冒険者登録
冒険者ギルドで無事に冒険者登録を済ませたエイトは、道行く人に癒しの雫亭の場所を尋ねる。
宿屋の場所を問題なく聞き出せはしたが、何故か皆が皆、エイトにお使いかい? と尋ねてくるのには辟易としているようだ。
エイトの外見は15歳前後に戻っている。エルドラドではその15歳が成人として見られる歳なのだが、エイトの外見は中性的な顔立ちと155cm程の身長のせいで、より幼く見えてしまう。客観的に言って12歳から13歳程に見える。
恐らく、そのせいでエイトを子供扱いをする者が多いのだろう。
そんな事を考えながら、エイトは大きな溜め息を吐きつつ、歩を進める。
「あっ…………この建物が癒しの雫亭か?」
何時の間にか目的の建物に辿り着いていたようで、1滴の水の雫が描かれている看板を見上げながら一人呟く。
(へぇ……冒険者ギルドと同じか少し小さい位だな)
冒険者ギルドは城のような見た目だったが、癒しの雫亭は冒険者ギルドとは違って、外観に力を入れているのだろう。武骨な印象は全くなく、美しくすらある。
その美しい外観の宿屋の戸を開き、ゆっくりと中へと入って行く。
宿屋の中は外観と同じく、椅子やテーブルといった物の、一つ一つの調度品も品がありとても落ち着く空間になっている。
その事に感心しながら視線をキョロキョロとさせていると、恰幅のいい女性が笑顔で駆け寄って来た。
「いらっしゃいませ! お泊まりですか?」
「えぇと……サミュエルさんがここに宿泊してる筈なんですけど……」
サミュエルとはデズモンドのことだ。デズモンドがブリッツの街ではサミュエルという偽名で通している事を思い出し、迷惑が掛からぬように偽名の名前で尋ねたのだ。
「あぁ、後でお連れさんが来ると聞いてました。それじゃあ、貴方がエイトさんですね。サミュエルさんはお部屋でお休みになっておりますよ。部屋は二階の2番になります」
エイトは自分の姿を見ても、一人の客として丁寧に対応してくれる宿屋の女性に、一礼して礼を述べるとデズモンドが居る部屋へと行く。
そして、2番と書かれている扉の前に立つと、煩くなく、かといって小さくない大きさの音を立てて4回ノックする。
すると、室内からデズモンドの声が聞こえてきた。
「ん? 何ですかな?」
「エイトです、失礼します」
部屋へと入ると、デズモンドが紅茶を飲みながらゆったりと寛いでいるのがエイトの目に入った。
「冒険者登録はどうじゃった?」
「滞りなく……ただ、ギフトの空間倉庫っていうのは何なんですか?」
エイトが尋ねた事で察したのだろう。デズモンドは若干微笑み、興味深そうに口を開く。
「ほう、エイトは空間倉庫のギフトを持っておったのか。……ふむ、そうじゃのう。そのままじゃなんじゃから、取り敢えずエイトよ、椅子に座って紅茶でも飲みなさい」
「有り難う御座います。……頂きます。……はぁぁ、美味しいですね」
デズモンドに促され、エイトが椅子に座るとデズモンドが淹れたばかりの紅茶を差し出して来た。
その紅茶を一口飲んだエイトがほっと一息ついたところで、デズモンドが空間倉庫について説明を始める。
「そうじゃろう、レインという村の紅茶じゃ。なかなか手に入り難い茶葉なんじゃぞ。………それで、空間倉庫についてじゃったな。空間倉庫とは……空間倉庫のギフトを持つ者だけが自由に物を入れたり出したり出来る、自分だけの倉庫の事じゃ。空間倉庫の容量は、ギフト所有者の魔力量によって決まる。……恐らく、エイトの空間倉庫は今までに類を見ない程の容量を持っておるじゃろうな」
「へぇ……ん? えぇと、それじゃあその空間倉庫のギフトはどうやって発動するんですか?」
「なに、簡単な事じゃよ。ただ念じるだけじゃ……ほれ、やってみるといい」
一通りの説明が済むと、デズモンドは冒険者ギルドでエイトと別れてから買っていた4冊の本を取り出し、エイトへと手渡す。
その4冊の本を空間倉庫に入れろという事なのだろう。
エイトもデズモンドの考えに気が付いたようで、4冊の本を手に取り、心の中で空間倉庫と強く念じる。
すると、手に持っていた筈の本は、一瞬にして消えていってしまった。その事に驚いたエイトは驚きながらも、実に嬉しそうに声を漏らす。
「おお!? 凄い! これは便利ですね!」
「ほっほっほっ。そうじゃな、便利なギフトじゃ。…………じゃが、それ故に気を付けた方がいい。空間倉庫はレアなギフトじゃからな。ただでさえエイトは魔術師という貴重な存在なんじゃ。………あぁ、そうそう。言い忘れた事がある、空間倉庫内には時間という概念は存在しない。つまり、食物を入れておけば……入れた時のままずっと変わらないという事じゃ。それと、空間倉庫内には生きた生物は入れられない」
「入れた時のまま!? それじゃあ、出来立ての料理を入れれば……たとえ長い時間が経っていても、取り出した時は出来立てのままって事ですか!?」
エイトは空間倉庫の便利さに興奮して、座っていた椅子から身を乗り出し、デズモンドに確かめるように尋ねる。
そのエイトの反応に、デズモンドは悪戯げに笑いつつ無言で頷くことで、言外にその通りだと答える。
「便利どころじゃない……凄すぎるギフトですね、空間倉庫って……」
空間倉庫の凄さに、エイトは興奮したまま利用法を考える。
空間倉庫の利便性は多岐にわたるだろう。単純に無数の武器、防具を輸送させ戦争を有利に運ぶ事も出来るし、災害によって孤立した避難民に食糧などを輸送する事も出来る。正に、自由に動く倉庫と言っていいだろう。
その事に気が付いた様子のエイトは、空間倉庫というギフトを授かったことへの感動を覚えるが、同時に危険性も感じ、顔に深い皺を作り表情を顰める。
「気が付いたようじゃのう。………そうじゃ、空間倉庫のギフトを持っておった者は全員……戦争とは無縁の生き方というものは出来なかった。……儂が知る限りでは、な」
エイトの表情で、デズモンドは察したのだろう。真剣な表情で、エイトに忠告する。
その忠告は、空間倉庫というギフトを所有している事を出来るだけ悟られるな。そういう意味を込めての言葉だった。
それを受けてエイトは、無言のまま一度深く頷く。
「………さて、それはそうと。さっき渡した本はエイトにやるぞい。あれで勉強するといい、冒険者として活動するなら役に立つ知識ばかりじゃからな。……それから、これもやっておく」
デズモンドが新たに袖から取り出して渡したのは小袋だった。
その小袋からは、チャラチャラとした音が出ていて、中に金属で出来た物が入っているのが窺い知れる。
「これは……金貨?」
「エイトが冒険者として活動する為の、当座の資金じゃよ。……前にも言ったが、エイトは魔術師じゃ。そうである以上、第三者に悟られぬようにした方が良い。であれば、取り敢えず装備を整えるべきじゃろうな」
「装備を、ですか? これじゃ駄目?」
手を広げて自身の姿を眺めるエイト。
エイトの現在の装備は、ヴァイスハイトの国のみならずエルドラドの庶民なら誰でも着てる服で、その上にフードつきのローブを着てるだけだ。はっきり言って、冒険者どうこう言う前にただの旅人にしか見えないだろう。
そういった点では、魔術師だとは悟られる事もないだろうが、ただの服では魔物に襲われた際には心許ない。
「そうじゃな、革鎧と………武器はどうする? 槍か? 剣か? 弓か? エイトは杖が無くても魔法を容易に発動出来るからの、必要ないじゃろ。そうなると、エイトを見て魔術師じゃと直ぐには気が付かんじゃろな」
「あぁ、そういう事ですか。確かに杖を持っていなかったらバレ難いでしょうね」
デズモンドの真意が分かったエイトは、先程の真剣な表情とは打って変わって明るい表情で呟く。
そして、そのまま自身の武器をどうするか言葉にしながら考える。
「俺は田舎出身で、故郷には何も無かったんですよね。だから小さい頃から友達と、柔道や空手、なぎなたや剣道をしていたんですよ。その事を考えると、剣か槍が良いですね。流石に弓の経験は、自分で作った弓で遊ぶ程度だったので」
故郷の友人と過ごした日常を思い出し、その頃にやっていた事が役に立つことになるとは思いもしなかったと内心で呟きつつ、デズモンドに話すエイト。
友人や故郷の事を思い出したからか、エイトの表情は柔らかで優しいものになっている。
そんなエイトに、デズモンドは微笑みながら口を開く。
「剣道となぎなたとは……確か、エイトの世界の剣術と槍術の事じゃったな。……ならば、槍と剣の両方を買うと良いじゃろ。事実、冒険者の中には槍と剣の二つどころか、弓を合わせた三つを扱う者もおるからな」
「三つもですか………その人はまるで、武術の宝石箱みたいな人ですね」
「ほっほっほっ。まぁ、それほどに優れた武術家は、そうそう居まいがの」
デズモンドは何処か遠くを見るような目で、笑いながら天井に視線を向け、エイトに答える。
その表情は儚く寂しそうなものだった。
エイトはその事に気付くが、あえてどうしたのかは聞かず、口を閉じる。
先程自分がそうだったように、デズモンドも今は会えない遠い昔の知り合いでも思い出しているのだろうと考えたからだ。
しんみりした空気が少しだけ室内に漂うが、我に返ったデズモンドが、そんな空気を払拭するように提案する。
「さて、腹が空いたのう。一階の食堂で、たらふく食べるとしようぞ」
「ははは、確かにそうですね。では食堂に行きましょう」
エイトは、たいして腹が空いていた訳では無かったのだがデズモンドに話を合わせる事によって、少し沈んだ空気を明るくする。
そして、二人揃って一階の食堂に移動する。
その移動した場所では、既に沢山の宿泊客で賑わっており、丁度二人分の席しか空いていなかった。
「お、ラッキーですね」
「ほっほっほっ、そうじゃのう」
エイトとデズモンドの二人が、空いていた最後の席に座ると、宿屋の店員が颯爽とやって来た。
まだ食堂に入って来て席に座ったばかりだというのに、店員は的確に判断し、二人に注文を尋ねる。
その事にエイトは、日本のファミレスよりも接客が良いのではと感心しつつ、デズモンドが注文した物と同じ物を頼む。
そして、運ばれて来た料理を食べながら、明日はどうするのかとデズモンドに尋ねる。
エイトは、まだ何か用事があるだろうと考えていたのだが、デズモンドの返答は予想外のものだった。
「儂の用事は済んだからのう、明日には戻るつもりじゃ。二ヶ月に一度、儂はこの街に来るからその時迄、さよならじゃな」
「そうなんですか………明日……」
明日から一人になる。その事に少しだけ恐怖を覚えるが、ゴーレム魔法を極める為だと自身の心を奮い立たせる。
そして、残り少なくなったスープを一気に飲み干す。
「御馳走様でした。……明日は、早くに出発するんですか?」
「うむ、日が昇る前に出ようと思っておる」
「それじゃあ、今日は早めに寝ておきましょう」
早朝に出発すると言うデズモンドを気づかってエイトが提案するが、デズモンドはそれを拒否すると店員を呼びワインを注文する。
そして、店員が注文通りにワインとグラスを二つ持って来る。
そのワインを受け取ったデズモンドは、二つのグラスに注ぐと、一つをエイトに差し出し口を開く。
「明日から暫くは会えんのじゃ。それに、エイトの冒険者としてのスタートじゃからな。今日は飲もう」
「はは、こっちに来て酒を飲むのは初めてですね。分かりました、飲みましょう」
チンッという小気味良い音を響かせ、グラスの中身を一気に飲み干す。
エイトの外見からすると、エイトが酒を飲んでいる事に違和感がある。だが、実際のエイトの年齢は28歳だ。それを考えると、別段おかしな事も無いのだろうが。
尤も、今のエイトは15歳前後の体に戻っている。そんなエイトが酒を飲んだ場合、これからの成長に良い訳は無いだろう……成長するのかは分からないが。
ともあれ、エイトとデズモンドはお互いに初めて酒を酌み交わしながら、二つの月がその姿を夜空の頂点に昇る迄、宴は続いた。