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思考のデフラグ、あるいは情報のタグ付け

ここから第一部完結まで毎日更新します!


【前回の答え】

C. フィルタリング

情報の優先順位をつけたり、条件に合うものだけを抽出する技術です。慧は太郎から教わった「認識の優先順位」という概念を、自分自身の魔力と論理で応用し、三村のような『なりすまし』を物理的に弾き飛ばす「盾」を作ろうとしています。


1.沈黙のページをめくる音

「静止した書庫」という名前は、決して比喩ではなかった。

そこには空気の揺らぎさえなかった。数百万冊の蔵書が吐き出す古びた紙の匂いと、重たいインクの香りが、地層のように積み重なっている。あまりに静かすぎて、自分の鼓膜が「仕事がないんですけど」と文句を言っているような気がした。

「……三村に勝っておいてくれれば、もう少しレートが美味しかったのに」

中央のデスクに座る少女、まゆは、羽根ペンを置かずに吐き捨てた。

彼女の胸元に浮かび上がるのは『Rate: 3120』。

三村さえも超える、化け物じみた数値だ。僕の胸元の2875という数字を見て、彼女は心底つまらなそうに鼻を鳴らした。

「今のあなたを喰っても、大した足しにはならないわ。私もレートが3100を超えてから全然上がらないのよ。せめて2900台じゃないと獲物と言えるかどうか。……まあいいわ。端数でも、無いよりはマシよ」

「自分のレートを低いと評価されたのは初めてだよ。……でも、期待外れで悪かったね」

僕は眼鏡のブリッジを押し込み、彼女を見据えた。この少女がどんな「システムの穴」を突いてくるのか、まだ分からない。だが、3000超えの住人がただのクイズ好きであるはずがなかった。

『バトル開始。形式:五問先取・思念抽出方式』

「このエリアでは、声すら出す必要はないわ」

繭が冷たく微笑む。

「AIがあなたの脳波を直接読み取り、解答を確定させる。口を開くよりも早く、あなたの脳が『答え』に辿り着いた瞬間に、勝負は決まるのよ」

「思考の直結か。声真似による騙し討ちは不可。……これなら平等な関係で戦える」

「いいえ、もっと残酷よ」

その言葉の意味を、僕はすぐに思い知ることになる。


2.タグ付けされた迷宮

第一問が脳内に直接響く。

『世界史:十九世紀後半、プロイセンの宰相としてドイツ統一を成し遂げ、「鉄血演説」で知られる人物は――』

(ビスマルクだ)

僕がそう思った瞬間、僕がボタンを押すよりも、何なら脳内で「ク」の音を意識するよりも早く、繭の側の得点ランプが鮮やかに点灯した。

『正解。繭、1ポイント』

「……なっ!?」

驚いたのは僕じゃない。横でサラミを噛んでいた鈴木太郎だ。

「おい、けい! いま、あいつの思念がお前と全く一緒だったぞ!」

「……そういうことか。彼女は僕の思考を『読んで』いるんじゃない。僕が答えに辿り着くまでの波形を自分の脳にコピーして、僕より一瞬早く『自分の解答』として出力しているんだ」

三村が「声」の泥棒なら、この少女は「プロセス」の泥棒だ。僕が真面目に考えれば考えるほど、その成果は彼女の懐に転がり込む。予め対策を立てていたこと、太郎の持つ不思議パワーのお陰で直ぐに種に気が付くことが出来た。

僕は目を閉じ、先ほど廊下で太郎から聞いたデタラメな、しかし核心を突いた魔法理論を反芻した。

『情報の優先順位を書き換えるんだ。脳が「これは見なくていい情報だ」って勝手にゴミ箱に捨てるようにさ』

僕は身体の奥の魔力を使い、自分の思考に「タグ」を付け始めた。

これはズルをするための魔法じゃない。僕の思考というプライバシーに、正しい「所有権」を主張するための論理的なプロテクションだ。

脳内に流れる無数の情報に、二種類のラベルを貼る。

一つは、強烈な発光を放つ『ダミー(偽の確信)』。

もう一つは、太郎の認識阻害を応用した、背景に溶け込むような『オリジナル(真の回答)』。

繭が僕の脳を覗き見れば、まず目に飛び込んでくるのは、わざとらしく光り輝く「偽の答え」のはずだ。


3.情報の逆流

第四問。

『日本史:江戸時代、五代将軍徳川綱吉が発令した、極端な生物愛護を命じた法令の名称は?』

僕は脳の最前面に、これ以上ないほど強烈なイメージを投影するために要した時間は僅かクイズ問題4問だった。

「生類憐れみの令」という正解の隣に、それよりも遥かに眩しく輝く「武家諸法度」という偽の看板を立てる。

「……武家諸法度!」

繭が叫んだ。いや、叫ぶよりも早く、彼女の思念が「偽の確信」を自分のものとして出力した。

『不正解。繭、誤答。解答権剥奪』

繭の表情が、初めて困惑に染まる。

「……え? 確かに、あなたの脳はそれを正解だと……」

「君が読み取ったのは、僕がわざと用意した『ダミー』だよ。本物はその裏に、石ころのフリをして隠しておいた」

僕は自分自身の認識阻害を解き、地味なタグを貼っておいた「オリジナル」の思考をAIに差し出した。

(正解は――生類憐れみの令だ)

『正解。天智慧、1ポイント』

そこからは、静かな、しかし圧倒的な逆転劇だった。

僕は自分の脳内を、太郎から教わったロジックで「整理デフラグ」していった。

検索されやすい場所にミスリードを配置し、本物の答えは意識の隅に「昨日の夕飯の献立」くらいの優先順位で置いておく。

繭は焦り、僕の思考を深追いしようとすればするほど、僕が仕掛けた「情報の砂嵐」に足を取られ、自滅していった。

『最終問題、正解。天智慧。5対3で勝者、天智慧』

書庫の静寂が、勝利の余韻を飲み込んでいく。

繭は羽根ペンを握りしめたまま、信じられないものを見るような目で僕を凝視した。

バトルの結果

レート移動:74ポイント

天智慧:2875 → 2949

繭:3120 → 3046


「信じられない……私の技は種に気付いても対策出来ないはずなのに……」

「まあ、相手が悪かったと思うよ……普通は思い付いても実行出来ないからね」

「……2949。三村に奪われた分を取り戻して、さらにお釣りが来たね」

「結果的には三村に助けられた形になったな……」

僕は眼鏡を拭き、大きく息を吐いた。3000の壁はまだ遠いが、その背中が少しだけはっきりと見えた気がした。

「行こう、太郎。特区のやり方は分かった。ここは知性を競う場所じゃない。……知性をどうやって『守り抜くか』を試す、意地の悪い迷宮なんだ」

「おう! お前の頭の中が『武家なんちゃら』でいっぱいにならなくて良かったぜ。……さて、次はどいつをカエルに変えてやろうか?」

「だからカエルはやめてくれって。……あ、そのサラミ、一本ちょうだい」

僕は太郎から受け取った「聖騎士の非常食」を噛み締めながら、次のフロアへと続く重い扉を押し開けた。




【問題】

作中で繭が誤答した「武家諸法度ぶけしょはっと」。これは、江戸幕府が誰に対して、何を制限・禁止するために発令した法律?

A. 農民に対して、田畑の売買を禁止するため。

B. 大名に対して、勝手な城の修築や婚姻を制限するため。

C. 朝廷に対して、天皇の権限を縮小させるため。

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