不協和音の門番
【前回の答え】
B. ストロンチウム
ストロンチウムは赤色、ナトリウムは黄色、銅は緑色、バリウムは黄緑色の炎色反応を示します。
1. 招かれざる密航者
黒塗りの車が「特区101」の巨大なゲートを潜った。
助手席で僕は、自分の袖をぎゅっと掴んでいる「透明な重み」に溜息をつく。
「……太郎。どうしてここに?」
「いや、お前の袖を掴んでたらドアが閉まっちゃってさ。降ろしてくれって言おうとしたんだけど、誰も俺を認識してくれないから。……ここ、なんだか嫌な気配がするぞ」
魔法使いの直感は、時に僕の論理より鋭い。
僕たちは特区101の入口で車を降りた。そこは無機質な灰色の広間だった。
中心には、仕立てのいいスーツを窮屈そうに着た男が立っている。九条久太郎(レート:2653)。
「天智慧くんだね。中学三年生にしてレート2919……。最高の獲物だ。佐伯っていう女の子も中々よかったが、それ以上かな」
九条の目は、獲物を品定めする商人のそれだった。
2. 思考を裂く「ノイズ」
避けられないバトルが開始された。形式は十問先取。
一問目が読み上げられる直前、九条が喉を不自然に震わせた。
「ギギギギギ……キィィィィィィィン……ッ!!」
鼓膜を突き破り、脳のシナプスを直接焼くような不快な高音。
能力なんて高尚なものじゃない。喉を使った物理的な思考阻害だ。
『第一問:中世ヨーロッパの――』
「……っ!」
答えは脳にある。だが、奇声で思考の糸がズタズタに引き裂かれる。
「カノッサの屈辱」
九条が、僕の硬直を嘲笑うように答えた。
「うわぁぁっ! なんだこれ、頭が割れる!」
大袈裟に床を転げ回る太郎。認識阻害の術は解けたらしい。九条は一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐにバトルに集中することを選んだらしい。太郎が僕に向かって指を振った。
「……『静寂の帳』!」
その瞬間、世界から音が消えた。九条が必死に喉を鳴らす滑稽な姿だけが視界に残る。完全な無音。
3. 沈黙の圧勝
『第二問:考古学……』
音が出なくてもスマホ上の問題を読めばクイズは成立する。思考が、冷徹な速度を取り戻す。
「アンティキティラ島の機械」
九条がボタンに手をかけるより早く、僕の声が響く。
『第四問:芸術……』
「『泉』」
『第七問:歴史……』
「カール五世」
一問、また一問と正解を積み上げる。
九条の顔面が土気色に変わっていく。彼は焦り、喉から血を滲ませながらノイズを増大させようとしたが、真空の防壁に守られた僕には届かない。
『第十問:数学……』
「フェルマーの最終定理」
完璧な十問。九条は一度もボタンに触れることすらできず、力なく膝をついた。
4. 門番の現実
『バトル終了。勝者、天智慧。』
レートの計算が実行される。
* 天智:2919 → 2943 (+24)
* 九条:2653 → 2629 (-24)
「認めんぞ……! こんな負け、あってはならん……!」
九条が這いつくばりながら喚く。負けを認めないその姿は、この特区に寄生する者の末路だ。
「九条さん。あなたのやり方は、初見の相手にしか通用しないし、対策さえ出来れば恐るるに足らない。佐伯玲さんが負けたのも、実力ではなくあなたの出す音で集中力を欠いただけだ」
僕は冷たく彼を見下ろした。
「……ふん。分かったような口を。……どうせ、私が奪ったこの二十四ポイントも、すぐに上の階層に吸い取られる。それにここで負けるようならこの先も通用しない。私もこの門を通る連中も、この特区を構成する歯車だ」
九条の言葉には、自嘲の響きがあった。彼は自分が搾取されていることを知っていながら、ここで初心者狩りを続けるしかないのだ。
「太郎、行くよ。ここはまだ、入り口でしかない」
「おう。……でもけい、今度から移動する時は、俺のこともちゃんと確認してくれよな。置いていかれたらどうなることか……」
僕は、新しく刻まれた2943という数字を背負い、特区101の深部へと続く扉を開けた。
【問題】
クイズの最後に出た「フェルマーの最終定理」。これは「3 以上の自然数 n について、x^n + y^n = z^n となる自然数の組 (x, y, z) は存在しない」というものですが、n=2 の場合に成り立つ (x, y, z) の組(例:3, 4, 5)を、ある古代ギリシャの数学者の名をとって「何数」と呼ぶでしょう?
A:アルキメデス数
B:ピタゴラス数
C:ユークリッド数
D:プラトン数




