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120章 真摯に宣言す勇者


「何で俺なんだ?

 俺より強い戦士や知恵ある者は沢山いる。

 何で俺が皆の御旗とならなくちゃいけない?」


 魔族との決戦を控えた前夜。

 ふとしたことで集まった兵士達を前に、苦悩し仲間へ問うアル。

 そんなアルに対してエゼレオは厳かな口調で告げた。


「お前が苦悩するのは分かる。

 百人の勇者の中には強さや格において、数段高みにいる者とているだろう」

「だったら!」

「だが、アル。

 お前は、百人の勇者の中で他にはないものを持つ唯一の男だ」

「え……?

 それは一体……?」

「弱さだ」

「よわ……さ?」

「そうだ。百人の勇者はいずれも一騎当千。

 勇敢で、

 恐れを知らず、

 知恵の巡りも早く、

 いざ戦いとなれば存分に暴れ回り敵を追い散らすだろう。

 だがその強さとは天性の強さ……

 いわば鷹のような猛禽が生まれつき強く、

 獅子のような獣が生まれながらの王者で、

 鯨のような海獣が大きいと定められている、

 そのような強さなのさ」


 エゼレオはいったん言葉を切り、僅かに目を細めて戸惑うアルを見た。


「しかし、アル。お前は違う。

 お前は寧ろ生まれながらの天分においては弱い人間だ。

 怖いものを怖いと恐れ、

 自分の弱さを知り、

 至らぬ自分には歯噛みをする。

 ありきたりな人間、凡人だ。

 にもかかわらず、お前はここ3年もの間、百人の勇者の誰にもひけをとらぬ戦いぶりを見せた。

 それは極めて非凡な事なのだ」

「凡人なのに非凡……?」

「お前は、自分が弱い事を誰よりも知っている。

 自分がありきたりな人間だと弁えている。

 だから仲間達の、弱い人間の気持ちが分かる。

 お前の戦う力はそこから来るものだ。

 弱い人間の立場を我が事として理解し、弱い人間達を救う為に戦う。

 絶望に抗う希望の燈火。

 お前はそういう在り方の人間なんだ」


 感情を滅多に露わにしないエゼレオ。

 しかし今、その口元には微笑が浮かんでいた。


「生まれつき強い人間が自分より弱い人間を助ける時、そこには憐れみと微かな傲慢が付き纏う。

 百人の勇者の様な者達が戦いし時、人々は歓喜の声をあげこそすれ、頼りにするばかりでなかなか共に戦おうとはしない。

 けれどお前は違う。

 お前の様に弱き者がその弱さを克服して戦う時、

 人々はお前に自分の姿を重ね合わせる。

 そして共に戦おうとする。

 アル、お前は自らが戦うことによって多くの人々に戦う力を与えることが出来る、稀有な存在だ。

 勇者とは称号や役職じゃない。

 勇者とは勇気ある者。

 決して諦めず、屈しない。

 不屈の闘志をもって未来を見据える者。

 皆がお前を慕うのは、お前の弱さを知っているからだ。

 弱さ故に思いやる心を持ち、

 弱さ故に皆を守らんとする。

 だからこそ皆はお前を信じ、心から敬意を払う。

 難しい事は考えるな。

 お前は弱いが為に強い。

 誰かを守れなかった自責から来る弱さ、それこそお前の強さの源なのだ」

「弱さ故の……強さ」


 エゼレオの言葉の核を反芻する。

 そんなアルの手を取り、フィーナは優しくあやすように声を掛ける。


「アル、まだ分かりませんか?

 わたくしたちが貴方を慕い共にいるのは貴方が強い人だからじゃない。

 貴方が本当は弱い人で、それが為に他人の弱さが分かる、優しい人だからですよ。

 ね、カイル?」

「そうだぞ。行き倒れていた俺にも忌憚なく笑顔を向け、救いの手を差し伸べる。

 お前は弩級のお人好しで馬鹿で天然のタラシだが……

 誰よりも信じられる。

 それが故にお前は選ばれたんだろ?

 絶望に希望をもたらす一筋の光明、光明の勇者に」


 カッコつけるだけならともかく、余計なことを吹き込むカイルがエゼレオとフィーナにボコボコにされる。

 そんな光景にアルは屈託のない笑顔を浮かべる。


「ありがとう、皆。

 ……未熟な俺にどこまで言えるか伝わるか分からないけど、言ってみる」


 アルは深呼吸を一つすると群衆を前にする。

 心からの言葉、想いを伝える為に。

 





 遥か過去のように感じられる決戦前夜の一幕。

 ザオウで人々を前にしたアルの脳裏をよぎったのは一連のやり取り。

 反撃の嚆矢たる一言なんて余計な事はいらなかった。

 ただ自分の望み、自分の想いを真摯に告げた。

 立場は違えど状況は一緒。

 だったら自らに出来る事なんて決まってる。

 

「俺の名はアルティア・ノルン!

 ヤクサの村を襲った妖魔を撃退し、村長であるムトーの頼みでここザオウへきた!

 捕らわれの皆を救い、禍津神マガツガミを斃して岐神くなと様を助け出す為に!!」


 音量ボイスが最大化された効果もあり、アルの宣言が霊峰全体に響き渡る。

 何事かと顔を見上げれば、集まった人々の前に輝くウインドウが表示された。

 そこには映し出されるのは聖剣を構えたアルと魔杖を携えたミーヌ。

 震えながらもしっかりと鉄剣を持ち前を見据えるソータとその裾を掴むタツキ。

 プレイヤーキャラのみが成し遂げる多層動画チャットの妙技。

 ミーヌの操作により、啓示された内容により人々へ動揺と喧騒が奔る。

 今までは絶望を秘めたまま盲目に動くしかなかった日々。

 機械的な労働に従事し過ぎた心にはアルの言葉は衝撃的だった。

 騒ぎ立つのは監視者たる妖魔達。

 ミーヌがすかさず魔術を唱え、端から拘束する。

 アルはそんな一連を意に介さず、人々のざわめきが収まるのを待って告げた。

 決戦前夜に王城に集った連合の兵士達にも訴えた内容を。


「俺は勇者なんかじゃない。

 皆と同じ、弱い人間の一人。

 死に恐怖し、痛みを恐れるありきたりな人間にすぎない……」


 聖剣が正直な言葉を連ねるアルを励ます様に輝きを増す。

 アルはその意に応じる様に聖剣を高々と掲げた。

 目下の人々より歓声が上がる。


「だが、自分の弱さを乗り越えここへきた!

 皆を救い、自由を得んが為に!!

 だから霊峰に捕らわれし人々よ、俺に力を貸してくれ。

 勇者には程遠い俺に力を貸し、俺の至らない部分を補ってくれ。

 皆を解放せんが為、俺と共に戦わんとする者は、この剣の下へ集え。

 この聖剣シィルウィンゼアの下に!!」


 人々の歓声。

 熱狂。

 興奮の渦。

 アルは決戦前夜と同じ道程を辿っていることを認識し、巡る因果に思いを馳せた。




 

 吉村夜先生へのオマージュになります。

 アルは普通の枠組みの中では優秀ですが、天才には敵いません。

 ただ……父に指摘されたように、努力する才は目覚ましく、実戦を経て飛躍的に実力を伸ばしてきました。

 これは勇者という在り方に苦悶するアルに対し、仲間たちがそっと助言する何気ない日常の一コマ。


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