恋愛禁止令と、AI監視網の穴
【前回の答え】
2. 切り離す
もともとはチケットなどを「切り離す」という意味の言葉から来ているんだ
1. 恋する男は、心拍数で裁かれる
「けい……助けてくれ……」
昼休み、購買部のパンを買って戻ってきた僕の前に、太郎が這いつくばっていた。
文字通り、四つん這いだ。
「太郎、君はいつからそんなに宗教的な挨拶をするようになったんだい?」
「冗談言ってる場合じゃないんだよ!
美咲ちゃんのことを考えただけで、スマホが『ピピピピッ』って鳴るんだ!
もう限界なんだよ!」
彼のスマートフォンからは、確かに小さな警告音が断続的に鳴っている。
この国のAI監視システムは、スマートウォッチと連動して心拍数、発汗量、瞳孔の拡張、さらには呼吸のパターンまで解析する。
「恋愛禁止」のペナルティを受けた者が恋愛感情を抱くと、即座に検知され、違反が確定すればさらなる制裁が科される。
「つまり、君は美咲さんのことを……」
「そうだよ! 好きなんだよ!
でも、このままじゃ告白もできない!
いや、告白以前に、目を合わせることすら……ッ!」
太郎の声が悲痛すぎて、購買部のカレーパンを落としそうになった。
その時、背後から冷たい声が降ってきた。
「……ふん。くだらない」
振り向くと、佐伯玲が教室の窓際で本を読んでいた。
いつからそこにいたのか、まるで影のように気配がない。
「佐伯さん、これは十四歳の少年にとって『くだらない』では済まされない深刻な問題なんだよ」
「恋愛感情なんて、脳内の神経伝達物質の過剰分泌に過ぎない。
ドーパミンとオキシトシンとフェニルエチルアミンの化学反応。それで?」
玲は相変わらずのクールさで、ページをめくる。
太郎が涙目で訴える。
「そうかもしれないけど、でも、美咲ちゃんの笑顔を見ると、世界が輝いて見えるんだ!
化学反応で片付けられるか!」
「……それは網膜の光受容体が――」
「佐伯さん、今は科学の授業じゃないんだ」
僕は彼女の講義を遮った。
2. 作戦会議、あるいは不可能への挑戦
放課後、僕たちは誰もいない図書室の奥に集まった。
太郎、僕、そして――なぜか付いてきた玲。
「なぜ君がいるんだい?」
「……暇だから?」
何故疑問文なのか?玲はそう言って、司書の椅子に座り込んだ。
本当は少し面白がっているのかもしれない。
「で、作戦を立てようじゃないか。太郎が美咲さんに告白するための、完璧なプランを」
僕は案外こういう俗なことが好きなのだ。
「おお! さすがけい! で、どうすればいいんだ?」
「まず、AIの監視システムの仕組みを理解する必要がある」
僕はホワイトボードに図を描き始めた。
「AIは、心拍数、発汗、瞳孔、呼吸を総合的に判断している。
つまり、『恋愛感情に特有のパターン』を検知しているんだ。
だから、そのパターンを崩せばいい」
「崩す? どうやって?」
「簡単だよ。君が美咲さんと話す時に、『別のことで興奮している状態』を作り出せばいい」
玲が、珍しく興味深そうに顔を上げた。
「……なるほど。ノイズを混ぜるわけね。
例えば、激しい運動の直後や、何かに驚いた直後なら、心拍数の上昇が『恋愛』ではなく『運動』や『驚愕』として誤認される可能性がある」
「そのとおり!」
太郎が目を輝かせる。
「じゃあ、俺、美咲ちゃんに会う前に100メートルダッシュすればいいのか!?」
「それは……少し恥ずかしいかもしれないね。うーむ。」
僕は眉をひそめた。
3. 実験その一:ホラー映画作戦
最初の作戦は、「恐怖による心拍数の上昇」を利用するものだった。
太郎にスマートフォンで最恐のホラー映画を見せ、心臓をバクバクにさせた状態で美咲さんに話しかける。ちなみにそのタイトルは「10円足りない…」だ。
「い、行くぞ……!」
太郎は震える足で、廊下にいる美咲さんに近づいた。
「あ、あの、すず、鈴木くん……?
顔色、悪いけど大丈夫……?」
「だ、大丈夫! 美咲さん、あの、今日の数学のプリント――」
ピピピピピッ!
太郎のスマホが警告音を鳴らした。
『心拍数の異常な上昇と、対象人物への視線集中を検知。恋愛行為の兆候とみなします』
「くそっ! バレた!」
太郎は脱兎のごとく逃げ出した。美咲さんはポカンとしている。
図書室に戻った太郎が泣きながら報告する。
「ダメだった……恐怖と恋が混ざって、逆に心拍数がヤバいことになった……これがひとり吊り橋効果か…」
玲が冷静に分析する。
「恐怖による心拍数上昇は、『逃走反応』を伴う。
つまり、視線は対象から逸れるはず。なのに太郎は美咲を見つめ続けた。
当然、AIは『これは恋愛だ』と判断する」
「そ、そんな……じゃあどうすれば……」
4. 実験その二:カフェイン過剰摂取作戦
次の作戦は、「カフェインによる心拍数上昇」だった。
太郎にエナジードリンクを5本飲ませ、完全にハイテンション状態にした。
「ウオオオオ! 俺は無敵だああああ! 美咲ちゃああああん!」
彼は廊下を全力疾走し、美咲さんの前で急停止した。
「美咲さん! 俺、君に言いたいことが――」
ピピピピピピピピピッ!
今度は警告音が連続で鳴り響いた。
『異常な興奮状態を検知。恋愛行為に加え、健康状態の異常も確認。保健室への誘導を推奨します』
「ぐああああ! カフェイン多すぎた!」
太郎はその場で倒れ込み、本当に保健室に運ばれた。
5. 最終作戦:クイズバトル同時進行作戦
「もう無理だ……俺には無理なんだ……」
保健室のベッドで、太郎は虚空を見つめていた。
僕は腕を組んだ。
「太郎、諦めるのはまだ早い。最後の手段がある」
「最後の手段……?」
「クイズバトルだ」
玲が僕の意図を察して、小さく頷いた。
「……なるほど。クイズバトル中は、心拍数が上がるのは『当然』とみなされる。
AIはバトルモードとして認識し、恋愛感情の検知を一時的に停止する」
「そういうことだ。つまり、太郎が美咲さんと話す時に、同時に僕か佐伯さんとクイズバトルをすればいい。
AIは『こいつは今バトル中だから興奮している』と判断する」
太郎が飛び起きた。
「それだ! それしかない! けい、お前天才だよ!」
「でも問題がある」
玲が冷静に指摘する。
「バトル中に『他の女の子』に話しかけるのは、集中力の欠如として不自然。
美咲もおかしいと思うはず」
「だから……」
僕は人差し指を立てた。
「美咲さんも巻き込むんだ。四人でチームバトル形式にする。
太郎と美咲さんがペアで、僕と佐伯さんがペアだ」
6. 決戦の日、そして当然の結果
翌日の放課後、僕たちは美咲さんを学校の屋上に呼び出した。学校にはいくつかのバトルフィールドが用意されており、バトルを相互に承諾することで例外的に対戦が可能となる。
「えっと……クイズバトル、ですか……?」
美咲さんは戸惑っていた。無理もない。突然「練習試合に参加してほしい」と言われたのだから。
「うん。僕と佐伯さんの実力を試したいんだ。
でも二人だけじゃつまらないから、太郎と美咲さんにも相手をしてもらいたくて。レート差があるので美咲さんにはそれほどリスクはないと思う。」
僕はさりげなく嘘をついた。太郎がチラチラと美咲さんを見ている。
幸い、AIはこのバトルを正式に承認した。
『チーム戦を開始します。
鈴木太郎&美咲ペア(平均レート1315)
対 天智慧&佐伯玲ペア(平均レート2842)。
10問勝負です』
レート差、1527。
玲が小さく呟く。
「……これ、虐殺になるわよ」
「まあ、練習試合だからね」
僕は苦笑いした。
バトルが始まった。
『第一問:世界史。
神聖ローマ帝国の皇帝カール5世が、宗教改革に対抗して開催した公会議の名称は?』
僕が即座にボタンを押す。こんなバトルでもわざと負けることは出来ないのだ。
「トリエント公会議」
『正解』
太郎と美咲さんは、まだ問題文を理解している途中だった。
『第二問:生物。
ミトコンドリアのクリステにおいて、ATP合成酵素が行う化学浸透説に基づくプロセスを説明せよ』
玲が淡々と答える。
「プロトン濃度勾配を利用した、電子伝達系による酸化的リン酸化です」
『正解』
美咲さんが小さく「え……?」と声を漏らした。
その後も、質問は容赦なく高難度で続いた。
結果は、10問中、僕と玲のペアが9問正解。
太郎と美咲さんのペアは、たった1問だけ――
それも偶然、美咲さんが好きなアイドルに関する問題が出たからだった。
『バトル終了。勝者、天智慧&佐伯玲ペア。
レート変動:天智(2875 →2876)、佐伯(2810→2811)、鈴木(1350→1349)、美咲(1280→1279)』
ほとんど動かない数字。
レート差が大きすぎて、勝っても意味がない戦いだった。
『敗者へのペナルティを確定します。
鈴木太郎:校内トイレ清掃1回。
美咲:同じく校内トイレ清掃1回』
7. 告白、そして惨劇
バトルが終わり、AIロボットが去った後、太郎は深呼吸をした。
「美咲さん」
「え……?」
「俺、君のことが好きだ! 付き合ってください!」
美咲さんの顔が真っ赤になる。
しかし、それは恥じらいではなく、怒りの赤だった。
「……は?」
「え……?」
「何なんですか、これ。私、トイレ掃除させられるんですけど」
「あ、いや、それは……AIロボットが決めたことだから……」
「鈴木くん、自分の都合で私を巻き込んだだけですよね」
美咲さんの声が震えている。
「そ、そんなことは……」
「最低です。もう話しかけないでください」
美咲さんは、そのまま屋上を去っていった。
太郎は呆然と立ち尽くしている。
僕と玲は、何も言えなかった。
そして――数秒の沈黙の後。
太郎が、ゆっくりと玲の方を向いた。
「……佐伯さん」
「……は?」
玲の眉がピクリと動く。
「佐伯さんよく見ると凄く美人だよね。僕、佐伯さんのこと、好きかもしれない」
時が止まった。
僕は目を疑った。
玲は、本を持つ手を止めた。
「……今、何て?」
「それに、佐伯さん、すごく頭いいし、クールだし、美人だし、美人だし、美人だし……」
「待って」
玲が顔が紅潮する。
「あなた、さっき別の女の子に告白して、フラれたばかりよね」
「でも、美咲ちゃんには振られたし……」
「それで次、私?」
「うん!」
玲が深く、深く息を吸い込んだ。
そして、冷たく、はっきりと言い放った。
「……気持ち悪い」
太郎が石化した。
「あなた、恋愛を何だと思ってるの。
自動販売機? コインを入れれば何か出てくるとでも?」
「そ、そんなつもりじゃ……」
「もういいわ。天智くん、先に帰るから」
玲はそう言って、本を鞄にしまい、颯爽と階段を降りていった。
8. エピローグ:残されたもの
屋上に残されたのは、僕と、完全に灰になった太郎だった。
「……太郎」
「……うん」
「君、今日一日で二人の女の子に振られたね」
「……うん」
「しかもその内一人には『気持ち悪い』とまで言われたね」
「……うん」
太郎は膝から崩れ落ち、屋上の床に大の字になった。
「僕の人生、終わった……」
「まあ、ペナルティはトイレ掃除1回だけだから、実害は少ないよ」
「心の傷は一生モノだよ……」
僕は夕焼けを見上げた。
クイズ社会は残酷だ。
でも、それ以上に残酷なのは、人間の心なのかもしれない。
「……太郎、次からは、もう少し考えて行動しようね」
「はい……」
太郎の虚ろな声が、夕暮れの空に消えていった。
【問題】
次の傍線部の助詞「の」と同じ使い方のものを選びなさい。
「桜__の__咲く道を通る。」
A.雨の降る日に出かける。
B.これは私の本です。
C.赤いのが一番好きだ。
D.テニスの好きな人。
ヒント
「の」を「が」に置き換えてみて、文の意味が通じるかどうかを確認しましょう。




