強敵!?
狼の魔物の死体に四苦八苦しながら解体を進めていくエイト。解体の手順は、先ず始めに討伐証明になる尻尾を切断し、毛皮を剥ぎ取り、次に魔石を取り除く。そして、最後に狼の肉をぶつ切りにして、全てを空間倉庫に収める。因みに、狼の魔物の名称は、本にはグリーンウルフと書かれていた。
そのグリーンウルフの解体は、素人がやったにしてはなかなか早い時間で終わらせたと言って良いだろう。
だが、解体したグリーンウルフの毛皮の所々が石槍により傷がついており、しかも上手く剥ぎ取れなかった為に、更に多くの傷が付いている。それを考えると、ギルドでの買い取りが下がるのは否めないだろう。
しかし、エイトはその事を気にした素振りも見せず、やりきった感を表情一杯に出して呟く。
「ほっほっほっ、大仕事じゃったのう」
何故かデズモンドの真似をしているが、それは初めての戦闘と初めての解体、そして、初めての依頼をやり終えた故にテンションが多少上がっているからだろう。
端から見ると祖父の真似をする孫にしか見えないが……。
ともあれ、やるべき事を終えたエイトは、血だらけの皮のグローブを見て、上がっていたテンションを急激に下げながら口を開く。
「……血まみれ……来る途中に川とか無かったし、どうしよう……飲み物のことも考えて無かったな。……ははは、ミスったな……はぁぁぁ」
空を見上げながら、こうしていても仕方がないと考えて、来た道に視線を向けて歩き出そうとした瞬間……
「ワォーン! ワォワォーン!」
エイトが立っている場所から少し離れた位置から狼の鳴き声が響き渡る。
先程の戦闘で逃げたグリーンウルフが鳴いているだけだろうか? それとも……。
エイトが、そう内心で呟く。
その不安が現実になるかのように無数のグリーンウルフと、他とは違い大きな体を持つグリーンウルフの親玉のような魔物が森の中から姿を現した。
それを目にしたエイトは、眉の間に深い皺を作る。
(糞っ、数が多すぎるし……あの巨大な奴は何だ!? 俺が今出せる最高のゴーレムの最大制御数は10体、はっきり言って10体だけじゃとても足りない。………とは言え、こうなったら仕方ないか……)
グリーンウルフの数は、ざっと見回しただけでも15体はいる。それに、他の個体とは大きく違う巨大な体を持つグリーンウルフ。最悪の状況と言ってもいい。
普通の冒険者なら生きるのを諦めてしまうだろう。
しかし、エイトは幸いにして魔術師だ。戦闘経験は一度しかないが、あの熊より巨大な体躯を持つグリーンウルフにも対抗できるかもしれない。
だからこそエイトは諦めることはせず、魔力を漲せながら呪文を紡ぐ。
『我が魔力を依り代に現れよ』
ゴーレムサンドの時とは違い、今回の魔素の塊は10個。エイトが一度に制御出来る最大数だ。
『出でよ、聖なる騎士! ゴーレムカヴァリエ!』
その魔素の塊は、徐々に人形へと変わり、やがて青銅製の鎧兜が10体現れた。
身長170cm、鎧の厚さは15mm、人間と同じように指まである。そして、左腕にカイトシールドを装着し、右手にロングソードを持っている。
その姿はどこから見ても、純然たる騎士その物。
そんなゴーレムカヴァリエが10体、エイトの目前でロングソードを構えて立つ。
それを見たグリーンウルフ達が全頭で遠吠えをする。すると、森の中から新たにグリーンウルフの姿が増えていく。これで全部合わせると25体になる。
その全体数が増えたグリーンウルフを見て、エイトが苦々しい表情で口を開く。
「まだ増えるのかよ! だが、これ以上は増やさせない! ゴーレムカヴァリエよ、グリーンウルフを殲滅しろ!!」
エイトの指示でゴーレム10体がグリーンウルフの集団に突っ込む。
そして、それを眺めつつエイトは、人差し指と中指の二本をグリーンウルフの集団に向けて突き出す。
「Set!」
エイトの背後に5本の石槍が出現する。
そして………
「簡単に俺を殺れると思うなよ! Shot!!」
時速120kmで放たれる石槍は、ゴーレムの隙間を縫うように進み二体のグリーンウルフを貫いた。その瞬間、エイトの体が光り出す。
だが、それを気にした素振りも見せず……いや、気にしている暇が無いと言った方が正しいか。
ともあれ、エイトはまだ放ち続ける。
「Set! Shot! Shot!! Shot!!!」
一度に5本の石槍を、何度も何度も放つ。
それによって、既にグリーンウルフの数は親玉を抜いて15体になっている。
そして、その残ったグリーンウルフもゴーレムカヴァリエによって斬り裂かれ、腸や脳髄を地面に撒き散らす。
だが、グリーンウルフもただ殺られている訳も無く徹底して抵抗するが、流石に青銅製のゴーレムカヴァリエには、文字通り歯が立たずに倒れ、それを合図にするかのように再びエイトの体が光る。
その無惨に倒されるグリーンウルフ達を、今までじっと見つめていただけの親玉のグリーンウルフが、短く吠えるとゆっくりと森の中へと戻って行く。まるで、今回は見逃してやると言っているように見える。あるいは、自分の相手にはならないから成長したら来いと言っているのか……はたまた、エイトに興味をなくしたのか。
ともあれ、親玉の背を追うように、残りのグリーンウルフも森の中へと姿を消して行った。
エイトは、何故グリーンウルフが立ち去ったのか分からず、ただ呆然と森を見つめながら呟く。
「助かったのか? でも何故? あの大きな個体の雰囲気は尋常じゃなかった……俺を殺そうと思えば簡単に殺せた筈。なのに何故殺らなかったんだ?」
ハリケーンのように突然目の前に現れ、同じく突如として姿を消した。
何を考え、何を感じたのか。
現在のエイトの力では遠く及ばない力を持ちながら、何故同族を殺されたのにもかかわらず、エイトに何もしなかったのか。
それを知るには、やはり元凶に尋ねるしかないだろう。
だが、その元凶のグリーンウルフは森の中へと姿を消している。尚且つ、次に遭遇すれば生きていられる保証も無い。
その為、幾ら考えても意味は無いだろう。
エイトは漠然と生きていられる事に疑問を浮かべつつ、ゴーレムカヴァリエを魔素に戻し、倒したグリーンウルフを全て空間倉庫に収める。
そして、この場に留まるのは危険だと判断したエイトは、足早に移動を開始した。
(何故か分からないが……運が良かったのは確かだな。………だが、あのグリーンウルフみたいに強い奴が存在する森が、低レベルな魔物しか出現しない森っていうのは……本当なのか?)
内心で考えつつ、小走りで移動を続ける。
受付嬢のメアリーが嘘をつく必要性も感じられない。となれば、自分のレベルが……否、レベルだけで無く魔法も、全ての実力が低かったのだろうかと考えるエイト。
そんな風に色々な事を考えつつ30分程の時間移動していると、小さな森に辿り着いた。いや、森と呼ぶには小さ過ぎる気もする。だが、見る人によっては森と呼ぶ人も居るだろう。
その森の外れに小川を見つけたエイトは、その場所で空間倉庫に収めていたグリーンウルフの死体を全部出して解体を始める。
グリーンウルフの死体は全部で23体。
現在の時刻は4時頃だろう。そうなると、全部の死体の解体を終える頃には、月が姿を現しているのは間違いない。
だが、それを愚痴っていても仕方がない為、エイトは黙々と解体していく。
そして、予想通りに月が闇夜を照らす頃、漸く全ての解体を終えたエイトは、小川で革のグローブと短剣に付いた血を洗い流し、疲れた体を癒すように休息を取る。
「はぁぁぁぁ…………疲れたぁ。暫くは動きたくないなぁ……でも腹がペコペコだし、少し休んだらブリッツに戻ろう。ここからなら、5kmちょっとだろうな」
エイトが言うように、この小さな森からブリッツの街迄の距離は、そう遠く離れた距離では無い。
その事を考えると、最初からグリーンウルフが居た森に行くより、この小さな森に来た方が良かったのではないだろうか。そんな風に思うエイト。
しかし、それは結果を知った今だからこそ言える事だ。
だが、そこまで考えてエイトは何かに気が付いた様子で、両手の平を勢い良く合わせて呟く。
「そうか! メアリーさんが言っていたのは、この小さな森の事だったんだ! そう考えると、色々と合点がいく!」
確かにエイトの言う通り、そう考えると色々と納得出来る。
グリーンウルフと呼ばれるとても低レベルとは思えない魔物、手付かずの薬草に毒草。
恐らく、エイトが道を間違えたせいで強い魔物が存在する森に行ってしまったのだろう。
それらの事に気が付いたエイトは、溜め息を吐いて立ち上がると、内心で愚痴を呟きつつブリッツへ向けて歩を進める。
(どおりで強い筈だ、それに野草が手付かずなのも納得出来る。……手付かずの毒草や薬草を見た時に気付くべきだったな。……マジで大失敗だよ)
色々と反省すべき事は沢山ある。
運が良かっただけだ、そう結論を出す事も出来るが、それだけで終わらせていては駄目だ。冒険者として活動していくのなら、という注釈が付くが。
事実として、高ランク冒険者達は皆、依頼をこなしている最中は色々な物事に細心の注意を払う。それは、沢山の依頼をこなす事で磨いた感性や経験から、生き残る為に最善の答えを知っているからだ。 だからこそ、高ランク冒険者は難しい依頼も達成出来るのだ。勿論、並外れた高いレベルと戦闘能力を持っているのもあるが。
ともあれ、エイトは今回の初めての依頼での事を反省しながら進んでいると、ブリッツの街の外壁が見えてきた。
エイトは、その外壁に一つだけ存在する門の下へと行くと、疲れた表情を浮かべながら門番にギルドカードを提示する。
「……冒険者か、夜遅くまで大変だな。通って良いぞ」
「どうも、お仕事頑張って下さい」
軽く門番の男と会話し、門を潜る。
そして、大通りを歩きながら沢山の出店から漂う匂いにそそられるものの、寄り道をせずに冒険者ギルドへと入る。
冒険者ギルド内の片側にある酒場には、夜ということもあり、沢山の冒険者で賑わっている。
そんな中、受付嬢のメアリーがエイトの姿を見付けて、大きな声で話し掛けてきた。
「エイト君! 随分遅かったけど大丈夫!?」
時刻はもう少しで10時になる頃だ。
ただの採取依頼にしては長い時間が掛かったと言っていい。
だがそれは、行くべき森の場所を間違わなかったら、だ。
そのせいか、ばつの悪そうな表情を浮かべて、エイトはどう説明しようかと考えながら、沢山のグリーンウルフの毛皮を植物の蔓で一纏めにした物をカウンターに置く。次いで、同じくグリーンウルフの毛皮で包んだ魔石と、依頼の薬草と毒草も添えて。
すると、その毛皮と魔石を見たメアリーが、目を鋭くしてエイトに詰め寄る。
「ちょっと! なんでグリーンウルフの毛皮を!? この魔石はグリーンウルフの!? どういう事か説明して貰いますからね!」
まるで弟を叱る姉だ。
そして、それを物語るかのように、エイトがばつの悪そうな表情をしている為、益々そう見えてくる。
「……えぇと……何て言いますか……道間違えちゃって……はは、辿り着いた場所で採取してたらグリーンウルフの群れに襲われちゃたんですよね。いやぁ、びっくりしましたよ」
「びっくりしましたよ……じゃ済まないわよ! 死んでいても可笑しくないのよ!」
メアリーの外見は、他の美しい受付嬢達と比べても、尚美しいと言える。その美しいメアリーが目を鋭くして怒っていると、はっきり言って怖い位だ。
エイトは、美人が怒ると怖いという事を友達に聞いたことがあったなと苦笑しつつ現実逃避している。
そんな二人の間に割り込むようにして、受付嬢の一人が仲裁に入る。
「はいはい。メアリー、落ち着きなさい。……初めまして、私の名前はパメラです。宜しく御願いします。……こちらのグリーンウルフの毛皮と魔石の鑑定をさせて頂きますね。ほらっ、メアリーは依頼の薬草と毒草を見なさい」
「わ、分かってるわよ」
「分かってるなら早くしなさい。エイトさん、すみませんが少々お待ち下さい」
どう切り抜けるか考えていたエイトは、突然やって来て解決してくれたパメラと名乗る受付嬢に感謝して頭を下げる。
そして、やる事が無いエイトがその場に立っていると、エイトと受付嬢のやり取りを聞いていた冒険者の数人がエイトに声を掛けてきた。
「おい、坊主。……ん? 嬢ちゃんか? まぁ、どっちでもいい。お前がグリーンウルフを倒したのか?」
「そりゃ無いぜ。見たところ槍と剣を装備してるし魔術師じゃないのは明らかだ。この街でこんな奴を見るのは初めてだし、駆け出しの冒険者といったところだろう? だとしたら、グリーンウルフなんて倒せる筈が無いだろう」
「そりゃそうか。……ちっ、魔術師ならパーティーに入れようと思ったのにな」
「はははっ、こんなガキが魔術師に見えるかよ。どうせグリーンウルフの死体でも見付けたんだろうよ。飲みなおそうぜ」
エイトに声を掛けて来た冒険者達は、自分達で答えを出して酒場の方へ戻って行く。
その冒険者達を眺めながらエイトは、失礼な人達だなと内心で呟く。
そんなエイトへと、先程の冒険者達以外にも視線を向けている者達が居たのだが、それには気が付いていない様子のエイト。
恐らく、魔術師だとは気付いていないが、エイトが死んでいたグリーンウルフを偶々見付けたとは思っていないのだろう。少なくとも、グリーンウルフを倒せるだけの実力を持つ新人の冒険者と判断しているのだ。そしてあわよくば、その実力ある新人を自分のパーティーに入れたいという考えがあるのだろう。
そんな冒険者達に気付いていないエイトに、メアリーとパメラが戻って来て小袋を差し出す。
「お待たせしました。依頼の報酬とグリーンウルフの毛皮、魔石、合わせて金貨三枚と銀貨五枚になります。それから、ギルドカードを提出して下さい。更新しますので」
「更新? えぇと……はい、ギルドカードです」
エイトは受付嬢のパメラに言われ、自分の服の下に手を入れてあたかもポケットから取り出したように見せ掛けながら、空間倉庫に仕舞ったギルドカードを出し手渡す。
「グリーンウルフは一体につき1ポイントです。依頼の方は三つで9ポイント、合わせて32ポイントになりますので、ランクIに上がりますね。おめでとう御座います」
パメラの説明を聞いていたエイトは、冒険者ランクはポイントを貯めて上げる事を思い出し、納得したように頷く。
そして、渡したギルドカードを更新して新しくなったギルドカードをメアリーから手渡されて、記入されている項目に目を通す。
(なるほど、グリーンウルフとの戦闘でレベルが上がってたのか。……それと、これでランクIに昇格か)
名前、年齢、種族、といった項目は変わっていないが、レベルと冒険者ランクの二つの項目は変更されていた。
レベルは4に、ランクはIに。
その事に嬉しくなったのか、エイトが笑みを浮かべる。
だが、メアリーがそれに待ったを掛ける。
「取り敢えず、お説教は今度にするわ。流石に疲れているだろうしね。早く帰って寝ないと駄目よ」
表情は柔らかくなっているが、どうやらまだ怒っていたようだ。
エイトはメアリーに言われ慌てて笑みを消し、手を振りつつ、お休みなさいと一言答える。
そして、そのまま宿屋へと一目散に行き、疲れた体を癒す為に深い眠りへとついた。