冒険者としての初仕事
まだ二つの太陽が姿を見せていない早朝。
エイトとデズモンドの二人は、ブリッツの街の門に来ていた。
エイトはブリッツに残り、デズモンドは自分の家に戻る為、再度デズモンドがブリッツにやって来る迄は暫しの別れとなる。
エイトはエルドラドへと来てから、デズモンドには世話になりっぱなしであった。その事に、エイトは深く感謝している。
だからこそ、エイトは深く深く頭を下げて礼を述べる。
「有り難う御座いました。貴方に出会わなければ、俺は死んでいた筈です……いや、あの時の俺は雷に打たれ死んでいました。貴方は、その俺を蘇生させてくれた。そして、エルドラドという俺の世界とは異なる世界に戸惑っていた俺を気づかってくれた。……そして、魔法を教えてくれた。……何度御礼を言っても言い尽くせません。……本当に…本当に、有り難う御座いました!」
エイトが心の底からの感謝を述べると、デズモンドは優しく微笑み、柔らかな声音で呟く。
「気にするでない、何があるか分からんのが人生じゃしの。……何より、救われたのは儂の方じゃ。世を避け、人を避け、そうやって魔導の深淵を求めて過ごす日々も悪くはないが……お主のお陰で、魔法と初めて出会った頃を思い出したよ」
自身の若かりし頃、1000年以上前の事を思い出しながら答えるデズモンド。
エイトは知らないが、デズモンドも若い頃は四苦八苦しながら魔法を学んでいて、その頃は優秀な魔術師の下で、沢山の者達と切磋琢磨していた。
弟子仲間の一人と共に悪戯目的の魔法を作ったり、覗き目的に作った魔法を使い、バレると弟子仲間を盾にして逃げていたり……等々、殆ど遊んでいたようなものだったが、デズモンドにとっては純粋に魔法を楽しんでいた時期だった。
その事を、エイトが魔法を試行錯誤しワクワクした表情で発動させているのを見ていて思い出し、自分ももう一度魔法を楽しもうと思えたようだ。
「二ヶ月後に、また会おうぞ。その時にはエイトの事じゃ……きっとレベルも冒険者として一人前と言える程に高くなっておるじゃろう。楽しみにしておるぞ。………ではな」
「はい! 格好いいゴーレムを錬成出来るようになっておきます! また会う日まで、くれぐれも御自愛下さい!」
エイトの言葉を聞いたデズモンドは、快活に笑いながら門を潜り抜け、エイトに背を向けたまま答える。
「ほっほっほっ、楽しみじゃ。実に楽しみじゃ。エイトよ、頑張るのじゃぞ」
「はい! お元気で!」
デズモンドの激励に、エイトは元気良く答える。
そして、デズモンドの姿が見えなくなるまでその場に立って見送ると、自身の装備を整える為に武器屋と防具屋へと向かう。
エイトが目的の装備を全て手に入れたのは、日が頂点に昇る頃だった。
メインの武器に鉄槍、サブの武器に銅の剣。防具には革の胴鎧に、同じく革で出来たグローブとロングブーツ。そして、フードが付いているマント。尤も、あくまでも武器は見せかけで、本当の武器は魔法だ。
エイトは、それらの装備を装着し、フードを目深に被り冒険者ギルドへと入る。
すると昨日と同様に、エイトへと複数の視線が集まるが、その視線は既に一度浴びて経験している為、冷静さを装いながら依頼が沢山貼られている依頼ボードへと移動する。
(依頼の数が滅茶苦茶あるな……だけど、俺が請けられるランクの依頼が少過ぎる)
流石は未開地に接する街の冒険者ギルドと言ったところか。依頼ボードには無数の依頼用紙が貼られている。
だが、エイトの冒険者ランクJの依頼は数枚しかない為、その数枚の依頼を見比べて報酬額が高い物を選ぼうとするが…………
(………全部同額だし、薬草採取しかないじゃん)
なかなか都合良く事が運ぶ訳も無く、エイトは仕方ないなと呟きつつ、見比べていた三枚の依頼を手に持ってカウンターへと行き、昨日知り合った受付嬢のメアリーの前に立つ。
「メアリーさん、こんにちは。依頼の受領を御願いします」
「こんにちは、エイト君。うふふふ、冒険者としての初めての活動ね。………三つもあるけど……大丈夫?」
エイトに微笑みを向けて対応するメアリーだが、依頼用紙の数を見ると心配そうな表情に変えてエイトに尋ねる。
「はい。依頼用紙に採取する毒草と薬草の絵が描かれていますし、俺自身野草には詳しいので大丈夫です」
自信満々と言ったエイトの返答を聞いても、メアリーの表情は相変わらず心配そうだ。
だが、エイトなら本当に大丈夫だろう。何故なら、故郷で過ごしていた頃は沢山の野草を摘んでいた事もあったのだから。
事実、依頼用紙に書いてある毒草の名前、毒のある部位、どんな症状を起こすかを知っているし、薬草の方も同様だ。
であれば、間違えて野草を採取し依頼不達成になるということは無いだろう。
しかし、メアリーが心配しているのは採取する物を間違うかどうかという事ではなく、魔物が出現する街の外に一人で出るのを心配しているのだ。
何時ものメアリーなら……と言うより、受付嬢の全員は通常であれば依頼を請けようとしている冒険者に、大丈夫か? 等と聞いたりはしないし、感情移入したりしないようにしている。
だが、エイトの外見が可愛い姿をしているからだろう。
そのエイトを心配そうに見詰めながら、メアリーが口を開く。
「魔物と出くわすかもしれないのに……一人で行動するのは危険よ」
「大丈夫ですよ……多分。魔物と戦った事は一度も無いですけど……」
先程とは違い、少し自信無さげに答えるエイト。
普通こんな時こそ自信満々に答えるべきなのだが……。
ともあれ、そんなエイトの返答では満足しないメアリーは、魔物が何れ程危険な存在か忠告する。
「エイト君、今から話すのは誇張したものじゃ無いの……いい? ちゃんと聞くのよ? 魔物っていう存在には、私達よりも遥かに大きいものも存在するの。勿論、体が巨大なら力も強大よ。しかも、そんなに大きな体をしていて、私達より素早い魔物も居るわ。高ランク冒険者ならともかく、冒険者に成り立てのエイト君一人で、どうにか出来る存在じゃないのよ」
勿論、メアリーはエイトが魔術師だとは知らない。だからこそ、こんなに心配し何度も大丈夫かと尋ね、忠告までしているのだ。
そんなメアリーの忠告を聞いたエイトは、少しだけ不安になるものの、デズモンドの他に知り合いはメアリーしか居ないので仕方がないと判断する。
それに、自分が魔術師だと悟られるのは不味いし、ギフトの事もある。何れバレる時が来るだろうが、それは出来るだけ自分のレベルが上がってからの方が良いし、レベルが高ければ自分を好きに使おうとする者から身を守ることが出来るからと考え、メアリーに向かって首を横に振って答える。
「一人でやっていきたいんです。と言うより、一人の方が都合が良いんですよ」
「一人の方が良いなんて………本当の本当に大丈夫?」
「ええ、大丈夫です。約束しますよ」
メアリーの目を真っ直ぐに見つめながら、エイトは強く約束する。
そんなエイトに根負けしたのか、メアリーはこめかみを押さえ深い溜め息を吐く。
「はぁぁぁ、分かったわ。エイト君の依頼を受領するわよ」
エイトが渡した依頼用紙に、メアリーが渋々といった様子で判子を押す。
そして、メアリーはエイトに三つの袋を手渡し、真剣な表情でアドバイスをする。
「この袋に薬草と毒草を入れてね。……それから、採取する場所は門を出て西に向かった先にある森が良いわよ。魔物の数が少ないし、低レベルの魔物しか現れないから」
「西ですね、分かりました。……行ってきます」
「気を付けてね! ちゃんと帰ってくるのよ!」
まるで、弟を心配する姉のように声を掛けるメアリーに、エイトは手を上げて答え冒険者ギルドを後にした。
そして門まで行くと、門番にギルドカードを提示し、門を潜り抜け西へと進む。
目的の場所へと移動する事一時間。魔物と遭遇する事は無かったが、数組の冒険者と思われる者達とすれ違った。
どの冒険者も鋭い目をしていて、それがその者達のレベルの高さを表しているようだった。
だが、目的の森に到着すると、冒険者らしき人影も、一般人の姿も見えなかった。恐らくは、メアリーが言う通り、この森に出没する魔物のレベルが低い為、冒険者の数が少ないのだろう。
その森を眺めつつ、エイトは深呼吸しながら呟く。
「すぅぅ、はぁぁ。……何だか酸素が濃い気がするな。……良し! では早速仕事に取り掛かるか! とは意気込んでみるものの………」
気合いを入れて周囲の地面を見つめる。
そこには………
「目的の薬草、毒草が全部あるんだけど………何だこれ……楽すぎるだろ」
ウマノスズクサ、クサノオウ、ドクゼリといった毒草。ガマ、ツワブキといった薬草。それら以外にも沢山の薬草、毒草が自生している。
その光景を見て、肩透かしを喰ったような表情で呆けるものの、楽が出来るならそれに越したことはないと考え、先ずは毒草から摘んでいく。
だが、その毒草もあっという間に摘み終わり、袋の中身は毒草でパンパンになっている。となれば、次に採取するのは薬草だ。
しかし、それを邪魔するかのように辺り一帯に重低音の唸り声が響く。
その唸り声の元へとエイトが視線を向けると、木々の間から緑色の毛並みを持つ狼が三頭姿を現した。
(狼!? あれは魔物か? それとも動物?)
魔物であるのか、はたまた動物であるのか悩むエイト。
しかし、それは見た目では判断出来ない。確かめる一番の方法は、胸を切り裂き心臓の横に魔石と呼ばれている宝石のような石があるかどうかを見れば、一目瞭然だ。
だが、それには目の前で牙を剥き出して唸っている狼を倒さねばならない。
その狼が、身を屈め前傾姿勢を取る。
それを見たエイトは、狼が襲ってくると判断し、急いで魔法を発動させる為に呪文を唱える。尤も、エイトは呪文を唱えずとも魔法を発動出来るのだが、初めての実戦の為、丁寧になっているのだ。
『我の魔力を依り代に現れよ』
エイトの体から、デズモンドが転移魔法を使った時と同等の魔力が溢れる。
『出でよ! ゴーレムサンド!』
エイトが呪文を唱え終わると、空気中にある魔素が光ながら三つの塊になり、やがて身長140cm程の砂のゴーレムが姿を現した。
そして、その突然姿を現したゴーレムに、狼の三頭は狼狽えながら互いに視線を向ける。
それを見たエイトは、もしかすると狼が逃げ出すかもと考えるが、そんなに甘くはいかないないようで、狼はゴーレムサンドに向かって勢い良く飛び掛かる。
前足の鋭い爪で切り裂き、同じく鋭い牙で噛みつく。
その攻撃で、ゴーレムサンドの腕や足が崩れる。やはり砂で出来てるだけあって、ゴーレムの体は簡単に破壊される。正直なところ、ゴーレムサンドは盾にはなるが、攻撃には向かない。
それを冷静に判断したエイトは、ゴーレム魔法とは別の魔法を発動させる。今度は呪文は無しでだ。
「Set!」
人差し指と中指を、真ん中の一頭に向けてそう叫ぶと、エイトの背後に5本の石槍が出現した。
「これでも喰らえ! Shot!!」
空中に浮いていた石槍が、時速120km程の速度で発射される。
その石槍の全てが見事に狼の体を貫く。
余程痛いのだろう、狼は犬と変わらない悲鳴を上げて倒れるとピクリとも動かなくなった。
そして残り二体になった狼は、たった今殺された狼に視線を向け、危険を感じ取ったのか一目散に逃げ出した。
背を向けて逃げ出した狼を見ながら、エイトは深い溜め息を吐く。
「はぁぁぁ。マジで緊張した! アドレナリンがバンバン出てる!」
アドレナリンの影響で震える手を使い、額に浮かぶ冷や汗を拭う。
そして、先程の先頭でのゴーレムサンドの弱さに再度溜め息を吐きながら、内心でどうすれば一番良かったのかを考える。
(ゴーレムサンドじゃ駄目だ。盾役にはなっても、アタッカーにはならないな。………だとすれば、ゴーレムロックか? いやいや、スピードが無いしなぁ。だったら、今の俺の最高のゴーレムを使うのが一番良いだろう。それなら、あの素早い狼にも対応出来る筈)
自分なりに先程の戦闘を分析し、次はどうするかの答えを出す。
それが済むと、途中だった依頼の採取を再開する。
その姿は、初めての実戦を終えたばかりの冒険者としては非常に冷静に見えるし、優秀だと言えるだろう。
ともあれ、採取が済むとエイトは、狼の死体を睨みながらどうするか考える。
(流石に田舎育ちの俺でも、生き物の解体はやった事は無いしなぁ。どうしよう……)
そう、解体について悩んでいるのだ。
だが、そんなエイトの脳裏にデズモンドから渡された本の内の一冊が浮かぶ。タイトルは魔物解体全書だ。
その本と短剣を空間倉庫から取り出し、本を睨みながら狼の解体を始めた。因みに、狼は魔物であった。