第4話 もう終わったと思っていた (恒一 視点)
高瀬里緒の名刺は、
財布の中にも、
名刺入れの中にもない。
あの場を出た時点で、
俺の中では終わっていた。
*
異業種交流会というのは、
だいたい同じだ。
名刺を交換して、
それっぽい話をして、
数日後に連絡が来るかどうか。
来なければ、
それまで。
そういう場所だ。
*
彼女から連絡が来るとは、
最初から思っていなかった。
年齢も違う。
立っている場所も違う。
話す言葉の重さも違う。
釣り合わない。
それ以上の説明は、
いらない。
*
仕事に戻ると、
現実は分かりやすい。
請求書。
入金予定。
足りない数字。
考えることは山ほどあるのに、
答えは少ない。
*
交流会での会話なんて、
思い出す余裕もない。
――はずだった。
*
夜、
パソコンを閉じたあと、
ふと、彼女の言葉が浮かぶ。
「投資関係ですか?」
ただの確認だ。
深い意味はない。
それなのに、
なぜか残っている。
*
俺は、
自分で自分に言い聞かせる。
考えるな。
終わった話だ。
*
彼女は、
俺が混ざれる世界の人じゃない。
頭もいい。
仕事もできる。
余裕がある。
そういう人たちは、
自分とは別のルールで生きている。
*
俺は、
そういう世界に足を突っ込んで、
何度も失敗してきた。
背伸びをして、
嘘をついて、
後で潰れる。
それを、
もうやらないと決めた。
*
だから、
測りに行かなかった。
距離を縮めなかった。
連絡先も、
必要だと思わなかった。
それは、
誠実さというより、
自己防衛だ。
*
俺は、
彼女を避けた。
正確に言えば、
自分を守るために、
関わらないことを選んだ。
*
「無理に、連絡しなくていいです」
あの言葉は、
本音だった。
礼儀でも、
遠慮でもない。
俺が踏み込める距離は、
そこまでだという線引きだ。
*
彼女が、
どう思ったかは分からない。
分からなくていい。
分かろうとしたら、
余計な想像が増える。
*
スマートフォンを見ても、
通知はない。
当然だ。
それでいい。
これ以上、
何も起きない。
*
それなのに、
なぜか一つだけ、
気になっていることがある。
彼女は、
俺を軽蔑しなかった。
失敗したと言っても、
表情を崩さなかった。
評価も、
同情も、
してこなかった。
*
それは、
助かった部分でもあり、
同時に、
少しだけ怖かった。
何も測られなかった。
俺は、
「ダメなやつ」としても
処理されていない。
*
でも、
それ以上考える意味はない。
終わった話だ。
そう思って、
俺は電気を消した。
高瀬里緒の名刺は、
もう俺の手元にはない。
それで、
問題はないはずだった。
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