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論理の盾、あるいは波形の署名

【前回の答え】

A. 光電効果

アインシュタインといえば相対性理論が有名ですが、ノーベル賞の公式な受賞理由は「光電効果の法則の発見、および理論物理学への寄与」です。クイズでは非常に有名な「ひっかけ」ポイントであり、三村は慧の声でわざとこの有名な誤答を叫び、わざと間違えるだけでなく精神的にもダメージを与えたのです。

1.リセットされた熱量

特区101の冷たい廊下。僕の胸元で、かつて「2919」と誇らしく輝いていた数字は、今は「2875」という馴染みのある、しかし苦い数字に置き換わっていた。

「……44ポイント、か。佐伯さんや九条を下して、ようやく掴みかけた2900台の勢いが、綺麗さっぱり消えちゃったね。少しだけ夢を見ていたのかもしれない」

僕は眼鏡を外し、掌で顔を覆った。ここしばらくの努力が消えた、と言うのは大袈裟だろうか。でも、最近の僕の快進撃が、まるで最初からなかったことにされたような……そんな「振り出し」に戻された無力感があった。負けたのはいつぶりだろう? あの三村という男は、僕が積み上げた「熱」を、ただのデジタルな数値として効率的に処理してしまったのだ。

「けーい、いつまでそうやって地面の吸音材を観察してるんだよ。……ほら、これでも食って元気出せって。僕の故郷じゃ『聖騎士の非常食』って呼ばれてた、由緒正しき食べ物だ」

鈴木太郎が差し出してきたのは、さっきの自販機で買ったであろうサラミだった。

「三村の野郎、魔法も使えないくせに魔法みたいなセコいことしやがって。僕のいた世界なら、あんな声泥棒、喉に呪いをかけて一生カエルの合唱しかできないようにしてやるのに」

「太郎、それは余りにも惨いからやめてくれ……。でも、君の言う通りだ。九条は物理的なノイズで思考を妨害し、三村は音声認識のアルゴリズムをハックして解答権を掠め取った。二人とも、クイズそのものじゃなく、AIの『判定プロセス』の穴を突いているんだ」

僕は再び眼鏡をかけ、暗い廊下の先を睨みつけた。

「これから先、あんな連中ばかりだとしたら、ただ知識を増やすだけじゃ勝てない。僕たちに今必要なのは、正解を導き出すための『剣』じゃない。卑劣な初見殺しから自分を守るための、論理的な『盾』だ」


2.「認識」の優先順位

「太郎。君の『認識阻害』の術について、その理屈を教えてくれないか。魔法の仕組みそのものじゃなくていい。君が『消えた』ように見える時、相手の頭の中では、何が起きているんだ?」

僕は立ち止まり、太郎に問いかけた。太郎はサラミを齧りながら、頭をボリボリと掻いた。

「理屈ぅ? うーん、そんなの考えたことないけど……。まあ、多分、こんな感じなんじゃないか? ほら、ガヤガヤした酒場にいても、自分を呼ぶ声だけはハッキリ聞こえたりするだろ? あれだよ」

「……カクテルパーティー効果、だね。特定の情報だけを選択的に受容する心理現象だ」

「たぶんそれ。僕の『認識阻害』は、それを逆回しにするんだ。相手の意識の中に『こいつは石ころだ』っていうラベルを勝手に貼っちゃう。音も姿もそこにあるけど、頭が『これは見なくていい、聞かなくていい』って勝手にゴミ箱に捨てる……優先順位を、後ろの方に追いやる感じかな」

「優先順位の書き換え……」

僕は手帳を取り出し、太郎の感覚的な説明を、僕が使える「論理」へと翻訳していく。

三村は僕の声を模倣した。だが、もし僕自身が魔力を使い、AIのセンサーに対して「僕側から出た声だけが絶対的な優先順位を持つ」という指向性を与えることができれば……。あるいは、三村か発する僕の偽声を「ただの背景音(環境ノイズ)」として処理させるフィルタリングを構築できれば。

「……分かったよ、太郎。君の魔法のロジック、確かに受け取った。多分三村にはもう負けることはないと思う」

「え? 今教えただけで使えるようになるのかよ? お前、やっぱり向こうの世界の『伝説の勇者』の生まれ変わりなんじゃないか?」

「いや、ただクイズが得意なだけの中学生だよ。……でも、ズルを防ぐためなら、僕だって魔法の力を借りることに躊躇はしない」

僕は身体の奥に眠る微かな熱――太郎に開けてもらった「ゲート」の残滓を意識する。

まだ、今すぐこれを使う必要はない。三村の戦い方を見て、クイズ社会のルールの「穴」がどこにあるかは理解した。次に誰かが僕の存在をハックしようとした時、この『認識の優先順位』という術式を、その場の状況に合わせて最適化してぶつけてやる。

もう二度とこんな悔しい思いはしたくない……

それは不正でも魔法による蹂躙でもない。情報の指向性を極限まで高め、判定システムに「迷う隙」を与えないという、僕なりの回答だ。


3.第二の裁定者

僕たちは廊下の最奥にある、巨大な真鍮製の扉の前に立った。

そこには「第二検問所:静止した書庫」というプレートが掲げられていた。

扉が開くと、そこはエコー・チェンバーとは全く異なる空間だった。

床から天井まで、迷路のように入り組んだ書架。数百万冊はあるだろう紙の匂いと、インクの香りが立ち込めている。

その中央、古い木製のデスクに座り、羽根ペンを走らせている一人の少女がいた。

彼女は僕たちを見ようともせず、ただ淡々とページをめくっている。

その胸元に浮かび上がる数字を見て、僕は息を呑んだ。

『Rate: 3120』

三村さえも超える、化け物じみた数値。

「……遅かったわね。三村に削られた哀れな数字を、ここで全部捨てていく覚悟はできた?」

少女がようやく顔を上げた。その瞳は、まるで何万ページもの記録を読み込んできた深淵のように暗く、静かだった。

「私は第二の裁定者、まゆ。……ここでは、声すら出す必要はないわ。あなたの『知識』が、どれほど脆いか、証明してあげる」

彼女の背後の書架が一斉に鳴り響いた。

三村が「声」の泥棒なら、この少女は何を盗むつもりなのか。

特区101の深部は、まだ始まったばかりだった。



【問題】

劇中で太郎が説明した「特定の情報だけを脳が選択して聞き取る現象」をカクテルパーティー効果と呼びますが、コンピュータのネットワークにおいて、特定のデータだけを通過させ、不要な通信を遮断する仕組みを何と呼ぶ?


A. 電子署名

B. ファイアウォール

C. フィルタリング


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