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こんな良い女、現実にいるわけがない  ―詰んだ中年男が「取りに行かない恋」で人生をやり直すまで  作者: 早乙女リク


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第16話 動かないことが、初めて不安になる (恒一視点)

 高瀬里緒から、

 相変わらず連絡は来なかった。


 それ自体は、

 特別なことじゃない。


 今までも、

 そういう時間は何度もあった。



 俺は、

 動かないことに慣れている。


 仕事が止まる。

 話が進まない。

 返事が来ない。


 どれも、

 珍しくない。


 だから、

 今回も同じだと思っていた。



 でも、

 どこかが違う。


 理由ははっきりしない。


 ただ、

 胸の奥に

 小さな引っかかりが残る。



 今までの「何も起きない」は、

 放置だった。


 誰も動かないから、

 そのまま時間が過ぎる。


 俺も、

 相手も。



 でも、

 今回の沈黙は、

 少し質が違う。


 里緒は、

 動けない人じゃない。


 判断しない人でもない。



 だから、

 連絡がないことを

 「忙しいから」では

 片付けられない。



 俺は、

 自分が今まで

 どんな沈黙に

 身を置いてきたかを

 思い返す。


 逃げるための沈黙。

 面倒を避けるための沈黙。

 時間が解決するだろう、という

 甘え。



 里緒の沈黙は、

 そのどれでもない気がした。



 俺は、

 初めて考える。


 ――これは、

 選ばれていない沈黙かもしれない。



 胸の奥が、

 少しだけざわつく。


 不安、

 というほど強くはない。


 でも、

 無視できるほど

 小さくもない。



 俺は、

 自分から動かないと決めている。


 取りに行かない。

 追わない。


 それは、

 誠実さでも、

 覚悟でもなく、

 癖に近い。



 でも、

 癖で続けてきたことが、

 初めて

 裏目に出るかもしれない。


 そんな予感がした。



 それでも、

 すぐに連絡する気には

 なれなかった。


 理由は簡単だ。


 何を言えばいいか、

 分からない。



 会いたい、と言うほど

 素直じゃない。


 元気?と聞くほど

 軽くもない。


 理由もなく連絡するのは、

 今までの自分が

 一番避けてきたことだ。



 それなのに、

 頭の片隅で

 一つの考えが

 離れない。


 ――もし、

 このまま何も言わなければ、

 本当に終わるかもしれない。



 それは、

 当たり前のことだ。


 でも、

 今までは

 当たり前で済ませてきた。


 今回は、

 少しだけ違う。



 俺は、

 スマートフォンを手に取る。


 画面を見て、

 すぐに伏せる。


 また、

 同じことを繰り返す。



 動かないことが、

 初めて不安になる。


 それは、

 俺にとって

 あまり良い兆候じゃない。


 今までの生き方が、

 試されている気がした。



 それでも、

 まだ動かない。


 理由を作れないまま、

 動く勇気もない。


 俺は、

 この静止の中で、

 初めて

 自分の選択を

 意識している。


 動かないことが、

 逃げなのか、

 覚悟なのか。


 その答えは、

 まだ出ていない。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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