11章 散策に興じる勇者
大地に描かれた白き基線方陣の前で立ち止まる。
この方陣が意味するのは守護。
歩み行く者に不干渉の加護を与えるものらしい。
しかし特定の儀式を行わなければ効果が発動しづらいと俺の中の知識が告げる。
安全を確認する為、左右を見渡す。
迫り来る脅威はない。
俺は意を決すると発動条件に取り掛かる。
右手に力を込めるや天空高く指先を伸ばし掲げる。
完璧なる儀式。
そしてその流れのまま、方陣の上に俺は足を踏み入れた。
遠くから近寄っていた自動車が、方陣の前に引かれた境界線で立ち止まっていく。
……素晴らしい効果だ。
俺はその効果に満足しつつ歩み出す。
周囲の人々から奇異な視線を感じるが、異世界人たる自分だ。
多少挙動がおかしく思われるのは仕方あるまい。
そう自嘲しながらも、俺は街に張り巡らされた「横断歩道」の方陣の力を心から賛美するのだった。
しかしこうして昼間に街を歩くと気付くのは、この日本という国の豊かさだ。
様々な衣服を身に纏った者達が悠然と街を歩き、活気に溢れた商店からは祭囃子にも似た歓声が上がる。
塔……ではなくビルというらしいが、天空を貫く様に立ち並び、次々と人を吐き出す。
馬に似たバイクという乗り物も含め、複数の自動車が大通りを所狭しと走り行く。
いったいどれほどの人、資源、そして金が使われてるのだろう?
経済格差という単語が脳裏に浮かぶ。
琺輪世界を卑下する訳ではないが、もっと豊かになれる余地が幾らでもある事を思い知らされる。
そして一番驚くのが治安の良さ。
無警戒といえる程、無造作に商品が展示されてるのに、誰が盗むわけもない。
俺のいた世界では、押し入り強盗や万引き・窃盗防止の為、店に入ったら現物を出して貰い、それから交渉するのが普通だった。
こんな自由に、しかも豊富な種類を揃え、尚且つ客人の要望に応じる等、貴族相手の大店でもなければ有り得ない。
確かにこの世界は豊かである。
でも……それを甘受する人々は幸せではないのかもしれない。
俺は行き交う人々の顔を観察しながら思った。
皆一様に疲れた様な翳りを浮かべている。
俺のいた世界では日々を細々と暮していくのが精一杯な人が多かった。
けどそれ故生きる事に対してシンプルで楽しんでる人も多かった気がする。
この世界の人々は安全と利便性を当たり前の様に感じている。
それがどれ程の代償を以って値するのかも自覚せず。
故に迷い、そして苦悩するのだろうか。
賢者でない勇者の自分では推測しかできない。
されど少しばかりの平穏と安らぎの訪れを、俺は道行く人々へ祈るのだった。
それが束の間の慰みにもならないことを知りつつも。




