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29章 状況に狼狽う勇者

「ミィヌ……ストゥール……」

 呆然と、されど確かめる様にもう一度呟き返す。

 食堂に悠然と入ってきたのは紛れもなく探し求めてきた相手。

 学園の制服を身に纏い、蛇身ではなく華奢な女子の体に化身しているが間違いない。

 妖しく濡れ光る瞳。

 邪神が心血を注いで築き上げたような容貌。

 全てを魅了し従える高貴で優雅な圧倒的雰囲気。

 俺の体感時間にして2日前に相まみえた魔族の女王こと<暗天邪ミィヌストゥール>その人に間違いない。

(だが、何故ここに!?)

 動揺を隠しきれず狼狽する俺。

 この邂逅は想定外だった。

 完全に油断し、そして学園生活に浮かれていた俺は今現在聖剣すら携えていない。

 幾ら学食を級友と摂る為とはいえ、見知らぬ地で何が起こるかは分からないのに。

(何て無様!)

 吐き捨て自分を卑下するも現実は変わらない。

 俺は瞬時に身体のギアを上げ女王の動向を窺う。

 しかし女王にとってもこの出会いは予想外だったようだ。

 俺と同じく驚いたように身体を強張らせるも、その表情はどこか面白がるように微笑をたたえる。

 そして俺を見定め蠱惑の面差しで両手を広げ始める。

(マズイ! 呪文詠唱か!?)

 つい先日の最終決戦が脳裏をよぎる。

 今と同じように抱擁するかのように広げられた腕から放たれる大規模殲滅魔術。

 斃れ逝く仲間達。

 あれほどの精鋭。

 あれほどの戦力を以ってしても女王と対等に戦うことは叶わなかったのだ。

 女王の思惑は分からないが、今こんな生徒が密集してる場で、しかも戦いの経験がない生徒達に魔術が解き放たれたら、いかな虐殺になるか……。

「アル君大丈夫? 顔色が悪いよ?」

 そんな俺の様子を心配したのか綾奈が再度声を掛けてきてくれる。

 そうだった。

 恩義ある人の孫娘。護衛を頼まれた相手。

 僅か数時間とはいえ共に過ごした級友達。

 皆を守る為なら勇者として俺のとる行動なんて決まってる。

 徒手空拳だって構わない。

 皆の時間稼ぎをするのみ!

「ミィヌ……ストゥール!!」

 付与魔術を施す時間すらない。

 俺は鍛え上げた身体機能を最大限活用すると瞬時に間合いを詰める。

 そして広げられた女王の両手首を自分の手で抑え込むとそのまま足払いを行う。

 後方に倒れ込む女王。

 その上に覆い被さり、完全に身体をロック。抑え込みにかかる。

「どういうつもりだ、ミィヌストゥール! 何故お前がここに!?

 いや、それ以前に何で俺達はここ(異世界日本)に飛ばされた!?」

「久しいな勇者よ……壮健そうで何より」

 幻妖たる美麗な容貌が間近で俺に囁きかける。

「この邂逅は我にとっても想定外だったが……げに面白きは因果の螺旋ということか」

「何を言ってる!」

「まあ汝の疑問は尽きぬだろうが……今は手を放してくれないか?

 その、周囲の者達の注目というか話題の的になってる」

「え?」

 女王を抑え込んだまま辺りの動向を窺う。

「おいおい転入生がミーヌさんを押し倒したぞ!」

「マジか!? ゆるせ~~~ん!!」

「きゃああああ!! わたしのミーヌ様があああああ!!」

「誰があんたのよ! どさくさに紛れて告白すんな!!」

 俺達を取り巻き喧々囂々と言い合う生徒達。

「アル君……いくらミーヌ先輩が魅力的だからって押し倒すなんて……」

 死ぬ程冷たい綾奈の視線。

 ああ、あれはあれだ。

 道端の便所虫を見据えるかのような苛烈で容赦ない女の敵を見る蔑みの眼差しだ。

 慌てた俺は現状を認識。

 容姿端麗な女子生徒。

 鍛え込まれた身体を持つ暴漢(俺)。

 押し倒し、さらに手首を抑え込み正面から迫る(誰何をする為)。

 あれ?

 女王の事を想定しない場合、これって傍から見たら、俺って暴行未遂の暴漢魔じゃ……?

「なっ! いや、その違う!」

 慌ててミィヌストゥールから手を放す。

 面白がるように手首を擦りながら身を起こす女王。

 俺もその身体から逃げる様に隣りに身をよじる。

「俺とこいつは旧知の仲で……その、なんだ」

 弁解するも、周囲の視線が痛い。

 誤解を解くよう話せば話すほど泥沼に嵌ったようなこの絶望的状況。

 こ、これが絶望を起源に抱く女王の力!(違います)

 完全に孤立無援に陥る俺。

 だが救いの主は思わぬところから現れた。

「そうだぞ、皆。勘違いするな」

 慌てふためく俺を愉快げに観察していた女王がおもむろに俺の腕を取り、胸に抱え込む。

 温かく張りのある弾力が俺を捕える。

 かなりおっきい。

 って! 何を考えてる俺!

 完全に支離滅裂。

 混乱のステータス状態。

「ここにいるアルティアは暴漢ではない……何故なら」

 皆の注目を一身に浴びた女王が悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 そして次の瞬間、俺の頬に可憐な唇が重ねられる。

「な!?」

「何故なら……アルティアは、いやアルは将来を約束し合った私の婚約者なのだから」

「「「「「「「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!」」」」」」

 周囲から湧き上がる絶叫と歓声。

 昼食時で賑わう食堂は騒然とした雰囲気にさらなる混沌と化していった。





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