おい……!」とそばへ寄り、背中を叩く。


「だ……、大丈夫で……す。で、でもあまり、変なことを……」


 必死に笑いをこらえているのか、真っ赤な顔をひきつらせ、ちゃぶ台の脚をつかんでいた。

 俺は、「い、いや……。別に……、俺は真面目に」と弁解したが、すぐに彼女のにらみが飛んできたので、「……分かった、ごめん! もう言わないから……!」と頭を下げる。


「じゃ、じゃあこっちもいただきま~す……。お、美味しそうだなあ~……」


 場の空気を戻すため、俺は極めて平静に言葉を放ち……。金のフォークを手に取って、白いケーキをひとかけら、口へと運ぶ。


「……!? ――うまっ!! なんだこれ……。甘みがアルティメットボンバーすぎるだろ!!」


「――……!! ぶーーーーーーーーっ!!」


 水ちゃんは、盛大に噴き出して、とうとう畳に額をこすりつけ、全身を震わせた。

 俺は瞬間、やばいと思ったが、時すでに遅し、思い切り引きつった顔を上げた、真っ赤な水ちゃんは、ちゃぶ台をばしん! と叩き、


「……馬鹿なんですかあなたは!! 言葉の使い方がおかしいでしょうが!!!」


 と、俺を怒鳴りつけた。

 い……いや……、えーーーーーっ!?

 

「あ、あのさ……。思わず出て……。それは謝るけども。水ちゃんだって、昔は俺といっしょにこんな感じで、話してたじゃんか。たとえばあの、『らっぴる』の、なんかのキャラの必殺技を……」


     ◇


――わたしは、かみの使い!! せい少女、ミンシャー!!――


――くらえ!! アルティメットのいかづちを!! せいなるビューティーアタックボンバー!!――


     ◇


「……って。そうそう、ミンシャーだ。それの真似を、鏡に向かってさ。だからそんなに……」


「――ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!」


 とつぜん、大声を発した彼女は、一秒以下で俺に詰め寄って、髪の毛をわしづかみにし、俺の頭をはげ山にする勢いで揺さぶり始める。……ちょっ!! やめーーーーーーーーーーーっ!!!


「忘れて下さい!!! いますぐ過去の!!!! 私に関するあやまち全てを!!!!!」


 もはや仁王像かという顔をもって、俺を若はげにせんと襲い出す。

 なので必死に、その華奢な両腕をつかんで制止し、数分後、なんとか引き離すことに成功した。

 ……か……、勘弁してくれ……。


 水ちゃんは、いまだに肩を上下させ、世界の全部が敵であると認定したかのような、世の辛酸をなめ尽くした生命体よろしくの目つきで、俺を威嚇いかくしている。

 ……そんなに恥ずかしいことか? だってちいさいときのことなんだし……。

 ふつうだと思うんだけどなあ。


「あのさ、水ちゃ……」


「――はあっ?」


 怖い怖い怖い!! ちょっとその、サーベルタイガーみたいな威嚇をやめてけろ!!


 俺は、ため息をついて、台の上からメロンソーダを取り、ひと口飲む。

 こっちは、よく知った味。いつも俺が飲んでいるものと変わらない。


 けどケーキは、食べたことのない味だった。

 おばちゃんが作ったものとも違う。そもそもあの人は、お菓子類だけは、作るの苦手だしな。

 どこで買ってきたんだろう。


 俺は、相変わらずぐるるるる……とえんばかりの様子の彼女に、苦笑いしつつ、銀のフォークを手に取って、チョコケーキをひと口食べる。

 そして、その苦さ、甘さを喉の奥に落とさずに、口の中にとどめたまま……、今度は金のフォークで、白いケーキを少し切り、口に含んだ。……その瞬間――。


「……。なあ、水ちゃん」


「……なんですか!」


 若干、収まってはいるものの、まだ怒りに満ちたトーンで、返事が飛ぶ。

 しかし俺は、それに動じることなく、彼女を見て、しずかに言った。


「……これ。水ちゃんが作ったのか?」


「……――!」


 水ちゃんは、三角にしていたおおきな目を、見開く。

 そうして、顔から赤みが引いてゆき……、むき出しにしていた歯をしまい、唇をちいさく結ぶ。

 俺は、ふたつのケーキから、かけらを切り、もう一度、口に運んだ。


「……やっぱそうだよな。ひとつひとつだと、うまさのほうに気がいきすぎて、分からなかったけど。……いっしょに食べたら、思い出した。……これは水ちゃんにしか作れないヤツだから」


「……。そんなことありませんよ。ネットのレシピを見て作ったものだし」


「昔から変わってない、俺の好みど真ん中のレシピが、ネットに? ふーん……」


 淡々と言うと、水ちゃんは頬を赤くして、「……ど、どれだけ自分の味覚に自信があるんですか! ……もういいから早く食べて下さいっ!!」と、横を向く。


 俺は、はいはい、とうなずいて、ゆっくりと、懐かしい甘みと苦みを、体の奥で味わう。

 しかし……。単に俺好みってだけじゃなく、もうこれ、じいちゃんレベルじゃないのか。

 じいちゃんも食べたら、びっくりするだろうな。

 水ちゃんがこっちへ帰ってくるたびに、料理をふるまって、ほめてもらうのを楽しみにしている人なのに。ショック受けるな。……あーあ。


 そう、くっくっく……と笑みを漏らしていると、こちらへ顔を向けていた水ちゃんと目が合う。

 あ、しまった……。馬鹿にしてるとか誤解される……。


「……そんなに、美味しかったですか?」


 水ちゃんは、俺の心配を気にとめず、いつの間にか平静さを取り戻した顔で、しずかに言う。

 俺は、唇についたクリームを、舌でなめて、口の中に広がる心地よい甘さを感じながら、返した。


「ああ。お世辞抜きで、じいちゃんに引けを取らないと思うよ。……びっくりした」 


「……それはないですよ。宗治そうじおじさんは、プロレベルですもん」


 はっきりと首を振り、彼女は苦笑いを浮かべる。

 そんなことないと思うけどなあ。

 まあ、水ちゃんも、ちいさなころから、じいちゃんの料理大好きだったし、仕方ないか。


「……ほんとうに、おじさんにはとてもかないませんけど……。でも、自分でも……。うまく作れたとは思いました。……だから聞いていいですか」


「……? うん。……なに」


 俺は、最後のひと切れ同士を銀のフォークで刺し、それを口へと運ぶ。

 水ちゃんは、ほんのわずか、くうを見つめたのち、目を俺に向ける。


「……きょう、私が作ったこのケーキと……、……どっちが、美味しかったですか」


「……。……えっ?」


 俺は水ちゃんを見返した。


 そして、少し開いた口の中で、白と黒のかけらが、舌の上で合わさり、なんとも言えないうまみが体に伝わっていった瞬間――。彼女は、


「……2年前、あの人が作った、バレンタインのチョコと。……どっちが」


 と、言った。

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