残響の略奪者
【前回の答え】
B. 酸素が不足している状態
酸素が不足した状態で燃焼が起こると、二酸化炭素(CO2)ではなく一酸化炭素が発生します。無色無臭で毒性が強く、非常に危険な気体です。
1.無音の王座
一瞬魔法世界に行った太郎の顔が浮かんだ……。もう忘れよう。
僕にはやることがあるのだ。
「特区101」の深部。重い防音扉が開いた先は、無機質な円形ホールだった。
壁一面を埋め尽くす吸音パネル。そこは、自分の呼吸音さえもが「余計なノイズ」として処理されるような、異様なほど純度の高い静寂に支配されていた。
「けい、ここ、なんだか耳が詰まったみたいだ。僕の故郷の『嘆きの洞窟』を思い出すよ。……あそこはなんか入るだけで気持ち悪くなるんだよな」
横で、認識阻害の術を解いた鈴木太郎が耳をパカパカさせながら言った。
ホールの中心、スポットライトを浴びたように立つ一人の男。
三村和正。
スリーピースのスーツを完璧に着こなし、胸元にはアンティークの懐中時計。そして、その視線の先に浮かび上がるホログラムの数字が、僕の思考を鋭く研ぎ澄まさせた。
『Rate: 2965』
僕の2919を上回る。久々に遭遇する、正真正銘の格上だ。
「ようこそ、若き挑戦者よ」
三村の声は、まるで熟成されたワインのように滑らかだった。
「九条のような野蛮な叫びではなく、ここでは純粋なクイズによる対話を楽しもうじゃないか」
僕は眼鏡のブリッジを強く押し上げた。指先に微かな汗を感じる。
「……落ち着け。相手はレート2965。でも、今の僕なら届かない相手じゃない」
僕は眼鏡のブリッジを押し込み、正面の三村和正を見据えた。彼はただアンティークの懐中時計の秒針を眺めている。
『バトル開始。形式:十問先取・音声認識自動判定』
第一問から第九問まで、世界は僕を中心に回っていた。
『歴史。一八一五年に開かれ……』「ウィーン会議」
『生物。ミトコンドリアの……』「クリステ」
『地学。モース硬度において……』「ダイヤモンド」
三村は微動だにせず、僕の解答を黙って聞き続けている。
スコアは 9対0。
「あと一問だ、けい! そのまま完封しちまえ!」
背後で鈴木太郎が拳を突き出す。あと一問。この格上を倒せば、僕のレートは3000の背中を捉える。
だが、三村が初めて、不気味なほど低く笑った。
「……構築完了だ。君の声の波形、倍音、そして絶望した瞬間に震える声帯の癖まで。すべて、私の喉にコピーさせてもらったよ」
2.泥棒の喉
運命の第十問。
『第十問:物理学。一九二一年、光電効果の法則の発見によってノーベル物理学賞を受賞した――』
(アインシュタインだ!)
僕がボタンを押した。しかし、僕の唇から音が漏れるより早く、スピーカーから「僕の声」が響いた。
「――相対性理論!」
一瞬、自分の脳がバグを起こしたのかと思った。僕の声だ。高さ、瑞々しさ、語尾の切り方まで、間違いなく僕の音。だが、僕はまだ一文字も発していない。
『不正解。天智慧、誤答。10秒間の解答権剥奪』
「え……?」
呆然とする僕を余所に、最後まで問題を聞き終えた三村が自分の本来の声で、滑らかに答えた。
「正解はアルベルト・アインシュタイン。……さて、一ポイント目だ」
『正解。三村和正、1ポイント』
そこからは、悪夢のような逆転劇だった。
僕が正解を確信してボタンを押すたびに、三村が「僕の声」を盗んでデタラメを叫ぶ。AIは音声波形だけで個人を特定している。三村が僕の声で叫べば、それは僕の誤答として処理されるのだ。
『第十一問:――』
三村(偽の声):「マチュピチュ!」
『不正解。天智慧、ペナルティ』
三村(真の声):「マグナ・カルタ」
『正解。三村、2ポイント』
9対2、9対5、9対8……。
「やめろ……。こんなの、クイズじゃない!」
僕は叫ぼうとしたが、三村が僕の声で「さあ続けよう」と被せたせいで、AIから『回答以外の発言が多い』としてさらに重いペナルティを課される。
僕の積み上げてきたポイントが、三村という「鏡」にすべて覆い尽くされていく。
3.三千の向こう側
『最終問題、正解。三村和正。10対9で勝者、三村和正』
静寂が戻る。
三村は懐中時計をパチンと閉じ、ようやく僕を見た。その瞳には、敗者への憐憫も敬意もなかった。
僕の胸元で、誇らしく明滅していたレートが音を立てて崩れ落ちる。
・バトルの結果
・レート移動:44ポイント
・天智慧:2919 → 2875
・三村和正:2965 → 3009
「感無量だよ。……君のおかげで、私はついに『三千の領域』へ足を踏み入れることができた。君のようなクイズに自信があり、盤外戦術に長けていない輩は大好物だ」
三村の胸元に、燦然と輝く 3009 の数字。
それは、この国において「絶対的な特権」を意味する、神の数字だ。
「……強いが、セコすぎる。……もう少しまともに戦いたかった」
絞り出すような僕の呟きを、三村は鼻で笑った。
「天智慧くん。ここは特区だ。知識の深さだけを競う場所じゃない。知識は有って当たり前。その上で相手の存在をどうやって効率的に抹殺するかを競う、実験場なんだよ。そんな言葉を相手に掛けるくらいなら、どうやったら勝てるようになるかを考えるべきじゃないかな? これは純粋なアドバイスだ。とっておきたまえ……」
三村が去った後の冷たい床に、僕は膝をついた。
たった一回の敗北で、これまで積み上げてきたものが砂のように指の間から零れ落ちていく。
九条のような力技ではない。三村のような、ルールそのものを蹂躙する「知性の怪物」が、この先にはまだ何人も控えているのか。
「けい……大丈夫か? 魔法でアイツの喉、カエルに変えてやろうか? ゲコゲコとしか言えなくなるぞ」
太郎の不器用な慰めに僕は少しだけ心が軽くなるのを感じた。
「……ありがとう。落ち着いたよ。あいつの言うとおりだ。九条が楽勝だったから忘れていたけど、この先、あんな連中ばかりだとすると、早めに心構えが出来たことはむしろプラスだと思う。……太郎、僕を助けてくれないか?」
暗い廊下の先を見つめ、僕は眼鏡の奥に昏い光が灯った。
【問題】
劇中でアインシュタインがノーベル物理学賞を受賞した理由は「相対性理論」ではなく、何という現象の発見と説明によるもの?
A.光電効果
B.ブラウン運動
C.質量とエネルギーの等価性




