ブリッツの街、そして冒険者ギルド
8万人が暮らすこのブリッツの街は、エルドラドでは中規模の街になる。故に、ヴァイスハイトの王都などと比べると、どうしても目劣りしてしまう。
だが、このブリッツの街は他の街には無い大きな特徴が存在する。
それは、このブリッツの街が未開拓地に接する辺境に存在するということだ。そのお陰で、様々な貴重で希少な魔物の材料や、同じく貴重で希少な鉱物といった物が沢山手に入る。
そしてそれらの物を求めて、多くの商人がブリッツの街にやって来る。勿論、その商人や沢山の依頼を求めてやって来る冒険者に向けて、宿屋や武具屋といった店、この街でしか食べられない食事を出す店、といった複数の店が並び、ブリッツの街は賑やかな雰囲気を醸し出している。
そんなブリッツの街の門を潜って中へと入ったエイトは、街の光景を目にして嬉しそうに笑みを浮かべながら声を漏らす。
「おお……凄いな。まるで映画の中に入ったみたいだ……」
エイトは地球の日本で暮らしていた時、一度も国外に出たことが無かった。
そんなエイトからしたら、海外旅行をしているような気分になるのも仕方がないだろう。
嬉しそうにキョロキョロと視線を右に左にと向けているエイトを見たデズモンドが、笑いながら声を掛ける。
「ほっほっほ。エイトの年齢を知っておらねば、外見相応の年齢じゃと思うじゃろうな」
エイトの年齢は28歳だ。
だが、今のエイトの外見は子供と言っても過言ではない。何せ理由は不明だが、地球からこの異世界のエルドラドへと転移した際に、髪は雪のように白くなり瞳は燃え上がる炎のように真っ赤なものへと変貌していた。しかもそればかりか、体つきも顔も15歳前後迄戻っているのだ。
誰が見てもエイトを28歳の成人男性とは思わないだろう。
(正に中世ヨーロッパって感じだな。そんな場所に、こうやって自分が立っているなんて不思議な気分だ)
一頻り周囲を見渡したエイトは、内心で街の感想を呟く。
そんなエイトを見ていたデズモンドは、まるで孫に話し掛ける祖父のように優しくこれからのことを話す。
「エイトよ、先ずはこの街の薬師の所に行くぞい。それが終わったら冒険者ギルドに行くとしよう」
エイトはデズモンドに促され、用があると言う薬師の店へとデズモンドについて行く。
沢山の人波を抜けて進むこと15分、大通りの道から外れた裏道にひっそりと立つ建物の前でデズモンドは足を止めた。どうやらここが目的の店のようだ。
店の外観は苔に覆われており、とても人が住んでいる……あるいは、人が出入りしている様には見えない。
だがデズモンドは見慣れているのだろう。その建物の戸を迷いなく少し強めに4回ノックする。
すると八十代と思われる老人の男性が顔を出してきて、デズモンドの顔を見るなり目尻に深い皺を作って笑顔を浮かべた。
「誰かと思えばデズモンドさんか。お久しぶりですな。……もうあれから2ヶ月が経ちましたか?」
「ほっほっほ、光陰矢の如しと言いますからの」
「正にそうですな。では、これが料金です」
「確かに……どうぞ、こちらが今回の分の薬で……前回の量と同量になっておりますからの」
エイトはデズモンドと薬師のやり取りを見ていて、何やら良からぬ薬の売買をしているかのように感じる。
だが、勿論そんなことはない。デズモンドがエイトを無償で助け、世話してくれたことを考えると絶対に有り得ないことだと断言出来る。
事実、薬師の次の言葉がそれを物語っていた。
「助かります。これでまた私には救えない者達を助けられます」
そう言った薬師の言葉から、恐らく薬師には手に負えない症状の病気を持つ人々をデズモンドが渡した薬を用いて助けているのだろうと判断出来る。
ともあれ、薬師の言葉を聞いたエイトは、良からぬ薬を? 等と考えていたことに恥ずかしくなったようで、苦笑いを浮かべる。
「次は2か月後ですな。それでは……それまで御自愛を」
デズモンドが店主と思われる老人の薬師にそう告げると、薬師に背を向けて大通りに進む。
そんなデズモンドの背を、エイトは慌てて追いかける。
そして、大通りに出ると先程のやり取りをデズモンドに尋ねる。
「あの、さっきのは?」
「ん? 薬師の店主に渡した物のことかの?」
「ええ、どんな物を渡したんですか?」
「ある病気に効く特効薬じゃな。……まぁ、完治させることは出来んが、普段の生活は通常通りに送れるようになる。あの薬を7日に一回飲まなくてはならんがの」
エイトはデズモンドの説明を聞いて、専門の薬師がお手上げ状態になっているのに、デズモンドはどうにか出来るのかと感心する。
今や誰にも使用することが出来ない魔法を数多く扱い、それだけには留まらず、病やそれを治癒させる薬についての知識もある。正に完璧超人と言っていいだろう。
そんなデズモンドに、エイトは薬師の店の前の時とは違ってキラキラと目を光らせながら尊敬の眼差しを向けていると、デズモンドが急に立ち止まり口を開いた。
「あれが冒険者ギルドじゃ」
デズモンドがエイトにそう言いながら、盾の前に剣と杖が交差している絵が描かれた看板を指差す。
デズモンドが指差す看板を掲げる建物は、ブリッツの街にある他の建物と同様に石造りではあるのだが、ここだけは1階建てじゃなく3階建てになっている。
しかもただ3階建てなだけじゃなく、建物は非常に大きく、まるで小さな城のような印象を見る者に与える。
その城のような冒険者ギルドを見たエイトは、始めて見た洋風の城に感動して感嘆の声を漏らす。
「凄い……まるで城や宮殿みたいですね」
「建築技術も昔と比べて発達したからのう。とは言え、この程度の建物なら金持ち連中からしたら……そこそこって程度の物じゃろな」
「これで……そこそこ?」
デズモンドはブリッツの街の冒険者ギルドをそこそこの建物だと言うが、エイトからしたらとてもそうは思えず、ただただデズモンドの言葉に驚く。
そんなエイトの様子を気にせず、デズモンドは冒険者ギルドの戸を開けて中へと入る。
「あっ、ちょっ、待って……」
デズモンドの言葉に呆気に取られていたエイトは、後を慌てて追いかけ冒険者ギルドへと入り、デズモンドの姿を探す。
だが、エイトはデズモンドの姿を探すどころか、ギルド内の雰囲気に圧倒され体を固まらせている。
その理由は…………
(うわぁ………目つきが悪い人ばかりだなぁ)
ギルド内は片側が酒場になっていて、もう片側にはカウンターが設置してあり、複数人の美しい女性職員が受付として座っている。
そしてその酒場には、屈強な外見の冒険者達がエイトを品定めするかのように鋭い目つきで睨んでいた。
その冒険者達の視線のせいで、エイトは身を固まらせているのだ。
そんな中で、受付の前で自分に手招きしているデズモンドの姿を見つけたエイトは、小走りで駆け寄る。
デズモンドはエイトが自身の側に来たのを確認すると、受付嬢の一人に視線を向けて声を掛ける。
「この者の登録を頼む。それと、冒険者ギルドの説明等もしておいてくれ……エイト、儂は癒しの雫亭という宿へ先に行っておるからの」
「へ? あ、はい。分かりました」
未だに冒険者ギルド内に居る沢山の冒険者達の視線に戸惑いつつ、デズモンドに返答するエイト。
デズモンドは、そんなエイトの反応を見て少し心配するが、エイトの魔法の実力なら大丈夫だろうと判断して一足早く宿屋へと移動して行った。
そして、デズモンドがギルドから出ると、受付の女性が優しく声を掛ける。
「えぇと……エイトちゃん? エイト君? 冒険者登録をするから、この用紙に記入して貰えるかな?」
エイトの外見が中性的なせいだろう。受付の女性は、エイトの性別を判断出来ず、少し戸惑いながら1枚の用紙を差し出す。
(どうせ女顔ですよ……自分の顔なんだ、よく知ってるよ)
エイトはガクッと首を落とし、内心で毒づきながら手渡された用紙に記入していく。名前、エイト、性別、男、年齢、15歳、種族、人間、レベル、1、戦闘タイプ、魔術師、そしてギフト。
だが、最後のギフトについては意味が分からない為、どう書いていいか分からず、手に持った羽ペンの動きを止める。
そんなエイトのことに気付いた受付の女性が、途中迄記入されている用紙を見てエイトが男だということに驚きながらも、合点がいった様子で微笑みながら水晶を取り出し説明し始めた。
「あぁ、最後のギフトについては……この水晶で分かるから大丈夫よ。さぁ、この水晶に手を当ててみて」
「これにですか?」
エイトは首を傾げながら、女性が言う通りに素直に手を当てる。すると、水晶にうっすらと空間倉庫という文字が浮かんできた。
エイトは驚きつつも、その空間倉庫という単語がギフトとどう関係するのか疑問に思い尋ねる。
「あの……それで、ギフトとは何ですか?」
「この空間倉庫っていうのが、エイト君のギフトなの。ギフトっていうのは、神によって生まれつき人が持ってる能力のことよ。……でも驚いたわ、エイト君は魔術師なのね。それに、このギフトはスッゴいレアなのよ」
他の人に聞こえないように、ボソボソと小さな声で説明する受付の女性。
恐らく、見慣れないエイトという存在を品定めしている冒険者達に、エイトのギフトや戦闘タイプが聞こえないように配慮しているのだろう。
「それじゃあギルドカードを作る間に、冒険者ギルドのことを簡単に説明するわね」
「あ、はい。お願いします」
エイトは軽く頭を下げて礼を述べる。
礼儀正しい者という存在が冒険者には少ない為か、女性はそんなエイトに優しく微笑んで説明し始めた。
その説明は以下の通りだ。
冒険者にはランク制度があり、そのランクはJ~Sとなっている。最下級ランクのJランクは、登録したギルドが存在する街中で出来る依頼か、採取系の依頼しか請けられない。
そして、ランクを上げる方法は依頼一つ一つにポイントが割り振ってあるので、そのポイントを一定数貯めることでランクを上げられる。
依頼は、依頼ボードに貼られている依頼用紙を受付に持っていき、受付に居る職員が確認して問題なければ依頼の受領が完了となる。因みに、依頼にはランクが設定してあるので、自身のランク以下しか請けられない。
それと、依頼によっては期日があるものも存在しているので注意が必要だ。もし、依頼の期日迄に間に合わなかった場合は、報酬の5割を違約金として支払わなければならない。
冒険者登録は無料なのだが、冒険者として登録してギルドカードを貰い、そのギルドカードを何らかの事情により無くしてしまった場合は、再発行に金貨1枚が必要になる。
モンスターの素材や、採取した薬草、鉱物、といった物は冒険者ギルドで、その時々の価格で買い取りをする。
冒険者ギルドは、他の冒険者ギルドとマジックアイテムを用いて連絡を取っている。その為、冒険者登録をした冒険者ギルド以外でも、問題なくギルドカードは使える。勿論、身分証明として、街に入る際に使用する事も当然として出来る。
冒険者が、何らかの問題を起こしたとしても、冒険者ギルドは関与しない。
等々といった説明が終わると、受付嬢は優しく微笑みながら一度手を叩く。
「……これで全部かな。はい、これがエイト君のギルドカードよ。念の為に確認してね」
受付の女性に促され、手渡されたばかりの新しいギルドカードに目を通す。
ギルドカードの材質は銅製で出来ていて、そのギルドカードに先程用紙に記入したものと同様の事が、名前、性別、年齢、種族、レベルの順番で記入してあり、最後に冒険者登録をした支部の名前が書いてあった。
だが、ギフトや戦闘タイプは冒険者が秘匿する場合もあるからだろう、ギルドカードには記入されていなかった。
そのギルドカードを確認したエイトは、視線を受付嬢に向け口を開く。
「えーっと……確認しました、大丈夫です」
「それじゃあ、登録はこれで終わりね。何か質問はある?」
受付嬢に尋ねられたエイトは、ギフトの空間倉庫について尋ねようと考えるが、自身の後ろから感じる無数の視線を嫌い、空間倉庫についてはデズモンドに聞こうと考えを改める。
そして、それならこれ以上この場所に留まる必要は無いと判断し、笑顔を浮かべて受付嬢に一礼して礼を述べる。
「色々有り難う御座いました。……師匠を待たせているので、俺はこれで失礼します」
エイトとしては、初対面であるし丁寧に対応してくれたという事もあり、その結果として礼儀正しくするは当たり前のことなので丁寧に礼を述べる。
だが受付嬢からしたら、普段は粗野な冒険者達ばかりの対応をしている為、余程新鮮な事だったのだろう。満面の笑みを浮かべて、カウンター越しに身を乗り出してエイトの頭を撫で始めた。
「うふふふ、私の名前はメアリーよ。ブリッツ支部を利用する場合は私の所に来てね」
(…………子供扱いはごめんだよ。……マジで止めて欲しい)
メアリーと名乗る受付嬢に子供扱いされ、内心でげんなりとしつつ呟くエイト。
そんなエイトは再度一礼すると、足早に沢山の視線から逃れるように冒険者ギルドから出る。
そして、無数の視線から解放されたことでほっと胸を撫で下ろし、デズモンドが先に行っている宿屋、癒しの雫亭へと目指し移動を開始した。