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こんな良い女、現実にいるわけがない  ―詰んだ中年男が「取りに行かない恋」で人生をやり直すまで  作者: 早乙女リク


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第4話 もう終わったと思っていた (恒一 視点)

 高瀬里緒の名刺は、

 財布の中にも、

 名刺入れの中にもない。


 あの場を出た時点で、

 俺の中では終わっていた。



 異業種交流会というのは、

 だいたい同じだ。


 名刺を交換して、

 それっぽい話をして、

 数日後に連絡が来るかどうか。


 来なければ、

 それまで。


 そういう場所だ。



 彼女から連絡が来るとは、

 最初から思っていなかった。


 年齢も違う。

 立っている場所も違う。

 話す言葉の重さも違う。


 釣り合わない。


 それ以上の説明は、

 いらない。



 仕事に戻ると、

 現実は分かりやすい。


 請求書。

 入金予定。

 足りない数字。


 考えることは山ほどあるのに、

 答えは少ない。



 交流会での会話なんて、

 思い出す余裕もない。


 ――はずだった。



 夜、

 パソコンを閉じたあと、

 ふと、彼女の言葉が浮かぶ。


 「投資関係ですか?」


 ただの確認だ。

 深い意味はない。


 それなのに、

 なぜか残っている。



 俺は、

 自分で自分に言い聞かせる。


 考えるな。


 終わった話だ。



 彼女は、

 俺が混ざれる世界の人じゃない。


 頭もいい。

 仕事もできる。

 余裕がある。


 そういう人たちは、

 自分とは別のルールで生きている。



 俺は、

 そういう世界に足を突っ込んで、

 何度も失敗してきた。


 背伸びをして、

 嘘をついて、

 後で潰れる。


 それを、

 もうやらないと決めた。



 だから、

 測りに行かなかった。


 距離を縮めなかった。


 連絡先も、

 必要だと思わなかった。


 それは、

 誠実さというより、

 自己防衛だ。



 俺は、

 彼女を避けた。


 正確に言えば、

 自分を守るために、

 関わらないことを選んだ。



 「無理に、連絡しなくていいです」


 あの言葉は、

 本音だった。


 礼儀でも、

 遠慮でもない。


 俺が踏み込める距離は、

 そこまでだという線引きだ。



 彼女が、

 どう思ったかは分からない。


 分からなくていい。


 分かろうとしたら、

 余計な想像が増える。



 スマートフォンを見ても、

 通知はない。


 当然だ。


 それでいい。


 これ以上、

 何も起きない。



 それなのに、

 なぜか一つだけ、

 気になっていることがある。


 彼女は、

 俺を軽蔑しなかった。


 失敗したと言っても、

 表情を崩さなかった。


 評価も、

 同情も、

 してこなかった。



 それは、

 助かった部分でもあり、

 同時に、

 少しだけ怖かった。


 何も測られなかった。


 俺は、

 「ダメなやつ」としても

 処理されていない。



 でも、

 それ以上考える意味はない。


 終わった話だ。


 そう思って、

 俺は電気を消した。


 高瀬里緒の名刺は、

 もう俺の手元にはない。


 それで、

 問題はないはずだった。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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