112章 飛翔に思考す勇者
サクヤの認可を受けた際に急激に力量上昇した為か、光翼飛翔<リアクターウイング>の術式維持が軽くなっている。
以前は魔力容量を逼迫するので、大した魔術を併用できなかった。
が、今のスロットが増加した俺なら空中戦も可能かもしれない。
空中戦は従来の戦闘とは別のカテゴリーに区分けされる話なので、本職には到底及ばないだろうが。
魔族との大戦では空中型魔族に対して翼人や竜人、妖精族が果敢に立ち向かってくれた。
急降下からのチャージを得意とする翼人の槍。
ホバリングから羽ばたきと共に放たれる竜人の息吹。
天駆ける精密技法を以って切り結ぶ妖精族の闘技。
地上から見上げる彼等の勇姿は、俺達連合軍に所属する者達に限りない勇気を与えてくれた。
ちなみに余談だが、俺の扱うノルファリア練法も元は妖精族に伝わりし闘技だったという。
遥か昔、ノルン家の先祖に妖精だか聖霊だかと交わった者がいて、家に代々伝わってきたらしい。
ノルファリア練法と他の武術の差異は徹底した反復練習による精密な太刀筋。
どれだけ疲れていても俺は最速で無駄の無い動きを放つ事が出来る様に身体に叩き込まれている。
そして何よりチャクラを活用した闘気術も兼ねているのが大きい。
生命の根源であるチャクラと呼ばれる秘孔を呼び覚まし、回転。
溢れ渦巻く気に意志の力を融合させ闘気と為す。
生み出されたこの闘気とは、万全にして原型となる素の力ともいえる。
物理的な力に限れば、闘気を剣に纏わせることで鋼鉄をも断ち切る事を可能とする。
これだけでも前衛職なら垂涎の闘技だろう。
だが闘気術である練法の真骨頂は霊的な開花にある。
戦友より教わりし< >
即ち「聖念を以って天の位階へと至る技法」を使用すれば位階が各上の存在すら滅ぼす事が可能だ。
霊的なチャクラは頭部に宿り、その発動は非常に困難である。
俺は散り逝く戦友の助けを借り、何とか最終決戦時に眉間のチャクラを発動出来た。
未熟な俺ですら完全上位存在を斃しうる秘儀。
もし王冠のチャクラと呼ばれる頭頂のチャクラを開孔出来るなら、神すら斃す事が可能らしい。
しかし俺は命の危機が迫ろうとも、この秘儀を固く封じていた。
ただ死ぬのならいい。
だがこの秘儀を乱発した存在の末路は……
頭を振り、前を見据える。
加速する視界の中、下へ目を向ければどこまでも続く草原がそこには見える。
しかし終わりは確実に近付いていた。
霊峰と呼ばれる山々は存在感を増し、あと5分も飛翔すれば到着するだろう。
変わり映えのしない単純な光景は色々な事を思い浮かばせる。
親父からも指摘されてきたが、思考の泉に沈むのは俺の悪い癖だ。
術師や哲学者でもない前衛職なのに。
思考するより施行する。
それが俺の信条なのだから。
閑話休題。
先程の話に戻るが、大型の空中型魔族がいなかったからこそ何とか戦線が保てていた。
孤立した戦域にも飛空艇等の空輸で物資を援助でき、人員を増員出来たからだ。
もし天空の覇者であるドラゴンクラスの魔族が連打されていたら……
完全敗北まではいかないだろうが、確実に人族側の形勢は悪い方に傾いていた筈だ。
多分、統括上位魔族であったミーヌによる、天秤が極端に傾かない様にする為の配慮だったのだろう。
母体や苗床となる大型種は存在していたので、学者や軍師は不思議がっていたが。
胸元で気持ち良さそうに風を受けるミーヌを見ると「ん?」とばかりに見返してくる。
考えてみれば考える程、不思議な縁。
何より人族の勇者と魔族の女王が愛し合うだけでなく、共に手を取って戦うというこのシチュエーション。
しかも舞台は異世界の中にある電脳仮想空間。
因果の巡り合わせとは本当に複雑怪奇で読めない。
怪訝そうなミーヌに微笑んでおく。
「いや、何でもない。
そろそろ到着しそうだな。
どうする? このまま特攻するか?」
「今のアルなら空中戦も行えるだろうけど、対空術式を備えられてると厄介。
特に眷属ならともかく禍津神の力は未知。
甘く見ない方がいいと思う。
面倒だけど麓から攻めるのが定石かな。
強制労働させられてる人達を人質にされたら大変だし」
「うん。俺も賛成だ。
いくら無理・無茶・無謀の三無主義な俺でも、
さすがに万歳アタックは無謀で無茶過ぎるだろう」
「意外。アルなら喜んで無理しそうなのに」
「あのな~お前、人を何だと……」
「フフ、冗談。
それより……見えてきたみたい」
ミーヌの指摘に目線を戻す。
標高1000メートルクラスの山々が連なる霊峰ザオウ。
その頂きには湖……カルデラ湖? が見て取れた。
霊峰と呼ばれだけあって濃密な霊力を秘めてるのがヒシヒシと伝わる。
神々しいそれは頭を垂れ敬いたくなる清浄なる雰囲気。
だが今現在、この山の中心より放たれしものによって山は変容していた。
禍々しき邪まなる気、瘴気によって。
麓に続く森の中に着地した俺達は周囲を警戒。
特に妖魔達の存在は感じられない。
けど油断は禁物。
ここは仮想空間に構築されたゲームとはいえ俺の知らない世界。
隠身に長けた存在がいるかもしれないのだ。
俺はウインドウを呼び出し情報を検索し、表示する。
果たして反応はあった。
それを告げるより早く、麓の森に甲高い悲鳴が響き渡る。
まだ年端もゆかぬであろう男性というより男の子の声。
俺とミーヌは急展開に当惑しながらもこだまを考慮し森の奥へと駆けだす。
罠である可能性を考慮しながら。
間に合うよう、一刻も早く。




