視線を合わせるにはリスクが伴う
この作品は勢いで書いているため、設定の辻褄が多少ズレることがあります。
完成済みではないので、週1くらいの更新を目指して頑張ります。
コメディ作品なので、細かいところは笑って流していただけると嬉しいです。
そして――
作中には大量のクイズが登場します。
もし答えに間違いがあれば、ぜひコメントで教えてください。
(作者は素直に土下座して修正します)
1. 都会のペンギンと、一冊の聖書
二〇三五年の東京を上空から眺めれば、それはさぞかし奇妙な光景に違いない。
人々はみな、申し合わせたように地面を見つめて歩いている。アスファルトのひび割れを数えるか、自分の靴のつま先が描く放物線を観察するか、あるいは最新の「クイズ対策用電子ペーパー」を食い入るように見つめている。
僕たちが悲観に暮れているわけでも、重度の猫背なわけでもないことは、賢明な読者なら察してくれるだろう。ただ、僕たちは平和に家まで帰りたいだけなのだ。
なぜなら、この国で誰かと「目が合う」ということは、愛の始まりでもなければ喧嘩の合図でもない。それは、不可避なバトルの強制執行を意味する。
数年前、元クイズ王の葉安木透が総理大臣に就任したあの日から、この国の風景は一変した。
「知識こそが公平な力だ。正解を知っている者が支配する」。
彼の眼鏡の奥で光る独善的で魅力的な瞳が、法律を改正し、学校の成績も会社の昇給も、すべてを「クイズレート」で決定する社会を作り上げた。
僕――天智慧は、常に抱えている『超難問・中世ヨーロッパ史の裏側』をめくりながら、今日も下を向いて歩く。
僕の現在のレートは、2867。
中学三年生の平均が1400前後であることを考えれば、この数字がいかに異常であるかは、僕の胸元に浮かぶ青いホログラムを一瞥した人々が、音もなく逃げ去っていく様子を見れば明らかだった。
「まるで、地面に金貨でも落ちているのを一生懸命探しているみたいだね」
僕は眼鏡のブリッジを押し上げ、独り言を呟いた。
2. ハイエナと、逃げられない「Q」
「おい、そこのシケてる坊主」
不意に上空から降ってきたような声に、僕は本から目を離した。
いや、正確には「目を離してはいけなかった」のだ。その声の主は、確信犯的に僕の視線が動くのを待っていた。
目の前に立っていたのは、三十代半ばの男だった。
ピシッとした高級そうなビジネススーツを着こなし、好戦的な笑みを浮かべている。その胸元には、僕よりはずっと低いが、一般人よりは遥かに高い数値が踊っていた。
【Rating: 2321 / Name: 田中 健太】
「……田中さん、ですか」
「ああ。君、中学生だろ? 随分と高いレートを背負ってるな。どこかの塾の模試でラッキーパンチでも食らわせたか?」
田中と名乗った男は、自信満々に笑った。
彼の2321という数値は、サラリーマンの世界では相当な猛者だ。低レートの相手に「雑魚狩り」を繰り返して稼いできたのかもしれない。
ハイエナが、自分より大きな角を持った若い鹿を「まだ経験が浅い」と見なして襲いかかる。今の彼はまさにそんな顔をしていた。
「僕のレートを知ってて、声をかけたんですか?」
僕は忠告した。この社会のレーティングは残酷だ。
レート差が546もある今回、彼が僕に勝てば一気に「+93」を獲得し、ボーナスステージとなる。だが、僕が順当に勝ったとしても、手に入るのは最低保証に近い「+7」程度に過ぎない。
「ハッ、脅しかよ。簡単なんだよ、お前みたいなガキを倒すのは」
その瞬間、僕たちの間に銀色の金属球が滑り込んできた。監視AIロボットだ。
『視線の合致を確認。規定に基づき、クイズバトルを開始します』
ロボットの無機質な声が響く。周囲の人々は、巻き込まれるのを恐れてさらに距離を取った。
3. 三つの正解、一つの沈黙
『第一問:歴史。17世紀、オランダで起きた「チューリップ・バブル」。この時、最も高価だった品種「セムペル・アウグストゥス」の一株で買えたとされるものは次のうちどれ? A:家一軒、B:帆船一隻、C:馬車一台、D:小さな島一つ』
田中が、一瞬だけ眉をひそめた。
「……そんな細かい知識……。だが、常識的に考えれば、花一株だ。家一軒……いや、それじゃ物語になりすぎる。Bの帆船か?」
僕は、田中の苦悩を余所に、ボタンをタップした。
「それはイージーだな。正解は、『家一軒』。正確には、アムステルダムの一等地の屋敷とその庭が含まれる。当時の記録では、約12エーカーの土地と引き換えられた例もあります」
『正解。天智慧、1ポイント。次、第二問』
田中の顔色が少し変わる。
「偶然だ。そんなのはクイズの定番問題だろ」
『第二問:芸術。ロシアの作曲家ムソルグスキーの組曲『展覧会の絵』。この曲のインスピレーションの元となった画家は、ヴィクトル・ハルトマンですが、彼とムソルグスキーの関係は何?』
田中が絶句した。AIが生成する問題は、高レートの僕に合わせ、私立大学入試レベルの難易度まで跳ね上がっている。
「親友です」
僕は即答した。
「ハルトマンが若くして亡くなった際、彼の遺作展を訪れたムソルグスキーが、その感動と悲しみを音に託したんです」
『正解。天智慧、2ポイント。リーチです。最終問題は「とんち」を含む思考問題』
田中の額から、大粒の汗が流れ落ちた。
「待て、待ってくれ。次を外したら、俺は……!」
この社会のペナルティは、バトルの最後に宣告される。
負けた者はレートを奪われるだけでなく、AIが算出した「その人物にとって最も教育的(屈辱的)な制裁」が下されるのだ。勝てば美味しいが負けると厳しい。
『第三問。ある男が、暗い部屋で本を読んでいました。電灯は消えており、蝋燭も、月明かりも、懐中電灯もありません。それでも彼は文字を読み続けています。なぜでしょう?』
田中が叫ぶ。
「点字だ! 点字で読んでいたんだ!」
僕は首を振った。
「いえ。正解は、『彼は盲目ではなかったが、単に昼間に太陽の下で読んでいたから』。問題文に『夜』とは一言も書いてありません」
一瞬の沈黙。レフェリーの目が赤く点滅した。
『正解。勝者、天智慧。レート変動:天智(2867→2874)、田中(2321→2314)。敗者へのペナルティ確定。インターネット接続禁止:二日間。および、本日の業務における社会活動制限を課します』
「……嘘だろ、仕事ができない……」
田中はその場に膝をついた。彼のスマートフォンは強制的にロックされ、二日間のデジタル沈黙が約束された。サラリーマンにとって、それは社会的な死と同義だ。
4. 新しい影
バトルの終了を告げ、レフェリーは事務的に小さなカードを吐き出した。
『勝利報酬:選べるカタログギフト(シルバーランク)。ご自由にお選びください』
僕はそれを受け取り、ポケットにしまった。
この世界は、勝者には甘く、敗者には冷酷だ。
茫然自失の田中さんを背に、僕は再び歩き出す。一週間インターネットが使えない彼が、明日会社でどう言い訳をするのか、僕には想像もつかない。
「次は……ああ、お肉のセットでも選ぼうかな。母さんが喜ぶかもしれない」
僕はまた地面に視線を落とし、クイズ本を開く。都会のペンギンたちの群れに戻り、一人の少年として馴染んでいく。
だが、その平穏は長くは続かないことを、僕はまだ知らない。
明日、学校に「佐伯玲」という名前の転校生がやってくること。
そして、彼女が僕の「学校で一番」という地位を脅かす、もう一人の怪物であることを。
「……まあ、クイズの時間だね」
僕は眼鏡の奥で少しだけ微笑み、次のページをめくった。
【問題】
正三角形の3つの頂点に、A・B・C の3人が1人ずつ立っています。
合図と同時に、3人はそれぞれ 「右」または「左」 のどちらかの頂点へ移動します。
(右・左の選択は、3人とも自由に選び、互いに相談はできません)
このとき、
移動後に何処かの頂点に2人が集まる確率は、それぞれの頂点に1人ずつバラける確率よりも高いでしょうか。〇か✕かでお答えください。
答えは次回 前書きにて。




