55章 幻想に語りし勇者
残り少ない精神力を推し量る。
通常呪文なら3回、中規模魔術なら1回が限度。
やはり先程の大規模魔術の施行が拙かったか?
しかしあれが無ければ二人は救えなかった。
結果としてみれば最適だった筈。
だが耐魔に優れた魔族を相手にするには何とも心許無いものだ。
おまけに、
「って、あぶねえな!」
思考中に襲い来る魔族。
直感スキルの恩恵か斬り掛かられる直前に攻撃動作を把握、事前に回避行動に移れたから良かったものの、斬撃がまったく視えない刃型の手刀が繰り出される。
それが同時に二本、しかも関節を無視し自在に襲い来る。
今のは偶さか回避できただけだ。
幸運は長続きしない。
瞬時にその事を把握した俺の頬を冷や汗が流れ落ちる。
これに対抗するには多重付与呪文、および前衛の究極技法たる<気と魔力の収斂>を以って当たるしかない。
収斂は発動するだけで耐魔・耐熱・耐寒などの対抗力を底上げし、溢れる闘気は多重身体付与呪文を軽く凌駕する。
だが元は気(闘気など体力に基づくもの)と魔力(精神や属性などに基づくもの)。
従来なら反発し合うだけでなく互いに打ち消し合ってしまう。
異なるこれらを強引に結び付け反発力を転化するこの技法だが……燃費はおそろしいくらいに悪い。
発動してるだけで常時HPとMPが減少し続ける。
全快の俺でも1時間は持たないだろう。
しかし今はこれに賭けるしかない。
それに、と俺は目線を魔族の足元に送る。
先程の魔力の奔流に宝珠が煌めいた気がした。
(アイツならきっと応じてくれる……
だって、アイツと俺は約束したんだから)
ならばまだ勝機はある!
俺は残った魔力を全身に均等に配置、溢れん気を集約させ強引に点火し転化する。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
煌めく金色の闘気が俺の身体から立ち昇る。
溢れる力が澱みなく澄み渡り、俺の四肢を活性し覆っていく。
(アゾート発動! 残り5分25秒!)
無論その隙を見逃さず襲い来る魔族だったが……
(視える!)
先程は不可視だった斬撃が、今はしっかり視認でき攻撃角度も把握できる!
常人には理解できない、圧倒的なまでに加速し蠢く世界。
が、強化された俺の反射神経は適宜に応じてくれた。
無数に繰り出される手刀。
それを捌き、回避し、時に反撃の一撃を加える。
これらが決め手にならない事は知っていた。
だから俺は語り始める。
万感の想いを込め、アイツを呼び起こす為に。
「初めて会った時の事を覚えているか?
貴女は俺にこう尋ねたな。
『何故戦うのか?』と。
そして俺はこう答えた筈。
『皆の笑顔が見たいから』と。
今思えば青臭い戯言だったのかもしれないな。
でも貴女は笑ってくれた。
声高らかに。
快活な笑みで。
俺が守りたい世界の、初めての住人になってくれた」
袈裟懸けの一撃を半身をずらし回避。
肩を密着し魔族へ発勁の一打。
収束した気が装甲を若干凹ませ弾き飛ばす。
壁に上手くめり込んだのか身動きが取れない様だ。
ならばこれは千載一遇のチャンス。
俺は騎士魔族の足元から解放された聖剣の柄を見る。
色褪せ朽ち果てようともその宝珠は砕けてない。
「勇者になって分かったことがある。
人は救われない。
人は報われない。
どれだけ絶望に抗おうとも、やがて魂は朽ちる。
だが、そこで終わりじゃない。
燃えた命は続いてゆく……
掲げた理想は人々に輝き続ける……閃光の様に!!」
熱い想いと願いを込め俺は足元に傅く。
聖剣の柄、その宝珠に触れる。
俺は迸る闘気を宝珠目掛け注ぎ込む。
「これは儚い夢。
夜明けには消えてしまう幻想。
だからこそ強き力を持つ始原にして至言の魔法。
教えてくれたのは貴女だ、剣皇姫。
俺の声が聞こえるか?
届かぬならば俺は幾度でも汝を呼び起こす。
我と、汝の尊き契約を以って。
さあ起きよ……覚醒るのだ……」
手足が軋みを上げる。
枯渇した身体が悲鳴を上げる。
限界を超えた神経回路が危険を鳴り響かせる。
が、だからなんだ?
アイツはこんなになるまで頑張ってくれた。
担い手のいない顕在化は自身の存在を危うくすらするのに。
ならここで踏ん張れなきゃ、俺はアイツの主じゃない。
俺は寿命が零れ落ちようとする不気味な感覚を、むしろ清々しく感じてすらいた。
これはアイツのとの絆。
固く結ばれた魂の連関たる連環。
だから宝珠が輝きを燈した瞬間、気勢を以って告げる事が出来る。
俺とアイツの契約、担い手としての約束を。
「主たる我の呼び声に応じ給え……剣皇姫ヴァリレウス!!」
凛然たる裂帛の声が広間に咆哮する。
次の瞬間、爆発的な燐光が足元から湧き上がり周囲を照らし出す。
人族には再現が出来ない立体的な積層型多重方陣が展開し、人の姿を為してゆく。
現れたるは神秘的な雰囲気を持つ法衣姿の美しき剣の巫女。
流れる髪が銀嶺の様に煌めく。
剣皇姫と謳われる十二皇琺神が一柱、ヴァリレウスの復活であった。




