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死が訪れ異世界へ

 真夏の強烈な日差しが降り注ぐ中、桐生清正は首に巻いているタオルで額の汗を拭いながら畑仕事に精を出している。


「暑いぃ。もう真夏真っ盛りって感じだな」


 ニカッと笑いながら太陽を見る。そして次に清正は、立っている畑から見える大きな山々を眺める。

 夏真っ盛りとは言え、幸い此処は"ど"が付く田舎だ。その為、都会のアスファルトジャングルよりは幾分か過ごしやすい。

 とは言っても、気温は30℃を越えているのを考えれば都会よりマシだと言える程度だが。


「畑仕事が済んだら川に釣りにでもいって、ついでに泳いでくるとしようかな」


 先程も説明したが、此処はど田舎だ。であれば、川で泳ぐのも何ら可笑しな事では無い。

 事実、清正がよく行く川では、子供や大人が夏の暑さから逃れて一時の涼を楽しんでいる。その様は田舎ならではの光景と言えるだろう。


「いや、その前に両親の墓参りに行かなきゃな」


 清正は今年で28歳に成る。その清正の両親は、清正が丁度20歳に成った日の台風で亡くなった。より正確に言えば、台風の影響で起きた地滑りで生き埋めになり亡くなったのだ。

 それからは両親が亡くなり援助も無くなった為、バイトでなんとか食いつなぎながら大学を卒業した。

 そしてその後は清正の地元、両親が眠る地へと戻り、こうやって一人で畑仕事をやっている。因みに、どが付く田舎に住む男に嫁いで来るような女性など滅多に居ない為、未だに独り身だ。

 尤も、都会で会社員として働いていれば、そんな清正を女性は放ってはおかないだろうと思える程の顔立ちをしているのだが。如何せん田舎なもので、女性との出会いも全く無く、彼女すら居ない有り様だ。


「でも、どのみち盆には墓参りをしなきゃ駄目だし……それなら盆に行くのが良いかな」


 畑仕事で疲れた体を解しつつ、麦わら帽子を取り、その帽子で扇ぎながら一人呟く。

 やはり力仕事が多いせいだろう、清正の腕はなかなかに鍛えられているのが分かる。何せ、清正は機械を一切使用していない為、力仕事は全て人力でやっているのだ。そうなると、自然と体も鍛えられるのも不思議では無い。


「ん?……雨が降りそうだな」


 ふと気付けば、先程迄嫌になるほどの日差しが降り注いで自己主張していた太陽が顔を覗かせていたが、その太陽も今は暗い雲に隠れていた。

 そして更にゴロゴロという雷の音が、これから雨が降るのを報せるように鳴り響いている。


「今日はこの辺で終わりにするか。続きは明日にしよう」


 曇り空を眺めつつ呟き、手に持っていた鍬を肩に掛けて畑から出る。

 そして道路の端に停めていた軽自動車迄移動している途中に、突然清正の周囲が光に包まれた。まるで何かが爆発したように錯覚する程の光景だ。

 その光に包まれた清正は、糸の切れたマリオネットの如く地面へと倒れる。そしてその瞬間、ピシァッ!! バリバリバリ!! っという耳を劈く強烈な音が、辺り一面に響き渡った。

 黄色い光と強烈な音。それは空から地へと落ちた雷だった。

 地面に倒れた清正の体からは白い煙がモクモクと立ち上っており、皮膚は所々黒く変色している。否、炭化しているのだ。


(………………何が……………俺は………………意識が…………)


 通常なら意識を保っている事など出来はしない。いや、生きていること事態が奇跡なのだ。最早意識がどうこうと言うレベルの話ではない。

 だが……だが何故か清正は未だ生きて意識を保っていた。

 しかし、その意識も次第に消えていく。清正の命の灯火が消えいくのと同じく。


(……………………雷…………に?…………俺………死ぬ……の……か?………)


 既に清正の目は見えていないのだろうという事は判断出来る。何故なら清正の目は白く濁っているからだ。

 恐らく雷の影響で、眼球内の硝子体や水晶体が沸騰したせいで異常をきたし失明したのだろう。

 清正は、その失明して見えなくなった目をゆっくりと閉じる。

 そしてこの世で最後になるであろう呼吸を静かに行う。


(…………………………………………………)


 今清正の心臓は、静かに時を刻むのを止めた。






「な、なんじゃ!?…………子供!?……死んでおるのか?……」


 普段なら静かで長閑なこの場所に、突如として光と共に一人の少年が現れた。

 その少年の外見は異常としか言いようがない。何故なら体の数ヶ所が黒く炭化しているからだ。火傷なのか、はたまた雷にでも打たれたのか。

 ここまで言えばお分かりになるだろう。この少年の名前は桐生清正だ。

 理由は分からないが、地球は日本の片田舎で雷に打たれて死んだ筈の清正は、心臓が止まったと同時に光に包まれたのだ。その光が治まると、地面に倒れていた清正の死体が消えた。黒い焦げ跡だけを残して。

 そしてその清正は、何故か少年と言える程迄に幼くなり、この場所へと光に包まれてやって来たのだ。

 その光に包まれて突然目の前に現れた清正に、一人の老人が目を見開き、驚愕を露にして駆け寄る。


「………死んでおるな。しかし、死んでから差ほど時間も経っておらぬと見える。しからば、今なら助かるかもしれん」


 そう呟くと、老人にしては素早い動きで目の前にある2階建ての建物へと入って行く。

 建物の中には、何の材料か判断出来ない物で満たされており、同じく何の薬か判断出来ない物で溢れている。

 老人はその溢れる程の薬品の中から、毒々しい見た目をした色のフラスコを手に取り、再度清正の下へと駆け足で戻る。

 そして手に持つフラスコの中身を、清正の体に満遍なく振り掛ける。

 すると驚くべきことに、清正の体を淡い緑色の光が包み込んだ。しかも、ただ光っている訳では無い。黒く炭化していた部分が、徐々にではあるが元の肌色へと変化していく。

 暫くすると清正の痛々しかった体は、健康そうな普通の少年のような通常の体へと戻った。

 それを確認した老人は、清正の胸へと手を当てる。


「…………ふむ、どうやら息を吹き返したようじゃな」


 老人の言葉通り、確かに清正の心臓は再び時を刻み始めている。そして更にゆっくりとではあるが、腹部が膨らんでは萎んでいるのを見るに、確りと呼吸をしているのも確認出来る。


「変わった服じゃな。……しかし、どうやって……転移魔法か?……いや、じゃがこんな童が転移魔法という高難度の魔法を使えるものかのう?……じゃが、この童から感じる強大な魔力なら……可能なのかもしれんの」


 清正が息を吹き返すのと同時に、清正の体からは尋常ではない魔力が溢れ出している。

 老人はその魔力を感じて、どこか納得したように頷くと、清正を抱えて老人の家と思われる目の前にある2階建ての建物へと運んで行く。

 そして未だ眠り続けている清正を、そっとベッドに横たわらせる。

 老人はその清正を眺めつつ、眉を顰めながら呟く。


「今すぐ童に尋ねたい所じゃが、取り敢えず目覚める迄待つとしようかの」


 老人はそう呟くと、ベッドに横たわっている清正に背を向けて部屋を出ていった。






 清正が老人に助けられて3日が経過していた。しかし清正は以前として深い眠りについている。

 だが、そんな清正に目覚めの時がきたようだ。


「う……ん……ここは?」


 時刻は朝の9時をまわった頃、窓から差す光によって実に3日振りに目を覚ました清正は、自分の家ではない事に気が付き戸惑いながら部屋を見渡す。

 ベッド、箪笥、木製の水差しに同じく木製のコップ。どれもこれも自分の所有する持ち物ではない。そして明らかに窓から見える風景は清正の見たこともない風景だ。戸惑うな、と言うのは無理だろう。

 そんな風に清正が戸惑っていると、部屋にある唯一の扉がゆっくりと開かれた。

 そしてその扉から入って来た老人が、ベッドの上で上半身だけを起こしている清正を見て微笑みながら口を開く。


「ほっほっほっ、漸く目覚めたようじゃな。体の具合はどうじゃ?」


「……???」


 老人は清正が驚かないようにと配慮して微笑みながら声を掛けたのだろうが、清正は老人の喋る言葉が理解出来ていない様子だ。

 何故なら清正が雷に打たれて死んだ直後に、神のみ業かはたまた悪魔の仕業か、それは分からないが異世界へと来ていたのだ。そうなると当然、扱う言語も違ってくる。

 その為、清正には老人の話す言語が理解出来ていないのだ。


「あ、あの。……えっと、What did you say?」


 清正は、老人の見た目が白人だった為に英語で話し掛ける。

 だが、当然老人には理解出来ない。何せ、英語は地球上で使われている言語で、この異世界には存在しない言語なのだから。

 その英語で話し掛けられた老人は、眉の間に深い皺を作り、不思議そうに首を傾げる。


「はて……聞いた事も無い言葉じゃな。五百年前から、人間族の使う言葉は統一されておった筈じゃが……いや、それ以前にどの種族の言葉でも無いのう」


「……英語は駄目か……えぇと、Qu’est-ce que vous avez dit ?」


 英語が通じていないと判断し、次はフランス語で話し掛ける清正。

 だが、当然それも理解出来ない老人は再度首を傾げる。

 清正は未だ自分は故郷の田舎にいると思っているのだから、地球上に存在していて自分が知っている言語で尋ねるのは当然だと言えるだろう。


「とにかく、このままでは話が進まんのう。……言語魔法を使うとするか……この魔法を使うのは600年振りじゃからちゃんと発動するか不安なんじゃが……」


「……異国の言葉は英語とフランス語しか話せないし、どうしたら……」


 清正と老人が、其々で戸惑いながら打開策を考える。

 そして、名案が閃いたとばかりに清正がジェスチャーを使用し始めた瞬間……


『我に彼の者の言語を、彼の者に我の言語を。育った環境は違えども、同じ赤い血を流す者同士』


「っ!?」


 清正が身振り手振りで伝えようとした矢先、突然老人から強烈なプレッシャーを感じた清正は、目を見開いて驚きを露にする。

 清正が感じているプレッシャーとは、つまり魔力の事だ。だが、当然清正は魔力など知らないし、魔法が存在するとは思ってもいない。

 その為、清正は老人から発せられる魔力により、体を硬直させている。

 そんな清正の反応を気にした素振りも見せず、老人は魔力を発しながら言葉を紡ぐ。いや、正確に言えば呪文を紡ぐと言った方が正しいだろう。


『口耳目相伝』


 呪文が唱え終わると、老人から発せられていたプレッシャーは消え去った。

 すると体を硬直させていた清正が、冷や汗を流しながら口を開く。


「……今のは何だったんだ?……突然……」


「良かった、無事に発動出来たようじゃな。……ふむ、お主の扱う言語は変わっておるの。まだ儂の知らぬ種族の言葉が存在したのか……勉強不足じゃたのう」


「え?……日本語を喋れるんですか?……いや、これは日本語じゃない!? あれ? じゃあ何で俺は知らない言語を理解して喋ってるんだ?」


 突然老人が喋る言語が理解出来るようになって戸惑う清正。今の清正の脳内では疑問符で埋め尽くされているだろう。

 突然異国の、いや、異世界の言語を理解出来るようになれば誰でも戸惑う。

 半ばパニックに陥っている清正を見て、老人は笑いながら口を開く。


「ほっほっほっ、もう今では失われた言語魔法じゃよ。儂の名はデズモンド=ディーンハルト。お主の名は?」


「……魔法?……え?……魔法!?」


「ど、どうしたのじゃ? 何をそんなに驚いておる?」


「え?……ちょっ、あの、え?……」


 混乱の極地とも言える程に取り乱す清正を見て、老人は清正が落ち着くまで待とうと、ベッドの脇に置いてあった椅子へと座る。

 その老人の動作すら目に入らず、と言うよりも目に入れられず、と言った方がいいか……とにかくあたふたとしながら内心で考える清正。


(魔法?……だけど確かに、自分が知らない言語を突然理解出来るようになるという現象は有り得ない! それに窓から見える風景は異常だし……あんな巨大な木なんて見たことも無い)


 清正が内心で呟いているように、確かに屋外の光景は異常としか言えない。

 何故なら、樹齢数百年、否、樹齢数千年とでも言えるような巨大な巨木が連なる森が広がっているからだ。

 その事実が、魔法など有り得ないと断じる事を許さず、清正は徐々に冷静さを取り戻す。


「……あの、言語魔法? でしたっけ? 本当に魔法なんて物がこの世に存在するんですか?」


 尋ねられた老人デズモンドは、転移魔法でこの場所までやって来たと判断しているだけに、清正に訝しげな表情を向ける。いや、理由はそれだけでは無いだろう。何せ、この地球とは違う異世界では魔法を扱う魔法使いは少ない数なれど確かに存在していて、どんな子供でも魔法の存在を知っているのが普通なのだから。


「ふむ、お主は魔法を扱う者を見たことが無いのか? しかし、お主自身が転移魔法を使用してこの場所に来たのでは?」


「え?俺がですか?」


 デズモンドは清正の反応を見て、どうやら嘘をついているのでは無いと判断したようで、鳩尾まで長く伸ばしている立派な顎髭を撫でながら口を開く。


「お主が気を失う前に何があったのかのかを……いや、お主の生まれてからの人生を教えてくれるか?」


「……俺のこれまでの人生、ですか?」


 突然お前の人生を教えてくれ、と言われて疑問に思い眉を顰める清正。

 デズモンドが何故清正に人生を話せと言ったのか、それは清正が記憶の混乱、あるいは部分的な記憶喪失になっている可能性があるのではないかと判断した為だ。

 そして清正はこれ迄の人生を思い出しながら、デズモンドに説明する為に一度脳内で整理する。自身が生まれた病院、国、通った学校、友人、両親、それらを整理し終わると、閉じていた目を開いてゆっくりと口を開いた。

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