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愚者のルール外伝 〜マナ・ゼロの憂鬱〜

【前回の答え】

B. ピタゴラスの定理

ピタゴラスの定理 a^2 + b^2 = c^2 を満たす自然数の組をピタゴラス数と呼びます。


今回から連続3回の外伝です。

クイズ社会から魔法世界へ転移した太郎をご心配頂いている諸兄へ捧げます。

1. 絶望のログイン報酬

目が覚めた瞬間、世界が変わっていた。

クイズ社会の「東京」にいたはずの鈴木太郎は、今、尖塔がそびえ立つ「セント・マジックパレス」の寄宿舎、その一番隅っこにあるジメついた物置部屋に押し込められている。

「……なんだよ、この杖。ただの肩叩き棒じゃねーか」

手元にあるのは、入学時に支給されたという見習い用の杖。ご丁寧に名前が彫ってある。本来なら持ち主の魔力に反応して淡く光るはずだが、太郎が振っても、振っても、寝ぼけて叩いても、一本の枯れ木のように沈黙したままだ。

「魔法なんて非科学的だ」と馬鹿にしていた。だが、いざ魔法世界に来てみると、魔法が使えないことは「足がない」のと同じくらい不便だった。


2. 魔法世界の「美咲」

「ちょっと、そこをどいて。無能が伝染うつるわ」

廊下を歩いていると、聞き覚えのある声が響いた。

振り返ると、そこにはかつてクイズ社会で太郎を振った少女――美咲と瓜二つの美少女が、取り巻きを連れて立っていた。

こちらの美咲は、名門貴族の令嬢にして、学園屈指の火炎魔導師だ。あっちの世界では太郎とどっこいどっこいだったのに……

「……悪い。今、どくよ」

「ふん。魔力測定不能の『無能ゼロ』が。あなた、よくもまあ恥ずかしげもなくこの学園の制服を着ていられるわね。先祖代々の魔導師の血が泣いているわ」

美咲が指先をパチンと鳴らす。

瞬間、太郎の足元の石畳が真っ赤に熱を帯びた。

「あつっ! ちょ、危ねーだろ!」

「あら、熱かった? 結界魔法でガードすればいいじゃない。……ああ、忘れてた。あなたには防壁一枚張る魔力もなかったわね」

クイズ社会では切れ味の鋭い言葉で太郎を追い詰めてきたが、この世界の彼女は「火力」で物理的に焼いてくる。

「畜生、でも可愛いんだよなぁ……」


3. 隠し通すべき「異世界」

太郎は歯を食いしばり、熱を持った靴の底を地面に擦りつけた。

本当は叫びたい。「俺は別の世界から来たんだ! クイズならそこそこやれるんだ!」と。

だが、この世界において「異界人」は、研究対象として解剖されるか、不吉な予兆として処刑されるのがオチだ。それにクイズで勝てるから何なのだという気持ちもある。もう少し実用的なルールの世界に生まれるべきだったな……

とにかく死にたくなければ何としても「記憶喪失で魔力が枯渇した可哀想な落ちこぼれ」という設定を突き通さなければならない。

「おい、太郎。サボってんじゃねえよ」

次にやってきたのは、大男の掃除当番長だ。馬鹿そうな顔をしている。

「今日の昼までに、西塔の全階段を『手動』で磨け。魔法を使えば五分だが、お前なら三時間はかかるだろうな。ハハハ!」


4. 非効率との戦い

セント・マジックパレスの生活は、太郎にとって「非効率の極み」だった。

他の生徒が念動力で運ぶ重い教科書を、太郎は背負い袋に詰めて階段を上る。

他の生徒が浄化の魔法で洗う洗濯物を、太郎は昔ながらの洗濯板でゴシゴシと擦る。

「……くそ。あいつら、魔法に頼りすぎてて、文明が数世紀前で止まってやがる」

雑巾がけをしながら、太郎はクイズの知識を脳内で反芻する。

かつては「無駄な雑学」だと思っていたそれらが、今、魔法が使えない自分の唯一のプライドになっていた。

「いつか見てろよ。魔法が使えなくても、世界を驚かせてやる……」


5. ランク外からの再スタート

「人生、どこまで行っても『格付け』からは逃げられないらしい」

鈴木太郎は、寄宿舎のベッドで、深く重いため息をついた。

この世界の空には月が二つあり、人々はスマホの代わりに杖を振っている。所謂異世界転移というやつだと思う。元々魔法世界にも鈴木太郎自体は存在したらしく、何とか誤魔化し誤魔化しやっている。

クイズ社会の東京では、目が合えばバトルだった。だがこの世界では、目が合えば「火の玉」が飛んでくることがある。……より物騒になっている気がするのは気のせいだろうか。

さらに最悪なことに、太郎は魔法力がゼロの「無能」として、寮の最下層に押し込まれていた。

まさに彼はピラミッドの底辺だった。


6. 信じ難い再開

太郎が学園の裏庭で、魔法薬の残りカスの付いたローブを洗わされていた時のことだ。

北の塔へと続く道を、一人の少年が歩いていた。眼鏡を指で押し上げる独特の仕草。周囲を寄せ付けない、冷徹なまでに知的なオーラ。

「……け、けーーーい! 僕だよ、けい!」

太郎は思わず洗濯板を投げ出し、その少年に駆け寄った。

そこにいたのは、クイズ社会でトップを走っていた親友、天智慧あまち けいその人だった。

少年は足を止め、無表情に太郎を見つめた。

「……太郎、か。君がこの学校の『異界の迷子』だったんだね。予言書の通りだ……」

「異界の迷い子? 知ってたのか!? 聞いてくれよ。俺、どういうわけか変な光に包まれて、気がついたらここにいたんだ。ここはどこだ? 魔法が使えないってだけで、毎日洗濯とバケツ運びさせられてんだよ!」

太郎は必死に、自分が「魔法」なんて概念のない、知識量がすべてを決める別の日本から来たことをまくしたてた。

普通なら「狂人」として地下牢行きか、魔法で記憶を消されるレベルの与太話だ。しかし、この世界でも「天智慧」だけは違った。

「なるほど。論理的には飛躍しているが、君の生体波動がこの世界の誰とも一致しない以上、その『異世界転移』という仮説が最も正解に近いようだね」

「信じてくれるのか?」

「友人だろう? 君がそんな複雑な嘘をつけるほど、語彙力が豊富でないことも僕は知っているよ」


7. ゲートの開放

慧は太郎の体を一瞥し、興味深そうに指先を動かした。

「君が魔法を使えない理由は明白だ。魔力が流れる『ゲート』が閉じたままだからだね。おそらく、君の世界には魔力を循環させる必要性がなかったんだろう」

慧は太郎に一歩歩み寄り、その掌を太郎の腹部、丹田のあたりにぐっと押し当てた。

「少し熱くなるよ。……オープン・セサミ」

直後、太郎の全身を、クイズバトルで大逆転の正解を連発した時のような、あるいは激辛ポテチを一袋一気に食べた時のような、猛烈な熱が駆け抜けた。

「……っ、あつい! 腹の中でキャンプファイヤーが始まったみたいだ!」

「ゲートは開いた。これで君も、この世界のエネルギーを扱える。……もっとも、君に制御する知性があればの話だがね」

慧は冷たく言い捨てて去ろうとしたので、太郎はゴミ捨て場で見つけた「あるもの」を見て、付け加えるように言った


8. クイズ社会の「常識」

「ゲートってやつを開けてくれた礼だ。……この学校の連中、バカだよな。水の近くに生ゴミを捨てて、その水で野菜を洗ってるんだぜ」

太郎は、食堂の裏を流れる井戸水と、そこに染み出している汚物を見て顔をしかめていた。

「……それがどうした? 魔法で浄化すれば済む話だろう」

「いやいや、魔法はコストがかかるんだろ? クイズでやってたぜ。これは『コレラ』の原因になるんだ。あと、石鹸。石鹸も作ってないのか? 獣の脂と灰を混ぜれば作れるって、クイズの雑学王決定戦で言ってたぞ」

慧の目が、今日一番の鋭さで光った。

「……獣の脂と、灰? 魔法力マナを消費せずに、洗浄と殺菌を同時に行う物質を精製するというのか?」

科学技術のないこの世界において、魔法は万能だが、そのコストとしてマナが要求される。マナは時間が経てば自然と蓄積されていくがその量に限界はあるので、なるべく節約して過ごすのが一般的だ。

しかし、クイズ社会で「無駄な知識」として刷り込まれていた太郎の雑学。

それは、魔法を「高コストな奇跡」として扱うこの世界にとって、根底を揺るがす「神の叡智」だった。

「太郎。……面白い。君の寮の部屋に、あとで行こう。君の知る『世界の話』を聞かせてもらうよ」

異世界の賢者をも驚かせたのは、杖の威力ではなく、太郎が持っていた「知識の蓄積」だった。



【問題】

太郎が話していた「石鹸」について。石鹸は、油脂(脂肪)とある強アルカリ性の物質を反応させて作ります。江戸時代には灰を代用していましたが、現代の工業的な製造で主に使用される、化学式 NaOH で表される物質は何でしょう?

A:炭酸水素ナトリウム(重曹)

B:水酸化ナトリウム(苛性ソーダ)

C:塩化ナトリウム(食塩)

D:水酸化カルシウム(消石灰)


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