潜伏の二週間、あるいは確信の死角
【前回の答え】
C. 約87%
本作のイロレーティングでは、レート差が400あると、上位者が勝つ確率は約87%と算出されます。2900台の慧と3500の「零」では、その差は600近く。統計上は「ほぼ100%零が勝つ」という絶望的な差ですが……それを覆すのがクイズの、そして慧の意地というわけです。
1.食欲をそそるラベル
特区での朝は、相変わらず無機質な知性の選別から始まる。アイボリー・レジデンスの朝食会場でクロワッサンを齧りながら、僕は自分の存在を「希釈」する方法を完成させていた。
これから二週間、僕は透明な存在になる。
三千近いレートを剥き出しにして歩くのは、この特区では悪手だ。効率を重んじる住人たちは、自分より圧倒的に強い相手との対局を極端に嫌う。獲物が現れなければ、レートを積み上げることはできない。だから僕は、認識阻害の魔法を論理のフィルターとして展開し、自分のステータスを偽装することにした。
ターゲットにするのは、レート二千六百前後の層だ。この界隈の住人にとって、二千六百台という数字は「自分と同等か、あるいは少しだけ格下の、奪い甲斐のある獲物」に見える絶妙なラインだ。高すぎず、低すぎない。彼らの食欲を最も刺激するこの数字を、僕は自分の「偽りの顔」として脳内の情報層に貼り付けた。
この特区には金銭的な対価も物理的な罰則もない。あるのは数字の移動のみ。だが、その数字こそがこの閉鎖空間における唯一の呼吸権であることを、住人たちは本能で理解している。僕はその飢えを利用し、自分という「毒入りのご馳走」を餌として差し出すことにした。
2.静かなる蹂躙
そこから二週間、僕は「一日に一戦だけ」という厳格なルーチンを守り続けた。一度に暴れすぎれば、いくら認識を阻害していても不自然な戦績が目に留まる。目立たず、しかし確実に。僕は潜水艦のように深く潜り、一日に一人ずつ、確実に高レート保持者を仕留めていった。
対戦の場に現れる彼らは、僕の偽装されたレートを見て、例外なく勝利を確信したような薄笑いを浮かべていた。だが、クイズが始まった瞬間にその余裕は消し飛ぶ。
僕が使うのは、小細工なしの純粋な知性だ。ボタンを押す指の速度、問題文の構造から正解を逆算する精度、膨大なデータベースを瞬時に検索する脳内回路。三村や繭のような盤外戦術に頼る連中とは違い、僕はただ真っ当な「クイズの実力」だけで彼らをねじ伏せた。相手が何か小細工を弄するときだけ魔法の力を使う。そして僕はただ淡々と、精密機械のように正解を積み重ねていく。
僕が構築した「論理の盾」は、相手の卑怯な手を防ぐためだけにある。その防御壁の裏側で、僕は牙を剥く必要さえないほど圧倒的な速度で回答を確定させていった。負けた相手は、まさか二千六百台の格下に掠りもせずに完敗したとは思いたくないため、自分の不運や体調のせいにし、僕という存在を記憶の隅に追いやっていく。誰の話題にも上らないまま、僕は彼らのレートだけを冷徹に削り取り続けた。
3.境界線の突破と、零の視線
十四日目の夕暮れ。最後に仕留めた相手が呆然と席を立つのを見届けた後、僕は自分の本当のステータスを確認した。
特区内での最終リザルト。
累計、十五勝一敗。
天智慧の真のレートは3206にも達する。
目標としていた3200の境界線を、ついに突破した。
特区を創設した時から君臨し、十分に肥えたレートを収穫するためにだけ降りてくるという絶対強者、零。地下で太郎が拾ってきた噂によれば、この数字こそが死神を呼び出すための「招待状」になるはずだ。二週間にわたる徹底した潜伏期間を経て、僕はようやく、この特区の最深部に触れる資格を得た。
どれだけ実力を隠していても、データの中に紛れ込んだ不自然な空白は、本物の怪物なら見逃さないはずだ。特区の最上層、窓のない司令室で、3500の絶対強者である零は、モニターに映し出された僕の微かな違和感に気づいているだろう。
「面白いノイズだ。実力を隠してネズミを狩る猫がいるようだな」
零の瞳には、僕が張り巡らせた認識阻害のフィルターが、既に透けて見えているのかもしれない。彼は何の特殊能力も持たず、ただその研ぎ澄まされた知性だけで、世界の理を看破する。僕は眼鏡を指で押し上げ、誰もいない廊下で静かに独り言ちた。
「気づいているんだろう、零。君の求める最高品質のレートが、ようやく大台に乗ったよ。……そろそろ、収穫の時間じゃないか?」
【問題】
劇中で慧が行った、自分のレートや名前を偽って相手を油断させる行為は、コンピュータの世界では、送信者の情報を偽装して攻撃を行うことを何と呼ぶでしょう?
1.スプーフィング
2.バッファオーバーフロー
3.クロスサイトスクリプティング




