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賊の正体

「私は、三日の間眠り続けていました。………傷のダメージもあっのでしょうが………」


 ジュードは一旦説明を止めて、失った右腕を触りながら苦々しい口調で続きを話す。


「毒による影響が大きかったようですね」


「賊の男が毒を使用していたんですか!?」


 エイトの声が驚きにより大きくなる。

 盗賊は普通毒などは使わない。素早く目的の物を奪取する事を念頭に置いているのだから当然だ。それに、元は農民である事が多い者達が毒についての深い知識がある筈もないのだから。

 ジュードはエイトの言葉に無言で頷き、今まで説明していた時よりも悔しそうな様子で俯く。それは、自身が毒を喰らったのが悔しいのではないのだろうと、エイトは察する事が出来た。

 何故ならば、今までの説明ならジュードが領主になっているのが不自然だからだ。アイザックが存命なら領主が交代する必要はない。

 つまり、アイザック=ブラント=ド=モーガンは………


「父上は……敵の剣を三度も体に受けていたのです。それによって、私よりも多量の毒が体に回っていた事で……私が目覚めた直後に……私に領地と民を頼む、と。そして、兄上の馬鹿力に頼れと言葉を残して逝きました」


 ジュードの脳裏には、未だに惨劇の夜の光景が鮮明に残っているのだろう。残った左手が固く握り込められ、ブルブルと震えてる様子を見れば一目瞭然だった。

 そして、それはアランも同様で、何時もの飄々とした雰囲気はまるで感じられず、体全身から凄まじいまでの殺気と怒気を迸らせている。

 モーガン領のブラント村で起きた惨劇は、モーガン家のみならず、ブラント村に住む住人までを巻き込み、多大な悲劇を産んだ。

 そんな話しを聞いて、エイトはブラント村の人々の様子に合点がいったのか、大きく頷くと、エルドラドへと来てから一番深い溜め息を吐く。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………マジで胸糞悪い。自分の私利私欲の為に、簡単に人を殺せるとは……その盗賊は何処に根城を持っている? そいつらは当然皆殺しにしても問題無いんだろう?」


 エイトの口調が何時もの丁寧な物言いでは無くなり、剣呑なものへと変化する。

 そして、口調だけには留まらず、表情、雰囲気、全てが別物に。

 その様子は、まるで鬼。近付く者全てに、圧殺し、射殺し、絞殺し、刺殺し、撲殺する幻覚ビジョンを見せつける。普通の人間なら気絶しても可笑しくはない程の殺気だ。

 そんなエイトの急な変化に、ジュードとアランは息を飲む。


「…………え、エイトさん………お気持ちは、う、嬉しいのですが………て、敵の正体は盗賊では、あ、ありません」


 ジュードが、なんとか喉から絞り出した蚊の鳴くような声でエイトに告げる。賊に腕を切り落とされても立ち向かったジュードとはいえ、現在のエイトの雰囲気に飲まれていて、まともに言葉を発する事が出来ずにいる。

 それほどエイトの変化は異様なもので、そして異常なものだった。普段のエイトを知っているアランが、ジュード以上に驚いているのを見ると、ジュードの様子も仕方ないと思える。

 そんなジュードに、エイトは淡々と答える。


「そいつの名前は? 住んでいる場所は?」


 エイトの言葉、そして雰囲気から、今から殺しに行くから教えろと言っているのだと判断出来る……いや、そうとしか思えず、それ以外の答えはエイトの殺気が充満する室内にいる者では出せないだろう。

 ジュードは会った当初とは別人に思えるエイトに答えるべきか、はたまた答えぬべきか、それを判断出来る程の余裕は現在のエイトを前にしては無い。もはや、息をする事すら苦痛に感じているようだ。

 アランはジュードを見てそれを感じ取ると、エイトに視線を向けて何時もの飄々とした様子を心掛けるように努めながら口を開く。


「クククッ、エイト、殺気を抑えろ。オレとしては、他人のお前がそこまで怒ってくれるのは嬉しいんだがな。ジュードがお前の殺気に耐えられない」


 エイトは今までに、人の手で理不尽な理由で殺されてしまった者を直に見た事は無い。勿論、その遺族から話しを聞いたという経験も皆無であった。

 テレビのニュースで流れる情報を見聞きするだけ。そんなエイトとしては、直接遺族の人間から聞かされれば怒りを抑える事が出来なくとも仕方がないとは言える。

 しかし、人を殺めた経験の無いエイトが、これ程までに強烈な殺気を放つのは尋常ではない。デズモンドから盗賊は見つけ次第排除せよ、そう言われていたエイトであったが、それを頭で理解はしていようが、自分から殺しに行くと言外に述べるエイトは、もはや日本の道徳観から外れているのかもしれない。

 エルドラドへと転移してからの数々の戦闘がエイトを変えたのか、それとも、人からもたらされた理不尽な死ではなかったが、自然の力がもたらす強大な力によって奪われた両親の命、という一種の理不尽に対して抱いていた潜在的な怒りによるものなのか…………。


 ともあれ、アランに注意されたエイトはジュードを見て多少冷静になれたようで、アランとジュードに様々な死を幻覚ビジョンとして見せていた強烈な殺気を抑え込む。


「すみません……余りにも酷い内容の話しだったので、少々取り乱してしまいました」


 申し訳なさそうに、エイトは深く頭を下げて謝罪の言葉を口にする。

 その、一見すると普通の子供にしか見えないエイトの様子を見たジュードは、空になった肺に酸素を取り込む事で漸く落ち着く。


「い、いえ……は、ははは、驚きましたよ。兄上に聞いていたよりもエイトさんは強いようですね。とても成人前の子供とは思えません」


 ジュードはエイトを初めて見た当初……つまり、数十分前までは剣道という珍しい剣術を体得している子供、という認識しかなかった。

 だが、先程のエイトの殺気を当てられた今では、自身の命を容易く奪えるだけの技量を持ちうる稀有な子供、という認識に変わっていた。

 事実、エイトの実力は高い。もっとも、それは剣術云々ではなく、 魔法を含めた場合ではあるが。

 しかし、それを知らぬジュードが、そう判断するのはしょうがない事ではあった。


 そんなジュードが、幾度か呼吸をし話す上で完全に落ち着きを取り戻せたようで、一度瞼を深く閉じた後、真剣な表情でエイトに向けて頭を下げる。

 そして、そのままの姿で敵の正体を説明し始めた。


「敵の正体は、さっき言ったように盗賊ではありませんでした。……隣の領地を統治する者が放った刺客、それが黒ずくめの集団の正体。奴らの目的は、私の領地に存在する富を運ぶ温泉。……本来であれば、私達モーガン家の者は領地を蹂躙された責で断頭台送りにされていたでしょう。ですが! 腕と命を犠牲にして最後まで戦い抜いた父上と私に、陛下から温情を賜り、モーガン家の存続を許して頂けました! そして、今! 敵の正体を見抜いた! そこで、エイトさんにお願いしたい! 奴らを打ち倒した後、証言をして欲しいのです! 敵の使っていた技を、そしてそれによって敵の正体に気付けたという理由の証明の為に!」


 ジュードの口調が徐々に強くなっていった所から、彼が何れ程真剣に頼んでいるのかが分かる。

 亡き父親の為、亡き領民の為。その雪辱を果たす為に。

 しかし、そんなジュードとは裏腹に、エイトは冷静になった頭で、敵の正体が隣の貴族では問題があるのではないだろうかと考える。

 確かにエイトの考える通り、同じ国の貴族同士で殺し合うのが許される筈もない。かつてヨーロッパの貴族内では、貴族同士の決闘という私闘が許されてはいたが、ヴァイスハイト国ではそんな制度は存在しない。

 故に、もしジュード達が隣の領主と戦争を始めれば最悪の未来が待っているのは明白。例え隣の領主を殺した後、エイトの証言が認められたとしても、国に混乱を招いたとして罰せられるのは想像に難くない。

 だからこそエイトは、ジュードの頼みを了解しつつも、簡単に仕掛けるのは待つべきだと苦言を呈する。


「ええ、確かにエイトさんの仰る通りです。ですが………」


 途中までジュードが喋り、その後はアランが訳知り顔で得意げに言葉を続ける。


「こっちにも作戦があるんだよ。エイトは村の人間達を目にしただろ?」


「あぁ、あれはかなり悲惨な心身状態だったように見えた」


「実はな……ありゃあ演技なんだよ。あと少し、何かあれば村は瓦解する、そう思わせる布石なんだ。糞ブタ野郎からすりゃ、早くこの領地が欲しいだろうからな。必ず近い内に仕掛けて来る筈だ。……で、そこを俺達が……っつうか、俺が捕らえる訳だ。村を襲う連中をな」


 どうやら、ジュード達は村の住人と申し合わせているらしい。演技を何れ程の期間続けていたのかは知らないが、領民の怒りが壮絶なものなのだと証明しているのは確かだろう。

 それを聞いたエイトは、あれが全部演技だったことに驚き、次いで領主と領民の結束が強いことに感嘆の声を漏らす。


「凄ぇ………それなら確かに大丈夫そうだ。……ただ、一つだけ疑問があるんだけど、例えモーガン家が断絶されたとしても、この領地が隣の領主のものになるのか? そんなに上手くいくとは限らないと思うんだけど?」


 エイトの疑問ももっともで、通常であれば別の貴族の人間と頭をすげ替えるだけの事で終わる筈。

 しかし、恐らくではあるが、隣の領主が高い権力を持つ中央の貴族に賄賂でも渡しているのだろうとは推測出来る。

 事実、隣の領主は悪どい事で有名であり、それをしていても何ら不思議ではないと思わせる程のクズ貴族なのだ。

 それを、ジュードとアランがかいつまんでエイトに説明すると、納得したように数度上下に首を振る。


「成る程ねぇ、そんなに腐った奴なんだ。ますます殺したくなってきたな。………まぁ、それはそうと、もしもそいつが動かなかったら? 動かずには居られないようにした方が早くない? その方が、何時襲って来るか予測しやすいし」


 エイトの提案を聞いたアランは、そんなに上手い手があるなら使ってると苦笑しながら否定する。

 しかし、ジュードはアランとは反対に、俯きがちに何か考える素振りを見せると、エイトへと視線を向ける。


「エイトさんには、何か秘策があると?」


 そう尋ねられたエイトは、子供の容姿には似合わない不適な笑みを浮かべ頷く。まるで、先程見せた鬼のような表情で。


「はい、秘策って程ではないですが。………上手くいけば1ヶ月後位に襲って来るでしょうね」


 エイトの見せる表情を見たジュードは、唇を引き吊らせつつ、恐る恐る尋ねる。その秘策の内容を。

その様子は、先程のエイトの殺気が若干のトラウマになっているようだ。

 しかし、エイトから帰って来た返答は意外なものであり、それに不思議そうに兄弟揃って首を捻り同時に呟く。


「「油を、作る!?」」

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