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127章 疲労に困憊な勇者


 心が満たされる充実の一時。

 闘いでささくれた神経が休まっていく。

 本音を言えば、このままミーヌの胸を心行くまで堪能……

 コホン。

 もといミーヌとの時間を過ごしたいが、そうもいくまい。

 英雄叙述詩と違い現実は生々しい問題が山積みだ。

 ラスボスを倒してお姫様のキスでハッピーエンド、という訳にはいかないのだ。

 勝利の余韻に浸る暇もなく、戦後処理や幽閉されてるという岐神を助け出しにいかなくてはならない。

 俺はミーヌに肩を支えてもらい、何とか身体を起こす。

 心身共に限界まで酷使した反動か、全体的にガタガタだった。

 回復呪文などに分類される魔術で回復できるのは、あくまで傷の損傷を塞ぐ、血液の増量、活力の付与などに限られる。

 高名な癒し手となれば話は変わってくるが、いつか自然に治るものが基本となるのだ。

 いうなれば自己治癒能力の強化ということか。

 よって傷めた神経系やアストラルの回復にはどうしても時間が掛かる。

 前日から連戦をこなし、朝から魔術を使い続け、更に念法の発動。

 ちょっと頑健な俺でも負担が大き過ぎたようだ。


(これは完全回復まで長そうだな……)


 一歩前に歩くのにも膝が笑う自分に苦笑する。

 そんな俺を心配そうに見守るミーヌ。

 と、俺達の前に勢いよく走り込んでくる人影。

 

「アル」

「アル兄ちゃん」


 ソータとタツキだった。

 泥と汗にまみれた二人。

 しかし寄り添い合う二人は誇りを秘め、輝いて見えた。


「アル……オレ……」

「ああ、しっかり見てたぞ。

 頑張ったな、ソータ。

 お前は誇り高い立派な漢だ」


 震える手を伸ばしソータの頭を撫でてやる。

 顔をくしゃくしゃにして涙を零すソータ。

 人は嬉しくても泣けるのである。

 それに俺がこうすることで少しは「皆を置いて逃げた」という罪の意識が免れればいいのだが。

 ソータは責任感が大きい分、ちょっと危ういとこがある。

 方向性が前を向いてる内はいいが、見当はずれな方に向くと大変なタイプだ。

 まあこの娘がいるから大丈夫か。

 俺の視線を受けてキョトンとするタツキに苦笑する。


「アルに褒めてもらって、オレ……」

「ああ、もう。

 ほら、男がそんなに泣くな。

 ホントにお前はよくやったよ。

 お前達の活躍で子供達の犠牲者もゼロだったからな」


 ウインドウをに写し出された捕囚……否、解放された人々。

 残念ながら重傷を負ってしまった者は幾人もいる。

 でも死者はゼロだ。

 この規模の反攻にしては奇跡と言ってもいい人数だろう。

 俺が敵対者である妖魔達を無力化したのもある。

 でも大きな要因は3つ。

 ミーヌの魔術による戦域離脱・戦闘支援。

 立ち上がった防人や術師達による効率的な戦闘指揮。

 そして何より非戦闘民を的確に誘導し必要とあれば収納袋に避難させたソータ達の功績。

 お蔭で俺はボスである巨人を撃退する事に集中できた。

 流石に人を守りながらの戦闘では犠牲は避けられないところだっただろう。


「うん。分かった……もう泣かない。

 あ、それとアル。これありがとう。

 すっげー助かったよ」


 袖で涙を拭ったソータ。

 照れ笑いを浮かべると、俺が渡した剣を手に持ち差し出してくる。

 だが俺は苦笑を濃くしながら、その手を押し留めソータの方に押し遣った。

 不思議そうな表情をするソータ。

 俺は何かを断ち切る様に深呼吸すると、晴れやかに言った。 


「やる」

「え?」

「出来るならお前にこいつを使ってもらいたい」

「ちょ、何を言って……」

「相応しい使い手が見つかったんだ。

 こいつも喜んでくれるさ」

「……いいのかよ?

 だってこれ、アルの親父さんの……」

「武具の本懐は使われる事。

 俺が持ってても飾りにしかならない。

 だからこれからはお前がこいつを使ってやってくれ。

 タツキを守った様に、こいつを使い力無い者達を守ってやってくれ。

 頼めるか?」

「……ああ。

 オレにどこまで出来るか分からないけど……

 やれるとこまでやってみせる!!」    

「その意気だ。

 ただ……無茶はするなよ?

 タツキ、お兄ちゃんが頑張り過ぎな時は止めてやってくれ。

 多分ソータは俺と一緒で突っ走ったら止まらないタイプだ」

「は~い」

「そんな人を猪みたいに……」


 むくれるソータに明るく笑うタツキ。

 穏やかに微笑むミーヌ。

 こんな何気無い時間が愛おしい。


「さて、そろそろさえの神である岐神くなと様を救いに行くとするか」


 いつまでも留まりたい欲求を跳ね除け、決心する。

 そんな俺に対し、ソータ達は慌てた様に


「アル、その事なんだけど」

「アル兄ちゃん、あのね」


 と、堰き止めようとする。

 思わず面食らう俺。

 そんな俺の背後から、


「それには及びません」


 と涼やかな女性の声が掛けられる。

 苦心し振り返れば、坑道より歩み出てくる巫女服を纏い艶やかな黒髪を腰まで伸ばした美しい女性。

 浮世離れというか、侵し難い神秘的な雰囲気すら漂わせている。

 内包される莫大な気を探るまでもない。

 おそらくこの女性こそが…… 


「わたくしはここにいるのですから」


 宣言するように言い放ち、にっこりと微笑を浮かべる。

 形骸し難い光輝。

 一挙一動に畏敬を抱く佇まい。

 その女性こそこの地方の守護神、岐神に間違いなかった。




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