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こんな良い女、現実にいるわけがない  ―詰んだ中年男が「取りに行かない恋」で人生をやり直すまで  作者: 早乙女リク


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第8話 評価される場に、行きたくなかった (恒一視点)

 正直に言えば、

 行きたくなかった。


 高瀬里緒と会う約束をしたのは、

 逃げなかった結果だ。


 でも、

 逃げなかったからといって、

 行きたいわけじゃない。



 朝から、仕事に集中できなかった。


 画面を開いて、

 閉じて、

 また開く。


 見ているのは同じ数字だ。


 足りない。

 分かっている。


 どう埋めるかを考える前に、

 今日は違うことをしてもいい気がしてしまう。



 スマートフォンが震える。


 支払いのリマインド。


 今月、三度目だ。


 今日じゃない。

 今じゃない。


 そう思って、

 通知を消す。


 後で、

 何度も同じことをしてきた。



 服を選ぶ。


 新しいものはない。

 買う理由も、余裕もない。


 結局、

 前と同じ服を選ぶ。


 これでいい、

 と言い聞かせる。


 どうせ、

 中身は変わらない。



 電車に乗る。


 席に座って、

 窓に映る自分を見る。


 疲れている。


 理由はいくつも思い当たるが、

 どれも決定打じゃない。



 評価される場は、

 昔から苦手だった。


 面接。

 商談。

 プレゼン。


 自分が何者かを

 説明しなければならない場所。


 説明すればするほど、

 足りなさが露呈する。



 里緒と会うことは、

 それに似ている。


 彼女は、

 測らない人だと思っていた。


 でも、

 会う以上、

 何も測られないわけがない。


 それが、

 余計に怖い。



 過去の失敗が、

 頭に浮かぶ。


 投資で失った金。

 取り戻せると思って続けたこと。

 やめ時を逃した判断。


 あのときも、

 逃げなかったつもりだった。


 実際は、

 現実から目を逸らしていただけだ。



 麻雀やパチンコに

 逃げた時期もある。


 勝った日だけを覚えて、

 負けた日は

 なかったことにした。


 そうやって、

 帳尻を合わせた気になってきた。



 今日、

 里緒と会うのは、

 そういう自分を

 誤魔化せない時間になる。


 それが、

 分かっている。



 だから、

 行きたくなかった。


 でも、

 逃げたくなった時ほど、

 逃げると後で楽になる。


 それも、

 よく知っている。



 駅に着く。


 改札を抜ける。


 一瞬、

 引き返そうと思う。


 理由はいくらでも作れる。


 仕事がある。

 体調が悪い。

 急用ができた。



 それでも、

 足は止まらなかった。


 理由は一つだ。


 ここで逃げたら、

 また同じ場所に戻る。


 何も変わらない。



 里緒にどう思われるかより、

 自分が自分を

 どう見るかの方が、

 今は怖かった。


 逃げなかった。


 それだけが、

 今日の唯一の成果だ。


 評価される場に、

 行きたくなかった。


 それでも、

 俺はそこに向かって歩いている。


 結果は、

 分からない。


 ただ、

 逃げていない。


 今は、

 それでいい。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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