カサブランカに願いを込めて
初夏の爽やかな風が、窓から入り込んで私の前髪を揺らす。
風は、窓辺に置いたカサブランカから、強めの薫りも運んできた。
―――ねぇ、あの人も運んできてよ。
一週間前―――
「じゃーん!見てこの花。綺麗だろ?」
彼は、今にも花開かんとしているカサブランカの鉢植えを、両腕で抱えて私のマンションへとやって来た。
「この花さ、君に似てない?」
彼は屈託ない笑顔で、私にそう云った。
「え。どこが?」
私が聞き返すと、彼は益々笑みを深めた。
「凛と澄ましてる感じがさ。」
褒められてる気がしない。
彼は、ちゃんと褒めてると主張する。
彼は、私の澄ました顔が、実は人見知りからだと初めから見破っていたそうだ。
友達にでさえ未だに、私は冷めてるって、文句を言われるのに。
でも、その澄まし顔が彼は好きらしい。
「これ、俺の代わりに。」
代わりって。
彼は明日から一週間程、登山へサークル仲間と出掛けるのだ。
私をほったらかして。
ちょっと膨れる私の頬を摘まみながら、彼が云った。
「だから」
と、カサブランカに向かって。
『俺の代わりに、見守って。淋しがり屋さんを。』
―――ねぇ、どこにいるの?
あれから、一週間が経つよ?
消息不明だなんて。
崖が崩れたなんて。
嘘だよね?
いつもみたく、笑って私の頬を摘まんでよ。
カサブランカに伝えてよ。
俺の代わり、ご苦労様でした。って。
カサブランカに願いを込めて。
―――私のところへ帰って来て。