第8話 評価される場に、行きたくなかった (恒一視点)
正直に言えば、
行きたくなかった。
高瀬里緒と会う約束をしたのは、
逃げなかった結果だ。
でも、
逃げなかったからといって、
行きたいわけじゃない。
*
朝から、仕事に集中できなかった。
画面を開いて、
閉じて、
また開く。
見ているのは同じ数字だ。
足りない。
分かっている。
どう埋めるかを考える前に、
今日は違うことをしてもいい気がしてしまう。
*
スマートフォンが震える。
支払いのリマインド。
今月、三度目だ。
今日じゃない。
今じゃない。
そう思って、
通知を消す。
後で、
何度も同じことをしてきた。
*
服を選ぶ。
新しいものはない。
買う理由も、余裕もない。
結局、
前と同じ服を選ぶ。
これでいい、
と言い聞かせる。
どうせ、
中身は変わらない。
*
電車に乗る。
席に座って、
窓に映る自分を見る。
疲れている。
理由はいくつも思い当たるが、
どれも決定打じゃない。
*
評価される場は、
昔から苦手だった。
面接。
商談。
プレゼン。
自分が何者かを
説明しなければならない場所。
説明すればするほど、
足りなさが露呈する。
*
里緒と会うことは、
それに似ている。
彼女は、
測らない人だと思っていた。
でも、
会う以上、
何も測られないわけがない。
それが、
余計に怖い。
*
過去の失敗が、
頭に浮かぶ。
投資で失った金。
取り戻せると思って続けたこと。
やめ時を逃した判断。
あのときも、
逃げなかったつもりだった。
実際は、
現実から目を逸らしていただけだ。
*
麻雀やパチンコに
逃げた時期もある。
勝った日だけを覚えて、
負けた日は
なかったことにした。
そうやって、
帳尻を合わせた気になってきた。
*
今日、
里緒と会うのは、
そういう自分を
誤魔化せない時間になる。
それが、
分かっている。
*
だから、
行きたくなかった。
でも、
逃げたくなった時ほど、
逃げると後で楽になる。
それも、
よく知っている。
*
駅に着く。
改札を抜ける。
一瞬、
引き返そうと思う。
理由はいくらでも作れる。
仕事がある。
体調が悪い。
急用ができた。
*
それでも、
足は止まらなかった。
理由は一つだ。
ここで逃げたら、
また同じ場所に戻る。
何も変わらない。
*
里緒にどう思われるかより、
自分が自分を
どう見るかの方が、
今は怖かった。
逃げなかった。
それだけが、
今日の唯一の成果だ。
評価される場に、
行きたくなかった。
それでも、
俺はそこに向かって歩いている。
結果は、
分からない。
ただ、
逃げていない。
今は、
それでいい。
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