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オーレリア。いつも誰かに愛される、あなたはとても美しく――残酷だった。
*
その日は、人々の心を写し取ったように、しとしとと長く冷たい雨が降っていた。寄りあう傘がいくつも開いて、黒い花が墓地に咲く。地雨したたる中集うのは、黒い服の男女の群れ。掘り返された大きな穴に、濡れた土のにおいが鼻につく。手が滑らぬように注意して、男たちは重い棺を深い地の中へ――強まる雨脚は、男たちを辟易させていた。
それを眺めて、クラリッサは目元にハンカチーフを押し当てる。泣かないことを決めたのに、気を緩めれば溢れる涙にまなこが濡れる。唇を引き結び涙に耐え、零れそうになる雫を白いレースで拭い取った。
――これはきっと、罰なのだ。
『ある伯爵令嬢の毒白』
ブランソン伯爵家の長女、クラリッサは平凡だ。
それを、十八歳になった彼女は的確に理解していた。鏡の前に立つことは、いつもストレスを伴う。鏡に映りこむのは、何度見ても平凡で価値のない女の顔。いくらドレスを新調し着飾っても、それは滑稽でしかなく、いくら化粧で塗り固めても、ごまかしのきかない事実。
「…………」
鏡面に触れて目を閉じれば、自然と脳裏に母の姿が浮かぶ。
母は違った。彼女は、美しかった。父をはじめ、数多に愛し愛された美しい女。
クラリッサはそんな母に全く似なかった。性格も地味で人の顔色ばかり窺うばかり。いつも誰かの言いなりで、その命令に逆らえない。
「美しいよ、クラリッサ」
そんなクラリッサの心情を逆なでするように、心のこもらぬ浮ついた世辞が、彼女をなぶった。声の主を求めれば、鏡越しに男と目が合う。髪に白いものが混じる男は、父に命じられるまま嫁いだ二十も年上の夫。彼はさも当然のように、クラリッサの両肩に手を置いて、微笑んでいた。両肩に置かれた手は、彼女の肌を撫でる。その手が、僅かに彼女の乳房を掠めたことに気付いて、クラリッサは内心眉を顰めた。彼は美しくもないクラリッサの、白い身体に夢中なのだ。
「ありがとう、あなた」
控えめに微笑むと、満足げに夫は笑う。男は丁寧に隠したつもりだが、下卑た笑みは隠せない。見え透いた下劣に嫌悪がこみ上げたが、それを顔に出すことはできない。
「では、下で待っているよ」
「ええ、わかったわ」
何も気づかず立ち去る夫を見送ると、彼女は一人鏡と向き合う。そこにいたのは、平凡で――疲れた女の顔。
母は、美しかった。父をはじめ、数多に愛し愛された美しい女。彼女は一種のカリスマで、父は彼女の心捧者であり僕だった。あの閉じられた空間は、思い出すだけで息が詰まる。クラリッサはいつも、母のことが恐ろしかった。あの完璧な女に見下ろされるだけで、心臓を握られたようだった。だから、九歳になった春、母が妹を生んで死んだとき、クラリッサは心の底から安堵し――妹の存在に歓喜した。
「オーレリア……」
咄嗟に助けを求めるように、妹の名前を呼んでいた。鏡に縋り、涙に耐える。
こんなものが、欲しかったわけではない。カーテンの閉じられた室内。ここは日の光が遠い。頭の中では、ずっと同じ光景が繰り返される。陽だまりの中、無邪気に笑う妹。その笑みはあまりに眩しく、きっと今のクラリッサには正視することはできない。それでも――光を求めることをやめられない。
嫁いで一年。クラリッサは猛烈に妹が恋しくなった。美しく、可愛らしい妹の姿を夢想し、夫に掴まれた肩を、クラリッサは手袋でぬぐい取った。そして性急に、化粧台に並べられた瓶のうち、もっとも小さな小瓶に手をとった。あとはもう、ただただ必死だった。
その夜。クラリッサの一人目の夫が死んだ。