56章 問答に汗ばむ勇者
「ヴァリレウス……?」
俯いたまま身動きをしないヴァリレウス。
心なしか握った拳が震えている気がする。
無事に復活出来た様だが、俺の方法に間違いがあったのか?
不安に駆られた俺は思わず声を掛ける。
だがそんな俺に応じた彼女の言葉は、
「……馬鹿者」
という冷たい一言であった。
「え?」
「馬鹿者! 馬鹿者!! 馬鹿者!!!
この大たわけが!!」
思わず聞き返した俺に近寄るや否や、ヴァリレウスは声を上げ罵りながら俺の胸元を叩きまくる。
あれ? ここは俺の献身さに感動した彼女が胸元に飛び込んでくるのが定番(お約束)なのでは?
英雄叙述詩とは違う展開に当惑する。
拳を振るい続けるヴァリレウス。
力と想いは籠ってるものの、痛くはない。
が……何だろう。
胸の奥が少しだけざわめく。
どうしていいか分からず困った様に立ち尽くす俺。
そんな俺に対し、更なる怒りを掻き立てられたのか、俯いたままだった眼差しを上げるヴァリレウス。
傾国の美女と並ぶべきその容貌。
翡翠の様に鮮やかな煌めきを持つその双眸が涙で赤く染まっていた。
「あ、ヴァリレウス……」
「この馬鹿者が!!
何故『神銘解放』を行ったのじゃ!
アレは担い手の命を削るから決して行うなと禁じた筈じゃ!」
そっか、ヴァリレウスが怒ってたのはそこか。
やっと理由が分かった。
普段幾重にも封印し制限されている神担武具。
その枷を一時的とはいえ取り外し、絶大な神々の力を振るう事を可能にするのが神銘解放である。
担い手の同意と意志が必要とはいえ、無論代償は大きい。
寿命というか命そのものを解放するたびに削ってしまう。
能力値表記で云えば、蘇生呪文等に対する生命力限界値(LP)を俺は永続的に喪った形になる。
禁呪である名無の召喚術に似たような事を俺もやったのだ。
無理・無茶・無謀の三無主義とパーティで貶されてた俺だったが、流石のヴァリレウスも腹に据えかねたのだろう。
彼女は常々、担い手の事をいつも想い図っていた。
「悠久の時を生きる我等と違い人族の命は有限じゃ。
それを妾を助けるとはいえ自ら削るなど……アル、汝は大馬鹿者か!?」
「いいんだよ、ヴァリレウス。
お前だって俺達を助ける為に無茶してくれたじゃないか。
そんなボロボロに朽ち果てるまで力を使って……」
「武具が主の命を守るのは当然じゃ!
汝ともそう約束したじゃろうが!」
「じゃあ主が武具を守るのも当然だ。
俺と貴女は誓ったんだから……皆が笑って暮らせる未来を創る、と。
理想の世界の住人第一号たる貴女がいなくちゃ俺は闘えないぞ」
「まったく……汝は……」
「もう一度逢いたいと思った。
共に戦いたいと思った。
その気持ちに嘘はない。
だから俺の元に来い、ヴァリレウス。
貴女に相応しい戦いの場と意義を俺が与えてやる」
「アル!!」
俺の強い言葉に顔をくしゃくしゃにしてヴァリレウスは抱きついてくる。
俺は彼女をそっと抱き締め、優しく髪を撫でる。
「良かった、貴女が無事で……」
「妾もアルと再び出会えたのがここ幾千年で何より嬉しい……」
「ヴァリレウス……」
「……じゃが一つだけ聞きたい、アルよ」
「? 何だ?」
「汝の身体から女性の芳香が強く漂うんじゃが……これはどういう事じゃ?」
どきっ!
「さ、さあ……何の事か分からないな」
「もしかして、と確認しておくのじゃが……まさか妾が命を賭して戦ってる間にあの娘とイチャついていたとかはあるまいな?」
「ま、まさかそんなことある訳ナイジャナイカ」
「気のせいか語尾が怪しくなってきているような……?」
「そ、そんなことよりほら!
奴が抜け出そうとしている!!
今こそ貴女の力が必要だ!」
指し示した先、やっとめり込んだ体を引き摺り出した魔族の姿があった。
「何だかうまく誤魔化されてる気がするが……」
「今は緊急時だ。説明はちゃんと後でする!」
「……まあいいじゃろ。追及はするがの」
「じゃ、じゃあ」
「ああ、呼ぶが良い。
妾の分身にして神々の遺産たる武具の名を」
「ああ!!」
俺はヴァリレウスの言葉に彼女の胸へゆっくりと手を差し伸べる。
「ん……」
恍惚に声を上げるヴァリレウス。
俺は嬌声を無視し、更に意志を研ぎ澄ませ突き入れる。
物理的抵抗を跳ね除け、ヴァリレウスの奥底へ沈んでいく俺の手。
辿り着いた先、固い何かを握り締めた俺は声高らかに解放の言霊を宣言する。
「顕現せよ! 聖剣シィルウィンゼア!!」
虹色の爆光がヴァリレウスから立ち昇り一点に凝縮。
刹那の間の後、俺の手には刀身のない聖剣が握られていた。
ゼア(魔)をシィル(封ずる)ウィン(勝利の剣)。
神銘解放した聖剣の顕現だった。
聖剣たる剣皇姫ヴァリレウスの復活です。
一連の流れは如何だったでしょうか?
最近全然評価されないのでちょっと不安です。
少しでも面白いと感じてもらってれば幸いですが……。




