人間族以外の人種
2つある太陽が、揃ってエルドラドを照らす。その光はどこか優しく、祝福しているかのように感じられる。
そんな日差しの中、深い森に囲まれている何時も魔法を鍛練していた場所で、清正とデズモンド二人の姿があった。
「これから行く国には、何時間程掛かるんですか?」
「ふむ、歩いてなら……三週間と言ったところかのう」
「三週間!?」
デズモンドは三週間掛かると言うが、手に持った荷物は薬が入った肩掛けバッグのみで、他には何も所持していない。清正に至っては何も持っていない。
それを不思議に思い、驚きつつ口を開く。
「それにしては……荷物が……食料とかどうするんです?」
「ほっほっほっ、心配無用じゃよ。今は失われてしまって、儂以外に使えない転移魔法があるからの」
悪戯な笑みを浮かべて答えるデズモンド。
そのデズモンドが言う転移魔法とは、術者によっては数100km、あるいは数1000km遠い場所迄移動する事を可能にする。
そして、現在その魔法を使える者はデズモンド以外には存在しない。
「瞬間移動みないなものですか?」
「瞬間移動か……ほっほっほっ、それほどに優れた魔法では無いがのう。では、行くぞ」
デズモンドが大きく両手を広げて目を閉じる。その瞬間、デズモンドの体から強大な魔力の奔流が生み出されて、清正は驚きながら数歩後ずさる。
エルドラドにやって来た当初の清正は、自身の体から常に今のデズモンドと同等の魔力を垂れ流しにしていたのだが、その事には気付いていなかった為、今のデズモンドから感じられる魔力の大きさは初めての経験になる。それを考えると、この反応は仕方ないだろう。
そんな清正の様子を気にした素振りを見せず、デズモンドは呪文を唱える。
『我の魔力で、我の想像力で、我の意思で、我の血で、我の望む場所へ』
呪文が唱えられる度に、どんどんとデズモンドから溢れ出す魔力が強くなっていく。
そしてその魔力により、清正の額に冷や汗が浮かび上がってきた頃……………
『空間転移』
デズモンドが呪文を唱え終わった瞬間、周囲の風景が陽炎のように歪む。
その歪みは次第に酷くなっていき、清正はその場に立っていられない程になり、目を閉じてその場に膝をつく。
そして閉じた目を開くと、深い森に囲まれた場所に居た筈だったが、今立っている場所は岩が無数に存在する。その事に驚き、清正は目を見開いて周囲にキョロキョロと視線を向ける。
「……こ、これが空間転移魔法ですか!?」
「よう出来た魔法じゃろ? とは言っても、扱うのが難しいせいで今は儂以外には誰も使えんがのう」
デズモンドは周囲の安全を確かめつつ、清正に簡単に説明する。
周囲には岩しか見えないが、普段この場所には岩以外にも動物や魔物が存在している。
だが、デズモンドが使った転移魔法のお陰で……いや、より正確に言えば、転移魔法を使った時の強大な魔力のお陰で、動物や魔物が逃げ出していて襲われることが無かったと言った方が正しいだろう。
ともあれ、周囲の安全を確認し終わったデズモンドが続けて言葉を紡ぐ。
「ふむ、大丈夫そうじゃのう。……では、ブリッツの街に向けて出発するぞい」
「ブリッツ? その名前が渡り人を頂点にして出来た国の名前ですか?」
「いやいや、国の名前はヴァイスハイトじゃよ。今から行く街は、ヴァイスハイトの辺境に位置する街で未開拓地にある為に、冒険者にとっては沢山の依頼が出ておるから稼ぐには最高の街じゃろう。勿論、レベル上げにも最適じゃな。……そうそう、お主の名前はエルドラドでは珍しいからの……何か別の名前に変えた方が良いじゃろう」
「何故変える必要が?」
デズモンドの提案に、清正は首を傾げて不思議そうな表情で尋ねる。
恐らくデズモンドは、清正を心配して提案しているのだろう。何故なら、もし清正が渡り人と第三者にバレた場合、ヴァイスハイトの初代女王がそうであったように沢山の有益な知識を持っているだろうと考え、清正を自分の好きに使おうと考える者も現れるかも知れない。
それを危惧して名前を変える、というのも一理あると言える。
デズモンドはその事を清正に説明すると、清正は顎に手を当て神妙な顔つきで考え込む。
(突然名前を変えろと言われても………全然思いつかないな……どんな名前だと不自然じゃないんだろうか?)
内心でどうしたら良いか考えるが、エルドラドで暮らす人々の名前を知らない為、不自然では無い名前が浮かんでこないようだ。
そんな清正に、デズモンドが軽い口調で助言する。
「取り敢えず、思いついた名前を言ってみよ。おかしな名前だったら儂が言うからの」
「……じゃあ……キヨ、とか?」
安易に……本当に安易に思いついた名前を口にする。
そのただ単純に自身の名前を短くしただけの名前を聞いたデズモンドは、何も言わず首を横に振ることで答える。
「……マサ?」
再度首を横に振るデズモンド。
「………俺の誕生日が8月8日なんで……エイト=オウガストとかは?」
今度は良かったのか、デズモンドは眉を顰めて考え込む。
そして暫くすると、何度か小さく頷きながら口を開く。
「ふむ、名前はそれで良いじゃろ。……じゃが、名字は不要じゃな。ヴァイスハイトに限らず、エルドラドに存在する国々では名字持ちは……王族、貴族、あるいは貴族の者を家族に迎えた者達、そして国に認められた者だけじゃ。そうなると、お主に名字があると不自然じゃからな」
「あ~……確かに。それじゃあ、今から俺の名前はエイトってことで……」
こんなに適当に決めて良いのか、そんな疑問も浮かぶがデズモンドの指摘ももっともな為、無理矢理自分を納得させる。
そして名前が決定すると、デズモンドが少しだけ笑いブリッツの街に向けて歩き出した。
そのデズモンドの背を見ながら何が面白かったのか分からず首を傾げるが、こんな場所で一人になっていれば、魔物に襲われるかも知れない為、小走りでデズモンドの背を追う。
転移した場所から移動を始めてから一時間。
デズモンドと清正………否、清正改めエイト達の周辺は、道も無い岩場ではなく人が踏み固めた一本の道を通りながら平原を進んでいた。
ここまでの道中では一度たりとも魔物に襲われることは無かった。
それは恐らくデズモンドの、一寸の隙も無い佇まいに恐怖を覚えた魔物達が二人を襲うのに躊躇したからだろう。
「……あ! あれは人じゃないですか?」
「キヨ……じゃなかったの。……エイトは目が良いようじゃな」
エイトの言葉通り、遠く道の先に複数の人が見える。
その人影とエイト達が近付くと、目に見えてはっきりと人だと分かった。
だが、その複数の人の姿を間近で見たエイトは目を点にして驚いている。
「エイトよ、どうしたんじゃ?」
先程迄これから行く街のことなどを楽しそうに聞いてきていたエイトが、無言になり驚いているのを見たデズモンドは、訝しげな表情で尋ねる。
「………いや………あの……犬耳? あの人は人間ですか?」
「ほっほっほっ。そうじゃったな、エイトの世界には人間しか居なかったと言っておったな。……エルドラドには人間以外に、狼人族、猫人族、エルフ族、ドワーフ族、等々といった複数の種族がおるのじゃよ」
エイトの反応に笑いながら説明するデズモンド。
エイトがその目で見て驚いた犬耳の男性は、デズモンドの話から推測するに恐らく狼人族の人だろう。
その狼人族の男性と一緒にいる、五十代の半ば頃と思われる男性がデズモンドを見て、気さくに声を掛ける。
「サミュエルさん、お久しぶりですね! お元気でしたか?」
(……サミュエル?)
サミュエルと呼ぶ男性の視線はデズモンドへと向けられている。
それを不思議に思いつつ、エイトはデズモンドへと視線を向ける。
「君は確か……」
「カルキンですよ、覚えていませんか? 以前に壊血病で死にかけた時に、貴方に助けて貰ったんです」
あぁ、あの時の! そう呟いたデズモンドは、カルキンと名乗る男性と話し始める。
その二人を見ながら、エイトは先程のサミュエルという名前のことを疑問に思いつつも黙って見守る。
(………サミュエル? 何で偽名を? デズモンドさんは自分の力を隠すだけじゃなく、デズモンド=ディーンハルトという存在自体も隠したいのかな?)
内心で推測するエイト。
その推測は大当たりだ。それと言うのもデズモンドは、今は失われた魔法の多くを使用することが出来る。
その為、権力者やデズモンドに弟子入りを願い出てくる者達から隠れているのだ。
尤も、デズモンド=ディーンハルトという存在は、数百年前に生きていた宮廷魔術師として歴史に名を残しているが、今はデズモンドが生きていると知っている者はいない。
だが、そのデズモンドが生きていると知られれば、永い時を生きてすごす方法を探ろうとする者が必ず現れるだろう。
だからこそデズモンドは偽名を使っているのだ。
「そちらはお孫さんですか?」
「いやいや、私の弟子ですよ」
「えっと……エイトです。サミュエルさんの弟子をしてます」
「はっはっは、未来の偉大な薬師ですか! 立派なお弟子さんがいるなら、跡継ぎも心配無用ですな!」
(偽名の次は、今度は薬師?)
再度疑問を浮かべながら、どういうこと? と、デズモンドに訝しげな視線を向ける。
だがデズモンドは、片方の目を閉じてウィンクすることで、話を合わせてくれとアイコンタクトをとってくる。
「は、はは………そうなるように努力してますよ……」
「うんうん。サミュエルさん程の薬師になるには、長い研鑽の日々が掛かるだろう。応援してるよ、頑張ってくれ! では、我々は依頼があるので!」
最初から最後まで気さくな笑顔を浮かべたまま、カルキンという男性と二人の男達は、エイト達と別れて行った。
そしてその背を見送った後、エイトはデズモンドに視線を向けて口を開く。
「あの……どういうことです?」
「あぁ、話を合わせてくれて助かったわい。ブリッツの街ではサミュエルと名乗っておっての、儂の本名がバレると色々面倒なことになるじゃろうからな」
「薬師というのは?」
「魔術師は貴重じゃと前に言ったじゃろ? 儂は自分で言うのもなんじゃが、熟練の魔術師と言える。それに、不死ではないが不老じゃしの。……それがバレれば、世間は儂を放っておいてはくれんじゃろ」
デズモンドは険しい表情で、エイトに分かりやすく説明する。
その説明は、推測、憶測、等と言った不確実なものではなく、世間にデズモンドの秘密がバレれば確実に訪れるだろうと思われる未来だった。
それを理解したのだろう。エイトもデズモンドと同様、険しい表情で深く頷く。
「なるほど……それじゃあ、ブリッツの街でも薬師で通してるんですか?」
「うむ、そうじゃ」
「分かりました。それなら、俺もブリッツでは薬師の弟子だと言っておきますね」
「そうして貰えると助かるの。では、儂等も行くとしようか」
デズモンドが道の先に右手を向けて、進むことを促す。
それを受けてエイトは道の先に笑顔を浮かべて、デズモンドと共に歩を進める。
これから自分を待ち受ける様々な初体験を想像しながら。一歩一歩、ゆっくりと、着実に確かめるように。
そしてそれから暫くして、遠目からでも分かる程の巨大な壁がエイト達を迎えるように聳え立っているのが視界に入った。
その壁の高さは10mを易々と超えるだろう。それに高さだけじゃなく、厚さにも驚かされる。恐らく、トラックが時速100kmで突っ込んでもビクともしないと思える程の厚さだ。
エイトはその巨大な壁を見上げながら感嘆の声を漏らす。
「凄いですね……こんなに巨大な壁が街を囲ってるんですか?」
「うむ、なかなかの光景じゃろ? あそこに見える大きな門が入り口じゃ。門番に入場料を払えば入れる。……まぁ、冒険者は払わなくても問題無いから、エイトは次からは大丈夫じゃぞ」
「何故冒険者は特別扱いなんです?」
エイトは、冒険者の待遇を疑問に思いデズモンドに尋ねる。
それも当然だろう。一般人は金を支払わなければ入れないのに、冒険者だというだけで自由に出入り出来るのは待遇が良いというだけでは納得出来ない。もしかすると、何かしら暗い事情でもありそうだ。
だが、デズモンドは肩を竦めて笑みを浮かべながら軽い口調で説明する。
「なに、簡単な話じゃよ。冒険者が街に多く居れば、その街はそれだけ魔物の被害が減ることになる。何せ、冒険者は魔物を狩ることを生業にしておるからの。……なのに、その冒険者から一々入場料を取っておったら、そんな街に冒険者が居着くと思うか?」
「まぁ、魔物を狩るなら……街の外に行かなきゃならないでしょうね。そんな冒険者なら、街を出入りする度に金を取られていれば出費も激しいでしょうし……俺なら金を取らない街に行きますね」
デズモンドに尋ねられ、エイトは自身の考えを述べる。
そのエイトの返答を聞いたデズモンドは、良くできました、とばかりに微笑む。
「うむ、そうなるじゃろうな。事実、以前にそうなった街があってのう。その際には、冒険者の殆どが別の街に活動拠点を移しての……街は魔物によってズタボロにされたのじゃ。……それからは冒険者から入場料を取るのは御法度になったんじゃ」
「なるほど……冒険者も生活がありますしね」
「そうじゃな。さぁ、ここで話をしてても仕方がない。金を払って中に入れて貰うとしようかの」
街を守る為の処置だと理解し、納得したエイトと共に、何かの革で出来た鎧を装備し槍を持っている門番の下へと移動する。
そして、その門番に一言二言話して金を払うと、門番が気さくに声を掛ける。
「ようこそ、ブリッツの街へ」
そうエイト達へと向けられた声を背に、巨大な門を潜ってブリッツの街の中へと入る。