第5話 理由がないのに、連絡してしまう (里緒視点)
連絡する理由は、なかった。
仕事に繋がるわけでもない。
相談したいことがあるわけでもない。
確認事項も、頼みごともない。
だから、
連絡しない。
それが、今までの私だった。
*
神崎恒一の名刺は、
まだ名刺入れに入っている。
捨てていない。
でも、
意味を持たせてもいない。
ただ、
処理が終わっていないだけ。
*
仕事帰り、
電車の中でスマートフォンを眺めながら、
私はふと思う。
――なぜ、私はこの人を
「なかったこと」にできないのか。
恋じゃない。
好意でもない。
条件を見れば、
続ける理由は一つもない。
*
それでも、
引っかかっている。
理由は、
もう分かっている。
恒一は、
私を測らなかった。
使えるかどうか。
価値があるかどうか。
自分にとって得かどうか。
そういう視線が、
一切なかった。
*
それは、
楽だった。
でも同時に、
腹立たしかった。
私がどの位置にいる人間なのか、
確認しようともしない。
最初から、
関係を持たない前提で
距離を取った。
*
それは、
選ばれなかった、とは違う。
選択肢にすら
入れていない、という感じだ。
*
私は、
自分の本音を認める。
――私は、
放っておかれる側じゃない。
これは、
自惚れじゃない。
これまで積み上げてきた
事実の話だ。
*
だから、
放っておかれた理由を、
確認したくなった。
責めたいわけじゃない。
詰めたいわけでもない。
ただ、
判断を終わらせたい。
*
スマートフォンを開く。
連絡先は、
まだ登録していない。
名刺の文字を、
そのまま打ち込む。
神崎。
恒一。
*
文章を考える。
仕事の話にするか。
情報交換という形にするか。
どれも、
嘘になる。
私は、
嘘をついてまで
連絡したくない。
*
結局、
ごく短い文にした。
【先日はありがとうございました。
もし差し支えなければ、
少しお話しできればと思いまして】
目的は書かない。
理由も書かない。
それが、
一番正直だった。
*
送信した瞬間、
胸の奥が少しだけざわつく。
――やってしまった。
自分から連絡するなんて、
本当に久しぶりだ。
*
これは、
会いたいからじゃない。
好意でもない。
ただ、
放っておかれた理由を
自分の中で処理したいだけ。
そう言い聞かせる。
*
返事が来なければ、
それで終わりだ。
その時は、
恒一を
「判断が終わった人」に分類する。
それで、
この違和感は終わる。
*
私は、
スマートフォンを伏せた。
連絡してしまったこと自体を、
まだ、少しだけ後悔している。
でも同時に、
どこかで分かっている。
これは、
私が選んだ行動だ。
理由がなくても、
選ぶことはある。
それを、
私はもう否定しない。
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